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侍従の役割

「カイナツ、お前はわかっていない。本当に主人を思うなら、主人の脅威となるべきものは先に排除したほうがいいに決まっている。だから軍に参加したのだ」


「大魔法使いと言われた方なんだろう?クーリエ様という人は。だから、その時、トロン以外にも、侍従は石から目覚めたのか?」


「ああ。俺以外にも4人」

これを聞いたグラッドさんはびっくりした顔をした。


「伝承で聞く『魔法使いが操っていた殺戮の五人衆』ってもしかしてトロン達の事なのか?真っ青な不気味なお面を被り全身黒づくめだったと言われている。そして戦乱の世が終わると、姿を消した」


「それは有名な話なんですか?」

あまりにも恐ろしいあだ名だ。


「そうだよ。どこの家庭も親からそんな話を聞く。『もしも悪いことをしたら殺戮の五人衆にどこかへ連れて行かれる』とね。戦争が終わった後、スパイだと疑われたりした者たちはそうやって戻らなかったそうだ」

グラッドさんは低い声で答えた。


「戦争が終わった後、私達はクーリエ様の侍従に戻った。そのあとはクーリエ様の望みを全て叶え続けた。スパイ狩りや、この国を裏切ろうとしていた者全てを処刑するのもクーリエ様ののぞみだった」

その顔から笑みが溢れるが、狂気に満ちており何を考えているかわからない。


「カイナツと私の誕生ルールは違う。私達はもうこの世では利用されていない太古の成人の儀式が組み込まれている。だから私達侍従が生まれるのは、ご主人様が15歳になったらだ。クーリエ様が15歳の頃、私達は生まれた。クーリエ様は戦争の召集がかかっていた」


「そんな……15歳って早すぎるわ」

思わず口を挟んでしまった。


「クーリエ様は私達を操ることで表舞台には立たないし、名前も出さない。それが軍との密約だった。私達はクーリエ様の指示しか聞かないから、軍はクーリエ様を司令官に置いた。彼女は一度も、戦地に行ったことはない」


「戦争がどんなに悲惨なものなのか知らずに指示していたのか。五人衆が先陣を切るようになってから、わずか数ヶ月で戦争は終結したと伝承で聞いている」

グラッドさんは記憶を辿っているのかゆっくりと思い出しながら話した。


「では、クーリエ様の血を吸ったとはどういう事だ?」

カイナツさんの質問にトロンさんは舌打ちした。


「それは答えない。ただ、それがクーリエ様の望みだったからだ。それでクーリエ様は最後を迎えた。そして私も石へと戻った」


「主人であるクーリエ様の血を吸うということは、最期を迎える手伝いをしたということか。または、何かしらの儀式をしたという事か」

カイナツさんの考察にトロンさんは顔を歪めた。


「それは答える必要はない」

そう話しながら、トロンさんは自分の掌を見た。


「何故だ!なぜ……私は儀式を受ける権利があったはずだ!」


その言葉で私達もトロンさんの手に注目すると、指先が石になっていた。


「トロン。前もって準備した罠には、最終的にグラッド様の魔力を奪う物があったのではないか?儀式を乗っ取り、救世主の子孫を二人も傷つけようとした罪は重い」


カイナツさんが話している最中も、トロンさんの石化は止まらない。


「クーリエ様は言ったのだ。血を分けた者は儀式を受ける権利があると」


その時だった。


『トロン、トロン』

トロンさんを呼ぶ女性の声が聞こえた。


『トロン、ごめんなさい』

次ははっきりと聞こえた。


「クーリエ様!」

トロンさんは首を動かして誰かを探している。

私達も声の主を探したが誰もいない。


『この城の中に入ると時間の流れが止まるようにしたのだけれど、あなたとは何故会えないのかしら?私はここにいるわ』


その声でトロンさんの声が震える。

「クーリエ様。貴方様のご希望である『救世主の子孫に儀式を受けさせない』のはうまくいきませんでした。儀式を受けた場合に訪れる戦いから血族を守ってほしいという願いだったのに……申し訳ありません」


『トロン、貴方は優しいから私の願いを叶えようとしてくれたのね。もう大丈夫よ。さあ、私と共に行きましょう』


まるでオルゴールのように優しいその声にトロンさんは何か返事をしようとしたようだが、もう石になっていて答える事ができなかった。


次の瞬間、トロンさんの石像はボロボロと崩れ出し、サラサラと砂になったあと、フワリと風に浮いた。

そしてまるでつむじ風ののように、クルクルと城の中を回っていく。


それと同時に、トロンさんと、クーリエさんの思い出が、城のエントランスにある大きな水晶に映し出された。


そこには、キラキラ輝く波打つ銀髪と、淡い紫色の瞳を持つ鼻筋の通った美人が立っていた。

年の頃はまだ20歳になっていないのではないかと思われる。

絶世の美女と謳われていたのが、嘘ではないと映像を見て思った。

その横には、今よりもプラチナブロンドに近い髪と、青紫の瞳を持つカイナツさんが立っていた。


二人は向き合って何かを話していたが、突然、

『カイナツ。好きよ』

そう言って美人はカイナツさんの首に手を回して抱きついたが、カイナツさんはオドオドしている。

『クーリエ様、私は貴方様の先祖であるゴート様が作り出した侍従です。本当の姿はただの石。私は貴方様にお仕えできるだけで幸せです』


そして、水晶の中は秋の景色になった。

先程の映像より年を重ねたクーリエさんがトロンさんを見つめている。

『トロン、お願いよ。貴方に私の血を与えたいの。10年間ずっと、トロンが石から人になる方法を調べたのよ』


『血を与える……と言いますと?』


『貴方は腕を剣へと変化させられるわね。その剣で私を貫いて欲しいの』


『そのようなことはできません!』


『いえ。やってちょうだい。貴方に私の血を吸わせるの。そうすれば貴方は石から一歩遠のく。そして、私の血を持って、貴方に王になる権利を与えるの』


『そんな……。いくら貴方様の頼みでもそれはできません』


『お願いよ。トロン、貴方が王になってくれれば、その後に生まれてる末裔達は、色々な重圧を受けなくて済むの。そらに、王になったら貴方は人間になるのよ』


懇願することクーリエさんは、お母様くらいの年齢のようだが、すごく若々しく美しい。

その美しい人にずっと懇願され続けているトロンさんは拒否が大変だろう。

とうとう、言い負かされてしまった。


『貴方様を貫くと、次の王になる権利が私にも発生して、クーリエ様を呼び起こせるのですね』


『ええ!そう。貴方が王になったら、必ず私を甦らせてね』


『わかりました。……では、やります……』

トロンさんは自分の右腕を前に伸ばす。

すると、瞬時に指先が伸びて長く鋭い剣へと変化した。

普通の剣士が剣を持っているのと同じ状態になった。 ぱっと見は自らの手が剣に変わったとは思えない。


『お願いよ、トロン……』

そう懇願されたトロンさんは、目を瞑り、顔を歪め、右手の剣をクーリエさんに向けた。


鋭い剣はクーリエさんを貫く。


『ありがとう……心配しないで、私が望んだ事……』

その言葉で一瞬怯んだトロンさんだったが、剣を抜いた。


瞑っていた目を開いたトロンさんだったが、青紫だった瞳は青みをどんどん失い、赤色になった後、その赤が濁って、茶色になった。

そして、綺麗なプラチナブロンドはだんだん金色へと変化していく。


刺されたクーリエさんはトロンさんの腕に倒れ込んだ。

『トロン……きっといつか……』

クーリエ様の髪はみるみる白くなり、手はやせ細っていった。



そこで映像は途切れた。

というより、記憶が紡がれている。



「これは……トロンさんの記憶?」

私の質問にカイナツさんは首を振る。


「トロンの記憶なのか、クーリエ様の記憶なのか。はたまたこの城の記憶なのかわかりません。しかし、これで、トロンもクーリエ様も罪を背負うことになってしまったのでしょう。二人は不文律を犯しました」


「それってどういうことなの?」


「私達は人を殺めてはいけません。元々は、石。無機質な物体でしかないのです。何かを殺めるのは、生きている人のすることです。守ることはあれど、自ら攻撃してはいけないのです。私達は死にませんし怪我もしませんからね。それを戦闘に使い、沢山の人の亡骸を作ったのち、自分の存在意義である主人までも傷付けた……」


水晶の記憶が蜘蛛の糸のように細く、柔らかいものへと変化して、外に出てきた。そしてつむじ風に巻き取られると、砂埃と糸は渦を巻き、まっさらな壁へと吸い込まれた。


「消えた!」

私達が壁に近づくと、そこには砂のように細かい宝石の砂で書かれた絵が浮かび上がった。


「結婚式のモザイク画?というか砂絵ね。これってクーリエさんとトロンさんじゃない?」

クーリエさんは20歳くらいかしら?まばゆい笑顔を讃える絶世の美女の絵だった。

その隣のカイナツさんは、昔の通りプラチナブロンドに青紫の瞳をしている。

ウエディングドレスを着たクーリエさんと、真っ白のタキシードを着て立つトロンさんが周りの人に祝福されている。


「幸せそうね」


「本当だな。これでよかったんだろう」


「止まったこの城の時間もこれで動き出しますよ」

カイナツさんの言葉に私達は頷いた。


トロンさんのやったことは私達を魔力のエネルギーとしようとしたり、グラッドさんを拘束したりと最悪だった。

でも、それがクーリエ様の為だと思っていたようで、理由を聞くとなんだか悲しかった。

侍従と主人は恋ができないのに、それをクーリエさんは求めてしまった。

どこまでもクーリエさんに忠実だっから起きてしまったこと。

なんだか複雑な気持ちだけど、これでよかったのよ。


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