三つ子たちの経済学
三つ子たちの転売は必要から生まれたものだった。
学習館で兄弟が多い下の子や、親戚からのプレゼントで同じ魔獣カードがたくさん集まると交換することがままある。
人気のカード一枚と雑魚カードが同じ一枚として交換できないので、価値に差がでる。
だが、土地が変われば求められる価値が変わり、学習館では雑魚カードの灰色狼は集団で実力を発揮するので、カードが少ない飛竜の里では価値は高い。
最近カード遊びを始めたばかりの飛竜の里の子どもたちはそんな雑魚カードも不足しているので、交換するカードの代わりに畑仕事を手伝う子どもたちから規格外のスパイスを三つ子たちは譲り受けていたのだ。
自宅に持ち帰りフードプロセッサーで粉末にし、学習館の子どもたちの保護者らに格安で販売していたのだ。
「ぼくは何と言っていいかわからないよ。需要と供給をよく理解したうえでの行動だもん」
兄貴は三つ子が商売をして何が悪いのか、という考えだが、両親たちが把握をしていないことが気になるようだ。
「カレーのスパイスは頭の良くなる食材として学習館の保護者に人気があるからといって、需要が特に高いところに高く売りつけているわけでも無い。阿漕な商売はしていないんだ」
ケインも頭を悩ませた。
ぼくも三つ子たちが悪いことしているとは思っていない。現金の授受もほんの気持ちの程度の謝礼でしかないようだ。
三つ子たちは飛竜の里の子どもたちと祠巡りに行っている。
神々のご加護を増やすべく真面目にお祈りするのは良い事だ。
そもそも、何不自由なく暮らしている良い子たちが、どうして急にお金を稼ごうと思ったのだろう?
兄貴は飛竜の里では姿を隠さなくなった。
おおらかな里の人たちは、子どもが一人増えてもぼくたちの親戚のお兄さんとして自然に受け入れてくれた。
三つ子たちの転売についてポアロさんに相談してみた。
「あの子たちは熱心にやりすぎるきらいがあるんだよ」
ポアロさんも三つ子たちを温かく見守ってくれていたようだ。
「いつだって、人の嫌がることはしないで、みんなを笑顔にしようとする。良い子たちだよ。でも、それで自分たちが損することが無いように知恵を出し合うんだ」
飛竜の里で市場に流通させられないハネ品を、子どもたちの定期的なお小遣いに出来るように販路を開拓しているようだ、とポアロさんは受け取っていたようだ。
三つ子たちは調合したカレースパイスのレシピの使用料を孤児たちに支払っていた。
「自分たちは家族だからジェニエさんの回復薬を日常的に使えるけれど、みんなが働いてスライムの回復薬を買おうとしているのを気に病んでいたんだ」
……優しい子たちだよ。
「うちの三つ子たちが尊すぎる」
「カイル兄さんは洗礼式前に自覚せずに、かなりのお金を稼いでいたでしょう?あれは弟として誇らしかったけれど、自分は何も出来なかったからちょっと悔しかったんだよね」
ケインはそんなコンプレックスがあったのか。
「三つ子たちは少額でも自力でお金を稼ぐことを重要視して、実力行使に出たのかな?」
「本人たちに聞いてみるのが一番はっきりわかるけれど、あの子たちは考え方がカイルやケインと違うんだよね」
兄貴は先入観を持つといけないから、とそれ以上語らなかった。
帰宅して母さんとお婆に相談すると父さんの帰りを待たずに、夕食後に家族会議をすることとなった。
三つ子たちは学習館から帰ってくると夕食までお婆の製薬所にお手伝いに行ってしまった。
「あの子たちは働き過ぎじゃないのかい?」
ぼくがそう言うと母さんは呆れた顔でぼくとケインを見た。
「あなたたちは三つ子たち以上に働いていたわよ」
「楽しかったんだよね。薬学の基礎も学べるし」
「お手伝いした薬草が製品になると、一人前になったような気がして嬉しかったんだ」
兄貴がやれやれというようにため息をついた。
「三つ子たちも楽しんでやっているけれど、報酬ももらっているよ」
「「「え!!!」」」
母さんも知らなかったようでぼくたちと同じくらい驚いた。
兄貴はそんなぼくたちを見て、告げ口になったかもしれないことに気が付いて慌てて、たいしたものはもらっていない、と訂正した。
三つ子たちは五才になったけれど、夏の五才登録までまだ仮市民カードがない。
魔術具に魔力を注ぐ資格のない三つ子たちは、自分たちのスライムを使って魔力を提供して、ご褒美に魔石や錬金術の素材や、魔獣カードをもらっているとのことだった。
ぼくたちもお手伝いをして素材のご褒美はもらっていた。
違いは無いはずだが、三人で色々な部署に潜り込んで一日にたくさん仕事をこなしているので、もらっているご褒美の量がぼくたちの幼少期よりも多いのではないか?と兄貴は気にしていた。
「怒られるようなことは何一つしていない、けれど、なぜかたくさん稼いでいるようなのね」
母さんは鳩の郵便でママ友や学習館の指導員からの情報収集を始めた。
夕食はハンバーグとポテトサラダに野菜スープで、付け合わせのパンはジャニス叔母さんのライ麦パンだ。
父さんたちは人通りが無くなった街道で、ポニーたちを専用座席に乗せて最高速度の実験を行って各都市間を早馬で駆け抜けるより高速で移動したようだ。
今日は野宿を避けるために王都の手前の町で宿泊しているが、王都で何か噂になっていないかジャニス叔母さんのパン屋さんに聞き込みにいってパンをもらってきたのだ。
辺境伯領の新型馬車の噂はまだなく、帝国の魔法学校の合格者の三分の二が辺境伯寮生に占められたことが噂になっていることを、王都の魔法学校の購買部に出入りしている従業員から聞くことが出来ただけだった。
三つ子たちは夕食が大好物のハンバーグだったことにご満悦だ。
夕食は和やかに進み母さんもお婆もこの後の家族会議の気配をおくびにも出さず、父さんたちは何を食べているんだろうね、と団らんを楽しんだ。
食後の片付けも競うように手伝う三つ子たちに、居間で大事な話をしましょう、と母さんが声をかけると、三人とも真顔になって手早く片づけを終えた。
兄バカかもしれないが、みんな良い子たちなんだよな。
居間のソファーに全員が腰掛けた。
いつも父さんが座っている場所にキュアが座ろうとすると、みぃちゃんとみゃぁちゃんが滑り込むようにして先に座った。
行き何処を見失いウロウロと飛び回るキュアを呼んでぼくの膝の上に座らせると、みぃちゃんがシャー、と威嚇の声を出した。
ぼくの膝の上に座る権利を放棄したのはみぃちゃんだから、仕方ないだろう。
みぃちゃんとみゃぁちゃんのスライムたちは、いつも家族会議では座れない父さんの椅子に座れてご満悦なようだ。
「父さんたち一行に何かあったの?」
クロイが緊急家族会議に緊張した声で質問した。
「父さんたち一行は順調な旅路で問題ないわ。無理をしないために今晩は王都の手前の町で宿泊しているのよ。このままあの馬車を改良すれば一日で王都に着くのも夢じゃないそうよ」
「ポニーの速度でそれはあり得ないよ」
地図上の距離を理解しているアオイが言った。
「まあ、無茶をしたのは見なくてもわかるよ」
お婆の一言に全員が頷いた。
「じゃあ、今日の家族会議の議題って……」
空気を読むのが早いアリサが自分たちのことだと気が付いたようだ。
「悪いことだと、はなから決めつけるわけではないのだけれど、実際に現金が使われているようだから、きちんと話し合わなくてはいけない事なのよ」
母さんがストレートに切り出した。
母さんは短時間にもかかわらず情報収集をしたようで、学習館での魔獣カードの交換は、不死鳥の貴公子によって上位者が下位者から強奪するような交換がないか監視されており、三つ子たちが学習館でダブついている魔獣カードを集めていることは容認されていた。
三つ子たちは学習館では価値の低い魔獣カードを製薬所のお手伝いの対価として受け取った魔獣カードで適正枚数を交換しており、学習館で何ら問題は起こしていなかった。
飛竜の里では子どもたちの人口に対してまだ魔獣カードが足りておらず、三つ子たちから恵んでもらうのでもなく、自分たちが出来る範囲で正当な対価を払っており、こちらも飛竜の里で問題になっていなかった。
「良い事しかしていないよ。欲しいものを欲しい人に正当な対価を得て交換しているもん」
「これから先、お金がたくさんかかるでしょ。私も頑張っていっぱい稼ぐもん」
クロイが綺麗ごとの建前を口上したのに、アリサが本音をポロリとこぼした。
どうやら三つ子たちは子育てにはお金がかかることを学習館の保護者達の愚痴から知ってしまい、自分たちは三人同時に王都の魔法学校に進学することになるから、家族に迷惑をかけると思い込んで小銭を必死にためていたらしい。
母さんとお婆はハンカチを目に当てて、泣きながら笑った。
ぼくとケインはうちが事業拡大をする真っただ中に幼少期を過ごし、一緒にアイデアを出し合って事業が成功していくのを目の当たりにしていたから、うちのお金の心配をしたことは一度もなかった。
三つ子を取り囲む大人たちは、ぼくたちがお坊ちゃま扱いされることを嫌っていることを知っている。
三つ子たちにも事業主の子どもとしてではなく普通の子どもと同じように悪いことをしたら叱ってくれる環境だったので、一大財閥の御曹司としての自覚がなかったようだ。
「確かにうちは一代貴族だから、あなたたちが平民なのは間違いないわ。そういう風に接してくれるようにと周りにも頼んでいたのよ。事業が失敗したらお金持ちではなくなってしまうけれど、今のところ順調だから心配いらないわよ」
母さんは三つ子たちの妖精にも特別な子どもだと認識させないようにしてくれてありがとうと礼を言った。
「製薬所は私が代表取締役で、ジーンはガンガイル王国屈指の細工師で、王都の女性を裏側から支える影の仕立て屋で、ジュエルは市電や地下鉄、除雪の魔術具などこの領の主要な事業の出資から制作まですべてに関係しているよ」
それぞれ別の事業で成功しているから、三人同時に進学しても全く問題ないことをお婆は三つ子たちに説明した。
「あなたたちの気持ちはよく分かったわ。領主様が奨学金を出しても、子どもの進学を負担に思う家庭がたくさんあるという事を気に病んで、うちもそうなるかもしれないと思ったのね」
貴族階級こそ世間体を気にして、学用品も最上級の物を用意しなくてはいけないし、見栄を張って奨学金を辞退することもあるらしい。
「私たちがあなたたちの取引に心配しているのはお金のやり取りをするには幼すぎることと、世の中にはあなたたちが考えつかないような悪辣なことを考える人間が居るからなのよ」
母さんは恒常的に金銭の授受が伴うような取引には商業ギルドに届け出が必要なことと、対価を客観的に判断できないような状況で取引をすると、その差額が相手に恩を売った形になることを三つ子たちに丁寧に説明した。
「ぼくたちのスパイスはハネ品を使用した物なのにお金を払ったのだから、代わりに何か優遇してくれ、と言い出す人が居ないわけではないんだね」
損得勘定に一番先に反応するクロイが言った。
「逆もあるのよ。あなた方は商会を通して買ったらとても高額なものを安く売ったことで、あなた方に借りがあるから、と事あるごとに何かしようとしてくれる事もあるわ」
「自分たちは良い事をしたと思っていても、相手に後から余計に負担をかけることになるのかもしれないのね」
アリサがシュンとしてそう言った。
「今回あなたたちは、スパイスの感想をみんなに聞いていたから、商品開発の意見を聞いたという事で商業ギルドの取引に当たらない事にしてもらったわ」
「じゃあもうカレースパイスは売っちゃいけないの?」
クロイが露骨にガッカリしたように言った。
「飛竜の里の子どもたちと会社を立ち上げましょう。子どもでも美味しく食べられる辛過ぎないカレー粉は需要があるから、教育熱心な裕福層にたくさん売れるよ」
辺境伯寮生たちの大躍進はカレーのお蔭、となれば大ヒット間違いなしだろう。
お婆からそう聞いて、クロイの顔が輝いた。
クロイがうちにお金の心配はいらないと言ってもお金に拘るのは、飛竜の里の子どもたちの為なのかな?
「クロイはお金が好きなんだね」
ぼくのスライムはみんなが気にしていることをぼそっと言った。
「努力の結果がすぐ見えるからね。魔力は増えたっていう実感がまだわからないもん」
そうか、クロイは増やすことが好きなのか……。




