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男の子?女の子?

「カイルが男の子だから特別にどうこうしようということは無いのよ。女ばかりと言ってもみんな伴侶を魔法学校やお見合いで見つけるから村には男性もいるのよ。出戻りの女性や女性の方が長生きするから成人の男女の比率が3:7で、子どもが全員女性なだけよ」

 メイ伯母さんがため息をつきながら、男の人は見たことがあっても洗礼式まで男の子を見たことがなかったのよ、と言った。

 ……男の子がいない世界なんて想像できない。

「過去に生まれた男の子は魔法学校を卒業すると、みんな一族を離れてしまったらしいの。一族の年頃の子はみんな姉か妹のようにしか思えなくなるようで、刺激を求めて外の世界へ旅立ってしまうのよ」

「子どもが跡取り以外は外の世界に旅立っていくことは健全ですよ」

 父さんが当り障りのない言葉で話の続きを促した。

「カイルを引き取れなかったことを一族のみんなはがっかりしたけれど、幸せに育っていることを喜んでいるの。そうしたら、自分たちの子育てが男の子を追い出すようなことになってはいないか、と疑心暗鬼になってしまっているみたいで、勝手に落ち込んでいるのよね。一族に居ついてくれとは言わないから、そのうち寄ってあげたら喜ぶからよろしくね。って……話がそれてしまったけれど、フエちゃんが良かったらうちの一族に来てほしいな。みんな子供好きだし、訳があって後継者募集中だから、フエちゃんは素質があるから大歓迎されるよ」

 そうだった。

 フエは精霊に好かれている時点で才能が有るのだ。

 フエは頬を染めたまま一瞬固まったが、真顔になって言った。

「ぼくを引き取りたいと言ってくれる人が居ることは本当に嬉しいです。心が擽ったくなるような温かさを感じます。……うわぁ。なんだか涙が出てくる……」

 大切なことを言おうとしているのに、感情に引きずられて上手く言葉に出来ない気持ちは、ぼくには痛いほど理解できた。

 ぼくはフエとの間に居るシロを押しのけて、フエの肩を抱き寄せた。

 泣いても良いんだ。

 村を救う一助になれればと考えて、騙されてあんな過酷な環境に押し込まれて、自分の判断がいかに愚かだったかを嘆く日々だったのに、そんなこと全てを知っている人から君は望まれているんだって言われたら、ぼくだって涙腺が崩壊する。

「今日は泣いても良い日なんだよ。悲しくて泣いても良いし、嬉しくて泣いても良いんだ。ぼくたちはこうやって泣いて笑って、この先も生きていくんだ……。それでいいんだよ」

 ぼくがフエの背中をぽんぽんと叩いたら、嗚咽が漏れたのは父さんだった。

 ぼくは山小屋事件で救助された日のことを思い出した。

 あの日も父さんは優しくスープを食べるように諭していたのに、突然嗚咽を漏らして、ぼくに家族になるように勧めたのだ。

「いいんだよ。帝国に家族も居るんだから、何も気にしなくて良い。ただ親戚が増えただけなんだ。会ったことも無い親戚なのに、親戚だっていうだけで無条件に応援してくれる人たちがいるだけなんだ。……不思議だよね。それだけで心が温かくなるんだよ」

 ぼくに出来ることはしゃくりあげるフエの背中優しく叩くことだけしかなかった。

「ぼくたちがこの先どんな大人になるかなんて、誰にもわからないことだけど、ぼくたちはもう家族同然なんだ。同じ鉄板でもんじゃを食べた仲間は永遠でなくても、今は兄弟だよ」

 ぼくにポンポンされるがままでいたフエが、ぼくの背中に腕を回してギュッと抱きついた。

「難しいことは明日考えようよ」

 ぼくが大変な目に遭った時にいつもそうしている。

 出来ることを精いっぱいした後は、出来ないことは後回しで良いんだ。

「この世界は理不尽だけど、美しいよ。……一日の気温差の激しい里の夜明けはとても綺麗だよ。立ち込める朝霧が茜色の綿のようになって里を覆うんだよ。そんな瞬間をフエと一緒に見てみたいな。……生きててよかったって心から思えるよ」

 しゃくりあげるフエの肩が落ち着くように優しい言葉をかけてあげていたら、スライムが、フエが顔を寄せていない方の肩を強めに叩いた。

 ハッとして周りを見ると、なんだか周囲の空気が変わっていた。

 キャロお嬢様の口が声に出していないのに、口説いている、と言っているように見えた。

 慌てて父さんの方を見ると、甘いものを見る目でぼくたちを見ている。

 “……ご主人様。やり過ぎです”

 何なんだ!この小さな恋の物語を見守るような空気は!!

 ついさっきまで、ぼくはフエのことを男の子だと思っていたんだぞ。

「ぼくが優しい行動が出来ているとしたら、それは全部ぼくが今までみんなにしてもらったことなんだよ。……フエよりみっともなく泣き出したこともあったけれど、その時はメイ伯母さんに背中をポンポンされたよ」

 フエがぼくの肩に顔を伏せたまま震えるように笑った。

「そんなこともあったわね。辺境伯領と港町では遠すぎて二度と会えないかのような別れ方をしたときにあったわ。カイルは結構な泣き虫ね」

 へえぇ、そうなんだ、と周りがざわついた。

 そういえば家族以外の前ではそこまで泣き虫ではなかった。

「兄さんは、嬉しくても悲しくても良く泣いているよ。うん。父さんに似ているね」

 里の人たちが鉄板の面倒を見てくれるようになったので、ケインもいつの間にかこっちに来ていた。

 顔をあげるタイミングを失っていたフエにハンカチを差し出すケインは男前だ。

「本当に、今日ここで一緒にご飯を食べるみんなは家族のような関係なんだよ。国家や帝国を敵に回すことになるかもしれないと薄々気が付いていても、里の人たちは今日のみんなの笑顔のために手を貸してくれたんだ」

 ケインの言葉は真実だ。

 里の人たちは子どもたちの笑顔を最優先に行動してくれた。

「ありがとう、って言えばいいんだよ。ぼくたち子どもは大人に守られていて良いんだ。そうしてぼくたちは子どもを護れる大人になれればいいんだ」

 ウィルがそう言って甘酸っぱいヨーグルトドリンクをフエに手渡した。

 貴公子然とした端正な身のこなしで、銀髪に大きなアメジストのような瞳で微笑まれると、ウィルにカッコいいとこすべて持っていかれたような気がする。

 涙を拭いたフエはヨーグルトドリンクをこくんと一口飲んで、上唇に着いたヨーグルト舐めとると、はにかんだような笑顔を見せた。

「ありがとう……」

「難しいことは、大人が対応してくれるのは当然よ。里の人たちも頼りになるけど、私の祖父と叔父が国に顔が利くので大丈夫よ。帝国は公式にはどうもこうも出来ないはずよ。取り敢えず今は美味しいものを食べて、一緒に新しい制服を考えましょう」

 キャロお嬢様がフエの手を取って、私たちはお友達で秘密の姉妹になりましょう、と意味深なことを言った。

 キャロお嬢様はアリサにキャロお姉様と呼ばせている。

 秘密の姉妹クラブでも作るつもりだろうか?


 他の子どもたちも里の人との交流を楽しんでいる。

「カイル君。学校と教会はぜひ建設しましょう。昔はこの里にも学校と教会はあったのですよ」

 里の人たちが里の歴史を語ってくれた。

 王国の歴史より古くから存在するこの里が独立自治領でいられるのは、飛竜が常に滞在しているから飛竜に守られてきたと言って良いが、里の規模を超えて起こった大規模自然災害で教会や学校関係者が派遣されなくなり、閉校の憂き目に遭ったようなのだ。

「王太子そっくりさんのハロハロが見えて、たとえあの方の地位が危うくても、心柱が通ったところのある御仁だから悪いようにはなさらないだろうと思えた。今回の子どもたちの件が里と王国や帝国との間で火種になることがあっても、私たちはへこたれません。子どもたちは飛竜たちに受け入れられた。それだけで里の子どもたちになったんだよ」

 飛竜の里の人たちの考え方は飛竜のように懐が深い。

「カイル君の顔の広さは心強いよ。教会関係者に伝手はないと言っていたが、ガンガイル王国の教会上層部の方から手紙が来た。来年度から開校の予定で人事を選定してくれることになりそうだよ」

 ポアロさんが嬉しそうに報告してくれた。

「資金は全面的にうちが支援しますよ。そこで相談があるのですが……」

 父さんがポアロさんを連れて屋内に密談をしに行った。

「カイルは心当たりがあるんだろう?」

 ウィルが何か企んでいるんだろう、と尋ねたが、心当たりがあり過ぎる。

 だけど、父さんがどの手を使って、孤児院と学校を恒常的に運営できる経済力を付けさせるのかはわからない。

「あり過ぎて見当が付かないよ」

 キャロお嬢様はお腹いっぱい食べた子どもたちに、後片付けの指示を出し始めた。

 統率力を発揮してグループ分けや、仕事にあぶれてプラプラする子をミーアに任せて何かしらの仕事を与えている。

 辺境伯領公女の肩書が無くてもキャロお嬢様はキャロお嬢様だ。

 おそらく午後からは学習館のように好きなことを好きなように学べる手はずを整えていくだろう。

「ねえ。ウィルは洗礼式前後にどんなことをやってみたかった?」

 ウィルは自分に質問が来ると思っていなかったのであろう、一瞬きょとんとした後に笑った。

「信じられないだろうけれど、ぼくは洗礼式の前に猛烈に勉強をして、剣や乗馬稽古に励んだり、母のお茶会の着せ替え人形をやったりと、何かをしたいと思う余裕もなく過ごしていたんだよ」

「そんなことだと思っていましたよ。兄さんと同期じゃなかったらウィリアム君が新入生代表で間違いなかったでしょう」

「あのね。一つ年下に生まれていても、ぼくは新入生代表になれなかったよ。間違いない」

「だからこそ、やりたいことをやるんですよ。キャロはたぶんここで、自分たちの幼児期を再現しようとしています。うーん。それ以上に、自分がやりたかったことをする気でいるのでしょうね」

「ぼくにはキャロライン嬢が上手に場を仕切っているようにしか見えないのに、この行動からそんな予想が出来るんだ……っていうか、いいね、キャロって気軽に呼べる関係。ケインもぼくのことをウィルって呼んでよ」

 ウィルの斜め上の反応にケインが戸惑った。

「年上の公爵子息を様付けしないで呼ぶのでさえ勇気がいることだったので、猶予を下さい」

 ケインはこういう時にきっぱりと意思表示ができる子だ。

「大丈夫。呼ばれるたびに訂正するから」

 そのごり押しにぼくは負けたんだよな。

「男子が力仕事を手伝わないでぼさっとしていたら、小さい子のお手本にならないでしょう。そこのイスとテーブルを片付けるので手伝ってくださらないかしら」

 もう、男の子は言わなきゃ気が付かないんですもの、とキャロお嬢様にお叱りを受けてしまった。

「世界で一番強いのは可愛い女の子なんだと父上が言っていたのが、わかる気がするよ」

 たぶんそれは意味が違うだろう。

 ラウンドール公爵が心配したのはハニートラップであって、かかあ天下ではないと思う。


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