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家に帰るまでが…

 騎士団が近づいてくると旋回していた鳩たちはぼくとケインの頭に降りてきた。ぼくのところに来た鳩はぼくが紡いだ糸を咥えていた。ケインのところに来たのはドングリ独楽だった。ぼくたちの魔力を探していたんだ。

「カイルもケインもよく生きていた」

「三人とも怪我はないか?」

「「「大丈夫です」」」

 救助に来た騎士団にジュエルもボリスの父親も参加していた。ぼくたち二人をぎゅっと抱きしめてくれる。ボリスの父はボリスの顔色を確認するかのように頬を撫でている。仕事中らしい控えめな態度だ。ぎゅうぎゅうに抱きしめられているぼくたちと比べたら、ちょっとそっけない。ボリスはこういうところで拗ねているんだろうな。

 ジュエルに押しつぶされている子猫がミーミー鳴いた。

「なんだ、その毛玉は?」

「大山猫の赤ちゃんだよ。あっちに母猫が死にそうになっているよ。灰色狼の死骸もある」

「すごい戦いだったんだ。ビシッ、ギャー、ビカビカ、って」

「ビカビカ……?……おかしい。…おい、その大山猫の死骸をくまなく調べろ、魔石から胃の中まで全部だ」

 ぼくたちの言葉にボリスの父が指示を出して騎士たちが確認しに行く。ボリスの父はここで一番偉い人だろう。

「近くで見ていたのかい?」

「あっちの木の上で、目印を作っていたときに、戦いが始まったんだ」

 ジュエルは風にはためく麻袋を見て、驚いたように言った。

「お前たちは木の上で一晩過ごしたのか!!」

 騎士たちも驚愕の表情をしている。ツリーハウスを作ったわけじゃない。ただの旗だよ。

「違うよ。その先にある小高いところにある木の根元に大きな穴があって、そこは洞窟の入り口だったんだ。中は広くてあんまり冷え込まなかったから、ぐっすり眠れたよ」

「中ではおいしい水がわいてたんだ」

「すごくきれいだったんだ」

「君たちが疲れていなかったらちょっと案内してもらってもいいかい?」

 ボリスの父の言葉にぼくたち三人とも頷いた。あの洞窟の神秘的な様子を幼児の語彙で説明するのは難しい。



「確かにここで間違いないんだな?」

 洞窟の入り口の木までぼくたちは移動したのだが、木にあった穴はただの木のウロになっていた。

「間違いないです。だって、昨日ぼくたちが仮装に使ったススキがそのまま落ちています」

「…仮装?」

「こうやって、漏れ出ている魔力を隠すために、布を被ってススキを持って、ぼくたちはただのすすきだぞぉ、って」

 三人で布を被って昨日のようにススキを拾ったら、騎士たちがたまらず吹き出した。そうだよね。笑っちゃうよね。

 ボリスの父はまじめな顔のままススキを検分している。

「切り口はナイフ、乾燥の具合から見ても昨日採取して朝露に濡れたもののようだ。昨日の現場にあったものと同じだろう」

 なんだ?昨日の現場って?

「夜だけ入り口が開くのかな?」

「朝もあいていたよ」

 ボリスとケインはメルヘンチックな話にしている。

「ケイン、光る苔の玉を見せてあげて」

 ケインはかごの中から苔の玉を一つ取り出して見せる。明るい中で見ると普通の苔だ。

「うーん、ヒカリゴケという暗いところで発光する苔はあるぞ。どうやらここに洞窟があったのは本当だろう。お前さんたちの冒険の話を帰ったら詳しく聞かせてもらおう」

 ぼくも騎士団がどうやってぼくたちを見つけたのか知りたいな。苦労して取り付けた旗は役に立たなかったみたいだし。

「お腹すいたね」

「残ってる干し肉を全部食べてももういいよ」

「干し肉なんか持ってたのか?」

「市場で三枚買ってもらったの」

「携帯食料と水を渡せ。干し肉じゃあ嚙みきれないだろ」

「ナイフで切るから大丈夫です」

「生き残れるのには理由があるもんだな」

 ぼくたちは白い布を敷物にして遠足のお弁当のように食事をとった。騎士の携帯食料は乾パンみたいな水分の少ないかたいパンとしょっぱいカルパスとチーズだった。昨日の晩からまともに食べていなかったのでものすごく美味しく感じた。

 食べながら誘拐の概要とぼくたちの行動を軽く説明した。犯人たちがどうなったか聞こうとしたら、帰ってからだと誤魔化された。

「兄ちゃん、ごほうびちょうだい!」

「お腹いっぱい食べたのに欲しいのかい?」

「「うん!!」」

 ぼくは二人に最後の飴玉を一つずつあげた。自分の分は結局なかったけど、飴玉が無くなる前に救助された達成感の方が勝っていた。

「それはなんだ?」

「商業ギルドでもらった飴玉です。全部無くなってしまうまえに救助されて本当によかった」

「君たちが生き残るために努力したからだ。よくやった」

 本物の騎士に褒められるなんて光栄だ。

 ボリスの父は、子どもたちを騎士の馬に相乗りするように指示をだす。ケインはジュエルと、ぼくとボリスにはそれぞれ違う騎士をあてがう。

「ボリスはお父さんの馬に乗らないの?」

「私の鞍には落馬防止の魔方陣を施していないから危ないんだ」

 そういうことを普段からボリスに説明しないから、やさぐれるんじゃないかな。

 ぼくを相乗りさせてくれた騎士は優しい人で良かったよ。ぼくは、洋服の首元から子猫が顔を出しているし頭の上には玩具の鳩が乗っている状態だったのに、笑わないでいてくれたんだ。



 詳しい事情は後日騎士団に呼ばれて説明する必要があるとのことだが、今日はそのまま自宅まで送ってもらえた。

 ジーンとお婆は泣きながら迎えてくれた。今回も騎士団から無事保護を知らせる早馬が来ていたから怪我がないのは知っていたけど顔を見るまで安心できなかったらしい。前世の名言に、家に帰るまでが遠足ですって言葉もあることだし最後まで気が気じゃなかったよね。

 ぼくたちは大人側からの説明も聞きたかったし、みんなもぼくたちがどうやって生きのこったか知りたかっただろうけど、子猫ちゃんパニックが先に来たんだ。

 子猫たちはうちに二匹、ボリスが一匹引き取ることになった。馬に揺られて帰ってきた時には二匹ともぐったりしていた。皿にミルクを用意してもあまり飲めず、ハンカチをつまんで乳首の形をつくりミルクを含ませるとチュウチュウ吸うのだが効率が悪い。

「水漏れしないのにやわらかくてのびる素材ってないのかな?」

「フニャフニャで使い道のない素材あるぞ」

 ジュエルが出してくれた素材はゴムっぽいものだった。

「これを乳首の形に加工してコップにはめられないかな」

「猫の乳首はよく見たことはないけど、牛のお乳みたいにすればいいのね。錬金術で生成してみよう」

 お婆は工房に籠るとサクッと試作品を作ってくれた。留め具がないことで途中で中身をぶちまけたりしたが、反省点を踏まえながらいくつか試作品を作るうちに、ほぼ完ぺきな哺乳コップができあがった。二匹とも仰向けになって四本の足で支えて満足げに飲んでいる

 次は猫のトイレだ。

「さ、カイルもケインも自分たちのご飯もちゃんと食べましょうね」

 命の危機が去った子猫のことより、ご飯食べてお風呂に入れってことだけど、お風呂に入ったらもう確実に寝落ちしてしまう。先にご飯でも寝れる。

 ぼくはお婆に、お土産の光る苔を渡すと、子猫のトイレ用の平たい箱にふかふかのやわらかい土を用意してくれるように頼んだ。こういうのって自分でやらないと、自分でお世話もできないのに飼ってはいけませんって言われてしまうんだよな。

 いつものようにジュエルに高速お風呂のお世話の洗礼を受けて湯船につかっていたらぼくもケインも寝落ちしそうになり、そのまま布団に直行した。二段ベッドの下の段に二人そろってそのまま倒れこむように寝た。黒いのはもちろんぼくたちの間にいたよ。



 ミューミュー可愛い泣き声に起こされた。ぼくとケインの顔の前でミルクミルクって鳴いているようだ。ベッドの下には猫用の砂もあった。ケインはまだ寝ていたので起こさないようにそっと二匹をお腹に抱えて台所に降りて行った。ジーンとお婆がいた。

「子猫のお世話ありがとう。かなりゆっくり寝ちゃったよ」

「子猫はこっちによこしなさい。ミルクをあげましょう」

「お腹が空いたでしょう。よっぽど疲れていたのね、丸一日寝ていたのよ」

 スープのにおいにお腹がなった。そういえばお昼ご飯を食べる前に寝ちゃった。

「ケインももう起こした方がよかったかな?」

 絶品のとり肉のスープに舌鼓を打つ。ケインも腹ペコだろう。

「寝たいだけ寝かせてあげましょう。帰宅時に携帯食料を結構食べたって聞いているわ」

「ボリス君が干し肉を持っていたのは幸いだったね。飴玉もあったけど、大事に食べたんだね。カイルおまえはよくやったよ」

「ケインも頑張ったんだよ。文句もわがままも言わないで、ひとかけらの干し肉と飴玉と水だけで我慢したんだ。助けが来るのが遅かったら食べるものもなくなることを、あの年で理解するんだもん。すごいよ」

「カイルがうちの子になってくれて本当によかった。ケインもあなたがいたから頑張れたのよ……」

 膝の上に子猫一匹をのせて哺乳瓶でミルクをあげながら、ジーンが涙ぐんで言葉に詰まる。

「あなたのご両親が亡くなって、まだ半年かそこらだけど、いつか……私のこともお母さんって呼んでくれたら嬉しいわ…」

 胸がぎゅっとなって、顔が赤くなるのがわかる。恥ずかしくて、いや、嬉しすぎて涙が出そうだ。ジーンに大事にしてもらっているのはわかっていた。けど、死んでしまった子どものポジションに割り込んだような気もしていて、後ろめたさが強かった。でも違ったんだ。

 ジーンはぼくがうちの子になってよかったって言ってくれた。ぼくでいいんだ。

「……ホントはぼくも…もっと前からお母さんって呼びたかったんだ。…僕のお母さんは…二人になったんだって…思いたかった…」

「ううぅぅっ…」

 先に涙腺が崩壊したのは、もう一匹の子猫にミルクをやっていたお婆だった。

「「うううううぅぅぅぅ」」

 ぼくもジーンもすすり泣きを止められなかった。

「…ジーン母さん……ぅぅ…」

「「ゔぅ…」」

 三人のすすり泣きと、二匹のこねこが哺乳瓶を吸い付く音が響く台所に寝ぼけたケインが降りてきた。

「なんでみんな泣いてるの?」

「「「生きててよかったから」」」

 声がきれいにそろったので、みんな自然と笑いが込み上げてきた。救助されてからはじめてお腹から笑った。笑うっていいな。なんだかスッキリする。

「なんで、そんなに笑うの?」

「「「生きててよかったからだよ」」」

 なんだかわからない様子だったケインもつられて笑い出した。

 この家の子どもになれて本当によかった。



 騎士団の詰所にいっていたジュエルが帰ってきた時、ぼくは緊張していた。おかえり父さんって言いたかったんだ。

「……おかえりなさい」

 根性なしのぼくは小声でごにょごにょ言うだけで精いっぱいだった。照れくさいじゃないか、散々親しくしておいて今頃になって父さんだなんて…。

「事件の詳細はわかったの?」

「大体はな。だけど、晩飯のあとに話そう」

 ぼくとケインは中途半端な時間に食べたので軽めにスープとサラダだけにした。

 子猫のミルクも先にすませていて、みんな話を聞きたくてそわそわしていたけど、片付けがおわるまでジュエルは話す気がないようだ。

「母さんそれぼくが片付けるから座ってていいよ」

 先に食べ終えたから食洗器に入れるぐらいならぼく一人で十分だ。

「母さん!?」

 ジュエルの声がひっくりかえる。

「あんた、うらやましいんだね」

 お婆がしたり顔でジュエルに問いかける。

「カイル、カイル。お、お、俺は?」

「なんだい、父さん?」

 ぼくは自然に口に出来た。

「カイルゥ、父さんだよぉ」

 とうさんがぼくを後ろから抱きしめた。

「知ってるよ。なにしてるの?とうさん」

 ケインはあきれたように言った。

 お婆も、母さんも笑ってる。なにも気負うことなんかなかった。こんな感じでいいんだ。

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