移動の方法
「さあ、急いでレインバレーを離れましょう。グラッド様の魔力がダダ漏れなので、嗅ぎつかれるのは時間の問題です」
カイナツさんはそう言いながら、来た道を戻っていくので私も小走りで後に続いた。
ここまで来る時は気が付かなかったが、壁には肖像画がいくつも掛かっていた。
性別や年齢もバラバラ。
ただし、皆、ストロベリーブロンドでブルーの瞳であるという事は同じだった。
びっくりしたのはお城の入り口近くに、私の肖像画があった事だった。
「これは私と似た方が祖先にいたって事なのかしら?」
「違います。これはカロリーヌ様の肖像画です。この城が貴方様を新しい主人と認めた証拠ですよ。グラッド様があちらでお待ちです」
もうわけがわからない。
とりあえず、反論はせずにこの訳がわからない物事をやり過ごす事にした。
先に進むと、エントランスホールの中央に人工池が作られているのが目に入ってきた。
池は大理石でできており、湖面がキラキラと光っている。
来た時はなかったはずだ。
そこにグラッドさんとトロンさんがいた。
「コニー!よかった。さっきまで城には入れなかったんだ」
グラッドさんは私に駆け寄ってきて手を握ってくれた。
「カロリーヌ様の用事は済まされたようですね。では、これよりグラッド様の魔力解放に向かいます」
トロンさんは私達をどこかに連れて行こうとしたが、カイナツさんがそれを遮る。
「トロンが移動するより、カロリーヌ様の移動の方が早いと思います。カロリーヌ様、この湖面を覗いてください」
言われた通り、人工池を覗くと、色とりどりの魚が泳いでいたが、その池に底はなく、湖の中は青空と、そのずっと下には緑の山々や、街が見えた。
「どういうこと?この池は何百メートルも下に街や山が沈んでいるということなの?」
私の疑問にグラッドさんは不思議そうに首を傾げた。
「私には普通の人工池にしか見えない」
「フフフ。そんなはずないわ。この池は底がなくて、中には青空と山と街が見えるもの」
グラッドさんに揶揄われたと思ったが、カイナツさんが首を振った。
「この池の先に何かが見えるのはカロリーヌ様と、貴方様の能力を感じ取れる私の二人だけです。グラッド様とトロンには人工池に見えています。この池はカロリーヌ様が目指すべき場所を指しています。では参りましょう。グラッド様、お嬢様をエスコートして、私のあとに続いてください」
そう言うが早いか、カイナツさんはトロンさんの腕を掴み、池に飛び込んだ。
「男と手を繋ぐ趣味はない!」
トロンさんはそう叫びながら池に落ちていった。
びっくりして池をのぞくと、色とりどりの魚の間を二人が通り過ぎる所だった。
明るい空の色と、魚の色が水に反射してキラキラと光る中をまるで飛んでいるように落ちている。
グラッドさんには何も見えないのか、水に消えた二人を探しているようだった。
「こうすればきっと見えるわ」
私はにっこり笑ってグラッドさんの手を握ると、グラッドさんは驚きながら池をのぞいた。
「今、二人が見えた!まるで上空に魚が泳いでいるようで綺麗だ。私達も行こう」
グラッドさんは視線を合わせてそう言ったので、私は笑顔で頷いた。
そして二人で勢いよく池に飛び込んだ。
水に入ったはずなのに、まるで空をふわふわと浮いているように落ちていく。
先に漂っていたカイナツさんは笑顔でこちらを見ているし、手を掴まれているトロンさんは仏頂面で脚を組んでいた。
その様子がおかしくて、グラッドさんと笑った。
オレンジや黄色の魚が泳いでいる中を下へとゆっくり漂うように抜けていく。
そして、魚達が頭上に見えるようになる頃には雲に入った。
何にも見えない真っ白な世界を抜けると、山頂にだけ少し雪が積もった巨大な山と、その麓には沢山の家が並んでいる街が見えた。
何軒かの家の煙突から煙が出ている。
「あの街に行くのかしら?」
「そうかもしれないな」
「上から見る限り、さっきまでいたバーリエル国ではないわ。この時期、私の国では山にはもっと雪があるはずだもの」
「ここはオースブリング国だよ。あの山はオースブリング国で1番大きな山だよ。首都にいても見えるんだ」
そう話しながらふわふわと山の麓の草原に降り立った。
山頂に雪はあるが、かなり暑い。
「バーリエル国はまだ寒さが残っていたけど、やはりここは暑い。オースブリング国は今夏に入った所だよ」
そう言いながらグラッドさんはジャケットを脱いで手に持った。
「グラッド様、こちらです」
カイナツさんの声で私達は更に高い方へと歩き出したと思ったら、突然グラッドさんが消えた。
「あれ?グラッドさん?」
焦る私にカイナツさんは笑いかけてくる。
「カロリーヌ様と同じように『目覚めの選択』に向かわれたのですよ。ここでお待ち頂ければ結果がわかりますよ」
「では、申し訳ないですがトランクに入っている日傘を出してほしいのですが」
日差しが強いので、ここで待っていると疲れてしまう。
「かしこまりました。今小人達を呼んできますのでお待ちください」
そう言ってカイナツさんはどこかに行ってしまったが、すぐに足音がした。
もう日傘を準備してくれたのね。
「ありがとうございます」
お礼を言いながら振り返ると、そこにいたのは新緑を思わせる淡いグリーンの髪と、光り輝く麦の穂のような鮮やかな金色の瞳を持った人懐っこい顔の男性だった。
「はじめましてプリンセス。君がここにいるのは、銀色の騎士の恋人だからかな?」
「銀色の騎士?」
なんの事を言っているんだろう?
もしかしてグラッドさんの事なのかな?
しかも、緑の髪と金色の瞳って事は、きっとこの人も伝説の方なんだわ。
「銀色の騎士を知らないのか……」
男性は私の反応を見てがっかりした顔をした。
「私は誰かの恋人ではありません。ところで貴方様は一人でいらっしゃったんですか?それとも侍従に案内されてここまで来たのですか?」
私の質問に男性は困った顔をした。
「プリンセス、私に侍従はいない」
そう言った後、ブツブツと独り言で「君は栗色の髪をしていて、瞳もブルー。伝説の騎士はシルバーの髪に紫の瞳だから無関係な人だね」
と言って顔を上げた。
「プリンセス、一人でいては危ない」
その言い方に戸惑いを覚えた。
なんというか、自分をかっこいいと思っているのかしら?
しかも、私をプリンセスって呼ぶなんて、自分に酔ってるとしか思えない。
そういえば服装も、上質なシルクである事はわかるが、今は誰も着ていない立襟のロングジャケットに、背中に大きな剣を背負っている。
この剣、あまりにも重くて戦えないんじゃないかしら?
なんだか不思議な格好の人。
侍従がいないという事は、まだ目覚めの年齢に達してないのかもしれない。
「大丈夫です。連れがいますから」
「その人はやはり銀色の髪に紫の瞳?」
「いえ違いますよ」
グラッドさんの事は隠し通した方が良さそうなので否定をしてみた。
すると男性はガッカリした顔をした。
「プリンセス、銀色の騎士がいないなら私は出直すとしよう」
そう言って男性は私の手を取ると、騎士の礼をし、何かを探しながら戻っていった。
「なんだったのかしら?」
男性の背中が見えなくなった頃、カイナツさんが現れた。




