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決断

本日2度目の投稿です

かなりの時間が経過したように思う。


私達が連れて行かれたのは、辺境伯のお城だった。


門をくぐると、また別の入口があり、そこを抜けると階段を下り、そしてまた入り口をくぐると、階段を登らされた。


迷路のような作りだ。



案内されるがままに進むと、そこには重厚な椅子に座った肉食動物を彷彿とさせる、筋肉質の大きな体をした長い髪の男性が座っていた。

その長い髪が獅子のように広がっており、男性の強さを強調していて、有無を言わせない殺気と迫力で、すぐにプラウドフット辺境伯だとわかった。


「久しいですね。叔父上」

辺境伯は威厳のある声で話しかけた。


「私は会いたくはなかったよ、プラウドフット辺境伯」


2人の会話に驚く。

辺境伯と司教様はご親戚だったのね!

という事は、司教様は見た目よりもお年を召しているのか。


「そんな他人行儀な。昔のようにバイロンと呼んでくれればいいものを」

そう言って辺境伯はフッと笑った。


「立場は大切ですよ?プラウドフット辺境伯。私はただの司教ですから」


「叔父上は、隠してはいるが先読みの力があるからなぁ。何かを察知してここには来たくなかったんだろう」


「私には何の事だか」

司教様は辺境伯から目を逸らした。


先読みの力って、あれは権力者の使う方便であって、そんな物存在しないのでは?


だって、私とエドモンド第二王子は、先読みの方より婚約するよう言われて婚約者になった。

あれは、第二王子を権力者の娘と婚約させて、権力の地盤を作るためだと思っていたのに。

もしも、本当に先読みの力というものが存在するなら、何故、私がこんな目に遭うのか理解できない。


それに、先読みできるなら、助言が欲しかった。



「叔父上は先読みの力で、私が力ずくてここに呼び出す事に気がついていたんだ。もしかしたら、そこにいる修道女に怪我を負わせる未来を見たのかな?だから、修道女を隠したのか」


「……そうだ」

司教様は苦々しい声で答えた。


「では、何故呼び出すのか見えたのか?」

辺境伯はニヤニヤしながら聞く。


「嫌。わからなかった」


「そうであろう。実は私も、今から何が起こるか分からん。わざと聞いてないし、先読みの力も使っていないのだ。だから私の考える事と、その先の未来を予想できなかったのだろう」

そこまで威厳のある態度で言ってから、辺境伯は部下を呼んだ。


「私の部下が何か見つけたそうなんだ」


「親方様、こちらにございます」

辺境伯領の騎士館が、分厚い布の掛かった大きな箱を持ってきた。


「ここにいるラウルから説明してもらおう」

ラウルと呼ばれたのは、ダークブラウンの髪の騎士だった。


そのラウルが説明を始めた。



現在私達がいるのは、このバーリエル国の最北端であり、国境を接するカッレラ国と、レフテラ国の三国が国境を接しており紛争が絶えない。


この地域の山は鉱物資源が豊富だから、領土を拡大したい国々による睨み合いが続いている。


だから辺境伯は強い軍隊を持っている。



その軍隊が、昨日、おかしな一団を捉えた。

行商人になりすましているが、明らかに様子がおかしい。

捉えて話を聞こうとしたが、抵抗され、襲撃された。


戦闘の末、謎の一団の殆どの者が死んだが、数名残った者に話を聞こうとしたところ、全員が服毒による自殺を図り死んでしまった。


結局、どこから来て、どこに行くつもりだったのか。

どこの国の人間だったのか不明に終わった。


しかし、後にこの箱が残った。



そこまでを説明して、被せてあった布を退かした。


するとそこには檻に入れられて、手錠で繋がれた身なりのいい銀髪の男性が寝ていた。


「多分、強い薬を与えられ眠らされているようです。普段なら奴隷の売買かと思うのですが。様子が明らかにおかしいのです」


そう言って、檻の四隅を指差した。


「これは封印の魔法。多分、眠らせた状態を保つためでしょう。ここから察するに、この中の男性をさらに遠くに運ぶつもりだったようです」


そこまで説明してからラウルは司教様と、辺境伯の顔を見た。


「先読みの力のあるお二人に、どうすればいいのか見て頂きたく思っております」


「ラウルはこの人物が『魔法を使った殺人鬼などで、封印されて運ばれている可能性』と、『どこかの国の王族で、なんらかの理由で逃げて連れ戻されている可能性』と、『どこかの国の捕虜として輸送されている人物』の3つの可能性を考えたわけだな」


辺境伯はそう言ってラウラを見た。


「その通りです」

ラウルはそう言って、眠っている男性を見た。


辺境伯と、司教様は何も言わずにじっと男性を見ている。


「叔父上は何か読めるか?私は全く無理だ。こんな事は初めてだ」

辺境伯はそういうと司祭様もため息をついた。


「私もできない。多分、この檻のせいだろう。封印を解いても危険じゃないかどうかの判断すらつかない」


司祭様が苦々しい表情で返事をした。


「叔父上はどうすべきだと思うか?」


「神に仕える立場の者としては、人は平等だから解放すべきだ、としか言えない」


二人はじっと顔を見合わせた。


「この国にとって最悪の可能性は、『捉えられた要人を解放しなかった』という恨みを買って攻め込まれる事だ。ここには、バーリエル国最強と謳われているプラウドフット辺境伯軍がいる。怖がらず封印を解こう」


辺境伯の指示で、司教様が封印を解いていく。



手錠も外して、全部の封印を司教様が解いた。

後は本人が目を覚ますのを待つだけになった。


しばらくすると、男性が目を覚ました。


起き上がり、手錠が外れている事や、入口が解放されている事を確認しながら私達を見た。


その目は綺麗な紫色で、まるでアメジストのようだ。

そしてスッと通った鼻筋と、形の良い唇。

長い銀髪は後ろで一つに結んでいるだけだが、それがすごく色気を感じさせる。

今まで社交界にはいかなったタイプの方だわ。

身なりからすると高位貴族のように感じる。


年の頃は二十代前半くらいかしら?

もしも、この方が社交界にいたら、全ての女性が列を成してダンスの誘いを待っただろう。


「目を覚ましましたか?ここはバーリエル国のプラウドフット辺境伯領です。体調はいかがですか?」

司教様が質問した。


「#&@s#」

男性はそう返事をした。


この場にいた沢山の騎士達がざわつく。

口々に聞いたことない言葉だ、と言い合っている。


「色々な国の支部の者と話すが聞いたことのない言葉だ」

司教様は混乱して両手で頭を掻いた。


「あの。私、もしかしたらこの言葉がわかるかもしれません」

私はそう言って男性に近づいた。


『はじめまして。私はコニー。見ての通り修道女よ。ここはバーリエル国のプラウドフット辺境伯領よ。何故あなたはこんな目に遭っているの?』


私の質問に、男性は無表情のままだった。


『これは罠なんだろ?君の言っているバーリエル国なんて聞いたことがない』

そっけなくそう返事をした。


私は司教様を見た。


「この人が話している言葉はオースブリング語です。そしてバーリエル国なんて聞いたことがないと言っています。本当に知らないのでしょう。すいませんがこの大陸の地図をお持ちください」


私の言葉に皆がざわつく。


「叔父上、何故この修道女はこんなに色々な国の言葉が話せるのですか?……他国のスパイを匿っているのですか?叔父上はもしや……」


この場に緊張が走る。

私は無言を貫けばよかったのに。

どうしよう、司教様も私も投獄されるかも。


「ここにいるコニーは、王都で長年、高位貴族に仕えていた。それを退職して、うちの修道院に来た。修道女として受け入れたのは私だから間違いはない」

司教様が庇ってくれた!


「叔父上がそこまで言うなら納得しなくもないが、本当に他国のスパイではないなら、顔を見ればわかる。我が国の女性であるかどうかな。修道女よ、そのベールを取れ!」


私は恐怖のあまりベールを取ろうとしたが、先程の司教様の言葉を思い出した。修道女の決まりを守らなければ!


「私は神にこの身を捧げると決めております。ですから、このベールを脱ぐことはできません」


私の言葉に辺境伯は笑った。

「我の怒りを含んだ言葉に反論するとは、我が騎士達でもなかなかできん。今日は大目に見てやろう」


そしてしばらくして地図が運ばれてきた。


「お待ちしました。修道女様」

1人の騎士から地図を渡されたので、丸められた地図を開く。

そして男性が動こうとしない檻に近づいた。


『この地図を見て。ここがバーリエル国よ。貴方の国はこの辺りかしら?』


私の見せた地図を見て男性は驚いた表情をした。



この大陸には小国も含めると何百という国がある。

ここバーリエル国は中堅国家だが、その中では力が弱い。

そのバーリエル国と、この男性の母国オースブリング国は沢山の国を隔てている。

そのため陸地で移動しようとすると、沢山の国を通らないといけない。


大雑把に言うなら、このバーリエル国は巨大な大陸の西側。そしてオースブリング国は東側だ。

その距離は数千キロと離れているので直接国交はない。


しかし、我が国は、男性が住むオースブリング国の隣国、バクストン国とは国交がある。

バクストン国はこの大陸の中で、東の大国である。

だから、司教様や辺境伯ならバクストン語は話せる可能性があるし、この男性もバクストン語なら話せるだろう。


私は勝手にそう踏んだ。



「司教様、バクストン国語は話せますか?」

私は大勢の方に向いて質問をした。


「それなら私と辺境伯が話せる。日常会話程度だがな」

その返事を聞いて、紫の瞳の男性の方を向いた。


『貴方はバクストン国語は話せますか?その国なら我が国と国交があるので、あちらに座る辺境伯と、司教様が話せるそうです』


男性は私の言葉を聞いて、辺境伯の方を向いた。


『今、バクストン国語なら話せると聞いたので、いまからバクストン国語で話す。私の言葉がわかるか?』

男性は流暢なバクストン国語で話した。

それはそうだ。

男性にとっては隣国の言葉。


『日常会話程度ならわかるぞ。君は誰で、何故ここにいるのか説明してくれ』

辺境伯が答える。


『その前にここがどこか確認したい。外を見ても?』

男性の言葉に辺境伯は頷いた。


男性は警戒しながら檻から出ると、自らの足で歩いて窓辺まで移動した。


雪がまだ残る街並みが暗がりの中にかろうじて見える窓辺をのぞいて、男性は驚いていた。


『雪がある……』

そうオースブリング語でつぶやいてから皆の方を向いた。


そして男性は地図の前に来た。


『私の言葉がわかるというお二人は魔力がありますね?気がついていると思いますが私にもあります。私の知っていることを話します』

男性はバクストン国語で突然説明を始めた。



男性の名前はグラッド。

誰に捕まったかはわからないが、悪魔信仰の一団だろう。

この大陸には一定数、悪魔信仰の国がある。

その国々では『銀髪の紫の目の魔術師を、悪魔の生贄に捧げると、悪魔が復活して、復活させた者の願いを叶えてくれる』という伝説がある。

たまたまそれに該当する自分が生贄として捕まったようだ。



悪魔信仰の山の場所を聞くと、地図でカッレラ国内の山を指差したので、ここ、バーリエル国のプラウドフット辺境伯領を通っていくつもりだったと考えられる。


辺境伯領とカッレラ国が領地を巡っての争いが絶えない事を知っていれば、ここを通る選択をしないはずだから男性を監禁した人物達はこの辺りの地理には詳しくないのだろう。



この場でバクストン国語がわかるのは、私と辺境伯と司教様のみだ。

もちろん、単なる修道女の私は黙っているしかできない。


しかし、突然、司教様が私の方を見た。

『君は、このグラッド君がどうすればオースブリング国に帰れると思う?』

と質問してきた。


『ここバーリエル国と、この男性の母国オースブリング国は沢山の国を隔てています。そのため陸地で移動しようとすると、沢山の国を通らないといけません』

私は地図を指差しながら説明した。


『たぶん、1番近い交通手段は、辺境伯領からこの国第二都市のゴア市を通り、友好国である隣国のリネハン公国に入国します。そこから出ている交易船に乗って海上を移動して、大国であるバクストン国に入ることができます』


確か数年に1回、そのルートでバクストン国に使節団を送っている。


私の答えにグラッドさんは地図をじっと見た。


『バクストン国に入ってしまえば、あとはオースブリング国への直行便がある。しかし、そんなルートがある事を私は知らなかった。たしかにそのルートを通れば帰れる。しかし、何故、修道女の君がそんなことを知っているんだ?』


グラッドさんの質問に私は返事をしなかった。


『彼女は長年、高位貴族に仕えていたんだ。だから外国語も話せる』

司教様が代わりに説明してくれた。


『じゃあそのルートで帰る方法を考えないと』

グラッドさんは、そう言って地図を見た。


すると辺境伯はそんなグラッドさんを見て興味なさそうに笑った。


『グラッドよ。もしも、君がこのまま帰路の旅に出ても、君がまた捕まらないとも限らない。次に我が領地で見つかっても、もう私は知らない。今回は仕方がない。しかし、何回も君を助けたところで私にはメリットがない』

辺境伯が言った。


もっともな話だ。我が国の国民ではない彼を何回も助ける意味はない。


『グラッドくん。君の国ではどうか知らないが、ここあたりの周辺国では魔力持ちは稀だ。見つかると、例え旅行者でも捕まえられて、その国で有効活用のため軟禁状態になるかもしれない』 

司教様はそう言った。


これは私も知らない事だった。

魔力持ちが稀なのは知っていたが、もしも見つかったら旅行者でも捕まる……。


『だから、魔力持ちは捕まらないように武術に長けるか、または最初から国のために働くことを誓うかしかないんだよ。君はここからどうする?』

司教様の質問にグラッドさんは無言になった。


『国に帰りたい』

そう呟いた。


『魔力持ちが旅をするのは危険だ。しかし、魔力が無くなったという偽装はできる。魔力持ちの魔力が無くなる時。それは、魔力を受け継ぐ子供が命を宿した時、その魔力は消える』

司教様の言葉の意味がわからずに不思議な顔をした。


『どういう意味だ?』


『君が妻をもらい、妻が妊娠をする。その子供が君の真の後継者じゃない場合は君の魔力は強いままだ。しかし、お腹に宿った命が、君の本当の後継者だと神が認めたら、君の魔力は弱くなるか無くなるか。どちらかだ』


司教様の説明にグラッドさんは驚いた顔をした。


『なるほど。今やっと長年の謎が解けた。魔力持ちがある日突然、魔力が使えなくなる理由がわからなかったが、そういう事だったのか。私の国では魔力持ちが沢山いるが、ある日突然魔力が使えなくなる理由がわからなくて、その研究を始めたところだ』


『グラッドの国で魔力持ちは普通なのか!では、銀髪で紫の目の人が、また捕まる可能性があるわけだ……』

辺境伯は考え込むように言った。


『いえ。多分ないでしょう。この組み合わせは稀ですから』


『そうか。君は稀なんだな。ところで、話は戻るが君はどうするつもりだ?』

挑戦するような口調で司教様は聞いた。


『どうにかして国に帰ります』


『では…一つ君に選択肢を与えよう。先ほど君が言った通り、私には魔力がある。私の能力は先読みの力だ。魔力には種類がある。グラッド君に先読みの力は?』

司教様はニヤリと笑った。


『ありません』


『それなら私の話を聞いてくれ。先ほども説明したように、君の後継者の命が宿れば、君に利用価値がないという判断が下る』


『今から、女性と子を成せと?』

グラッドさんは驚いた声を出した。


『違う。女性と結婚をして、その女性が妊娠したフリをするんだ。国を渡るために身分証明書としての役割がある結婚証明書は本物でないといけないから、結婚はしないといけない。でも妊娠は偽装でいい。そして妊婦なら捕まらない』


『それは何故?なぜ妊婦なら捕まらないんだ?』


『魔力のある子供を妊娠していると、妊婦の扱いは難しい。妊婦を捉えて、うまく扱えないと、子の魔力は消えるんだ。だから妊婦だと捕まらない』


『へえ。なるほど』


『君への提案は、ここにいる修道女のコニーと結婚して、コニーに妊婦のフリをしてもらいながら帰国を目指すんだ』


司教様の提案に私はびっくりした。


『司教様!何を言うんですか!私は神にこの身を捧げたんですよ?結婚なんてできません』

私は大きな声で反論した。


『私も修道女を妻に娶るのは勘弁したい』

グラッドさんは怒鳴るように言った。


『まず、このバーリエル国で、バクストン国語を話せる人間は一握りだ。ましてや女性で一般人となると皆無に等しい。ここにいるコニーが特別なんだ』


グラッドさんは無言になった。


『そしてコニー。私は先読みの力があると言ったよね?その力が、君をこの国から逃すように言っているんだ。君が修道女になったのはいい選択だった。でも、君に今まで色々な選択肢を与えた。君を破滅に導かないように。君は、ことごとく不幸に近づく選択をしてきた。これが最後のチャンスなんだ』


私は反論できない。色々と思い当たる事がある。

いつも、司教様は私に選ばせてくれた。

それに、今日ここにいるのは私のせいだ。


『わかりました』

私にはそう言うしかできない。


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