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小さな変化、大きな希望

 ポアロさんの家の屋根の上に降りてスライムを休ませることにした。

 ちびっこ飛竜たちがぼくたちを追いかけて飛んできた。

「カイル。魔力はどうだ」

 イシマールさんが心配して声をかけてくれた。

「ぼくも、スライムもまだ大丈夫ですが、魔力の節約をしたくて降りただけです」

「そうか。飛行時はやはりカイルの魔力も使用するのか。俺の義手との間に居るスライムがそうなんだ」

「ぼくはイシマールさんのスライムを参考にしましたから、同じような感じだと思います」

「飛びながら両手が使えるのは便利だが、さらに魔力を使おうとしたら飛行時間が短くなるのか」

「防御の魔法に魔力を使うとなると問題ですけど、降りるだけなら魔力の節約は出来ますよ」

 スライムをパラシュート型に変形させて風魔法で一気に広げると、屋根から飛び降りた。

「「「「「「心臓に悪いから、いきなりやるな!」」」」」」

 風を操りフワフワと安全に飛び降りたのに、地上からも上空からも怒られた。

「魔法の絨毯が魔力切れを起こした時は便利だな」

 ハロハロはパラシュートの実用性は認めてくれたが、そもそも魔法の絨毯に防御機能を搭載しなければ実用化できないし、と唸っている。

 ウィルはボリスのスライムに、お前は出来ないのか、と詰め寄るがボリスのスライムは否定するようにフルフル震えた。

 魔法陣を公開していないから、形だけ真似ても飛べないだろう。

 飛竜の赤ちゃんが羽をバタつかせて必死に飛ぼうとしているが、まだ飛べない。

 小さい飛竜たちがお手本を見せようとそばに寄って来たら、よちよちと覚束ない足取りでぼくの方に急いで駆け寄ってきた。

 ぼくは少し飛んで小さい飛竜たちの輪に加わるように促すと、目をそらしてしまい、キュゥ、と切ない声で鳴いた。

 仕方がない。

 ぼくは鞄の口を開けて赤ちゃん飛竜を入れてから飛び立った。

 “……また甘やかしている”

 スライムが文句を言ってくるが、やっぱり同情しちゃうんだ。

 赤ちゃん飛竜は母飛竜に咥えられて飛んだことを思い出している。

 母にかばわれて、その母が大けがを負って眠ってしまったことに、自分を重ねてついついぼくが甘やかしてしまう。

 普通に接してくれた今の家族に感謝の念を抱くと、飛竜の赤ちゃんも涙を流してくれた。

 “……こいつの母は生きてるじゃないか”

 でも百年単位で寝てるんだぞ。

 “……みぃちゃんの母は死んだぞ”

 みぃちゃんはぼくたちが家族になったじゃないか。

 王都に赤ちゃん飛竜を連れて行くわけにはいかないから、他の子たちに馴染んでほしいから気配りをしないといけないよ。

 せっかくちびっこ飛竜たちの近くを飛んでいるのだからよく観察しなさい、と言って先輩たちのそばに寄った。

 イシマールさんとハロハロが呑気にぼくの飛行を見学できるということは、ハルトおじさんの王宮のお掃除も片付いたのだろう。

 ハロハロが正気に戻ったのならバリバリ働いてもらわないといけない。

 そんなぼくの思考に呼応するように、鞄の中ですすり泣くような、小さい震えを感じた。

 “……カゾク…カゾク…”

 …さよならは辛くても、しなければならない。

 ぼくは赤ちゃん飛竜にぼくの思考が漏れないように魔力ボディースーツを強化した。


 精霊たちが遊びに来て、スライムの翅を褒めている。

 蜻蛉。

 妖精。

 意見が割れている。

 赤ちゃん飛竜にもフワフワと寄ってきた。

 赤ちゃんは口を大きく開けてパクっと精霊を一つ食べてしまった!

 いいのか!シロ!!

 精霊が食べられたぞ!

 “……ご主人様。魔法を使う時に精霊素を使います。使われた精霊素は消えます。その赤ん坊に食べられた精霊は本人が望んでその子の一部になることを選びました。問題ありません”

 えええ。

 何その新事実!

 魔獣ってもしかして体内に精霊を取り込んで魔法を使えるようになるのか。

 “……ご主人様。精霊たちも推しの魔獣を強くするために、自ら進んで魔獣に取り込まれるものが居ますが、大体はのんびりものの精霊が魔獣に捕まります”

 魔獣の突然変異ってそういう理由だったのか!

 精霊の存在を確認できない現在の研究では解明できるわけないじゃないか。

 “……ご主人様。水属性が推しやすい魔獣に雷属性が推した結果、本来使うはずの水属性ではなく雷属性の魔法を使ったり、水属性と雷属性の魔法の併用ができる魔獣がいたとします。それは人間にとって突然変異に見えるでしょう。しかし、これは珍しいことではありません。そもそも人間が魔獣の生態を知らなすぎるのです”

 結界で居住地域を隔離しているから、なおさらなんだろう。

 みぃちゃんとスライムも精霊たちを取り込んでいるのかな?

 “……ご主人様。あの二匹は精霊たちを取り込む前に魔法陣を習得しました。あの二匹を気に入って飛び込んでいく精霊もいるかもしれませんが、二匹は精霊たちを友達か(しもべ)くらいにしか思っていません”

 友達と(しもべ)にはだいぶん差があるぞ。

 そんな話をしていると、精霊を取り込んだ赤ちゃん飛竜は鞄からゴソゴソと飛び出そうとしていた。

 危ないじゃないか!

 飛ぶ練習をするにしても、いきなりこの高さでしないでくれ!!

 ぼくは羽をバタバタさせながら鞄からはみ出している赤ちゃんを捕まえて、高度を下げた。

 やっぱり初めての飛行訓練は低高度から始めるべきだね。

 地上にもどると、赤ちゃん飛竜はみぃちゃんの前にお座りさせられて説教を食らった。

 みぃちゃんはすっかりお姉さん、というかお母さんだね。


 その日から、赤ちゃん飛竜はちび飛竜たちと飛ぶ練習をするようになり、里の人たちからも餌をもらったりしながら少しずつ馴染んでいった。

 ぼくも高度を抑えた飛行の魔法で、祠巡りをしながら飛行距離を計測したり、魔法陣を組み替えて、より一層省魔力になるように研究に励んだりした。


 お別れの日がやって来て、里の人たちも集まってくれた。

 ポアロさんは飛竜の鱗や爪などの貴重な素材をお土産にくれた。

 ぼくたち子どもチームは滞在のお礼として歌を歌った。

 スライムが記念写真を撮影して、魔法の絨毯をセットアップすると、イシマールさんが飛竜に乗り、嫁も同行する。

 ちび飛竜たちにお別れの挨拶をして、赤ちゃん飛竜の鞄をポアロさんの奥さんに返すと、赤ちゃん飛竜が目に涙を浮かべてぼくに飛びついた。

 さよなら。元気でいてね。

 赤ちゃん飛竜によしよしと背中をポンポンしていたら、里の人たちが口々に言った。

「連れて行ってあげたらいいじゃないか」

「カイル君が時折、この里に立ち寄ってくれたら赤ちゃん飛竜とカイル君の両方に会える」

「赤ちゃん飛竜は自分たちが死ぬまで赤ちゃんだが、一緒に来てくれたら成長していくカイル君を見られる」

「カイル君の嫁もみたい」

 悠久の時間を過ごす飛竜を育てる里の人たちは時間の感覚がやけに長い。

 “……()がきたならば、私たちが責任もって面倒を見ます”

 新婚飛竜の二人が、ぼくが居なくなった後も、面倒を見てくれるなら大丈夫かな。

「父上にカイルの飛竜は飛竜の里との盟約により世話をしている、と一筆書いてもらうから、上位貴族からの干渉はねじ伏せられるぞ」

 この旅で一番成長したハロハロが言った。

 帰ったらこの人が一番大変なんだよな。

 みぃちゃんもぼくにどことなく期待の籠った眼を向けている。

 そうだよね、みぃちゃんたちにとっても、赤ちゃん飛竜はもう家族なんだ。

「一緒に来るかい?」

 寮には大きな飛竜用の厩舎もある。

 キュゥ…!

 赤ちゃん飛竜も絨毯に乗った。

 飛び立つとき、見送ってくれるかのように、精霊たちが色とりどりの光を湛えて地面から湧き上がってきた。

 それを見ているハロハロの横顔がどこか決意を秘めているように見えた。

 里に来た時よりもメンバーが増え、まともになった王太子と共に王都に帰った。



 辺境伯寮の上空に来ると、ハロハロやウィルの迎えの馬車が到着していた。

 この絨毯を降りたら、もうハロハロのことを王太子殿下と呼ばなくてはいけない。

 ぼくたち子どもはそのことに気が付いて、真面目な顔つきになった。

「地上に降りても私の乗った馬車が辺境伯寮を出るまでは、私はハロハロだよ」

『辺境伯寮の敷地は王都の中で独立している。法も辺境伯領の法律が優先されるし、敷地内は治外法権なんだ。どうぞ』

 そうなんだ。

「それもあって辺境伯寮まで謝罪に行くことは、辺境伯領主に頭を下げるようなもので、派閥の離脱を意味するから、行けないものがいるんだよ。もうだいぶん片が付いたから、これで煩わされなくなったはずだよ」

 それは寮長の胃にやさしいニュースだ。

「わたしはしばらく愚鈍のふりをして、妻の出方を見極めるよ。私が愚かな王太子であった方が帝国の動向も予測しやすい」

 東の魔女が失敗したことは帝国にバレているだろうが、暗示が解けていることまではわからないはずだ。

 寮では寮生たちが中庭で手を振りながら見上げていた。

 飛竜が増えたことは手紙に書いたけど、赤ちゃん飛竜のことは伝えていない。

 ハロハロや、ウィルの迎えの人の目もあるから、赤ちゃん飛竜には鞄に入っていてもらうことにした。

 中庭に着地した時には、ハロハロは王族スマイルに戻り、飛竜の宿舎を見たいとか、精霊神の祠を参拝させろ、などと、心の赴くままに行動する、今まで通りの考えなしの王太子のようにふるまった。

 でも、ぼくたちは上空でハロハロが誓った言葉を信じている。

 愚かであった自分はいずれ王太子の地位を返上することになるだろう。それでもこの内憂外患を打破すべく非凡ならざる王太子として返上するまで戦っていく。

 何があっても、国の結界の魔力を満たし続けて、陰ながら王国を支える。

 そう言ったハロハロは、ぼくにはもう愚か者には見えなかった。

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