第一章:【時空の魔女】を追え!!#1
記憶を辿ると、放課後は毎日のように部活動が盛んに行われている。経歴を遡ってもそれほど実績を残しているわけでもないが、閉鎖的な環境下だけあってやることも限られるのが現状。
これが休日ともなると、大半の生徒は街へと繰りだしていく。
物好きでもなければ、貴重な休みを学び舎で過ごそうとしないだろう。
だからといって放課後の喧騒を嫌うわけでもなく、不快感を抱いたことはない。耳をすませば学び舎内を反響して届く金管楽器の音色、開け放った窓辺からは運動部の元気な掛け声が聞こえてくる。
ほかにも、様々な音が散らばっていた。
「先輩まで!?」
そんな中で、やけに大きな声が廊下に響いた。
放課後というだけあって部活動に精をだす片や、学び舎に残って友達と談笑する生徒もいる。元より百籃学園は全寮制で一、二年生は相部屋だから自然と仲が深まるものだ。
そのお陰もあってか、上級生と下級生の垣根というものは存在しない。
どこか聞き慣れた声音に混じり、複数人と楽し気な会話。
聞き耳を立てるつもりはないものの、自然と足を止めて物陰に身を潜めた。
同学年一人に対して、入学式が終わったばかりの一年生が三人いる。
ボーイッシュな印象を与える短い髪形の子に、見た目から柔らかな雰囲気を毛先にまでフワッと纏わせた子。それにもう一人、右横にひまわり色のリボンを編み込んでいる子がいた。
一目で個性的なグループで、不思議な繋がりを感じられる。
何やら用事があったように訪ねているのか、会話も距離があって途切れハッキリとは聞き取れない。
ただ何となく、察しがついた。
ここで姿を現しでもすればひと騒ぎが起きそうで、来た道でも引き返そうかと思案する。
けど一年生たちの用事が済んだのか、何やら急ぎ足気味で立ち去って行った。
「……で、そんなところに隠れてどうしたのさ魔女さん」
どの段階で存在に気づいていたのかが不思議で、まるで親しい関係かのように声を投げられた。
「別に隠れていたわけじゃないわ」
独り言にしては明らかに大袈裟で、しっかりと名指しされた呼称。無視を貫き通すのもできたが、大人しく物陰から身体を離した。
「いや、苦し紛れすぎるでしょ」
両肩を微かに上下させて笑う同級生を、抗議を申し立てる眼差しで見据える。
「珍しいのね、アナタが下級生と仲良くしているだなんて」
「またまたご冗談を」
口調はどこかお道化ているのに、瞳の奥に宿る感情が底冷えするほど無機質だった。その視線は一年生たちが去った階段の方へと注がれ、さっきまでの友好的な面影を一切と感じられない。
「私はただ、魔女さまを訪ねてきた下級生に優しく接していただけですよ」
「優しく、ね」
何か気に障るようなことに触れられたとしても、それを表にださず内に留め続けていたのだろう。
そして今、こうして吐きだしている。
いったいどういった感情が、こうもこの同級生を変貌させるのか。
「アナタの行動にとやかく言うつもりはないけど、別に無視してもいいのでわ?」
それだけでいい留め、その場から立ち去ろうとした。
だけど、逃がさないと言わんばかりの低い声音で問いかけられる。
「なら、そのリボンは偶然ってこと?」
返せる言葉は一言だけだが、それで納得するとは露にも思わない。
「偶然じゃないかしら?」
伸ばした黒髪の、左横に編んだ藍色のリボン。朝起きて何気なく編むひと房を手のひらに乗せ、見せびらかすわけでもないが撫で整える。
「それにこんな髪型、別にかぶってもおかしくないでしょうに」
「……それもそっか」
少し考える素振りをとったかと思うと、まるで憑き物が落ちたような雰囲気を醸しだす。
それがあまりにも予想外で、つい黙り込んでしまう。
「ん、どうかしたの?」
「いえ、あれだけ嫌悪している様子だったから驚いたのよ」
「驚く?」
まじまじと顔を見据えられ、目もとを細める。
「表情筋がピクリとも動いたようにみえませんが?」
「……感情表現が乏しくて悪かったわね」
なぜ驚かれたのかが不思議だったが、指摘されたことに釈然とせず冷たく言い放つ。
「はは、珍しいこともあるもんだ」
どこに笑う要素があったのかツボに入ったようで、愉快そうに喉を震わせる。窓辺に寄りかかるように通路を開けられ、気にせず目の前を横切った。
「ねえ魔女さん、最後に興味本位で訊いてもいいかい」
何気なくも他愛もない同級生との会話の筈が、あまりにも物々しく尋ねられる。幾度となく向けられてきた興味に足は止めるも、振り返ることなく後ろ姿を晒す。
その態度に辟易したため息を耳に、次いで疑念の宿った声音を投げかけられた。
「私の記憶が確かなら魔女さん――渡堺聖果は一人っ子の筈なんだ。けどあの一年生、燈榊花火って娘とどことなく顔つきが似てるんだよね。……実は、妹だったりする?」
顔を合わせれば渡堺聖果ではなく、魔女さんと呼んでくる同級生だ。けどこうして改まった雰囲気かつ、何かしらの確信を持った口調で問うてくる。
コロコロと変わる彼女の装いに、端的で否定の言葉を返す。
「そんなわけないでしょ? 第一に苗字が違うし、中等部の頃からを知るのであれば、ただの愚問でしかないわ」
「それもそうだね」
どこか納得がいかない口ぶりだったが、下らないことに付き合ってあげた。
ならば、と首だけを振り返らせる。
「曲がり角には気をつけなさい。さっきのように親しく接しておくべきよ」
「……?」
目を丸くさせて不思議がる同級生を置き去りに、教室にようやくたどり着いた。
教師やクラスメイトに登校している証明として鞄を机に脇にかけ、それ以降はあてもなく敷地内を巡り歩いている。
それもほぼ毎日ともなれば、新鮮味もなく退屈でしかない。
「……まったく、何度繰り返しても無駄なのね」
すでに寮への帰宅、もしくは部活動に参加して誰もいない教室。独り言ちるように廊下での光景を思い返して、自然とため息を吐いてしまう。
嫌というほど網膜に焼きついた光景で、様々な手を尽くしてきた。
その挙げ句、最悪な結末を招いてしまっている。
それが一度だけでなく二度……いや、もう数えきれない。争えない運命なのかと神経をすり減らせては、淡い期待に可能性を抱いて希望の糸を手繰り寄せようとした。
「……花火、もう疲れたよお姉ちゃん」
ここが終着点として諦めたわけではなく、何十周と繰り返した果ての思考放棄。ただ流れる時間に身を任せ、決して争わずに平穏無事な学生を演じる。立ち位置としては百籃学園の七不思議になってしまい、他にもたくさんありすぎて手に負えなくなっている。
すべては身から出た錆で、蒔いたタネを刈り取れない。
だから、すべてを受け入れて過ごすと決めた。
「願うことなら、あの子と一緒にいられる未来を」
色褪せず変わらない教室を眺め、下校時刻を知らせるチャイムだけが虚しく響き渡る。
それに従って寮へと向かった。




