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子どもたちのゆくえ

やや残酷な描写があります。

苦手な方はお控えください。

 暗闇の亜空間からいつもの真っ白の亜空間に移動した。

 椅子とテーブルがあるには有難いけど、もう少し風情があっても良いかな。

 港町の浜辺を想像したせいでビーチパラソルとデッキチェアになってしまった。

 いかんいかん。

 もう少し真面目に、と考えていると寮の中庭の四阿になった。

 みぃちゃんとスライムとキュアに囲まれてテーブルの水晶を覗くと、五才くらいのディーが遊牧民のようなテントの住宅で、従妹の結婚衣装の準備をしている母親の傍らで妹の人形代わりの石を磨いていた。

「珍しいわね。この時期は自由に放牧しているはずの羊たちが戻ってきているわ」

「嫁請いの儀式にはまだ一月早いのに、どうしたのかしら?」

 女性たちの世間話から、婚姻の際に相手の部族ごとやって来るような大勢の人たちが集まる儀式があることが想像できる。

「……て…敵襲だ!……」

 テントに飛び込んできた男はそう言うと、こと切れたように倒れた。

 シロの雑なモザイク処理では、背中に何本か矢が刺さっているのがわかった。

 ディーは即座に妹と、収納されている布団袋に押し込まれているので、麻袋の中にいたけれど音声が生々しすぎて酷かった。

 女性しかいないテントに兵士たちが押し寄せたのだ、後は語るべきことじゃない。

 ディーは妹に毛布を噛ませて両手で耳を塞いでやっていたので、全てを聞いていた。


 こうしてディーは敗戦国で妹と孤児になった。


 ディーと妹が収容された孤児院がある町は、黄砂で町の全てが茶色く霞んでいた。

 黴を削り取って作ったパン粥を食べた子どもたちに、モザイクがかかっていたが、どうなったかは想像に難くない。

 モザイクのかかった子どもたちの顔色から察すると、ただの食中毒ではなく毒か薬の治験にされているような気がする。

 “……ご主人様。毒に耐性のある子どもだけを育てるために、選別が行なわれています”

 床に筵を敷いただけの寝床に横たわるディーは、顔色こそ悪かったがその目は爛々と輝いていた。

 ……自分の幼少期を追体験してさらに意固地になったりしないかな?

 ディーはこの孤児院での生活で妹を亡くした。

 朝食の席に居なかった妹のためにスープを部屋まで運んだら、動かない妹の躯に鼠が集っていた。

 孤児院長は現金を手にして、生き延びた孤児の中でも顔色のマシだった数人を荷馬車に押し込んだ。


 連れていかれた先でディーたちは小綺麗な制服を与えられて、丸い白いパンと肉の入ったスープが与えられて、君たちは素質のある選ばれた子どもたちだ、と優しげな職員が耳元で語り掛けた。

 規律を守れば叱責されることも無く、良く学べば褒められた。

 衛生的な環境に健康的な食事、努力すれば認められて食事の席で褒められる。

 他の子どもたちの瞳は輝いていくのに、幼児のディーの瞳には陰りがあった。

 妹がこの環境に居れば死ぬことは無かったことに、ようやく気が付いたようだ。

 素質のある子どもの耳元で自尊心をくすぐる言葉を紡ぎながら、職員たちが子どもたちを洗脳していく。

 “神の名のもとに世界を救う人材になれ”

 言っていることは間違っていない。

 神の名や記号を使い魔法を行使する世界に住んでいて、神を敬い人類に貢献する人間になるべく研鑽することは尊い目標だ。

 問題は誰にとって都合の良い人材になるのか、というところだ。

 ディーが新たに収容された孤児院は清潔で美しいけれど、外観や居住空間にこれといった特徴が無く、七大神を平等に扱う信仰スタイルで、極端な思想の形成がどこで行われたのかわからなかった。

 辺境伯領では市内中心部は七大神の祠を中心に精霊神、山の神、豊穣の神を補助の魔法陣に据え大地の神で補完する魔法陣が敷かれていた。

 大地の神の結界が各都市間の結界につながっており、国土は各都市間の結界を利用して国土を守る結界を形成していた。

 独立していた飛竜の里結界も国の安定した結界の上に乗っかっている状態で展開していた。

 だが、この孤児院にはそんな国土の影響を感じることは無かった。

 それはこの孤児院が帝国から完全に独立しているからか、帝国が国土に合わせた結界を敷くことが出来ていないという意味だった。

 シロはディーに魔力奉納をする際のささやかな差異に気が付くように、あえて繰り返し再現させた。

 明らかな思考誘導だけど、この孤児院は何かおかしい。

 そうしてディーが洗礼式を迎えると、幼いディーは鐘を鳴らし、適正職業については曖昧にしか言わないはずの司祭が、本気で極めれば優秀な魔導師になる、と宣託をした。

 他の子どもたちの曖昧な宣託を片耳で聞きながら、見えざる手に導かれた人生だということに気が付いたようだ。


 帝都の魔法学校に入学後は敗戦国の孤児が健気に頑張っています、というパブリックイメージに求められるがまま、ディーは勉学に励みつつ慈善活動にも力を入れた。

 健気な奨学生というだけで、怪しい組織の接触が無い。

 目立った跳び級こそしないけど、ディーは上位の成績を保ちながら上級魔法学校で神学を選択した。

 ここで水晶が真珠かというほど真っ白になった。

 ぼくは魔導師を選択する予定はないから神学の授業は見ない方が良い。

 “……ご主人様は魔法陣を祝詞よりも自由に描き変えていますから、魔導師を選択する必要性を感じません。神々と直接対話をしたくなった時に学ばれれば充分です”

 雨乞いで大雨を降らすくらい常識がかけ離れている神々に、直接会話をできる栄誉を授かったとしても、まともにコミュニケーションできる自信はない。

 魔導師への道は当分の間保留にしておこう。


 卒業式では他の生徒たちは皇帝に感謝と忠誠を述べている中、魔導師を選択したディーは皇帝に感謝し神に忠誠を誓った。

 卒業後、祭服をまとったディーは、気さくな雰囲気を纏いながらも礼儀正しい新人の上級魔導師となり帝国全土の教会に派遣された。


 希少な聖魔法の使い手のディーが派遣される地域は、結界が綻んだことで瘴気が満ち、死霊系魔獣が出没する、かつて併合された周辺国だった地域ばかりだった。

 死霊系魔獣が出没する村。

 夕暮れ時には人々は家屋に籠もり、屋外は廃村のように誰も居なくなる。

 ディーはただ一人、ゴーストタウンのような村で瘴気を払い死霊系魔獣を討伐した。

 シロの雑なモザイク越しに見る死霊系魔獣は、吸収した魔獣や人間の手足がありえないところから生えていて、吸収した生物の魔法を全て使えるので討伐は難航した。

 ディーはそんな手ごわい死霊系魔獣に一人で対峙することになっても、知力と時の運で退治した。

 運だけでは生きのこれない。だが運が無ければ生きのこれない現場だった。

 優秀な魔導師として村人たちに感謝され、親を失った子どもたちを引き取り教会に連れて帰った。

 良い人だ。誰もがそう言った。

 引き取った子どもたちが入る孤児院は、ディーが収容された二か所とは違い教会に併設されている真っ当な孤児院だった。

 任務で近くに来ると、ディーは手土産を持って孤児院を訪問し、少額でも毎回必ず寄付をしていた。

 すごく良い人だ。


 ディーの仕事は帝国では清掃屋と呼ばれていた。

 戦後の荒れた土地を浄化して回る、帝国が戦争を止めれば無くなる仕事だ。

 神に祈ることは土地の浄化ばかりになってしまっていた。

 しかし、土地を浄化しても、若者は減少していく一方で、結界を維持できるほどの魔力量が無くなり、たった数年で廃村になることが珍しくなかった。

 地方の村が無くなると、付近の町の結界のバランスが崩れる。

 ディーがいくら頑張っても土地は荒廃していくばかりのイタチごっこだ。

 荒んでいく心を慰めるのは孤児院の子どもたちが成長する姿だった。

 ディーは効率的に浄化して時間を作り、孤児院を訪問することを繰り返していたので、一流の上級魔導師となり、さらに難しい地域に派遣されるようになった。

 そうして久しぶりに孤児院を訪れると、自分を慕っていた子どもが数人いなくなっていることに気が付いた。

「彼らはどうしたのですか?」

 流行り病にでもやられたのか、と院長に問うと、才能を認められて別の孤児院に引き取られた、とのことだった。

「上級魔導師になりたい、とみんな張り切っていましたよ」

「そうだな。頑張ればなれる。私もそうだった」

 当時のディーは不審に思わず柔和な笑みを浮かべていたのだろうが、追体験しているディーは微笑むが目は笑っていなかった。

 居なくなった子どもたちはどちらの孤児院に行ったのだろう?


 経験を積んだディーは国外にも派遣されるようになった。

 教会内での地位が上がったから待遇が良くなったのかと思いきや、教会の魔導師も美味しい仕事は司祭や上位貴族の子弟に寡占されていた。

 外国での仕事は、開発事業の失敗による瘴気の除去の仕事がほとんどで、死霊系魔獣は瘴気にやられた人間ばかりだった。

 上級魔術師と組むことがあったが、聖魔法の適性が少ないものは足手まといになることが多く、苛立ちが募ることが多かった。

 休日に地元の子どもたちに簡単な魔法を見せてあげると喜んでくれることが、ディーの癒しとなっていた。

 任務を終えるころには、そんな子どもたちの数人が居なくなっていた。

 ディーと同じように帝国から派遣されていた司祭に問うと、帝国に留学することになって一足先に旅立った、と答えた。

 両親たちに帝国に戻ったら子どもたちの様子を見に行く、と言うと神の使徒になるのだから寂しくない、と微妙にズレた会話になった。

 当時のディーはまったく気にしていなかったが、ぼくはもちろん、追体験をしているディー自身も思考に影響を与える魔香の匂いに気が付いたようだ。


 こういう生活を繰り返すうちに、司祭が外国から、時に強引に子どもを帝国に送り込んでいたのだ。

 ディーは自分が二度目に入った孤児院を訪ねた。

 居なくなった子どもたちの数人がここに居り、とても行儀良くなっていた。

「君の派遣先は当たりが良い。優秀な子どもたちが多くて十分に育ってから出荷できる」

 ……出荷?人間牧場なのか!?

「あの子たちは全員魔法学校に進学するのですよね?」

「人間には向き不向きがある。神様はそういうように人間をお創りになった。適材適所の場所に出荷されるだけだよ」

「派遣ではないのですか?」

「もう戻ってこない場所に行く子どもたちだ。ここで育ったことも口外できなくなる。だから私もあえて出荷というのだよ。彼らはここに居なかった子になるのだ」

「……」

「君には余計なことは訊かないでいる分別がある。だが、あえて言おう。何故なら君はどちらにもなれる素養があるからだ。聖魔法の使い手が少ないから魔導師にしたが、もう一つの仕事もできる神のご加護が厚い貴重な人間だ」

「もう一つの仕事ですか?」

「正しく神を信仰する世界だよ。この国がこの国になる以前からあった、神を信仰することで世界の理を整える世界に戻す仕事だ」

 ……世界の理!精霊王が出てきてしまう話だったような気がする。

 “……ご主人様。カカシが語った『世界の理』ではありません。古から世界の理という言葉だけが人間の間で都合よく定義づけられますが、見当違いなものです”

 ……そうだよね。失われた文字のせいで古の知識を失った世界で、適当なことを言いだす宗派が現れただけだよね。

「……世界の理を整える仕事ですか」

「そうだ。世界は綺麗ごとだけで出来ているわけじゃない。出荷される彼らがする仕事は口に出して言えないことだ。君にしてほしい仕事は、特別に才能がある子どもを年に一人か二人連れてくることだ」

「……出荷するための子どもですか?」

「どちらに適性があるかは神がお決めになる。世界を創り替えるために必要な人材となるのだ」

「謹んでお受けいたします」

 この話を聞いた時点で受け入れなければディーは死んでいた。

 部屋の隅にあいつが居たんだ。

 山小屋強盗殺傷事件の犯人の男だ。

 当時は気が付いていなかったディーに、シロは背後の気配を探れと圧をかけた。

 ディーの肩が微かに動いた。


 ガンガイル王国に派遣されると魔力持ちの子どもは多いのだが、子どもの管理がしっかりしていて、両親に魔香を嗅がせても子どもが居なくなると、翌年から出荷に必要な量が集まらなくなり、司祭は強引な手段を取り始めた。

 任期もあと一年とあらば多少強引でも構わないと考えたのだろう。

 司祭の頭は光ったが、司祭の任務の内容を全く知らなかったディーの頭皮は光らなかった。

 ディーが狙いをつけていたのは、王都の祠巡りで回復薬を与えた少年だった。

 少年の母親が産後の肥立ちが悪かった理由は、母親はディーの呪詛を受けていたからだった。

 子ども元気薬が万能過ぎて呪詛を払ってしまったのだ。

 教会の慈善事業としてではなく、少年と個人的に親しくなって気の毒な母親を救い、君も帝国で上級魔導師の勉強をしないかい?と誘うはずだったのだが、廃鉱内の浄化の仕事に当たっているうちに、ぼくが解決してしまっていたのだ。

 奨学金も用意したので、帝国まで行かずに地元で勉強できるようになったのだ。

 自分のノルマに焦ったディーは、ぼくたちの誰かを攫うことにしたのだ。

 あんな計画で成功するわけがないと思ったが、呪詛と魔法が連動して作用する複雑な仕掛けだった。

 所長の合図で明かりが消えると、キャロお嬢様を風魔法で物理的に弱らせた後、呪詛で眠らせ、魔力を遮る黒い布の四隅に隠匿の魔法陣を刻んだ魔石を埋め込み、倒れたキャロお嬢様を後方に下げて布を被せる作業を一瞬で済ませたのだ。

 瓶をネコババしなければ、犯人特定が遅れたのに、とディーは後悔しているが、スライムたちとみぃちゃんとみゃぁちゃんにキュアまでバッチリ見ていたのだ。

 茶番を早く終わらせろと圧を送ってくるのも理解できる。


 シロはディーに自分が見てこなかった真実を見せるために、ディーが拐かした子どもたちの行く末を、ディーが無視していた記憶から引きずり出して再現した亜空間に送り込んだ。

 水晶玉は真っ白になった。

 “……ご主人様。多くの子どもたちはディーが最初に収容された孤児院のようなところに送られています”

 ぼくは直視できなさそうだ。


 みぃちゃんとスライムが回復薬で呪詛が払えるのなら瘴気も浄化出来ないか?と提案してきた。

 瘴気を回復薬で払うなんて考えてもみなかったが、光る苔の雫が入っているのだから出来そうな気がする。

 “……カイル。わたしも光る苔が見たいな。お水はマズいけれど、飲んだら強くなるのでしょう?”

 キュアの質問に、原液の不味さをみぃちゃんとスライムが力説したが、飲むかどうかはさておいで実物を見てみたいのだろう。

 ぼくは収納のポーチに入れたあった光る苔の赤ちゃんの水槽を取り出した。

 “……カイル。食べても良い?”

 食べるって苔の方を食べるのか。

 光る苔は増殖しているから一つくらい食べられても問題ないけれど、不味いだろうな。

 “……箱ごと食べるから大丈夫”

 キュアはそう思念を送ってよこすと、顎が外れるかと思うほど大口を開けて水槽ごと丸呑みしてしまった!

 ディーに気を取られていたシロが、しまった、と呟くと亜空間を寮の中庭から真っ白な亜空間に切り替えた。

 キュアのおなかは水槽の形に四角く角がとがっている。

 あれが消化されたら、何かが起こるのはわかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 『魔導士』と『魔導師』が混在していますが、正しくはどちらなのでしょうか? それともそれぞれ別のもので書き分けている? 作中用語としては『魔法師』と『魔導士』で最初に出て来たように思いますが…
[一言] 大胆な仔竜である…(;´д`)
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