今できることを
亜空間で兄貴も実体化した。
「要は土竜が強固な岩盤に到達して魔力が足りなくなったみたい」
ぼくのスライムが辺境伯領主のスライムの分身の通訳をした。
早く発声法を覚えないと精霊言語でお前の思想を丸裸にしてやるぞ。
“……勘弁してよ。カイルの旦那!おいらも頑張っているんだ。声帯を震わすっていうのがどうにも理解できんのだ”
一人称が、おいらなのはさておいて、お前の分身は魔力供給出来ないのかい?
“……そこの飛竜が魔力を分けてくれても、この岩盤の固さを掘れる気がしないぞ。邪気を嫌がる精霊がそばに居ないことが、魔法が効かない原因かもしれない”
シロでさえ嫌がっているのだ。普通の精霊ならば尚更だろう。
「これは作戦自体が失敗だったのかな?」
ケインが肩を落とした。
「精霊素は地中からも湧いて出ているから魔法の行使には問題ないはずだよ」
兄貴が精霊素はいたるところに沸いている、と主張した。
「ご主人様。世界の理に近づくには魔量が足りなかっただけです。」
創造神が作り上げた魔法陣に近づこうなんて烏滸がましかったかな。
人の力でどうにか出来ないことを何とかしてくれそうな存在に心当たりがある。
躊躇う理由は生涯に一度のお願いを、相手が明らかに嫌うであろう存在に対して要求することだ。
上級精霊はなんだかこう、人が良いというのはおかしいけれど、親身になってくれる親戚のお兄さんのようで、頼んだら間違いなくやってくれる頼もしさがあるんだけど無理をさせたくない気持ちもある。
「そんな気遣いはいらないよ」
そんな言葉が聞こえた時には、上級精霊の亜空間にぼくたち全員招待されていた。
キュアやみぃちゃんとみゃぁちゃんの席や、テーブルの上にスライムたち専用の小さなソファーにまで用意されており、シロの亜空間と気品が違う。
ぼくのスライムが自分専用のソファーにうっとりと身を沈めて、上級精霊様♡、と目のない瞳を輝かせている。
「邪気に精霊が近づけないのは致し方ないが、あそこまで地中深く埋めてくれたのだから、後は神々に任せてしまおう」
上級精霊は優雅に足を組み替えると、楽しそうに言った。
「神々はディーの邪気払いをたいそうお喜びだ。邪気にしか効果を発揮しない魔術具の開発のご褒美に母土竜の魔術具に封じた邪神の欠片を引き取ってくださることになった」
ディーに持たせた魔術具はスライムの指輪の他にも、お餞別としてディーに持たせていた。
教会で審問後も邪気払いの魔術具として携帯を認められ、派遣先でシロに時折回収してもらいながらバージョンアップさせてきたのだ。
懲罰のように一人で派遣されるディーは祝詞を唱えるまで無防備な瞬間があるので、指輪のスライムたちが防御の魔法陣を張り、ディーが詠唱魔法で邪気を抑え込み拳銃型の魔術具で邪気の発生源に打ち込むのだ。
廃鉱で使用した蝶の魔術具を小型化して携帯しやすくすると銃の形がしっくりいったのだ。
単独任務で実績を上げたディーはどんどん危険な僻地へと派遣され、魔術具の銃も改良していたが巨大化した死霊系魔獣には太刀打ちできなかった。
「魔術具はそこまで役に立った気がしませんが、スライムたちは頑張りましたね」
ぼくとケインのスライムが小さなソファーで得意気にふんぞり返った。
「ああ。スライムたちの活躍もご覧になっている。辺境伯領主のスライムの分身が地中まで邪神の欠片を護送したことも感心なさっていた」
辺境伯領主のスライムの分身は極小のソファーに身をうずめて感激で体を小刻みに震わせた。
「土竜の魔術具から、子どもを出産させて脱出させますか」
「ああ。そうして構わない。赤ちゃん土竜の回収時に密林を探索する時間をやろう」
上級精霊がそう言うと、シロの亜空間にあったのよりも大型なスクリーンが現れた。
「凄いね!ディーの姿がハッキリ映っている」
密林でソロキャンプ状態のディーは昼食の後片付けをしている。
地中の土竜の様子は画面にはないが、辺境伯領主のスライムが興奮しながら、急上昇していることを精霊言語で伝えてきた。
上級精霊の干渉があったようだ。
「さすがの私も邪気の欠片を内包している母土竜の魔術具には触れられないが、完全に離れた赤ちゃん土竜の魔術具なら容易に操作できる」
上級精霊の言葉通りディーの足元の土が盛り上がり小さな土竜が顔を出したところで、赤ちゃん土竜の魔術具は亜空間に召喚された。
「また何の説明も無しに事態が動いている!」
画面の中のディーが大きめの独り言を言った。
「素材を集めてほしいんだ」
「猪も食べない、触ると猛烈に痒くなる、というか痛い、毒芋を探してほしいの」
左右の指輪についているぼくとケインの指輪のスライムたちが、ディーに蒟蒻芋を探すように、ちゃっかり依頼した。
「原住民に聞き取りをしたらすぐに教えてくれるぞ」
収納ポーチから待ちきれずに飛び出してきた魔本が追加情報をくれたので、それもディーに指輪のスライムたちが伝えた。
「そんな毒芋を探してどうするんだよ!」
「「食べるんだよ!!」」
「俺は絶対食べないぞ!」
ディーの叫び声がむなしく密林に響き渡ったが、指輪のスライムたちは気にすることなく魔本からの情報を伝え続けていた。
赤ちゃん土竜の魔術具から辺境伯領主のスライムの分身を取り出すと、ぼくのそばに居た辺境伯領主のスライムの分身が駆け寄った。
生存を喜び合うかのように互いに触手を伸ばし抱き寄ると一つにまとまった。
たいした活躍は出来なかったけれど、邪神の欠片を見守る覚悟を神々に認められたんだ。
「「「よく頑張ったね」」」
ぼくとケインと兄貴が辺境伯領主のスライムの分身を労うと、みぃちゃんとみゃぁちゃんとキュアも、今回はお前が頑張った、と地中奥深くまで潜った勇気をたたえた。
ご褒美魔力は辺境伯領主にもらえばいいけれど、頑張ったスライムに何かあげたい気がした。
“……帰還に使った赤ちゃん土竜の魔術具が欲しい”
辺境伯領主のスライムの分身は自領の鉱山の探索に使いたい、と訴えかけた。
「あげても良いかい?」
共同研究をしたケインと兄貴も頷いたので、辺境伯領主のスライムの分身は愛車を手に入れたかのように赤ちゃん土竜の魔術具を触手で大事そうに撫でた。
孤独な地中の道中を過ごした愛車で間違いないのだろう。
そんな様子を上級精霊は楽しそうに微笑みを浮かべて見ていた。
「可愛いですよね、スライムたちって」
「お前たち全員が可愛いよ。今回の一件は呼び出される前に介入したから、カイルの私を召喚できる権利は消失していない」
上級精霊に庇護されている状態が継続していると考えて良いのかな。
「ははははは。厄介ごとに巻き込まれるというより、最近では自ら首を突っ込んでいるんだ。まだまだ庇護は必要だ。面倒ごとを避けないのは、遠からぬ未来の自分たちを守るためには致し方ないことだ」
上級精霊は朗らかに笑ったあと、ぼくたちを見た。
「邪神の欠片の力を勘違いしている人間が多数いる。人が御せるものではないし、実際に邪神を蘇らせるような動きがあれば神罰が下るのだが、勘違いで己の利のために集めようとしているだけでは、まだ神罰の対象ではない。今回はそんな事情で生じたことだ」
「邪神の欠片の力を利用しようとしただけでも、現地の人々の生活がひっくり返るほどの事態になってしまうだけで、世界の理は変わりないから、神々は現状観察しかしていないということですか?」
ケインが遠慮なく質問した。
「生物は繁栄し、やがて衰退し、また別の種類の生物が繫栄する。世界はその様に出来ている。人間は己の欲で衰退の原因を作り、またそれを回避しようとする人間も出てくる。神々はそう認識されている」
帝国の在り方と、帝国の在り方に反発する組織の在り方を見ていても、どちらも長期的にみると人類の痛手になりそうな行為をしている。
「ぼくたちの行いが人類を衰退から救う、と神々に思われているということでしょうか?」
兄貴はケインより一歩踏み込んだ質問をした。
「お前たちはまだ幼く、それゆえの正義感が勝っている。人の心は変わりゆくものだ。だが、今のお前たちの行動は神々も気に入ってごらんになっている。人類の行く末なんて大きなことを考えずに今できることをしたらいい」
上級精霊は右頬に拳を当てて、自分たちの幸せのために行動すれば良いんだ、と言うと、指を鳴らして自分の亜空間を解いた。
「カッコいい!」
ぼくたちはシロの亜空間に戻っていた。
ぼくのスライムは上級精霊が如何にカッコいいかを、とくとくと語り続けていたので放置した。
辺境伯領主をいきなり亜空間に招待したが、辺境伯領主のスライムの本体が異変を知らせていたので、詳細をすぐに知りたがった。
「ほほう。上級精霊様の介入で事なきを得たわけか。精霊神の祠にお礼参りせねばならんな」
分身と合体したスライムにご褒美魔力をたっぷりあげながら辺境伯領主は言った。
「此度の活躍と、赤ちゃん土竜の魔術具の礼をせねばならん。この子も偉く気に入っている。活躍の場がたくさんありそうな魔術具だ」
辺境伯領主がぼくたちに何が良い、と訊いて来るが、思いつかない。
「……魔獣カード大会を後援してください」
「言われなくてもそのつもりだったぞ」
「大人の魔獣カードの地方大会で、平民と貴族の分け隔てのない部門を作ってもらうのはどうかな」
「「それだ!!」」
兄貴の提案にぼくとケインが賛成した。
辺境伯領主に平民が魔力を多く持ち始めても国が荒れないように、階級の境目がない場を設けるべきだと、ぼくたちは説得し始めた。




