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信じてきたもの

「ここにいる者達は自らの意志でこの組織に入ったのだ。この袋の中の者達もそうだ。自らの意思で志願している」

私の知っている司祭様だとは思えない。

この人は本当に司祭様なのかしら?司祭様に似ているけど別人じゃないかと思えてきた。


「それは本当かしら?そう言いながら、ここにいる人は全員、本当は人形か何かじゃないの?」

ここにいる人は殆ど動かないから、魔力で作り出した人形かもしれない。

それなら壇上にいる司祭様と、魔力を操る数人以外は全く動かない理由もわかるからだ。


「コニー。いや、カロリーヌ、君は貴族社会で何を見てきたのだ?国王が何かをしている時は、どんな状況であろうが声を上げないのがルールだ」


「そうですわね。それくらい当然存じておりますわ」

強気に応える。

2人対多数。

怯んだら負けだ。


「わかっているじゃないか、カローリヌ。君も記憶にあるだろう?沢山の貴族が集まったオペラ座で、先代の王が、現在の国王に剣を向け、権力交代を迫った事を。それが王の交代劇だった」


「…ええ。記憶にあるわ」

あれは、私が10歳の時だった。世界中で人気がある劇団の公演があり、その初日、前国王陛下と、沢山の高位貴族が見に来ていた中で起こった事だった。

いきなり沢山の衛兵を連れてオペラ座に乗り込んできたのだ。

そして。当時の第三妃に剣を向け、国家転覆罪で拘束した。

臨月間近の大きなお腹の第三妃を無理矢理引きずり出し、その後、「第三妃のお腹の子は国王の子供ではなく、第三妃の側近との子供だ」と叫んだ。

「側近は敵対国の末席の王子だよ。そいつとの間に出来た子を時期国王にして、この国を乗っ取るつもりだ。そんな事も見抜けずに若い第三妃にうつつを抜かして。こんな男は国王ではない。今から私が国王になる」そう言って、前国王陛下を拘束してオペラ座から連れ出した。


それが、国王の交代劇だった。

あの時、その場にいた貴族達はただ見ているしか出来なかった。

発言を許されていないからだ、と父は言っていた。


「では、その時、その場にいた者達に発言権は?」

その言葉に返答できなかった。

確かにあの時、沢山の高位貴族が居合わせたのに、誰1人として発言を許されず、皆、息を殺してその場にいた。


「私を睨んでも無駄だよ。君もわかっているだろう?だから、ここに居合わせている者達にも、発言権はないわけだよ」


……今の話から察するに、ここにいる沢山の人達は貴族社会のそういったマナーを知っていらという事なのかしら。

この場では司祭様が1番偉いのだろうという事は容易に想像がつく。


……もう、シャドーを復活させる組織はこんなに浸透しているのね。

もしも事実だとしたら、恐ろしい。


そう考えた時、何故か足元がふらついた。

どうして?


あまり力が入らない。

今以上の魔法を発動しようにも、なんだかおかしい。


力が入らない。

でも、それを相手に悟られてはいけない。


自分を奮い立たせて、両足に力を入れる。

それに対して司祭様は余裕そうだ。


なんだか力が入らない原因は?


もしかして、このマントや仮面かもしれない。


そう考えて。私は小声でグラッドさんに変装を解きましょうと囁くとグラッドさんもそうしようと答えてくれた。そして、司祭様に話しかける。


「フフフ。今の状況で何をおっしゃられても事実である確認はできませんわ。だって、皆様仮面をつけていらっしゃいますもの」

その言葉と共に仮面を外し、マントを魔法で吹き飛ばした。


このマスクやマントは何かがおかしいから、外した方がいいように感じていた。魔力を使おうとするたびに、この仮面に吸い取られていく感じがする。

最初は感じなかった。しかし、ゆっくりと自分の力が弱くなっていくのを感じた。


グラッドさんも仮面とマントを脱いだ後、すかさず、魔力で仮面やマントを焼くために火を放った。

「これは何でできているんだ?悪魔の芽か?」

グラッドさんは司祭様に問いかけた。


私達の魔力が多分吸い取られているから、これ以上、魔力が吸い取られないようにしようと思ったのだろう。


燃え出した仮面やマントが悲痛な叫び声が聞こえてくる。

それと共に形が変形して、マントも仮面も植物に変化した。その姿形は、根っこの部分が悪魔の顔をした真っ黒な植物だ。


もしかしたら、ここにいる人達のマントや仮面に火を放つと、皆慌てて脱いでくれるのかもしれない。

私が考えていることとグラッドさんが考えている事は同じだったようだ。


私達はほぼ同時に沢山の炎を放った。しかし、司祭様に阻まれて実行に移せない。


「マーカス、カイナツ、私達に力を貸して欲しい。ここにいる全員からマントと仮面を剥いで燃やすんだ!それがあいつらの力を削ぐ、一つの方法だ。だが、決して人を傷つけないように」

グラッドさんの言葉で、2人が風を起こした。


「クーリエは侍従を使い我々の組織を破壊した。報復として、クーリエの侍従達には悪の芽を植え付けている。だから、同胞を傷つけることなどしない。つまり、マントや仮面を剥いだり、燃やしたりはできない」

司祭様は勝ち誇ったように言った。


「それはどうかしら?」

2人の起こす風は火の粉混じりの熱風で、植物である悪の芽から悲鳴にも似た音が漏れてきた。

そして、マントや仮面から、悪の芽の姿に戻ると、火の粉の当たらない場所に寄せ集まった。


その姿を見て、グラッドさんは、すかさず火を放つ。


壊れたドアのようなギーギーする音や、耳につく引っ掻き音のような叫び声を上げながら、悪の芽は灰と化した。


マントや仮面が無くなった後、そこにいたのは、宰相様の補佐官や、軍部の責任者など、要職についている高位貴族に、兵士達だった。


「こいつらは自らの意思でこの組織に入ったのだよ。金、地位、名誉。莫大な魔力があれば、他国から領土や金を奪えばいいだけだ。その魔力ですから、奪うだけでいい」

そう言って、司祭様はニヤニヤと笑った。


「王都は、そういう貴族で溢れていてね。さあどうする?」


王都に悪の芽が根付いてしまっているなら、キリがないのかしら?


ここには沢山の人が住んでいるし、誰が悪魔の芽を持っているのかわからない。

じゃあどうしたらいいのかしら?この地全体を浄化すれば……。


そう考える間にグラッドさんはありとあらゆる攻撃を仕掛ける。

相手が応戦して、魔法撃が放たれた。

私はそれを避けると、相手の蹴りが入る。それを避けて、相手の腹部に拳を当てると、相手はその衝撃で吹き飛ばされて壁に体を打ち付ける。

次から次へと襲いかかってくる敵と戦う。


「悪の芽は地下深くから生まれる。だから、地上を浄化しても意味はないぞ」

私はその言葉に何も返事ができない。

ハッタリすら言えない状態だ。


すると、グラッドさんが急に私の腕を掴むと、私の体を覆うように抱きしめた。

そして小さな声で「目を閉じて」と言った。

それから司祭様の方を向いた。


「ならば地下に行けばいいだけだ」


司祭様は笑った。

「どこの地下とは言っていない。さあどうする?」


その言葉には反応せず、グラッドさんと私は地中に吸い込まれた。


ゴーっという音がして、地面の感覚が無くなった。

飛んでいるのか落ちているのか。

周りを取り囲む空気は湿度が高い上に熱くてむせそううになる。

そのために肩で息をしていると、グラッドさんがぎゅっと抱きしめてくれた。

「コニー。もう少しだから我慢して」

私は声が出ずに黙って体をこわばらせた。


すると、急にひんやりした空気が肌を撫でて、どこか別の場所に出たのがわかった。

それと同時にグラッドさんは私に回した腕を解いた。


目を開けると、そこは暗い洞窟だった。


「ここは?」

「上の教会から数十メートル下の地下だよ。どうも人工的に作られた通路のようだね。ほら、古い煉瓦が剥き出しになっている」

グラッドさんはそう言って、煉瓦をそっと撫でた。


「すごく古い作りね。もしかしたら1000年くらい昔のものかも知れないわね」

私は大袈裟にそういうと肩をすくめて笑った。

さっきまでの光景が嘘だと思いたいからおどけてみせたのだ。


「そうだね。1000年なんてもんじゃなく、もっと古いかもしれないね」

その声は何かを見つけたような口ぶりだ。

「何か見つけたの?」


「煉瓦に何か刻まれているんだよ。ほら」

そう言われたので、私は小さな炎を出して辺りを照らした。


明るくなって気がついたが、前後に長く伸びた地下道は先がわからないくらいずっと続いている。


あまりの光景に声が出ない。

「驚いたな、これは。この壁の凹み、もしかして、火魔法の炎を入れるんじゃないのか?」

そう言われて壁を見ると、等間隔に視線より少し高い位置に高さに凹みがある。

その凹んだ場所には何か古い文字が書いてある。


「古代文字だわ。確かに炎を入れる場所みたいよ」

文字は古代語で『キエヌチカラ』と書いてある。


『キ、エ、ヌ、チ、カ、ラ』

声に出して読むと、掌の中にあった炎はサッと壁に吸い込まれるように引き寄せられて、壁の凹み全てに炎が行き渡った。


それを見てグラッドさんは驚いた顔をしている。

「今のは何?」

私は曖昧に笑う。

「さあ?わからない。あの古代文字を読んだら…。ね?」

炎を指差してそういうと、グラッドさんは考え込んだ。


「私の地方には古い言い伝えがある。『この世界のどこかには神殿があり、そこには神がいる。神に会う方法は一つ。魔力の強い者を生贄として捧げる事。神がその贈り物を気に入ってくれると、神殿に招いてもらえる。そして、招かれた者は世界の王となる」

「それとこの通路はどんな関係が?」

「神殿には秘密の通路が無数にあるから、神に気に入ってもらえた者は神出鬼没。これが神殿の通路だよ!」

その言葉に私はフフフと笑う。


「そんな言い伝えでしょ?」

「その言い伝えのせいで私は生贄にされそうになって、捕まったんだよ。まだ信じている者は一定数いるんだよ。さあ、世界の中心の神殿を探そう」

グラッドさんはそう言って私の手を取った。


確かに

ここにずっと立っていたって何も進まない。とりあえずどこかには行かないと行けない。

「わかったわ。じゃあ前に行く?それとも後ろ?」

そう言いながら一歩踏み出した。


「侍従達に聞いてみようか?」

「それはダメ!」

私は即座に反対した。リリちゃんのせいで危険な目に遭ったのだ。もう侍従は信用できない。


「ねえ、グラッドさん。地の力が使えるなら、この煉瓦達にゴールの場所を聞いてみたらどうかしら?」

私の提案に渋い顔をして、ため息を吐くと、「わかったよ」と言って、煉瓦に手を乗せてグラッドさんは動きを止めた。


しばらくして目を開けた。

「多分、後ろに進めばいいみたいだ。煉瓦は何も答えないけど、そんな気がするんだ。いこう」

そう言って、私の手を取った。

「ええ、わかったわ。今気がついたんだけど、私達って運命共同体なの?」

その言葉にフッと笑う。


「今頃気がついた?私は、君が結婚証明書にサインしてくれた時から感じていたよ。君のお陰で帰れるチャンスを得た。君は自分の人生を賭けて、故郷を後にしたんだ。私を助けるために。だから、そこから私達は運命共同体だ」

グラッドさんはそう笑いかけてくれて、私の髪についた土埃をはらってくれた。


「ありがとう」

私は笑いかえすしかできない。

グラッドさんの顔から覚悟のような物を感じたのだ。私も覚悟を決めないといけない。


本当に人生を賭けた旅になったのだ。

もう、どこにも戻れない。


私達はお互いの手をぎゅっと握ると、早足で歩き始めた。

薄々は感じていたのだ。この世界のどこだかわからない場所で、私は人生を終えるのかもしれないと。

でも、それでもいい。


最後にグラッドさんに出会って2人で旅をしたのだ。


色々あった。

喧嘩しなかったのが嘘みたいだった。

そういう意味では私達の性格は合っていたのかもしれない。

もっとやりたかった事はある。

でも、それよりも司祭様達を止めないといけない。

この世界のために。


シャドーは復活させない。

絶対に!


煉瓦に灯る炎以上に周りが明るくなってきた。


どこかに出るのかもしれない。

繋ぐ手から緊張が感じ取れる。

当然だ。私も緊張している。


ここから出たら、また戦闘が待っているのかもしれないのだから。


光が見えた。

どこかに出る!


私達は緊張しながら前に進んだ。

今まで暗闇にいたせいで光で目が眩む。

うっすらと目を瞑りながら、外に出た。


眩しくて、はじめは何が見えているのかわからなかったが、だんだん目が慣れてきてわかった。

それは湖に囲まれた小さな小さな島の真ん中だった。

小さな島の大きさは修道院くらいで、そこに可愛らしい小屋が一つ建っていた。


「コニー大丈夫?」

「ええ。それよりここは?」

「わからないけど」

そう話しながら私達の視線は小屋に釘付けだ。


その理由は一つ。小さな小屋の煙突からは煙が出ている。

誰かいるようだ。


「……このドアをノックしようか?」

「ちょっと待って。怖いわ。だってここがどこなのかわからないもの。言葉がつうじるのか。敵か味方か……」

躊躇する私にグラッドさんは笑いかけてくれた。

「大丈夫。コニーは私が守る」


そんな話をしているといきなり、扉が開いた。

「あら、船であったお嬢さん」

そこにいたのは、船で予言のような謎めいた事を言ったオルトナー未亡人だった。


グラッドさんは拍子抜けしたような顔をした。

「知り合いなの?」

「船でお茶をご馳走してくれた方なの」

微妙な雰囲気の私達を見てオルトナー未亡人はクスクス笑う。


「中へどうぞ。ちょうどお茶の時間なの」

そう言われて、断る理由が思いつかずに未亡人の後についてドアの中に入った。


するとそこは、豪華な貴族の屋敷そのものなのだ。

広いサロンに高級な絨毯に、革張りのソファー。


窓から見える景色は大都会の街並み。

どこからどう見ても、お金持ちの貴族専用の高級アパルトマンだ。


またもや何がおきているかわからずに混乱した。

「びっくりした?まあお茶でも飲みながら話しましょう?」

そう言ってオルトナー未亡人はテーブルの上のベルを鳴らした。


その後、私達を見るて、「あらあら」というと、指をパチンと鳴らした。

すると、私達は綺麗に髪を結った貴族の子女の出たちになったのだ。


すぐに別のドアから執事が入ってきた。

「お客様にお茶をお出ししてね」

そう指示を出すと、私たちにソファーに座るように促してきた。


私達はもう、座って次はどうすればいいのか考える。

その間に手際よくお茶が入れられて、高級そうなフィナンシェとともに紅茶が出てきた。


執事が下がると、オルトナー未亡人は一口お茶を飲んで外を眺めた。

「あの小さな島でずっと誰かを待つのは疲れたの。だからね、500年前くらいから、世界の気に入った場所で住むことにしているのよ。今はこの大都会の景色がお気に入りなの」


「それって、オルトナー未亡人はずっとこの世界のどこかに住んできたってこと?」

「そうよ。で、あなた達の答えは見つかった?」

私は突然言われた意味がわからない。

でもグラッドさんはわかったようだった。


「ええ。わかりました。シャドーは復活させない。私の命に変えても。コニーとずっと離れたくないけど、不安定な世界で怯えながらの生活なんてコニーには送ってほしくない」


私は息を呑んだ。

「私は、グラッドさんと一緒にいたい。そのためにシャドーを倒したい。私1人残してグラッドさんがいなくなるのは嫌よ」

初めて自分の気持ちに向き合って、私は本心を話した。

貴族として生きていたカロリーヌとしての人生でも本音は誰にも言った事はない。

でも、ここで言わないと後悔する気がした。


「フフフわかったわ。2人の言葉が本心だって。じゃあお茶が冷めないうちに飲みなさい」

オルトナー未亡人の言葉を素直に聞いて私達はお茶を飲んだ。


「じゃあついてきなさい」

そう言われて先ほどのドアを開けてまた小さな島に戻った。


「私の名前はピアニッシモ。この世界の創造主。ここ数百年はオルトナー未亡人だけどね」

そう言って私たちにウインクしてみせると小屋の壁に手を当てたすると、小屋は大きな木になった。

「これがこの小屋の本当の姿よ。さあ、幹に手を当てて想像しなさい。未来を」


私達は手を繋ぎ、私の左手と、グラッドさんの右手を幹にくっつけた。

そして、シャドーの消滅と、私達が普通の人として生きられる幸せな未来を想像した。


頭の中を光がぐるぐる回る。


手から命が抜けていく感じかする。

やはり私はここで命を落とすのかもしれない……。

そう思った時だった。

私の右手を掴むグラッドさんの手の力が強くなった。


「コニー!しっかりするんだ。決して持って行かれてはいけない。しっかりするんだ」

そう言って、頭にキスを落としてくれた。


そうよ。

私は生き抜いてグラッドさんと共に生きる!

私は手を強く握り返してグラッドさんを見た。


目が合って、グラッドさんは優しくキスをくれた。

唇が離れると、もう一度、グラッドさんを見た。

今度は私からグラッドさんの頬にキスをする。

すると、繋いだ手から小さな光がこぼれた。


「生命の炎」オルトナー未亡人の小さな声が聞こえた気がしたけど、私達はもう一度キスをした。


私達の繋いだ手から出た光は私達とこの大きな木を包んだ。


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