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避けられない運命

私達は辺境伯領に行く行商人の方に連れて行ってもらう事になった。

行商人の方々は仕入れに行くという事で、馬車の空っぽの荷台に乗せてもらい進んだ。


途中、盗賊が出たが、皆隠れて難をのがれ、なんとか切り抜けて1週間かけて辺境伯領にたどり着いた。


辺境伯領は雪が舞っていた。

「12月の初めなのに、もうこんなに雪が降るんですね」


私の言葉に司祭様は笑った。

「今から本格的に降り出しますよ」


そう言って、教会に連れて行ってくれた。

そこは無人だった。


「辺境伯領の司教様が亡くなって1ヶ月。ここは高齢の司教様が一人で切り盛りしていたんだ。次の赴任者のお告げがあったと思ったら私だったわけだよ」

そう言って司祭様は笑った。


この国では、度々、神様のお告げで物事が動く。

それは政治などもそうだ。

私は『神のお告げと言いながら、宰相様や偉い人が決めている』と思っている。


きっと、誰も行きたがらない辺境の地に、『神のお告げ』と称して司祭様は左遷されたのだろう。


司祭様から司教様に位が上がっての左遷。

どんなに地位が高くとも、誰も部下がいなければ、下級の扱いになる。


それを知っていて司祭様は来たのかどうなのか。

私には聞く勇気はない。

けれど、私はこの司祭様に自分の運命を委ねると、修道院に入る時から決めていた。



「コニー。この地は寒いから室内でもコートを着ていなさい」

そう言って司祭様は教会に入って行った。


到着してすぐ、掃除をしようとした時だった。


「修道女様、はじめまして。教会のお手伝いをします、ベルタといいます」

歳の頃は50代くらいのふくよかな女性が講堂に入ってきた。


「はじめまして、ベルタ様。私はコニーと申します。今日からこちらにお世話になります」


「何十年も亡くなった司教様一人で切り盛りしていたから修道女様に初めて会ったけど、頭から頭巾を被り、顔にはベールをかけていて、しかもダブダブの修道服を着ていて、なんだか大変そうだね」


「慣れれば快適ですよ。それにベールは薄いから、物が見えない事はありませんしね」


「確かにこちらからもうっすら、修道女様の顔が見えますよ。でもうっすらだね」

そう言って私達は笑った。


「からどんどん寒くなります。寒さは病気の元ですから、沢山着込んでください」

ベルタさんはそう言ったので私はびっくりした。


「まだまだ寒くなるのですか?想像がつきません」


「そんな返事をする人に共通することがあるんです。司教様を呼んでください」

そう言われて、私と司教様はベルタさんに呼ばれた。


「二人とも、お待ちになったお洋服やお着替えを見せてください」

そう言われて私と司教様はそれぞれトランクの中を見せた。


するとベルタさんは、やっぱり!という顔をして説教を始めた。


「二人ともこんな服でこの冬を乗り越えられると思っているですか!!寒さを簡単に考えてはいけません!!寒さは病気や早死の元!!これだから都会から来た人は」 


怒るだけ怒った一時間後、ベルタは沢山の服を抱えてやってきた。


「司教様、修道女様。これはこの地域の人から集めた古着です。破れたり穴が空いているかもしれませんが、そこは目を瞑ってください。これを着て冬を乗り越えてください」


私達は皆様に感謝をして、古着を繕いながら生活を始めた。

修道女の服は、ウエストが絞っていない上から被るだけの服なので、夏は涼しいが、冬は寒い。

でも、ブカブカなので下に何を着ていてもわからない。


司教様は、「頂いたドレスを重ね着しておきなさい」と言ってくれたので、修道服の下に沢山の服を着て寒さを凌ぐ事にした。


この地での生活の拠点は司教館となった。

教会の横に併設された司教館は大きかった。

今までの修道院くらいの大きさがある!

だが、この館のほとんどの部屋には書物が置かれ、長年一人で研究ばかりしていた前任の司教様の私物が大量にあった。


新任の司教様は前の司教様が使っていた寝室を使い、私は唯一スペースがあった図書室で寝泊まりする事になった。


前任の司教様は高齢だったという事で、書き残したメモは字が汚くて読めない。

結局、その大部分を捨てる事になってしまった。

沢山の人の手を借りながら司教館を掃除していった。


そして、こちらに来てから3日で掃除が終わった。

修道院並みに広さがあるところに、沢山の荷物があったけど、結局必要な物はほとんど無かった。

そしてリサイクル出来るものも無かったので大半を捨てる事になった。


「前の司教様は何でも捨てずに取っておく人だったから、結局ガラクタばかりが手元にあったのね」

そう言ってベルタさんは笑った。


このお掃除で地域の人が沢山お手伝いに来てくれて、すぐに皆と仲良くなった。

皆信心深く、いつも教会が開いている事に感謝してくれる。


王都の人とは違い、のんびりしていて、日曜日の礼拝の日を楽しみにしている人が多い。

皆のんびりしていて、時間の流れが違うではないかとさえ感じる。

同じ国なのにこんなに色々と違うことがあるんだとびっくりした。


今まで勉強を沢山して、知らないことなどないと思っていたのに、実際に来てみないとわからない。


「辺境の地にお二人が来てくれただけでもありがたい」

そうみんなが言ってくれて、困った事はなんでも手伝ってくれた。


「修道女様、冬は寒いからみんなで同じ部屋に来て編み物をしているんだ。そうすると、薪も節約になるし、おしゃべりして楽しいだろ?だから修道女様も来てください」

ベルタさんに誘われて、私も毎日編み物をするようになった。

日々、笑いながら過ごすのって楽しい。


司教様はこれも地域の貢献だからと、司祭館の一室を提供してくれて、司祭館の予算で薪も買ってくれた。

皆、喜んで集まってくれるようになった。



もしも修道女になってこの地に来ていなかったら、笑う事を知らなかったかもしれない。

雪に足を取られて転んで笑い、みんなで編み物をして笑い。



あの時、王都を出る決断をしてよかった。

何より、修道院に入る事にしてよかった。



そうして長く辛い冬が来た。

毎日沢山の雪が降り、その度に慣れない雪掻きに奮闘した。

雪が降っていても、日曜の礼拝には皆訪れてくれる。

ここはすごく信仰の深い地域だと思った。だから、皆が来るから雪掻きをしないといけない。

王都育ちの私には大変だったけど、毎日行ううちに、体力がついてきて、前は少しの事で倒れそうになったのに今では全然平気になった。


「春になったら花が満開になるんですよ。そうしたら、畑の季節です」

「私はまだ畑を耕したことがないのよ」

「みんなで手伝うから司祭館の横の畑を耕しましょう」

「手伝ってくれるの?ありがとう!」

そう言って編み物ををしながら、みんなで何を植えるか相談した。

早く春にならないかしら。

私は雪解けが楽しみだった。


しかし、まだ雪が残る3月の始め、辺境伯の使者の方がやってきた。


「修道女様、私はこちらを治めるプラウドフット辺境伯領の使者です。すいませんが、司教様はいらっしゃいますか?」


「ご案内いたします」

私は教会の司教室で書類作業をする司教様のところに案内をした。


ノックをすると司教様がドアを開けてくれた。


「辺境伯の使者殿。私も修道女も行かない。そう伝えてほしい。私達は神にこの先の人生を捧げている。私達が従うのは神であって、辺境伯ではない。そうお伝え願いたい」


使者の方が何か言う前に司教様がそう言った。


「司教様、なぜ私の言いたい事がわかったのですか?」

使者の男性は訝しげに見た。


「使者がくる時は呼び出しの時だよ。私が行かない時はコニーだけでも、と言うつもりだろうが、それも許可しない」


司教様は頑なだった。

使者の方は困った顔をしたが、司教様は応じなかった。


その日の夜だった。


「コニー、今日は夜通しお祈りをするために講堂に行きましょう。夜間の講堂はびっくりするくらい寒いので沢山着込んでください」


寝ないでお祈りをするのは初めてだったので私は緊張した。


「講堂では、神の前にのみ蝋燭を置いてください」


司教様の指示でその通りする。

入口や窓辺などは真っ暗で本当に怖い。


「コニー。いいですか?私の指示に従ってください。貴方は神の像の裏でお祈りを捧げるのです。物音や声が聞こえても絶対に出てきてはいけません」


「わかりました」


そう答えると、私は神の像の裏に入った。

真っ暗で怖いが、これも祈りとして大切な時間だ。


私は朝日が昇るまでお祈りを捧げる決意をした。

目を閉じては祈りを捧げ、そして目を開けると言う行為を繰り返した。


しばらく経って目が慣れてきた頃だった。


講堂のどこかが開いたのだろうか、ひそやかに風が入ってきた。


そこから何か物音が聞こえる。

だんだん激しくなってきた。


講堂の机や椅子を叩く音だ!

こんなに激しいと壊れてしまう!


これは先日、街の皆さんの力を借りて直したばかりなのに。


大きな音に我慢ならなくなってきた。

直してくれた街の皆さんの気持ちを考えてるのかしら。


「やめてください!」

そう言いながら私は我慢できずに神の像の裏から出てしまった。


私の視界に飛び込んで来たのは、気絶している複数の人と、3人に切り掛かられて、そこにある椅子で応戦している司教様の姿だった。


私は訳が分からずその場に立ち尽くしてしまった。


「出てこないでくれって言ったのに……」

司祭様の顔からは落胆が見てとれた。


「これも、避けられない事なのか。運命からは逃れられないのか」

そう言って椅子を下ろすと、司祭様は床に座った。


「俺の負けだ」

「では、今からお二人でいらっしゃって頂きます」

司教様の横に立っているダークブラウンの髪色の騎士が言った。


今からなんて何をいいだすのか。

そう思ったが、司教様は反論しない。


「今からなんて無理です」

私の言葉に騎士が反応した。


「セドリック様は逃げ足が早いので、今でないと我が主君は納得いたしません」


そう言ってから司教様の腕を掴んだ。司祭様が『セドリック様』と呼ばれているので少しびっくりしていると、

「では、お二人で馬車に乗って頂きます」

と言われた。


私の横に女性騎士が来たので、私も観念するしか無かった。

馬車は家紋もなく、真っ黒な物だった。


たとえ、これが辺境伯様の馬車で無かったとしても、約束を破ってお祈りの場所から飛び出した私が悪い。



私はゆっくりと馬車に乗った。

私の横には女性騎士が乗り、向かいには司教様と、先程のダークブラウンの髪の騎士が座った。


馬車の中では司教様が私をじっと見て一言だけ言った。


「神にお仕えするなら、決められた決まりを破ってはいけません。修道女の決まりは、修道女を辞めると決めるまで守りなさい」


何故、このタイミングで念を押すのかわからなかった。


「はい。司教様。必ずや守ります。神の教えに背く事はございません」

私はそう言って下を向いた。


神に祈るために。

そして、司教様に「出てきてはいけない」と言われたにもかかわらず、神の像の後ろから出てしまったばかりに拘束される事になったのを悔いて、私は深く祈りを捧げた。


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