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過干渉

 早馬で来たウィルは馬で帰るのかと思ったが、誓約書で他言無用を誓うから一緒に転移したいと要求してきた。

 転移出来るのがバレているのだから、誓約書を書いてくれるメリットの方が大きいのでウィルの自宅まで送ってあげた。

 玄関前にぽいっと放置したが、転移という言葉を使わずに家族にどう説明するのだろう?

 キャロお嬢様には亜空間の存在がバレて、さらに秘密の特訓をする時間があることまでバレた。

「ぼくがフエに肩を寄せて慰めただけで口説いているとか言っていたのに、男女四人が亜空間で勉強会をするなんて、どの口が言うのですか」

「亜空間で過ごす時間が止まっていたとしても、体内時間は過ぎていくから他の人より早くふけるよ」

 女性に老化の話をぶち込んでくるなんて、ケインの言葉のナイフの鋭さは抜群だ。

「最近は良い美容液もありますから心配はいりません。レポート作成の時間だけでいいので亜空間でよろしくね。みんなのペット魔獣も居るから、男女比で行ったら圧倒的に女の子が多くなりますわ」

 謎の理屈でキャロお嬢様に押し切られて、飛竜の里の帰りに廃鉱の実習の経験を活かしてキャロお嬢様が考えた魔術具の制作と論文指導をした。

 キャロお嬢様は極端に闇属性が少なく、ケインの補助がないと広域の浄化の魔法が発動しないのがわかった。

 ケインは兄貴の補助が無くても規模はそれ程ではないが、ほとんど全属性の魔法を扱えて、兄貴が関与すると規模が格段に大きくなるが、兄貴の魔法は精霊魔法に近く、周囲の魔力を見境なく使うことでそばに居るぼくたちも魔力を取られてしまった。

 キュアの凄いところは使用魔力量がぼくたちの中では断トツに一番だ。

 存在しているだけで伝説の魔獣のような存在だ。

 倫理観をすべて無視して帝都を焼き尽くせと言ったら出来るような気がする。

 キュアを人殺しの道具にはしたくないから絶対にしないけどね。

 キャロお嬢様の魔術具は生活魔法レベルで足りない属性を補助する魔術具を制作した。

 ぼくの魔法の杖と同様に、足りない属性を貯めておく魔石と実際に使用する魔術具とに分けて、初級、中級の卒業制作を仕上げた。


 飛竜の里の孤児院は全寮制の学習館のように整備されて、子どもたちは自分たちのスライムを育成し始め、魔獣カードの技を競って覚えさせた。

 飛竜の里に父さんはミシンを持ち込んで、孤児たちの制服を里の奥さんたちが総出で仕上げたそうだ。

 子どもたちの服が一通り揃うと、里の奥さんたちは王都からの注文で一点一点特別な下着を制作するようになった。

 鶴の恩返しのように自宅の一室を家族の誰も入れない秘密の工房にして籠っているらしい。

 総指揮をとっているのは父さんではなく母さんだった。

 母さんはラウンドール公爵夫人と文通する仲になっており、王都でキャロお嬢様のお母さんと仲良く社交界の華になっているようだ。

 辺境伯領より王都に近い飛竜の里で女性たちが秘密の何かを作っているのだ。

 男の子のぼくには教えてもらえなかった。

 家庭内の秘密の工房とは別に工場を設立し、飛竜の爪や鱗から合成繊維を作り出した。

 軽くて丈夫で伸縮性のある新しい生地は騎士たちの防護服に大革命を起こしそうになった。

 重い鎧は必要なくなったのだ。

 生産量に限界があるので普及するほど無いのだが、騎士が騎士らしくない装いで完全武装出来るようになった。

 飛竜の里はこうして国家機密級の最先端の衣装を作り出す秘密の里になり、孤児の増加は新たな産業のための移住者が増えたこととして処理されて、教会と学校の設立が決まった。

 王都に出た里の出身者が帰郷したり、辺境伯領からの移住者も居たりしたので不自然なことは無かった。

 教会関係者はハルトおじさんの従兄弟が赴任することになり、学校の教員に聖女先生が決まった。

 開校前から里に来て、教会や学校の開設準備をしていた聖女コートニーを巡って、都会で嫁を見つけられなかった里の青年たちが何やら悶着を起こしたのは、また別の話だ。


 ぼくたちが飛竜の里に日参し子どもたちと交流していると、羨ましがるのは三つ子たちだ。

 三つ子たちは領都の学習館がお休みの日だけ飛竜の里の子どもたちと交流しながら、子どもたちの学習状況に発破をかけた。

 あの子たちは来年、領都と飛竜の里で七大神の祠巡りを二重に行うことを計画しているようだ。

 そんな暴挙は魔力枯渇を心配する父さんと母さんが許さないだろう。

 三つ子はそんなことも気にせず、教会から新たに発行された仮市民カードで祠巡りをする子どもたちの後をついて回って後ろからお祈りしている。

 これについてはご利益がないとはぼくには言い切れない。

 鰯の頭も信心からではなく、神の名のもとに魔法が使える世界なのだ。

 だけど、神に祈れという教えは子どもたちを拐した教会関係者と言っていることが同じだ。

 祠巡りをする子どもたちに同行しながら、そんなことを考えていると、フエが不意にぼくの手を取った。

「何を考えているかが、なんとなくわかるよ。いいんだ。言葉では何と言えば良いのかわからないけれど、神に祈る違いはわかるよ。ぼくたちの願いは以前と同じように、故郷の安寧を願っているんだ。それは変わらない。だけど、今ぼくたちは魔力を理不尽に搾取されることなく、故郷の平和を願うんだ。誰かが理不尽に蹂躙されて実現する平和は、恒久的平和にはなり得ないんだ」

 凄く共感できる内容だけど、六歳のフエから出てくるとは思えない言葉がいくつもあった。

 これで知識の神のご加護がないわけがない。

「その意見には全面的に賛成するけれど、ぼくの理解が追い付かない。フエの知識が急速に増えているように思えるのだけれど、何かあったの?」

 ぼくが期待したのは、もしかしたら自分以外にも転生者がいて、まだ自覚していない人がいるのではないか、同士に会えるのでは、なんて思ったのだ。

「夢の中で本が出てくるんだ。その本は話が出来て、色々な本を読ませてくれるんだ。起きても内容を覚えているから、聖女先生に最近語彙が増えたねって褒められたよ」

 心当たりはいくつかある。

 ぼくはフエの精霊にフエの夢に干渉したか精霊言語で尋ねた。

 “……フエの夢は魔術具に干渉されています。本を読んでいるだけで害は無いので見張っていますが、本当に色々な種類の本を貸してくれるだけです”

 そっちか。

 ……本は読まれるために存在しており、読み手の元にたどり着くように出来ている。ゴイスさんはそう言っていた。

「夢の中で楽しく本が読めるなんて良いね。ぼくたちは貸本屋さんでよく借りていたよ」

 ケインもフエの精霊の声が聞こえたのかあの魔本に思い至ったようだ。

「久しぶりに行ってみようか」

「転移して辺境伯領の街に出るのはマズくないかい?」

「たぶんだけど、あの金庫のような保管の魔術具の前に転移したら大丈夫だと思うんだ」

 “……ご主人様。ご主人様があの本を読んでも問題ない状態になりました。魔本がご主人様を待っています”

 ぼくはフエやキャロお嬢様たちに、貸本屋で本を借りてくるから帰りは直接孤児院に戻る、と伝えてケインと魔獣たちを連れて貸本屋に転移した。


 貸本屋の保管の魔術具の前に転移すると、カウンターの奥からゴイスさんが驚くことも無く出てきた。

「お久しぶりです。入り口から来店しなくて申し訳ありません」

「いきなり入って来てごめんなさい」

 ぼくとケインが謝罪すると、ゴイスさんは両手を振って問題ない、と言ってくれた。

「不思議なことに君たちが来ることは予言されていたんだ」

 ゴイスさんは管理人に本が読み手を求めて飛び出してくることや、いずれ魔獣の王を従えた人物が古代言語で書かれた本を求めて常識とは違う方法で来店することを聞いていたのだ。

 夏にぼくが来た時に、飛竜を鞄に入れて上級貴族をわんさか引き連れて来店したので、これが常識とは違うということか、とも思ったが借りずに帰ったので、時期尚早だったのか、と判断したとのことだった。

「成長してから借りに来るのかと思ったが、俺の予想よりはずいぶん早いな」

「ぼくもこんなに早く借りることになるとは考えていませんでしたが、書庫で地団駄を踏んでいた本が友人の夢に干渉したようなのです」

 ゴイスさんに夢の中で本が読み放題な状態になることを何か知っているか、と尋ねた。

「そいつは、こっちの商売あがったりだ、と言いたいところだが心当たりがある。それは知識の神のご加護がなせる御業だよ。その子は死ぬほど危険な目に遭ったんだろう、神に愛された子はそうやって生きのこる知恵を与えられるんだ。この逸話だって伝説なようなものだから魔本の影響なのか違いはわからないから、本に直接聞いてみると良いよ」

 ゴイスさんがそう言うと、魔本がゴイスさんの手に現れた。

 ぼくとケインと魔獣たちが普通の古い本にしか見えないその本を食い入るように見つめた。

 お前がフエの夢に干渉したのか?

 “……カイルもケインも接触したくても隙がないんだ。ウィルの夢の中には入りたくないし、お嬢は精霊の睨みがキツイ。フエはいい子だから怖い夢を見るくらいなら、本でも読んでいればいいだろう。それでカイルが気付いてくれたから良いこと尽くしじゃないか”

 フエの精霊も害がないからほっといていたようだし、まあいいか。

 いや、良くない。

 本人の意思を確認しないと、夢だって勝手に干渉するのは良くないことだろう。

 “……どうすればよかったんだい?”

 “……本の魔術具ですが、お好きな本を読ませてあげるからカイルに伝言を頼みたい、と挨拶すれば良いんじゃないかな”

 ケインは礼儀正しく接触することを勧めた。

「君たちは本と具体的に会話をしているのか?伝説通りだな」

 焚書を逃れた本は魔本となり読み手が現れるまで魔術具やただの古書のふりをして、失われた知識が必要となった時に、それを行使できる人物の元に自ら赴く、と伝わっていたそうだ。

「ぼくがこの本を受け取るべきなのでしょうか?」

 伝説の賢者みたいな役回りをぼくがしても良いのだろうか?

「本が選んだのだから、そうなのだろう」

 キュアやみぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちからも早く受け取れ、と思念が来た。

 ぼくは覚悟を決めてゴイスさんから本を受け取った。

 中を見ろ、と視線だけでみんなが言っているのがわかる。

 音読しなければ死にはしないのだ。

 ぼくがページを開くと、そこには無数のみぃちゃんとみゃぁちゃんの肉球と色とりどりのスライムたちが文字の中に混じっていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 肉球とか色とりどりのスライムが読んではいけない文字ならこの魔本はただの暗号文書でしかないような。
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