3人での旅
本日2度目の投稿です
私達は行商人と合流した。
私とグラッドさんは荷馬車に乗せてもらった。
2人だと話す事は何もない。
雪が残る道はガタガタして、荷馬車は乗り心地がいい物ではなかった。
しかし、なるべく早く、しかも安全に移動するにはこれしかない。
山道を登っている時、荷馬車は途中で止まった。
行商人のおかみさんが馬車のランプを急いで消す。
「盗賊かもしれない」
小さい声で言うので、私達はじっとしていた。
先頭の馬車にいる数名が様子を見に行ったらしい。
しばらくすると、司祭様と数名の男性が戻ってきた。
「盗賊とやり合った後で、数名が負傷している」
私と、グラッドさんが弔いのために呼ばれた。
司教様は亡くなった方を埋めて、弔いをした。
この時、初めて盗賊に襲われた後を見た。
馬車は壊れ、盗賊は無惨に刺されて亡くなっていた。
そして、なんとか襲撃を防いで怪我を負った騎士が、その場に座り込んでいた。
その現場は悲惨で、3月の山道は冷えているのに、生暖かい血の匂いで覆われていて、初めて見たその現場に私は吐いてしまった。
私達は降りて、そのかわり怪我人数名を乗せて、荷馬車は進んだ。
多分、司教様が出発時間を調整したのは盗賊に出会わないようにするためだろう。
「大丈夫ですか?気持ち悪いのは治りましたか?」
私を気遣ってグラッドさんが聞いてくれる。
「ええなんとか」
でも、私は足元がもたついている。
本当にショックだった。
「もしも辛いのなら、私の背中にのりますか?修道女様を運ぶくらいならなんとかなりますよ?」
「いいえ。なんとか歩きます」
そう言ったそばから、木の根に躓いて転びそうになる。
「気にしないでください。1ヶ月間毎日、ぶっ倒れては部屋まで運んでもらってましたし、最後の方は、同室のヤツを運んでましたから。それに比べたら、修道女様を運ぶくらい簡単なものです」
そう言って笑うが、重いとか軽いとかそんな問題じゃない。
男性に触れた経験も、触れられた経験もほとんどない。
だから丁重にお断りをした。
「修道女様、そんな事、気にする必要ないのになー」
グラッドさんはそう言って笑った。
しばらく歩いたところで、先程襲撃されたというファレル伯爵の屋敷に到着した。
伯爵はお礼にと、行商人を含む皆に部屋を用意してくれたが、司教様と私とグラッドさんは辞退した。
「今日は馬小屋をお借りできれば」
そう司教様が言うと、伯爵は感動して目を潤ませた。
私達は服の下を見られたくなかった為だが、伯爵は、
「さすが聖職者の方だ。あなた方はどちらへいくつもりですか?」
と聞いてきた。
「リネハン公国での布教を行いたいと思っております」
司教様がそう答えたので、伯爵は手紙を書いてくれた。
「これを、リネハン公国に入国する時に見せるといい。リネハン公国は確かにほとんど教会がない。だからといって布教のために入国するとなると、止められる可能性がある」
やはり入国には他の理由が必要なのかしら?
「でも、君達の聖職者としての覚悟に私は胸を打たれた。だから、私の弟である『ファレル商会の会頭に会いに行く』という理由で入国するとよい。これは弟に渡してほしい手紙だ」
そう言って入国審査の文官に渡す手紙と、ファレル商会の会頭に渡す手紙を頂いた。
司教様はもしかして、襲撃を避けるだけでなく、この事もわかっていたのかしら?
司教様は、
「私達は進んで騙したわけではない。勝手に誤解したんだ」
と言いながらあくびをして眠ってしまった。
夜中の馬小屋はかなり冷えた。
『寒くない?』
グラッドさんが震えているので聞くと、頷くだけだった。
きっとすごく寒いのに痩せ我慢をしているんだろう。
暖かい地域からきたのだから、私達と体感温度が違うのかもしれない。
そう思って、修道女の服の下に着ているコートを脱いだ。
ポンチョタイプの修道服は下にきているコートならすぐに脱げる。
私はコートの下に、ドレスを3枚着ているから本当に平気だ。
『私は大丈夫だからこれを毛布代わりにして』
そう言うと、恐る恐る受け取ってくれた。
『あったかい……』
『そう。よかった』
私はそう言ってフフフと笑うとグラッドさんも笑った。
『修道女殿に兄弟は?』
『いるわ。でも、私がいると、出世の邪魔になると思って、何も言わずに出てきたの』
『……私には兄がいる。私が居なくなって、かなり迷惑をかけているだろう。でも、修道女殿はいつまでも『姉』であるように、私はいつまでも『弟』なのだな。貴方は私にとって、人生初の姉上だ』
グラッドさんは初めて自分の事を話してくれた。
私はベールの下の口元が緩んでいた。
いつのまにか眠っていたようで、朝早く司教様に起こされた。
「行商人を待っていられない。ここの使用人が街に買い出しに行く馬車に乗せてもらおう」
伯爵様は早くに出る私達に、道中に食べるパンなどを準備してくれていた。
それを持って馬車に乗せてもらうと、街に着いた。
ちょうど、ここから隣町に行く馬車が見つかり、それに乗せてもらう。
そうして、沢山の馬車を乗り継いで、10日ほどかけてこの国の第二都市であるゴア市にたどり着いた。
司教様の狙い通り、暗くなってからたどり着いた。
「では、急いでエクダルという武器屋に行きましょう」
闇に紛れて、なんとか武器屋に辿り着いた。
ここで数日隠れて情報収集をすると言われて、部屋に案内された。
その時、そっと司祭様がびっくりする事を言った。
「貴方はもう結婚して聖職者ではありませんから、普通の女性と同じように湯浴みをしてもいいですよ?もう冷水で清める必要はありません」
私は司教様を睨んで、貸してもらった部屋の戸を閉めた。
たしかに長い間していない湯浴みをしたい。
私に与えられた部屋は2階だけど、頑張れば湯を運べる!
私は司教様の言葉の誘惑に負けて、部屋に湯を沢山運んだ。
そして、ベールを取り、頭巾を取り、修道女のポンチョのような服を脱いだ後、ドレスを3枚脱いで、お腹のコルセットも外した。
もしも誰かがドアを開けたら困るので、紐を貼り、そこに脱いだドレスを3枚掛けてカーテン替わりにした。
そして、私は湯浴みをした。
辺境伯領を出る日に、冷水でお清めをしてから、約10日間。
お水にすら触っていないのに。
湯浴みなんて半年ぶり!
私はあまりの気持ちよさに歌を歌いながら、伸びてきたストロベリーブロンドの髪を触る。
なんて気持ちいいのかしら!
こんな幸せを以前は毎日味わっていたのね。
でも、メイドに感謝をしなかった。
当たり前だと思っていた。
湯を運ぶのは大変なのに、そんな事も気が付かなかった。
私は体を洗ったり髪を洗ったりしている時、誰かに呼ばれた気がするけど、湯を流す音と、自分の歌声でわからなかった。
私は残った湯で、修道着やドレスを洗った。
替えの修道着はあるけど、ドレスはかさばるから持ってきていないので、着てきたドレスを全部洗濯してしまった私は、寒さで部屋から出られなくなった。
修道着だけでは寒い。
風邪をひかないように、布団を頭からら被ってその日は大人しく寝た。
次の日、ドレスが全て乾いていたので3枚とも着て、修道着を着た。
それからベールをかけると、食堂に向かった。
お手伝いをしないと。
朝早いというのに、グラッドさんは既に手伝いを初めていた。
「おはようございます」
グラッドさんは私を見ると、びっくりしたようだが普通の表情になった。
「この建物には女性の幽霊が出るんですよ」
グラッドさんは恥ずかしそうに言うので聞いてみた。
「ここには貴方様しかいないのに、昨日、女性が歌を歌っているのを見てしまったんです。誰に聞いても、女性は貴方しかいないって言うから。僕が見たのは幽霊だったんです」
「それって、どんな幽霊?」
私の質問にグラッドさんは顔を覆った。
「皆にバカにされたのでこれ以上話しません。でも、たしかに見たんです」
「私も…昨日の夜、鼻歌を歌ったけど…私ではないの?」
「貴方様の鼻歌はここ10日間、何回も聞きましたが、私が見た幽霊は鼻歌ではなく歌っていたんです。…歌を…綺麗な声で…可愛い容姿で。まるで人魚でした」
そう言って鍛治撃ちの方に行ってしまった。
お昼の時だった。
「さっきの幽霊の話。私、一人で寝ているから時間が経つほど怖くなってしまって。詳しく教えてくれないかしら?」
私は午前中ずっと幽霊のことが頭から離れなかった。
考えれば考えるほど怖くなったのだ。
「私が見た幽霊ですけど。夜中、寝ぼけてトイレに起きた時、誰もいない部屋の灯りがうっすらついていて、中を覗くとカーテンの奥に綺麗な女性が歌を歌っていたんです。その様子はまるで人魚のようでした」
「それって、部屋の位置は?」
「2階の階段の隣です。キッチンにお水をもらいに行こうとした時、部屋の灯りが漏れていて、しかも歌声がしたから覗いたんです」
「……そこ。私の部屋だわ!」
昨日の湯浴みを覗かれたと思うと、私は動揺して小さな声を出した。
「ええ?じゃあ修道女様が部屋に入る前に幽霊が?」
「私も昨日湯浴みをしたのよ。それって……私じゃ…ないかしら」
男性に裸を見られたかもしれないと思うと。恥ずかしくてたまらない。
私はやっと声を絞り出した。
「ハハハ。違いますよ。じゃあ部屋を見間違えたのかな?びっくりするくらいの美人でしたよ」
そう言って、グラッドさんは手伝いに戻った。
見られたわけではないんだ!よかった!
でもなんだか全てを否定されたような気がする。
次の日、なんとか今後の旅費を稼ぐために、移動中ずっと作ってきた刺繍のハンカチなどをバザールで売らせてもらっていた。
グラッドさんは、武器屋で作った革製品を一緒に売る。
昼も終わり、店をたたもうとした時、少し小綺麗な格好の女の子が一人でいた。迷子のようだ。服装がちょっと異国風だ。
国外の貴族の子供がお忍びで来たのかしら?
「貴方はどこに帰りたいの?」
そう聞いてもわからないようで、数カ国語で同じ質問をしたら、ルーマン語だった。
『1人は危ないから、家族を探しましょう』
私はルーマン語でそう言うと、大きな声で
『迷子がいますよー』
とルーマン語で叫んだ。
この言葉の意味をわかる人だけ来てくれるはずだ。
すると、数名の侍女らしき人が色々な方向から駆けてきた。
『お嬢様!乳母の手を離してはダメと申したではありませんか!』
女の子はルーマン語で怒られている。
私は安堵した。
すると、侍女たちがお礼を言ってくれて、刺繍のハンカチと革製品を高値で買ってくれた。
『修道女様、どうかお嬢様の侍女になってもらえませんか?お嬢様の話だと、知らない沢山の言葉で話しかけられて、その中にルーマン語があったと。貴方様は沢山の言葉を知っておられるようですし、所作も綺麗です』
そう言われて懇願されたが私は断った。
私の使命はグラッドさんを国に送り届ける事だもの。
私は、どうしても行かなければいけない土地があると説明した。
すると、木彫りのブレスレットを私とグラッドさんにくれた。
「ルーマン国に来て、困ったらこれを見せるように」
と言われて別れた。
これからルーマン国に行く事はないから、楽しい思い出だった。
武器屋に帰ると、グラッドさんが興奮してオースブリング語で言ってくれた。
『貴方様はオースブリング語だけでなく、ルーマン語も話せるんですね!沢山の言語も他国の情勢も知っているなんて!長い間貴族に仕えていたと聞きましたが、沢山の知識を得るために何十年も勉強したんですね』
『そうね、長い間勉強したわ』
私が第二王子と婚約したのが5歳。
そこから12年間、ずっと勉強をしてきた。
外出といえば、他国の使節団との交流会や夜会が中心。
お茶会は王室開催の物だけ。
私はフフフと苦笑いをした。
楽しく話しながら厨房に入ると、私服姿の司教様がすごく怒っている。
そして私を睨んでいる。
「コニー!お前は何をやっている?何故お前は目立とうとするんだ!」
「私は目立とうとしてません」
「じゃあ、バザールで、ルーマン国の侯爵家の侍女になって欲しいと懇願されていたのはなんだ!あれはすごく目立っていたぞ!」
それが見られていたと知って青くなった。
もしや、グラッドさんが見つかってしまったのかしら?
「側にいたグラッドさんに迷惑がかかりましたか?」
私の声は小さくなった。
「違う!ルーマン国語が話せる人間なんて、この国には上位貴族しかいないんだ!お前は自分の正体を晒してしまうと、グラッドの身にも危険が迫るんだぞ!お前の任務はなんだ?」
私は今までいい事をしたと思った気持ちが縮んでしまった。
いい事をするよりも、これをした事による、その後の影響を考えねばいけない。
時には無性でも前に出ない。
そして切り捨てる事ができなければいけない。
「グラッドさんをオースブリング国に送り届ける事です」
私は小さい声で答えた。
「そうだよ。だから他の影響を考えてほしい」
私は沈んで食事の支度を始めた。
部屋の隅で、司教様とグラッドさんが話を始めた。
聞いたことのない言語だから何を言っているかわからない。
『司教様、修道女様が人助けをしたのにあんな風に怒鳴るんですか?』
『コニーが指名手配になっているから当然だ。お前と、コニーの命がたいせつだから、人助けより、保身を優先してもらわないといけない』
『修道女様が、指名手配なんて、何かの間違いでは?あんなにお人好しなのに。何の罪で指名手配ですか?』
『やってもいない宝石泥棒だよ。だからアイツも隠れていないといけないのに……』
『それは酷い!わかりました。私も修道女様を助けないと』
「2人ともそれは何語なの?」
私はあまりにも真剣に2人が話しているので聞いた。
「コニーの知らない辺境伯語だよ」
そう言って司教様は笑った。
多分、戦術などを話し合う暗号だわ。
私はもう、なんでも首を突っ込まないようにしようと思っているからそれ以上聞かなかった。
いつのまに、こんな性格になったんだろう。
今の私はすぐに口を出してしまう。
表情を変えないように訓練して、許可がなければ声を出さなかったはずなのに。
自分の変化に1番驚いていると司教様がこちらを向いた。
「コニーとグラッドが打ち解けてよかったよ。俺が送れるのはここまでだ。後は2人で夫婦として旅を続けてもらわないといけない」
その言葉にハッとする。
私はグラッドさんの妻なんだ……。
頭から抜け落ちていた。
この言葉を聞いて武器屋のおじさんはエールを吐き出した。
「え?二人は夫婦なのか?セドリックの連れはいつも訳ありだが、修道女と若い男が夫婦か……」
そう呟いてどこかに行ってしまった。
この日の夕食後、司教様が私達2人を呼んだ。
「いよいよ明日、この国を出国してもらう。明日は、有名な行商人の一団が隣国に出国するんだ。だから、その後を追って二番煎じを狙おうとする商人が多数出国するからそれに紛れる」
そう言って司教様は手元の箱を開けた。
「この短剣は、長い方はグラッド用。短い方はコニー用だ。
リネハン公国に入国したら、俺は何もしてやれない。当初の予定通り、新婚夫婦でコニーは妊婦だ」
「年の離れた夫婦でも、妊娠はよくあることですしね」
そう言ってグラッドさんは頷いた。
私と司教様はグラッドさんが突然何を言い出したのかわからなかった。
きっとこの国の言葉がいまいちわかってないんだろうと思った。
グラッドさんの言葉をスルーして司教様は話を続ける。
「グラッド、君に教えた通り、魔力の持ち主は『魔力の壁』を知らないうちに作る。その取り払い方を忘れるな。『壁』があると言い逃れは出来なくなる」
「わかりました」
「それから、コニー。何か怪しい物を手渡されそうになったら受け取るな。魔力測定器かもしれない。お腹の子の魔力を測ろうとしてくるかもしれない」
「その時はどうしたらいいの?」
「その時は、グラッドがエスコートするフリして、2人で触れ。魔力測定器は動くから、お腹の子供の魔力だと言い張れる」
「わかった」
「2人とも、追手から逃れるためには、オースブリング国に着くまで、髪の色は保ち、グラッドはメガネを外すなよ」
私達は頷いた。
出発の日は明日。それまでは自由時間になった。
私はハンカチを売ったお金で、買い物に出かけた。
夜のお店に出る女性の店は遅くまで開いている。
そこで、髪を染める染料と、すっかり忘れていたことだけど、化粧品を買った、
修道女の格好で買いに行ってギョッとされたけど、幸いにもこの格好だと顔は見えない。
買い物をしてもお金が残ったので、これをグラッドさんに預けて、旅費にしてもらう事にした。
部屋に戻り、お湯を張り、これからしばらくは楽しめない湯浴みを楽しんで、そしてストロベリーブロンドの髪を、茶色に染めた。
この国では、茶色の髪に青い目は一般的だ。
それから、重ね着していた服をもう一度洗濯して、2枚は畳んでトランクに入れる事にする。
今後、この2枚が着替えになる。
司教様からいただい鞄は二重底だったので、修道女の服を二重底に隠す。
そうしてベッドで眠った。
朝起きて、鏡で髪を整えた。
頭巾を被らずに髪を整えるのはいつぶりだろうか。
それからメイクをする。
バザールで見かけた売り子の女性たちを参考にメイクをした。
いつも通り棉を詰めたコルセットをして、ドレスとコートを着て、乾いた服を鞄に詰めて一階に行く。
いつものように朝ごはんの支度を始めると、誰も話しかけてくれない。
司教様だけが「おはよう」と言ってくれた。
私は振り返り、みんなを見た。
「おはようございます」
と挨拶をした。
するとグラッドさんがすごく驚いている。
「君は誰?もしかして修道女殿?」
「そうよ?何か変?メイクがオバケみたいに濃い?」
私は無表情になって聞いた。
「そんなんじゃない。君はこんなに細くなかったじゃないか!もっともっと大きな体で……。しかも貴族のところで長年働いたと。だから40歳くらいの太った女性だと思っていた。なんて美しいんだ……」
おばさんだと思っていたのに、若い娘だったらそりゃ美しいって言うでしょう。
しかも、グラッドさんはおばさんと結婚させられたと思っていたなら、初めの方の態度も納得できる。
私はいつもドレスを3枚着て、その上から修道着を着ていたから着膨れしていた。
しかも、ベールは一度も外した事がないから、司教様以外、私の顔を知らなかったんだ。
私はクスクス笑いながら、いつものように食事を作った。




