伝説の魔術具
「黙れ小僧!貴様に何がわかる!!」
ハルトおじさんが魔術具から手を離すと、宮廷上級魔術師が割り込んできた。
「宮廷上級魔術師という職業を語る方は随分と口が悪いのですね」
上級魔術師でも身分が高くないと就けない職業が宮廷魔術師のはずなのに、どうしてこんなに口汚い言葉がつらつらと出てくるのだろう。
「こういう汚い口調は帝国留学で覚えてくるのだよ。きちんと勉強してきたのなら、いちいち説明しなくても理解できるはずなのにね。もう一度魔法学校に入学しなおせばいいんだよ」
辛辣なハルトおじさんは宮廷上級魔術師を無視してぼくと話そうとした。
「こんな小僧に何がわかるんだ。辺境伯領がでかい顔をするからといって、お前が偉いわけでも何でもないのだぞ!」
ぼくの左手の中指の辺境伯領主の紋章の入った指輪を指さして喚いた。
この指輪を指摘されるのはいつぶりだろう?
最近のぼくたちの活躍はそこそこ有名で、水戸黄門の印籠のような指輪の出番はなかった。
港町での一件はハルトおじさんが子どもたちに手柄を譲ったとでも思っているのだろうか?
「この魔術具に発動充分な魔力を注いでから話を聞きましょう」
ハルトおじさんは、昨日ぼくが鉱山全体を守る結界に描き変えた蝶の魔術具からぼくの魔力を抜いた蝶が収納されている筒型の魔術具を手渡した。
「これに魔力を充填して結界強化を維持するのが、今日の貴方の仕事です。港町では子どもたちが回復薬を何本も飲みながらクラーケンの侵入を阻止したのですよ。宮廷上級魔術師でしたら簡単なお仕事ですね。ちゃんと任務放棄せずに完遂してくださいね」
ぼくたちは町中の人たちの魔力をもらって維持した結界だが、廃鉱一つ分ではこちらの方が規模も小さいし、クラーケンも居ない。
楽勝の案件だ。
ぼくとハルトおじさんは、伝説の魔術具の上っ面に現れた魔法陣の年代が失われた文字の時代より新しすぎるから、この下にも魔術具があるのではないか、またこうやって魔術具を重ねているということの意味について推論した。
「補完の魔術具を重ねているという事なのか?」
「重ねなければいけない欠点があったのでしょう。だからこそ、それが安全に起動する確証がないのです。声に出して読んではいけない文字は黙読する、もしくは見るだけでは処罰の対象にならないことは、ぼくたちが入学試験の後も生きているから立証されています」
「だから発動するほど魔力を注いではいけないのか……」
「死んでもいいなら、試してみても良いのでしょうが、王族しか動かせない魔術具ですから立証するのは難しいでしょう」
「でも、魔術具を重ね掛けしたということは、何らかの不具合があったからですよね」
ここで正論をぶち込んでくるのがケインらしい。
「記録に残っていると思うかい?」
ハルトおじさんの問いに全員が首を横にブンブン振った。
公的記録というものは後世の為政者に都合の良いものしか残っていないものだ。
どこかの遺跡でも発掘しない限り出てこないだろう。
「適当なことを言って現場を混乱させるな!」
赤い顔でフーフー息を上げながら筒の魔術具に魔力を充填していた宮廷上級魔術師が横やりを入れてきた。
「もう息が上がっているのか、良く効くとても高価な回復薬があるから譲ってやろう。一滴残さず飲むのなら今回は私の奢りだ」
ハルトおじさんは大人用のお婆特製の回復薬を差し出した。
「まあ、なんて寛大なんでしょう!」
聖女先生はハルトおじさんの懐の深さに感激しているが、あれは嫌がらせだ。
大人用の回復薬は子ども元気薬より不味いし、どんな気つけ薬よりも強烈だと、辺境伯領騎士団の間では有名だ。
キャロお嬢様とボリスが表情を変えずにお腹をひきつらせている。
「アレよりアレなのか?」
小声で訊いたウィルに、辺境伯領の子どもたちはこくこくと頷いた。
宮廷上級魔術師は譲ってやるという言葉につられて回復薬の瓶を手に取った。
瓶の蓋を開け、うっ、と匂いだけでやられた宮廷上級魔術師に子どもたちがかぶりつくように、飲み干すんだよね、と期待の籠もった眼差しで見つめた。
状況を察した所長も期待の籠もった眼になり、聖女先生はちょっと引いた表情だ。
「この子どもたちはこれを何本も飲んでクラーケンを退けたのだよ。小僧と罵る君なら、国のためなら軽く飲み干せるさ」
ぼくたちが飲んだのは子ども用だけど、ハルトおじさんは容赦なく畳みかけた。
筒の魔術具には、この宮廷上級魔術師がどれだけ回復薬を飲んでも属性が足りないから魔力はフル装填されないだろう。
宮廷上級魔術師が鼻をつまんで瓶をあおっている間に、収納ポーチの魔石から魔力を抜いて足りない属性だけ充填しておいた。
宮廷上級魔術師が口を押えてしゃがみ込んで堪えている姿に、子どもたちが拍手をして頑張ったね、と声をかけていた。
「これをお貸ししますから、後はよろしくお願いします」
宮廷上級魔術師に魔石を手渡足す際に、これ以上邪魔はするな、と精霊言語で脳に直接告げた。
魔石を受け取る手が震えたので、効き目はあるだろう。
ぼくとハルトおじさんとケインで伝説の魔術具を分解し始めた。
スライムたちが記録写真を撮り、所長とウィルがレポートを書いた。
魔術具は地層のように年代ごとに流行りの魔法陣で呪いを回避すべく魔法陣が上書きされていた。
マトリョーシカのように魔術具を剥がしている最中に、国王陛下と辺境伯領主のそっくりさんのふりをした本人がお見えになったが、ぼくたちは魔術具の解体に夢中だった。
聖女先生とキャロお嬢様が事情を説明したことで、二人は自分たちが伝説の魔術具を使用したら死んでいたかもしれなかったことに気が付いて青くなっていたそうだ。
「これは全属性の魔法を使えるならば王族ではなくても使用可能なのではないか?」
ハルトおじさんが言葉に出した。
外された外側の魔術具の魔法陣を解析するためにぼくとケインが魔力を流していたので、ぼくたちでも発動するのでは、と誰もがうすうす感じていた。
「恐らくそうでしょうが、使えば死ぬかもしれない魔術具は検証のしようが無いですよ」
「使えない魔術具をどうして検証しているんだい?」
国王陛下の質問に、解体するのは今じゃなくても良いだろう?という空気感が背後に控える護衛からも伺えた。
持ち込んだのはお前らだろう。
「これは時代を代表するような瘴気が発生した時に使用された記録があるが、使用者がその後どうなったかは明記されていなかった。記録できない結果だったのだろう。最後の使用された記録も三百年以上前だ。先の大戦の戦場に戦死者が死霊系魔獣と化し大混乱に陥った際使用された……らしい」
王族一人の死でそんな大混乱が落ち着くのならば使用するだろう。
「今回は王都にまで被害を及ぼした瘴気の完全浄化とはいえ、今は抑え込まれている。無理してこの魔術具を使用する必要はないが、持ち出す正当な理由があるからこそこうして日の目を見ているのだ。そうでなければ王家の秘宝として蔵の中に眠っているものだ。魔法陣を解読できる技師が眼前に居るのに止めるなんて愚の骨頂だ」
お前は短絡的に物を見過ぎだ、と辺境伯領主が国王陛下を諫めた。
そっくりさんの設定だから言いたい放題だ。
「血筋だけで宮廷上級魔術師を決めるからこういう事態になるんだろう。どう見ても処罰を避けるために王族以外動かせない魔術具だから誤魔化しの魔法陣を施して被しているのを、何世代も続けているだけじゃないか。見てくれを大きくして美しく磨き上げた只の大きな箱に過ぎない。有り難がって宝物庫に貯蔵していることを恥ずかしく思えよ」
剥がした魔術具の制作者名と家系をウィルが記録しているから、今後宮廷魔術師に大変革が起こるだろう。
「そろそろ核心部分にたどり着きます」
ケインの一声に全員がホテルの冷蔵庫サイズになった魔術具を注視した。
箱を開けると中から出てきたのは業務用掃除機のような魔術具だった。チューブや筒も外されて収納されていた。
「これは瘴気を吸引して浄化するものでしょうか?」
ぼくはチューブや筒を本体に接続して掃除機を組み立てた。
筒の先端は隙間の掃除ノズルのように細くなっており、死者を出すことなくこの魔術具を使用できるのならば、繭のように包まれている瘴気の元に突き刺せば簡単に浄化できるだろう。
何でこれが太陽柱の欠片の中に見えなかったのだろう?
「「……これは!」」
辺境伯領主とキャロお嬢様が伝説の、と言いながら掃除機のような魔術具に近づいた。
辺境伯領主がはしゃぐということは建国王がらみの伝説があるのだろう。
辺境伯領主はぼくが装着しなかったベルトを掃除機本体に取り付けると、いきなり背負った。
幽霊をやっつける映画にこんな装置があった気がする。
「おじい様危ないです」
「なに。発動しなければ死にはしない。こうして死霊系魔獣や瘴気と戦った記録があるのだ」
辺境伯領主が背負った掃除機型の魔術具の魔法陣がうっすらと光った。
うっかり発動したら危ないから、とキャロお嬢様に説得されて辺境伯領主が魔術具を下ろすと光は消えたが、精霊言語で記憶した。
この場で考え込む時間が無いので、亜空間に移動した。
今は存在しない神の記号。
使用できない魔法陣を外して、あの魔術具が使えるようになればいいのだ。
神様が一柱いなくても世界は成り立っている。
発酵の神様が居なかった時も発酵は出来ていた。
発酵の神様が誕生してからは麹菌を誕生させたり、発酵時間が短縮したり良いことずくめだが、居なくても世界は成り立つのだ。
補完している神々が居るはずだ。
使えない神の記号をみぃちゃんの肉球に描き変えて、魔法陣の解析を始めた。
「出来た!」
光と闇の神の眷属神をこれでもかと盛り込んで、神様オールスターズの魔法陣を描き上げた。
鉱山のエントランスに戻ると、使用してはいけない魔法陣の封印を提案した。
「この魔法陣は封印すべきです。全属性の魔術師がお手入れでうっかり魔力を流して事故を起こさないためにも必要です」
メモパッドを取り出して、魔法陣を封印してその上から新たに魔法陣を描けばよいことを図解説明した。
「封印の原材料はこの外側を覆っていた魔術具から再利用しても良いですか?」
王家の秘宝を原状回復不能に改良するのだ。
陛下の許可さえ取れれば何でもできるだろう。
「ええと、これらを素材に使うということは元には戻らないのだな?」
「使えない魔術具を使えるようにするのだ。早く許可を出せ」
国王陛下は辺境伯領主の圧に押されて、すぐさま頷いた。
「良かろう。元々使用したら死にそうなものを改良しても、改良したものを試験使用するのはお主らなのだろう?」
改良した魔術具をぼくが使うのに異存はない。
理論上死なないし、シロも反対していない。
「大丈夫ですよ。ぼくが試します。そうしたら王族以外でも発動できることが立証されるので、騎士団の騎士でも使用可能になります」
王族の威信が、と気が付いたようだが、便利な魔術具は誰でも使えた方が良いのだ。
ぼくは先人たちの格闘した証である魔術具の中から必要な素材を取り出し、使用できない魔法陣を封印するプレートを制作し貼り付けた。
試しにほんの少し魔力を流しても魔法陣は光らなかった。
ぼくがいきなり魔力を流したことに、ケインとウィルが、心臓に悪いから止めてくれ、とぼくの腕を掴んで懇願した。
夢中になると周囲を気にしなくなるのが悪い癖だ。
ぼくは二人に謝ってから、また夢中になって考案した魔術具を上書きするプレートに新たな魔法陣を書き込んだふりをした。
手を動かして手動で描いているように見せかけたが、精霊言語で刻み付けただけだ。
「……複雑すぎて何が描いてあるのか全くわからない」
ハルトおじさんが唸るように言ったが、わからないように仕上げたのだ。
簡単に解読されてなるものか。
「出来ました!」
まるで数分で伝説の魔術具を改造したように見えるが、亜空間でひと月ぐらい費やしていた。




