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グラッドさんの侍従

「セイレーン様は、ここから船を呼ぶ事もあるそうですよ。遠くに見える船に向かって歌を唄うと、自然と船がこちらに向かってくるそうですよ。お二人も試してみますか?」

「いえ。結構です」

苦笑いで答える。


「セイレーン様の祖先は本当に岩場に座って船を呼ぶために歌ったそうです。しかし、硬い岩場に何時間も座らなければいけないから、今はこのソファーに座って唄うそうですよ」

「確かに、こんなにフワフワなら疲れないし、どう見たって岩場に座っているように見えますね」

私の答えにカイナツさんは頷いて見せた。


「しかし、トロンは遅いですね。もう夜もふけてきましたから、就寝の準備をいたします」

そう言ってパチンと指を鳴らすと、嵐を巻き起こしている雲が、紡いだ糸のように細くなってカイナツさんの親指と人差し指の間に降りてきた。


本当に嵐の雲で糸をつくっているようだが、紡がれた糸は、みるみるうちに外からは覗くことのできない揺籠のようなベッドへと変化して行った。

もちろん、2人分ある。


「トロンが来るのはいつになるのかわかりませんからこちらでお休みください」

その言葉をいい終わるのと同時にベッドが出来上がった。

気がつくと、空に雲がなくなっていた。

雲は私たちのベッドやシャワールームを作るのに使われたためだわ。


さっきまでの嵐を巻き起こしていた雲があっという間になくなってしまった。

この現実を受け入れないといけないのよね。

なんだか悪い夢を見ている気がするから、シャワーは明日の朝入ることにして、今日は眠ることにした。


遠くで美しい声の子守唄が聞こえる。

これがセイレーンの歌声ではない事を祈りながら眠りについた。

この歌声でまた船が迷いませんように。



それから数日、穏やかな日を過ごした。

セイレーンの島には人は上陸できない。あの儚い歌声で船が座礁してしまってここまで辿り着けないからだ。


しかし、お世話をしてくれる小人と、私たちの様子を見にくる動物達がいて全く飽きなかった。


もちろん、セイレーンと一緒にお茶をしたりもした。

彼女は本当に美しく、赤毛を綺麗に編み込み、王冠をつけていた。

「ここは本当に何も無くて退屈なの。だから歌の練習をするの。ポセイドンに聴かせるための歌を。すると、船が面白いように寄ってくるのよ!でも、何故かみんな座礁しちゃうのよね」

セイレーンは困ったとでも言いたいように頬に手を当てて魅惑的に笑う。

「じゃあ、人を食べてしまうと言う噂は…?」


「あれは嘘。私の歌を聴いた全員が私に求愛をしたがるのよ。そのせいで愛憎劇になり、そして誰もいなくなっちゃうのよ」

確かに、セイレーンに出会っても耳栓をしていれば大丈夫だが、耳栓を忘れた場合、海に飛び込むか、又は船長室に乗り込んできて航路を変えろと暴れたり襲い掛かったりするって聞いた。


「もしかしてとは思いますけど、それを楽しんでます?」

その質問には何も答えてはもらえず魅惑的にウフフと笑った。


やはり海の悪魔。

私達が大丈夫なのはカイナツさんが、薄い水の膜を張って守ってくれているらしい。


「たまにお茶の時間を一緒に過ごしていただけるかしら?」

魅惑的なセイレーンの話を聞くのが楽しくてお願いをした。


「そうね、いいわよ。でもポセイドンに会いに行く日もあるし、クラーケンが遊びに来る時もあるから、また知らせるわ」

「今から島を散歩してもいいかしら?」

「ええ、お好きにどうぞ。今日はこれからポセイドンに会いに行ってくるわ」

そう言って、セイレーンは海の中に消えていった。


グラッドさんを誘って様の散策に行くと、島の真ん中の木が生い茂った部分には小さな神殿があった。

そして私達のベッドがある場所と反対側の入江には、沢山の財宝が、無造作に積まれていた。


「これって、座礁した船のものなのか?」

あまりの量に驚く。

「きっとそうね。セイレーンさんには必要ないのかしら?」

「ほとんどが金貨だから、宝石類はセイレーンがどこかに持っていくんだろうな」

グラッドさんは山積みにされた金貨を見て言った。


そうやって日々を過ごしていた。

でも先が見えない。


いつまでここに居ればいいのかしら?と思っていたある日の事だった。

岩場の一角が赤く燃え滾るように熱くなり、岩がまるで噴水のように液状になって吹き上がると、そこから一人の男性が現れた。


船員の服装をして、短髪の少し透けるくらいプラチナに近い金髪に小麦色の肌、そして栗色の瞳の背の高い筋肉質な男性だ。

私に声をかけてきた人だ!


「おや?船で声をかけたレディじゃないですか!すごくあなたにに寄与せられると思っていたら、まだ目覚める前だったのですね」

そう言ってうやうやしくお辞儀をした。


その後、グラッドさんの方を向いて、片膝をついた。

「我が主、遅くなって申し訳ありません」

グラッドさんは男性を見て驚いた顔をしている。


「私の名前はトロン。我が主グラッド様にお会いできてよかったです。グラッド様は生まれた時から魔力をおびていらっしゃいました。グラッド様の国では普通の事ですので、貴方様にお仕えできるのは、貴方様が誕生してから22年後と決められました。貴方様は22歳になったら、本当の力を授かる事になっていましたので今日までお会いできませんでした」

「私はまだ21歳だが、何故君が私の元にやってきたのだ?」


「それは、貴方様の本当の誕生日を誰も知らないからではないでしょうか」

「誰も私の誕生日を知らない?そんなはずはない父上と母上は知っている筈だ」

「そうですね。ですが、貴方様の国の慣習はご存知ですか?誕生日は偽る事と、本人にも本当の日付を教えないという事を」


誕生日を教えないなんて慣習あるのかしら。

そんな話、聞いたことがないので、それとなくグラッドさんを見ると、やはり初めて聞いた様子で怪訝そうにトロンを見ている。


「そんな馬鹿げた話は聞いたことがない」

「貴方様の生まれた国は、魔力が強い人が多いのはご存知ですね。そのせいで呪詛も発達しているのです。相手を呪う方法は色々ありますが、1番強い呪詛をかけるには誕生日を知ることが必要です」


その説明に思い当たった事があったのが、グラッドさんは考え込むように顎に手を当てた。

「そういう事か。もしや私は22歳になっているのか?」

「はい。すでに22歳になられております」

そう言ってトロンさんは胸を張ったがカイナツさんは冷たい目でその様子を眺めている。


「私達、侍従は主人の危機が訪れるか、又は主人が決まった年齢になるまで目覚めませんね。トロンは目覚めてからここに来るまでにすごく時間がかかったようですね」


「我が主グラッド様の危機を感じ取ったのはもっともっと前です。そうですね、グラッド様が捕らえられた頃でしょうか。その頃、私も捕まりました。私は本来、ご主人様が22歳になるまでは石の姿でいるのですが、その石を持ち出し、封印の魔法陣の中に入れた者がいるのです」

「もしかしてそれは檻型の魔法陣?」

「そうです。貴方様方が乗った船に積み荷として積まれた檻に居ました」


「何故そんな事になったのですか?」

グラッドさんが捕まった事と、トロンさんの石が封印された事とは関係があるはずだ。

という事はかなり危ないのではないかしら?そう思って質問をした。

「私は、紫の瞳に銀髪の魔力持ちのご主人様に仕えてきました。前のご主人様が亡くなられてから数百年、私は眠りについたままでした。私の前のご主人様は大魔法使いと言われたクーリエ様です」


「それって世界三大美人の?美しすぎて望むもの全てが手に入ったと言われる方ですよね?」

私の質問にトロンさんはクスッと笑った。


「ええ。本当に美しい方でした。でも美しすぎて全てが手に入ったわけではなく、なんでもご自身で作り出せる事ができたのですよ」

そう言ってウインクする。


「そのクーリエ様のお墓が荒らされたのです。私は当時、クーリエ様が亡くなると同時に石に戻ったので、人々は私の事を「石に魔法をかけて侍従にしていた」と思われていて、『神の岩』などと呼ばれて博物館の宝物として展示されていました。そこが強盗に遭ったのです。しかも、その日はグラッド様の22歳の誕生日でした」


その言葉にカイナツさんは呆れた顔をした。

「もしやとは思いますが、窃盗団に女性がいて、声をかけたのですか?」

その言葉にトロンさんは残念そうな顔をする。


「まさか魔封じを持っているとはね……」



「じゃあ、どうやって外に?」

「真っ赤な髪にグリーンの瞳のアンジェリカと名乗るご令嬢が興味本位で封印の幕を剥いだのです。中に何があるのか見たくてウズウズしていたようです。その時に、小さなネズミに姿を変えて檻から抜け出しました」

トロンは自分の危機を情熱的に、そして大げさすぎる身振りで語った。


「じゃあ、何故こんなに遅くなったんでしょうか?」

カイナツさんはトロンさんに冷たい視線を投げかけた。

「無いとは思いますが、侍従としての役割を忘れて女遊びに興じていたわけではありませんよね?」

カイナツさんの声から、疑問が感じ取れる。


「女遊びだなんて!ただ私は、私を一晩でも必要としているレディのベッドを温めていただけですよ」

トロンさんは眉を下げてそう答えた。


「つまり、女性と一晩の情事を楽しんでいたわけですね」

カイナツさんはため息交じりでそう言った後、トロンさんのコメカミをこぶしでぐりぐりした。


「いたたたたた!」

コメカミを攻撃されたトロンさんは頭を押さえてしゃがみこむ。

「これくらいで済んでよかったと思ってください。私達の存在意義は主に仕える事です。トロンの行動をもしも神が知ったら悲しみますよ。私がトロンを待っていたのには理由があります」


そう言ってカイナツさんは私の方を向いた。

「カロリーヌ様、貴方様が持つ宝石をこちらに出してください。もう既に着けている事を忘れている二の腕の修道女の腕輪もですよ」


私は疑問に思いながら、ネックレスとイヤリング、それから腕輪を渡した。

確かに修道院に入った時に着けるように言われて外した事がないから忘れていた。


「カロリーヌ様のお母様は、貴女様を産むと同時に他界されました。それで、お母様と親友だったメイスン侯爵家のケイトリン様。つまりカロリーヌ様の育てのお母様が引き取られたのです。ケイトリン様は小さい頃からそれはそれは厳しく躾けられたお嬢様なので、カロリーヌ様の事も一人前のレディにするために沢山の教育をされたのでしょう」

初めて聞く話に私は何も言えない。


「この宝石は、カロリーヌ様が5歳の頃、王室から贈られたものです。王室から宝石を贈られるのはそれは名誉な事なので、ケイトリン様はいつもカロリーヌ様に利用するように伝えていました」

そういいながら、カイナツさんは私から受け取った宝石をトロンさんに渡した。


すると何故かトロンさんは顔を顰めた。


「これは酷い」

そういいながら、トロンさんは地面へと宝石と腕輪を落とす。

すると、地面から炎が出できて宝石を飲み込んで、また消えてしまった。

「あっ!」

拾い上げる間もなく、あっという間に炎に飲み込まれてしまい私は放心状態になった。


「瞬時に溶かしてしまいましたよ」

嫌なものを触ってしまったとでもいうように、トロンさんは手をパタパタと払う。



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