閑話#14 公爵子息三男の痛感
カイルが飛竜の里に見学にいくことになったが、参加者は辺境伯領のもので固められてしまった。
父上にそのことを報告すると、必ず参加できるようにする、と左口角をやや上げて言った。
どうやったかは知らないが、うまく買収したようだ。
条件は前回の海の旅行と同様だったので支度は簡単に済んだ。
今回は魔法の絨毯で空の旅。
護衛は元飛竜騎士のみ。
調査員がいないのだ。
父上に防御の魔術具をたくさん装備されたのに、愛を感じてしまった。
屋敷の雰囲気も半年前とは全く違う。
従者たちが変わったのではない。
ぼくの家族に変化があったのだ。
父上が屋敷の中では朗らかに笑い、ぼくやエリザベスを気遣うような言葉を毎日かけてくれるようになった。
母上は毎朝、朝食室に間に合うようになった。
父上が着飾らない母上を、自宅でしか見れない本当の美しさだ、と褒めたことがきっかけだ。
内気だったエリザベスは、スライムは無理でも犬か猫を飼ってもらえるようにと社交の練習も嫌がらなくなった。
家人が穏やかになると、使用人たちも来客がない時は優しい表情を見せるようになった。
「一番お変わりになったのはあなたですよ。あなたは侍従や下働きにでさえ、ご苦労、と一声掛けるようになりました」
家庭教師にそう言われた。
海の旅に出かけてから、自分がいかに自分勝手に物事を見ていたのかを知ったのだ。
カイルの親友だと宣言していたのに、カイルは特別な平民だと思っていた。
才能も姿かたちも人柄も抜きんでている少年が、ぼくとは全く違う視点で物事を見て、奇想天外な発想で事件を痛快に解決する。
だが、対クラーケンでは彼の家族やただの一般市民たちの協力で、あんなにも美しい結界を維持することが出来たのだ。
生まれとは何だろう?
高位貴族の長子という地位や才能といった何らかの資質が無ければ、世界を守る英雄になれないなんてことはない。
あの時、半信半疑でも協力してくれる一般市民がいなかったなら、ぼくの魔力ではとてもあの結界を維持できなかっただろう。
足の悪い老人が避難する余力もない、と言いながら、ありったけの魔力を圧縮して奉納したら、ぼくの一回分の魔力奉納のポイントをあっさり超えてきた。
尊敬に値する人たちはどこにでもいて、陰ながら社会に貢献しているのを、目の当たりにした。
カイルは言ったんだ。
みんなに力を与えたのは、ぼくやボリスやメイさんだったと。
自分の行動が誰かに影響を与え、それが大きな力になる。
それなのに、ぼくは日常でぼくに関わる人たちに何も気をつかう事がなかったのだ。
変わらないでいられるはずがない。
人は変われる。
それは思い知った。
だが、ハロハロは別だ。
非凡ならざる、なんて回りくどい。
あれが国王になったら国が滅びる!
“……あれは半年前のお前だ”
どこからともなく聞こえた思念。
そうなんだ。耳で聞こえたのではないのだ。
飛竜の村の結界を強化するきらめきが精霊だと知った。
たとえぼくが愚かな子どもだったとしても、誰だか知らないお前には関係ないだろ。
カメラを構えると、みぃちゃんとスライムが代わる代わるやって来て出来栄えを確認する。
精霊たちが里に普通に現れる光景はどこを映してもとても美しかった。
…なぜ王都には精霊が居ないのだろう。
スライムがカイルの写真ならこれがいい、とでも言うように選び出している。
ああ。
何か考え込むときに右斜め下を向くときの表情がたまらない。
飛竜の里では滞在中ずっと同室なんだ。今日はどんな寝物語を話そうかと考えていたが、疲れが蓄積していたのか、あっという間に寝入ってしまった。
シロが笑っていたよう見えたのは気のせいだろうか?
ぼくは夢を見た。
夏休みであることは、カイルの鎖骨の見える簡素な服からもわかる。
知らない街でぼくたちは祠巡りをしていた。
あり得ないのはその移動方法だ。
四角い簡素な待合室のような部屋が三つも連結しているのに、どの部屋にも人がたくさん入っている。
四角い部屋は通りの溝に沿って走り出した。
後ろに荷台が二つ転結していて、カイルは町の物流を担っていると言うのだ。
「ここはぼくの夢の街だよ。馬車と市電が同じ道を走るんだ」
ああ。さすがにこれは夢だろう。
カイルは将来こんな魔術具を開発したいのかな。
「「………」」
カイルに優しく右頬を叩かれる。
なんだ、この甘い夢は!
「あああ、おはよう。本当に早いね」
「「先に厩舎に行っているね」」
これは現実で、ぼくは寝坊しておいていかれただけだった。
厩舎に行ったがすでに清掃も終わっており、飛竜たちの朝食用の肉も切り分けられていた。
飛竜たちは餌もそこそこに、どこかへ出かけている。
カイルの導線をたどるなら厨房だろう。
厨房の入り口には中に入れてもらえなかったちび飛竜たちが、扉の前でうろうろしている。
厨房ではハロハロがまるで別人のように積極的に働いていた。
ぼくの夢は荒唐無稽な夢らしい夢だったが、ハロハロが見た夢はこの世界の厳しい現実だった。
王太子が帝国の傀儡になるように育てられていたなんて、酷い悪夢のような現実だ。
王都でハルトおじさんが暗躍するためにハロハロをこの里に引き離したということは、まだしばらく王太子に据え置く必要があるのだろう。
三大公爵領地の結界はガンガイル王国統一前の小国だった頃の結界を上書きしたもので、王国全体の結界も支えているから、簡単に排斥させて終わらせられない。
ハルトおじさんはいつから公爵家の入れ替えを画策していたのだろうか。
ぼくはラウンドール公爵三男。
不甲斐ない兄たちに取って代わって公爵家を継ぐこともあり得るが、せっかく跡継ぎから遠い三男に生まれたのだ。
好きに生きてやろう。
「ぼくはこのことは父上にも言わないよ。カイル。親友として約束するよ」
この里には父上の調査員もいない。
父上がハルトおじさんと結託しているのかもわからないが、無関係ではないだろう。
今のぼくはカイルの親友だ。
カイルはこの国のためにならないことはしないだろう。
東の魔女の伝言は本人に直接届いた。
おとぎ話の存在だと思っていた東の魔女は、おとぎ話のような魔法を使って王宮内の密偵を告発した。
名前と所属は記憶した。
ガンガイル王国最西端の領地を治める公爵家、王妃の実家が帝国に汚染されているようだ。
王宮内の大掃除どころでは済まないだろう。
そんなこと大人に任せよう。
飛竜たちが遊んでくれと待っているのだ。
縄跳びは基礎訓練にも有効な遊びだ。
みぃちゃんとスライムにかかれば、もはや曲芸だ。
ボリスのスライムもなかなか上手だ。ということは、辺境伯領で流行っているのだろう。
カイルはちび飛竜たちの飛び方を観察している。
カイルはこうやって自然の摂理から最も効率的に魔力を活用しようと模索しているのに、ハロハロが邪魔をする。
頭の霧が晴れたハロハロは他者から搾取する目的で行動することは無くなったが、好奇心旺盛な子どものようで、これはこれで結構うざい。
カイルが思索を諦めて、身体強化でスライムに劣らない縄跳びを披露した。
ぼくは最近鍛錬をサボっていたことを悔しく思った。
せめてボリスくらいに動けなくては親友として名折れだ。
里の祠巡りは散策も兼ねていたので魔力をたくさん奉納すると言うより、小さな祠までくまなく回ることに重きを置いた。
里の人たちはぼくたち人間よりも飛竜たちやみぃちゃんとシロにまず挨拶をする。
カイルは、貴族の肩書がないただの人なんだから誰も気にかけない、散歩ではまずペットに視線が集まるものだ、と言った。
貴族が存在しない里では貴族の威光など全くないのだ。
それでも出会う人がみな、自宅に引き返してまでいろいろと物をくれる。
笑顔で昨日は楽しかったと口々に言った。
もう持てないからと断ったら台車を貸してくれた。
誰が引くかはじゃんけんで順番を決めた。
ハロハロの番になるとみぃちゃんとシロが台車に乗ったのには、みんなで笑った。
こんな旅になるとは思ってもみなかった。
ハロハロの態度に憤ったり、変化に驚いたりしたが、まだ眼が曇っていたのはぼくも一緒だった。
カイルが最貧民の出身だと聞いて衝撃を受けた自分に、まだ平民への侮蔑が残っていたことに気が付いた。
最貧民の子は魔力が低くて、低能、まだそんなことを心の底で思っていた。
ぼくは自分は変わったと思い込んでいただけだった。
カイルは平民が魔法を学ぶ必要性をハロハロに指摘したら、ハロハロはカイルがすでに王都で貧困対策を実施しようとしていると言った。
カイルは見ているところが違うだけじゃなく、やっていることが違い過ぎる。
……カイルのようになるのは無理だ。
胸が締め付けられるように痛むが、努力だけでカイルのようにはなれない、と現実を見せつけられる。
でも、諦めない。親友でい続ける努力はする。
そのためには、ぼくは見聞を広める必要がある。
「夏休みに辺境伯領に絶対に行くぞ」
「ラウンドール公爵領に行ってみたらいいよ」
両方に行って王国の今を見比べてみたい。
ぼくが台車を引く番になると小太りな飛竜が台車に乗った。
何でこんなに重たいのに飛べるのかな?
最後に魔力を奉納した精霊神の祠では、ぼくも辺境伯領に行けるように祈った。
辺境伯領では城で精霊神を祀っていたはずだ。
……どうぞご加護がありますように。
ぼくたちの周りにフワフワと光る精霊たちが現れた。
「王族と精霊なんてまるで伝説のようですね」
建国の祖は精霊神と国を興した。
……今、この世界に精霊使いがいないのは、何故だろう?
カイルはのんびり、飛行の魔法を開発していた。
失敗しても楽しそうだ。
カイルは突然ペットたちに大量の魔力を与え回復薬まで使用した。
本気で飛行魔法を完成させるために、スライムや猫の手まで借りる気なんだ。
ここは親友のぼくにも頼ってほしかった!
新婚飛竜たちが怪我をした赤ん坊の飛竜を拾ってきたことで、飛行の魔法の研究は延期になる……こともなく、翌日にはカイルは空を飛んでいた。
神々しい光を放ちながら。
蜻蛉だろうが、パラシュートだろうが、この魔法を可能にしたのはスライムだ。
ボリスのスライムに視線を向けたらしゃべらないけれど、出来ない、と言っているのがわかる。
ハルトおじさんのスライムなら出来るのだろうか?
あれだけ魔力をもらっていたみぃちゃんは赤ちゃん飛竜の躾役でしかなかった。
カイルの行動基準がわからない。
里では飛竜たちと飛行の練習をするカイルに付き添って祠巡りを続けた。
魔力量を上げたい。
魔力操作の練習がしたい。
ぼくはボリスより魔力探査が下手だ。
一番の親友の座をボリスに譲りたくない。
そして赤ちゃん飛竜はカイルが飼うことになった。
伝説の少年にまた一つ伝説が加わった。
個人で飛竜を里から直接譲り受けて飼うなんて、おそらく史上初だろう。
非凡ならざる王太子は、爪を隠した竜になった。
この国の行く先が楽しみだ。




