第五章:まるで本当の姉妹かのように#3
時間というのは、楽しいことや集中していると流れが早いというのは本当のようだ。
「もお、花火が何を作るか悩んでいるから」
「だってだって、作りたいのがいっぱいあったんですよ! 仕方ないじゃないですか!?」
気づけば外は暗く、春も始まったばかりとはいえ日暮れが早い。時刻も、バスが出発する時間が迫っている。
……ギリギリ。最悪の場合、可能性があるため夜の商店街を走っていた。
昼間と違って至る所から人の営みを感じられる明かりが零れ、様々な夕飯の匂いが鼻腔を擽ってくる。
「ほら急ぎなさい、もう少しよ」
「ひぃ~」
嘆く花火だったが、それも仕方なかった。
両手で大事そうに抱えるソレは、おそらく冷えて固まっているらしいが確証がない。だから嵩張る手荷物を引き受け、可能な限り揺らさないように水平を保たたせている。
まるで借り物競争をしているかのように、ソレを大事にする強い意志が感じられた。
「もしも形が変でも、手作り感があっていいと思うわよ」
「それって何にも慰めになってませんからね!」
必死に足を動かし、よく叫ぶほど元気が有り余っている。両手も不必要に揺らすまいと、高さを一定に保とうとする忍耐力と集中力。
こういったどうでもいいところで、無駄に発揮されている感が否めない。
「間に合いそうね」
大型複合商業施設を正面に、待ち合わせの場所に適した時計台が視界に入った。
出発の時間まではギリギリの五分前、ここからバス停留所は歩いても余裕がある。そんな一抹の余裕からか、自然と歩調が遅くなってしまった。
「わぁ!?」
「きゃ!?」
すると背中にぶつかる勢いに、悲鳴が二人分重なった。
どうにか転ぶことはなくたたらを踏んで耐え、振り返ると花火が後ろに転びそうになっている。にもかかわらず両手はそれを大事そうに抱え、受け身をとれそうにない。
花火ったら!!
咄嗟に手を伸ばすも、虚しく空を切るだけで指先すら触れられなかった。
「っつぅ~」
「だ、大丈夫、花火?」
みごとに尻もちをついた花火は、痛そうに表情を歪める。
「ど、どうにか無事そうです」
「……いえ、花火の心配をしているのだけれど」
自分のことは二の次なのか、手にしたソレを自慢げに掲げてみせてくれる。
「やっぱりお店をでる時には固まってのかもしれないわね」
「だけど、初めて作ったアロマキャンドルなんです。少しでも成功したモノを持ち帰りたいじゃないですか」
「……そういうものかしらね」
私個人としてはハンドメイド、キャンドルだから火を灯せば溶けて無くなってしまう物。それは形あるモノすべてに対して当てはまることで、我が身の第一に優先するべきだ。
なのに花火は、必死にアロマキャンドルを守ろうとした。
「どこか擦りむいては……なさそうね」
外が暗いのもあって大まかだが、近くの照明を頼りに膝辺りを確認する。
「あ、渡堺先輩……」
「ん?」
切なげな声音で名前を呼ばれ、花火へと視線を向けるも私をみていない。どこか遠くを眺めるように、首がゆっくりと動かしていた。
それだけで察しがつき、ゆっくりと視線を同じ方へと向ける。
灯るライトに、ぼんやりと浮かぶ黒いシルエットがバス停留所を離れていく。
どうやらバスは、出発の時間になってしまったようだ。
ここまでも無慈悲に、朝に乗車した生徒を確認せずに出発するものだろうか?
そんな疑問を抱き、置かれた現状を鼻で笑ってしまう。
「ご、ごめんなさい、渡堺先輩。しっかりと前をみていなかったから……」
「謝らないで、花火。私の方こそ、急に走るのを止めたから――」
「ごめんなさい」
今朝からみてきた溌溂とした表情から一転、今にも泣きだしそうに目じりを下げる花火。
それはあまりにも急で、花火には一切似合わない感情。だけど心の底からそう思っているからか、下手な言葉での慰めが通じそうになかった。
「花火」
「っ!? と、渡堺先輩?」
気づけば花火のことを抱きしめていた。
「いったでしょ、謝らないで。何も帰れなくなったわけじゃないわ」
「けど、あのお店で何を作るか迷ってなければ……」
いやいやと肩口で頭を振る花火はまるで幼子のようで、しょうもないほどに手を焼かせてくれる。
だから今度は、叱咤する形で両肩に手を置いて真っすぐと見据える。
「次、花火自身を責めるようなことを口にしてみなさい。ここに置き去りにするわよ」
「ご……立てます」
開きかけた口を閉ざし、花火は力強い眼差しでみつめ返してくる。
それでいい。
ゆっくりと花火を立ちあがらせ、地面に散らばってしまった荷物をかき集める。
「さ、いくわよ。そのキャンドル固まっているのでしょ? この袋にでも――」
「これ、渡堺先輩へのプレゼントです」
周りには人の雑踏や車の往来がなく、静かな夜だったのもあって花火の声はスッと耳に入ってきた。
「バカね、だったら私が持ったのに」
「渡堺先輩のことを驚かせたかったんですもん! 仕方ないじゃないですか!」
「はいはい、ありがとうね。嬉しいわ」
「投げやり過ぎません!?」
受け取ったアロマキャンドル。厚みのあるガラスの容器に入れられ、何やら紫っぽい色が模様となっていた。
出来たことは、店内で喜びのあまり叫んでいたことで確認をとれている。
だけど、どういった出来になったのかはみていない。
こうして手もとに来たことで、マジマジと観察してしまう。
「お店の人におススメの匂いを訊いて、渡堺先輩のイメージに合うなぁ~って思ったのでラベンダーにしてみました」
「……使うのが楽しみね」
そんなことをいわれてしまうと、ついさっき『置いていく』と口にしてしまったことを後悔させられる。
……どうか、冷たい先輩だと思われていませんように。
「けどやっぱり、まだ固まっていなかったようね」
「ああ!!」
ひっそりと心の奥で祈りつつ、微かにアロマキャンドルが容器の中で傾いていることに気づいてしまった。
盛大に叫んだ花火は残念そうに肩を落とし、しょぼくれてしまう。
「せっかく勉強をみてもらったお礼で、上手なのをあげたかったのに」
「これもこれでいい物よ」
念のため袋にはしまわず、花火からのアロマキャンドルを片手に周囲を見渡す。
「お店からここまで走って疲れたでしょ。何か飲みましょう」
「……どこからそんな余裕が生まれてくるんですか」
まるで奇妙なモノでもみつけたかのような視線を向けられるも、気にしない。
「こうして乗り損ねたのは変わらない事実。だったら現実を受け入れて、いったん落ち着くのも大事よ」
「そんな渡堺先輩の心意気というか、肝が据わったところ見習いたいです……」
さっきまで不安の色に染まっていた表情は消え、どこか呆れた様子の花火。コロコロと忙しい感情の変化には、私の方こそ似た反応だ。
「寒いからココアでいいかしら?」
「あ、一緒に来ます」
「すぐそこよ、そこで待っていなさい」
陽も暮れて暗いのもあって不安なのだろう。だけど周りには人気もなく、近くの自動販売機までは目と鼻の先だ。照らす頭上の街灯は煌々としていて、誰かが近づいて来てもすぐにわかる。
花火に背中を向け、私はゆったりとした歩調で進む。
ごめんなさい、花火。こんな先輩……いいえ、お姉ちゃんで。
二つの缶を手にして戻り、さらに夜が深まっていく光景を眺めながら一息ついた。
「それにしても今日は本当に楽しかったですね!」
ホッとのココアを買ったつもりが、花火は少しプルタブ口に息を吹きかけて冷ますだけで、ゴクゴクと喉を鳴らして飲む。そのままの勢いで口もとを手の甲で拭おうとするのを止め、ポケットからハンカチを手渡す。
「私は連れ回されてばっかりで疲れたわ」
「そんなこといって、色々と付き合ってくれたじゃないですか!」
「はいはい、そうですね」
「もぉ~素っ気なくないですかぁ~」
「……さっきまでの落ち込んだ気分はどこにいったのよ」
やたらとテンションが高く、今日一番といった表情で喜びを伝えてくる。
それからはお互いの飲み物がなくなるまで今日のことを話し、時おり人の姿を目にしては声を潜めて寄り添い合う。
「そうだ、渡堺先輩。……あのキャンドル、使ってくださいね」
「ええ、大事にするわ」
眠そうに目もとを擦る花火に肩を貸し、優しく頭を撫でてあげる。
そしてあげると、隣から規則的な寝息が聞こえてきた。
「すぅ~すぅ~」
「もういいかしらね」
そのことを確認するためにたっぷりと時間をかけ、気づけば足先が冷え切ってしまっていた。
頭上の時計台を確認すると、八時を回ろうとしていた。あれから二時間近くここで話していたことになる。
だけど、そんなことは些細なことだ。
「記憶は無くなったとしても、物は形として残る。……アロマキャンドル、大事にするわね、花火」
ゆっくりと息を吸い込み、全身の力を抜くように肩を落とす。その間に花火がずり落ちそうになるのを支え、右手をゆっくりと虚空に掲げる。
「もう関わらないつもりでいたのにね……。花火のこととなるとダメね、私ってば」
そして、親指と中指を擦り合わせた。
パチン。
短く弾けるような音が、夜闇に虚しく響いた。




