半生
注意:やや残酷な描写があります。
宴は朝まで続きそうな勢いだったので、ぼくたち子どもは部屋に下がった。
里の子どもたちは、みぃちゃんとシロが部屋に下がることを残念がっているように見えた。
三つ子と遊びなれているから、子どものあしらいが二匹ともうまい。
順番にお風呂に入ると疲れが出たのかボリスもウィルもベッドに入るとすぐ寝入ってしまった。
シロの亜空間に移動するため、みぃちゃんが布団をかぶってカモフラージュした。
ハロハロに現実を見てもらおう。
ぼくがかつて味わった、まだシロが中級精霊になる前にマナさんの精霊の亜空間を拝借してやられたやつだ。
イシマールさんの飛竜たちの見た現実を夢の中で見ればいい。
「ご主人様には刺激が強すぎます」
ちょっとだけ知識のあるだけの、まだ子どものぼくには戦火の真っただ中は厳しい。
戦争の追体験などぼくにも耐えられる自信はない。
だけど、ハロハロの精神を破壊したいわけでもないから、厳しめのシロとは違う視点で止めに入らなくてはいけないのだ。
「ご主人様。こちらでしたらどうでしょう」
シロはバスケットボールサイズの水晶玉をテーブルに置いた。
「ご主人様が目をそらせば水晶が濁ります。無理のない範囲でご覧ください」
ハロハロは結構飲んでいたけど大丈夫かな。
「ご主人様。どんなに彼が飲み過ぎていても、目の覚めるような現実をご覧あそばせましょう」
亜空間の片隅で、ぼくはハロハロの半生と、イシマールさんと飛竜たちの半生を観察することになった。
かつてぼくが閉じ込められたような暗黒の亜空間にハロハロが引きずりこまれた。
「なななな、な、何なんだ!ここは!」
ぼくも最初はそう思ったよ。
そこに、光り輝く人間サイズのロリ顔巨乳のシロが現れる。
「め、め、めっ女神様!ここはどこですか?」
すり寄ってくるハロハロをシロは片手で押しとどめた。
「近寄るでない。私は女神ではない。お主に名のる気もない。時間がないから手短に済ませよう」
シロはマナさんの精霊ほど優秀ではないので、亜空間に居る間も現実の時間が経過するのだ。
「お前が見てこなかった、だが、そこにあった現実を見に行こう」
シロがそう言い終わらないうちに亜空間が変化し、天井が高く豪華な装飾品がたくさん飾られた部屋で、お茶をこぼして叱られる洗礼式前のハロハロがいた。
「無作法が許されるのは洗礼式前までです」
家庭教師と思しき男性から、威圧を受ける。
「はい」
膝の上に両手を置いて俯く少年。
もう一度威圧が飛ぶ。
「顎を引いてはいけません。どんな時も正面を向いて、視線で侍従に片付けることを命じてください」
「はい」
場面が変わった。
王宮の一室では多くの人が出入りする中、ハロハロが居るのに透明人間のように誰も気がつかない。
「ハロルドがすっかり委縮しているではないですか」
「お言葉ですが、殿下、ハロルド様はもうじき魔法学校入学なのです。同学年に第二王女がいらっしゃいます。外見だけでも取り繕うことが出来なければ、致命的な失点となります」
まだ若い王妃に、家庭教師が忠言していた。
「ええ。それはわかっております。それと、ハロルドがあなたを嫌だというのは別の問題です」
「私は王家の長子の教育をしているのです。これに耐えられないようでは彼の未来の選択肢が狭まります」
家庭教師はそう言って退室した。
「ああ。あの方が居なければ、ハロルドの家庭教師の選択肢が広がるのに」
王妃のお茶を入れ替えていた、侍女の瞳がきらめいた。
侍女たちが清掃をしながらうわさ話に花が咲いている。
「またハロルド王子の家庭教師が変わったそうね」
「ハロルド王子に問題があるように言わないでちょうだい。食あたりにあってから体調が戻られないから交代しているだけですよ」
「えっ。皆さまその後お亡くなりに……」
あの時お茶を入れ替えた侍女が部屋に入って来たので、みんな急に黙った。
……どう考えても、食中毒じゃないだろ。
ハロルドも何か思うところがあったのか、涙を浮かべている。
毒発見の魔法陣が多く開発されたのも理解できる世界だな。
場面は一転して、辺境伯領のとある農村。
先ほどのハロハロと同じくらいの大きさの女の子が、まだ角も生えていない一角兎の赤ちゃんを抱えて泣いている。
「いやあぁぁ。この子をシチューにしないでぇぇぇ。」
「一角兎は害獣だ。畑を荒らして、お前のご飯を全部食べつくすんだぞ」
「いーやっ!あたしのご飯を半分あげるもん。この子を食べないでぇぇ!」
ああ。イシマールさんの妹さんだ。
「シチューにするほど肉がないぞ」
「父さん。命は少し大地に帰すものです。この子の親兄弟は駆除したのだから、この子は大地の神の使いとしてうちで飼ってあげましょう」
母親と思しき人の助言でイシマールさんのうちの家族になったようだ。
トイレの世話をして、一緒のベッドで眠り、ニンジンスティックを半分こにして食べて、家族にもふもふもされて、兎は幸せに暮らした。
次の年に、すっかり大きくなったウサギは畑を荒らすこともなく、他の害獣が入ってこないように畑をパトロールして、家族の一員として働いている。
少女はやがて上級魔獣使役師となって、熊を従えて開墾の地で活躍することになった。
伐根を引き抜き、畑を耕し、害獣を排除する熊。
その熊に指示を出すかのように兎はいつも一緒に居る。
熊のおなかの上で兎がくつろいでいる絵柄はメルヘンというより、シュールだ。
「俺はルカクが居たから飛竜騎士になれた。魔獣と信頼しあい、家族のように過ごせないと飛竜使いにはなれない。俺はそのことをお前から学んだよ」
「そうだね。兄さんは、最初はこの子をシチューの具としか見ていなかったもんね」
「ああ。お蔭で兎が食えなくなった。兎を食うぐらいなら洗浄魔法をかけた鼠を食うよ」
二人は笑いあうが、それが冗談だと二人ともわかっている温かい関係だ。
透明人間のハロハロが羨ましそうに見ている。
場面はまた変わる。
飛竜の里のイシマールさんの飛竜だ。
厩舎が石造りで現在と違う。
族長も里の人もみんな似ているけれど、違う人たちだ。
トイレ以外で漏らした時も、きつく叱らずに掃除する人たち。
飛竜が嬉しそうにその人の後をついていくのに、すぐに彼は老人になってしまう。お世話は彼の息子と孫に引き継がれた。
そうして成体になった時に、王都の騎士団に行ってみないかと誘われた。
仕事内容は人里に害をなす魔獣の討伐または駆逐を、契約騎士と共にこなす事。
戦争が起これば駆り出されること。
気に入った契約相手が居なければ拒否しても良いこと。
契約が終われば自由だが、大概次の相手を推薦されること。
騎士が働けなくなったら契約が解除になること。
契約が切れたらいつでも自由であること。
イシマールさんの飛竜は王都に行くことを選んだ。
ハロハロはただ見ていただけだ。
“……ご主人様。水晶を少し曇らせます”
ここからが地獄の入り口というわけか。
騎士団での飛竜の扱いが里で聞いていたのと全く違った。
魔獣討伐に駆り出されることはなく、外国の戦地、それも最前線の危険なところばかりだ。
イシマールさんの前に契約した騎士は魔力量の多い高位貴族で、老師様が嫌う魔力で押す戦い方だった。
魔力切れが起これば全面的に飛竜が戦うことになり、人と共存してきた飛竜にはとても辛い戦いが続いた。
ハロハロは飛竜の横に飛ばされていた。
敵の攻撃に固い飛竜の鱗が吹き飛び、ハロハロの頬をかすめた。
飛竜騎士師団が全滅しないために、悲しい悲鳴を上げてから、口から炎を出して地上を焼き尽くす。
“……こんな事がしたいわけじゃない”
ギュアァァァ!
焼き尽くした地上を目にした飛竜が絶叫した。
ぼくが目をそらすと水晶が灰色に濁った。
…悲しすぎる。
それでもぼくは見届ける決意を固めて、再び水晶を見た。
飛竜は仲間を助けることを第一に考えて行動したけれど、自分が放ったあの炎の下に人間が居ることに心を痛めて泣いている。
戦況では成果を上げたが、魔力枯渇を起こした彼の契約した騎士は死んでいた。
そのまま解放されることも考えたが、契約騎士を故郷に帰すため王都まで飛んだ。
遺族が代わる代わるお礼にくるので、王宮を去るタイミングを失っていた時に、イシマールさんに出会った。
里の人たちと同じ気配がする。
“彼が騎士団で使い捨てられることがないように、守りたい”
そう強く願ってしまったから、騎士団に残ることにした。
騎士団内の虐めで、イシマールさんの鞍に仕掛けがされた時は鞍をつけることを拒否した。
飛竜が拒否した理由にイシマールさんがすぐに気がつき、そのタイミングの良さに二人で喜んだ。
訓練中の嫌がらせを予測して回避できた時は楽しかった。
そんな二人をハロハロはただ見つめていた。
その目はどこかいとおしそうにさえ見えた。
二人の信頼関係に思うところがあるようだ
飛竜は戦地では心を殺すことでなんとか過ごしていたが、イシマールさんを守ることが誇りだった。
気になる同僚の飛竜もいた。
彼女も自分と同じように心を押し殺して、契約した騎士を守ることで平静を保っていた。
そしてとうとう、あの砂漠の戦いの日になった。
敵は故郷を守るため死に物狂いだ。
飛竜には帝国はただの戦闘狂としか思えない。
砂漠蟻の煙幕に見せかけて、砂のカッターが砂漠の中から何反もの一反木綿が垂直に出現するように部隊を襲った。
首から切断された、飛竜はもう助からないだろう。
気になるあの子は左翼が半分ちぎれていた。
“自分が助かったのはイシマールさんが手綱を引いてかばったからだ”
飛竜の隣を飛んでいたハロハロの顔面にイシマールさんの切断された左手があたった。
水晶が黒く濁った。
この先は想像できるから、ぼくはもういい。
ハロハロに飛竜の感情が伝わったかな?
“……ご主人様。翻訳してバンバンぶつけてやりました”
これで効いたかな?
“……ご主人様。これで効かないようでしたら、家庭教師たちや、あ奴をまともに育てようとした人たちの死にざまを毎晩夢に出すだけです”
それは、精神崩壊待ったなしだ。
取り敢えずこれで様子を見よう。
シロはハロハロを、暗黒世界を経由して部屋に帰した。
四才のぼくが耐えられたのだ。
ハロハロの年なら大丈夫だろう。
おまけ ~非凡ならざる王子の苦悩~
こんな山奥のド田舎の酒なんて飲めたものじゃないだろうと思ったが、自分が作ったものを口にしてくれるだけで嬉しい、と言う言葉を思い出して、飲んでみた。
それは香り豊かな極上のワインで、自分たちが飲む分しか生産していないから、王都では流通していないものだった。
粗末なテーブルに、王宮の晩餐会よりも美味しい料理と幻の酒。
ほんの数日前まで、幻と言うものはあってもなくても変わらないと思っていた。
私は視野が狭い。
……改竄された報告内容。
報告書の確認は秘書官の仕事。
普通は自分で目を通し、別方向からも確認しなおす。
何故、私はそんなことさえ知らないのだ?
視野が狭くなるように誘導されていたのか。
辺りが薄暗くなり灯篭に明かりがともると、そこここで精霊たちの色とりどりの光が現れては消えた。
幼い子どもたちが追いかけると、捕まる前にきえてしまう。
「精霊たちはどこにでもいる」
遠い記憶が蘇る。
王宮の中庭で美しい手毬で遊んでいた時、転がる手毬を追いかけて花壇に頭から突っ込んだら、手毬がほのかに光っていた。
あの光に似ている。
うちの子なら捕まえられるかな。
そのとき、口の中に甘い味がしたことを思い出した。
ああ。
カイルを連れ去ればいいのだ。
フワフワした頭でそんなことを考えていたら、イシマールに飲み過ぎだ、と引きずられて部屋の浴槽にぶち込まれた。
私は服を着たまま湯につかる習慣はない。
洗浄魔法で清めると、そのままベッドへ倒れこんだ。
今日は慣れないことばかりやったんだ。
そのまま眠りについたはずだった。
固い床に寝かされているようで痛みで起きた。
目を開けているのに閉じている時よりも暗いなんて、そんな闇の世界はあり得ない。
…こんなに暗い夜はない。
「なななな、な、何なんだ!ここは!」
暗闇に光がともった。
光は突如現れた女が発していた。
幼さが残る面立ちに妖艶な姿態。
……誘惑の女神。
女が私の質問を軽くあしらうと、暗闇の世界から王宮の幼少時の私の部屋に変化した。
私自身も幼くなっており、厳しかった最初の家庭教師に叱責されていた。
同い年の側室の子どもには出来ていることが、幼い私には出来ない。
威圧が連打でやってくる。
これに怯んではいけない、跳ね返す精神力を身につけなくてはいけないのだ。
幼い私は必死に耐えた。
口の中に甘い味がした。
『さあ、口を開けて。あなたは何も考えなくていいのです』
威圧に耐えたらもらえた、甘い飴の味。
突如部屋が変わった。
母上の私室だ。
私が居るのに、目の前を通り過ぎる侍女は誰も気が付かない。
家庭教師の忠言を母上がはぐらかす。
私は母上に家庭教師が嫌だと泣きついた記憶はない。
母上が愚痴をこぼす時にお茶を入れて変えた侍女は、あの飴をくれた女だ。
『あなたは何も考えなくていいのです。優秀な部下を用意して差し上げます』
記憶の中の味なのに、甘みが口いっぱいに広がる。
今度は知らない粗末な家の知らない女の子と向かい合っていた。
四人家族の誰も私に気が付かないのは王宮の時と同様だ。
子ウサギを抱えて泣いている少女は、家族を説得して、無事飼育にこぎつけたようだ。
家族の信頼を得た只の兎は番犬のように頼もしくなり、愛されて、可愛がられ、やがて上級魔獣使役師になった少女の傍らで、熊の上位者であるかのようにくつろぐのだ。
彼女との絆は新参者の熊より強い。
果たして私にはこれほど互いに信頼を寄せるものが居るだろうか。
飛竜の世話は大変だ。
世話をする彼らは忍耐強い。
…ただ、年を取るのが早すぎる。
いや、飛竜が育つのが遅いのか。
人間が三代かかって育てて成体になっても、飛竜が騎士団入りを選択しなければ王家のものにならない。
飛竜の思念が頭に直接語り掛けてくる。
人間にお世話になったお礼に少しばかり付き合ってやる、と考えている。
『古の時代より、飛竜とかわした盟約により王家は飛竜に力を借りれるのです』
家庭教師は確かにそう言った。
『飛竜は自由なのです。契約する騎士が居ないなら騎士団には所属していないのです』
甘い味が脳を溶かす。
『飛竜は王家のものです。すべての飛竜を集め、貴方のものとするのです』
女はそう言った。
甘さが鼻に耳に目に脳に抜けていく。
『あなたは何も考えなくていいのです』
そうだ。
私は何も考えなくていい。
ああ。
やっと焼き尽くしたか。
勝たなくては遠征した価値がない。
どれだけ帝国のために支出したと思っているんだ。
あの騎士はもう駄目だ。
まったく、騎士一人育成するために、どれだけの費用が掛かると思っているんだ。
ドン。
頭を揺さぶる途轍もない強い感情を叩きつけられた。
生まれてから最初に見た人間。
笑顔で新鮮なお肉をくれる人間。
寝床を、トイレを、綺麗にしてくれる人間。
走りながら凧を飛ばせて飛ぶ練習に付き合ってくれた人間。
年を取って、走れなくなり次第に寝込み始めた人間。
動かなくなって火葬された人間。
世話は途切れることがなかった。
皆が繋いでくれていたから。
いい人間も悪い人間もいる。
この地上の炎に焼かれた人間の人生を何も知らない。
こんなことをするために王都に来たのではない。
………もう帰ろう。
…相棒を故郷に還してあげなくては………。
私は高速で飛行する飛竜と同じ速度で飛んでいた。
身内を亡くしながらも、遠い外国から契約が切れているのにも関わらずに連れ帰ってくれたことを感謝する人が、毎日たくさん訪れた。
契約の切れた飛竜は次の契約者が現れなければ山に帰る。
何故、契約の切れた飛竜が死を間近にした魔獣として扱うことにしたのか。
王家が飛竜を最期まで支配した実績にするためだったのか…いや、王族教育の課程にはきちんとあった。
甘い……どうして味がしない……。
忘れさせてくれ!
こんな事実は知らない!!
自分が物事を知らないことを理解するのが最初の一歩だ。
また環境が変わった。
ここからが本番だなんてまだ気が付いていなかった私は、イシマールと飛竜が騎士団の虐めを乗り越えていくのを痛快な気持ちで眺めていた。
ゴール砂漠の戦い。
帝国軍の要請に父上が抗い、二十人の飛竜騎士小隊に減らして派遣した戦いは、停戦協定で敗北は免れたが、生きて帰還したのはイシマールだけだった。
私はイシマールの飛竜に並行して飛行しながら、帝国の捨て駒にされる作戦の最前線にいた。
帝国に抗った父上への見せしめとも思える無謀な作戦だった。
砂漠地帯に点在するオアシス都市を上空から完全破壊せよ。
物資を完全に止めることで勝機は上がるが、戦勝後の統治がまともに行えるとは思えない、非人道的な作戦だ。
敵は自国の存続がかかっている。
こんな苦しい戦いでも、飛竜が考えているのは隊の存続、イシマールを生きて帰らせること……。
イシマールの飛竜の婚約者の羽が半分切断された。
かばっていたはずの羽が切断されたことで使役騎士の首と胴が泣き別れになった。
血しぶきが私の顔にかかる。
イシマールは手綱を巧みに操り飛竜への直撃はかわしたが、左腕を失った。
その左腕は私の顔面に直撃した後、イシマールと共に砂漠に墜落しそうになっている最中……停戦を知らせる信号弾が打ちあがった。
………これは帝国の誤算だ。
作戦では壊滅、とあったが完全に都市を破壊するのではなく、クーデターの予兆を誤魔化すために仕掛けた作戦だったのだ。
ここまでの被害を出す予定ではなかったのだ。
クーデターは帝国の画策。
戦闘は陽動。
国を守るために戦う人々を甘く見積もった結果がこれだ。
権謀術数で国を弱らせて侵略を計り、内部から瓦解させる………。
私は何故視野が狭いのだ………。
イシマールの飛竜の悲鳴が響き渡る。
なぜ、なぜ、自分は何も守れなかった、と。
契約した騎士も、恋心を抱いた飛竜も誰一人護れなかった、と。
ああ……これが王家の罪。
魔女を王宮に入れてしまった罪だ。
気が付けば族長の家の自分にあてがわれたベッドの上に横たわっていた。
私の上にカイルの犬が乗っていた。
“……お主が目覚めるまで私は見張っているぞ”
目覚める?
もう起きているぞ。
“……魔女のキャンディーはもうないぞ”
あの女母上の侍女は王宮に居る。
“……居ると思うのか?”
…あの女がいつから居ていつ居なくなったかがわからない。
“……魔女は解放された。もう帝国の駒ではない”
私はどうしてあの女が魔女だとわかったのか?
私は何かを知っている。
私はまだ眠っているのだろうか?
“……魔女を手引きしたのは誰だろうね”
いつの間にかカイルの犬は消えていた。




