第五章:まるで本当の姉妹かのように#2
それから数分と歩き、隣で何度も地図を見比べる花火を横目に眺める。
「えっと、さっきの場所がここ……駅があっちだから~」
だが、手もとの地図を上下に変え、果てにはクルクルと回して迷子のよう。
……もしかして、方向音痴だったりするのかしら?
「貸しなさい」
仕方なく花火の手もとから地図を奪い、ゆっくりと周囲を見渡した。
いかにも昔は栄えていましたという商店街の赴き。チラホラとシャッターは開いているものの、休日とは思えないほどの賑わいはみられない。
……それもそのはずか。
あれだけの大型複合商業施設が近くにあるのだ、みたところ交通の便も豊富だ。休日ともなれば自然と足が向くのだろう。
それに問題視される、少子高齢化からの都心部への一極集中。後者の方はまだ心配なさそうだが、遠くない未来では直面するだろう。
まるで時間の流れから切り離されていくかのような場所。
それでも、目まぐるしかった大型複合商業施設よりもゆったりとした時間の進み方。近隣住民には申し訳ないけど、こういった落ち着いた雰囲気は嫌いじゃなかった。
「あそこみたいね」
「行ってみましょう!」
駅から進んで、商店街の細まった路地を曲がると目的のお店があった。
「……ここで合っているのよね?」
「そうだと思いますよ?」
お互いに首を傾げてしまった。
花火から聞いていた情報だと、雑貨屋だったはずだ。
だが目の前には、如何にもといった知る人ぞ知る隠れた喫茶店がある。中の様子はカラフルなステンドガラスのせいで窺えない。
どうしたものかと考えるよりも、花火の行動力に驚かされる。
「すみませ~ん」
「ちょっと!」
躊躇なく扉を開くと、如何にも喫茶店といった造りの店内。木のぬくもりを感じられるテーブルや椅子といった家具の数々、壁には額縁に納められた小さな子供が描いた絵が飾られている。
お客さんはいないようで、花火の声はよく通った。
「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」
すると、奥の方から物腰が柔らかそうな女性がでてきた。
「あの、ここって――」
「「お客さんだ!」」
すると、追いかけるように小さな男の子と女の子が駆け寄ってきた。
「こら、お店でいつもお店の中では騒ぐなって言ってるでしょが! ごめんなさいね」
「ああ、いえ、大丈夫です」
「ねぇねぇお姉ちゃん、どこから来たの?」
「え、私? 近くの学校からだよ」
「じゃあじゃあ、後ろのねーちゃんも!?」
何やら小さい子に掴まり、店の奥へと連れていかれてしまう花火。どこか戸惑っている様子もあったが、私は小さく手を振って見送る。
「元気なお子さんたちですね」
「大変申し訳ありません、チビたちいつもあんな感じで」
「お気になさらず。それで、ここを訪ねた理由なんですが……」
私は手もとの紙をみせると、女性はさっきの子供たちに負けないくらい表情を輝かせた。
「はい、ここで合ってます」
そのままお店の中へと通され、まったく状況がわからないまま席に着いた。
手渡されたメニューを目に、疑いようもなく喫茶店であることはわかる。だされたお水を一口、ひっそりと店内を見回す。
「驚かれましたよね」
薄緑と濃い緑のチェックのエプロンを身につけ、頭の後ろでまとめた茶色の髪を揺らす女性。奥からは短髪の黒い髪をした男性が、子供たちを連れて行った。
チラチラと、物陰からこちらを覗いている。
それに花火も手を振って応えているから、私から事情を窺うしかなかった。
「美味しい!」
「ええ、そうね」
お昼もまだだったため、オムライスにナポリタンを注文した。花火は口もとをケチャップ色に染め、満足げに口角をあげる。
そんな姿は子供のようで、隣の席で大人しくおやつを食べる二人に視線が向く。
「花火、制服を汚さないようにね」
「もぉ、子ども扱いしないでくださいよ」
大げさに拗ねる花火に、子供たちはキャッキャと笑う。
たったそれだけでも、この場所は本当に居心地のいいお店だと思えてしまう。
料理が来るまでの間に聞いた、こうなった経緯。
ただのお客さんでしかなかったが、こうしてチラシを手に来てくれたことが嬉しかったらしい。
元もとは小さなお店で、お客様の要望に合わせて格安で手作り。もしくは手ほどきをしてあげて、お客様自身が作ることができたとのこと。それは一部の女性からは人気で、小さな子供連れもいて賑わっていたらしい。
だがそれも経営不振ではなく、共に働いていた従業員のご家族に不幸が起きたのだ。
誰が悪いとかの責任を問うこともできれば、どうしようもないこと。それで店を畳んだが続けたいという意志が強く、こうして住居兼お店としてひっそりと営んでいるという。
だからこうした、雑貨屋としてのお客さんが来ることも珍しくないらしい。
近隣住民からは憩いの場として。辞めたくないという、女性の強い気持ちが形となっている。
素敵な話だとは思うが、こうして料理が目の前にあるのは不思議だ。
「この料理は、先ほどの方が?」
「ええ、夫が作ってくれています」
「なんか、夫婦の夢が叶えた的な話ですね!」
そんなことを女性は一言も口にしていないが、満更でもないように微笑んだ。
「そうなると、食べたら雑貨の方もみていかないとね」
「ですね!」
さっきからお店の窓際、そこに並ぶ小物たちが気になっていた。
大型複合商業施設で見て回った雑貨屋と似ているようだが、話を聞いた後だと一風違ってみえてしまう。今ではほとんどが手作りというのもあって、それぞれに味があっていい。
それに、料理も美味しいときた。
こういったことは学校の授業どころか、図書室の本からは教われない。
それもこれも知ることができたのは、花火のお陰だ。
こうして外へと連れだしてくれて、触れることのない貴重な機会を体験させてくれた。
追試の合格祝いで我儘をきいたはずが、私の方こそ楽しませてもらっている。
「すみません、記念に何か作っていってもいいですか」
「是非、作っていってください」
力強く薦められると、どこか気軽なつもりが意気込んでしまう。
「花火も何か作っていきましょう」
「もちろんです!」
横目でチラリと花火を見据えると、既にやる気満々の様子でナポリタンに食らいついていた。
子供たちにはあまりにもみせられない姿に頭を振り、私も食べかけのオムライスをスプーンに乗せた。
……そうなると、何を作ろうかしらね。
生憎と料理はできるが、こういった手芸系は未経験だ。できることなら花火に、プレゼントするつもりでサプライズもいいだろう。
こうしてお出かけに付き合っているが、やはり形に残る物は多い方が喜ぶに違いない。
窓際に並ぶ品を眺めつつ、何を作ろうかと考えながらお昼を食べた。
「では、始めて行きましょうか」
「お願いします」
「「「お~」」」
そこからはテーブルを広く、子供たちも混じっての指導が始まった。一人、高校生にまで育った娘も、元気よく返事をして混じっている。
そんな光景は呆れるどころか、清々しいほどに微笑ましくみえた。
子供たち二人は普段から使って遊ぶのか、テーブルに敷いた工作マットは使い込まれ。箱から取りだされた粘土も元は白かったのだろうけど、様々な色が混じり合っていた。
「何作るのかなぁ~」
「秘密」
「わかんない」
花火は年上のお姉さんっぽく振舞い明るい口調で訊ねるも、子供たちは突き放すような冷たい言葉で黙り込んでしまう。その表情は花火を嫌ったものでもなければ、困らせようとしたわけではない。
ただ純粋に、何かを作ろうとする一つのことに集中しきっていた。
急に大人しくなるのね。
さっきまで子供たちと同い年のテンションではしゃいでいた花火は、あまりの変わりように目を白黒させて無言で助けを求めてくる。
「こうなるとしばらくは静かになるので、お二人は気にしないでください」
クスリと笑った女性は、まるで私と花火の反応が予想通りだったようだ。子供たちの頭を軽くひと撫ですると、その場を離れるように窓際へと歩いていく。
その間も子供たちの集中力は切れることなく、黙々と手を動かしていた。
「花火、二人のことを見習っておくべきよ」
「……はい」
実際にはある方だと思うが、休み明けテストの残念な結果であることは変わりない。だからといって毎回のように追試で泣く羽目になるのなら、こまめな取り組みが必要である。
その点が花火の課題であり、今後必要となる姿勢だと思う。
「けど今は、私たちも童心に帰りましょう」
「渡堺先輩は何を作るんですか?」
興味津々といった瞳で見据えてくる花火に、私は子供たちを見習う。
「内緒よ」
「渡堺先輩まで!?」
口もとに人差し指を突き立てると、花火の盛大な非難染みた声が店内に響いた。奥から店内を覗く男性は驚いた様子で、女性も目を白黒させて立ち尽くす。
そんな中でも子供たちは、ピクリとも反応しなかった。
「ほら、私は作り始めるから。花火も作り始めないと時間がないわよ」
「ど、どうしよう」
あたふたとし始める花火をよそに、私は頼んでおいてもらった道具を女性から受け取る。
「元気な妹さんですね」
「……いえ、学校の先輩と後輩の関係ですが?」
「あら、ごめんなさい。どこか雰囲気が姉妹っぽいというか、その髪型もお揃いにしてるのかなって思って」
「そういったわけでは……ないですね」
手慰みに左側の前髪に編んだひと房と、藍色のリボンを撫でる。
「けど実際、手のかかる妹だなとは思いますね」
「ふふ、本当に仲が良いんですね」
上品な笑みを浮かべ、私は女性から軽く作り方の手ほどきを受けた。
さて、ここからはセンスが問われるわね。
これだと思いつき、頭の中で類似した作り方でイメージはついていた。手渡された工程用紙もそれほど難しくなく、手もとの写真付きでみやすい。
過去にも似た物を作りたいというお客さんもいたのか、もしくは事前に用意している用紙なのか……。このお店に来てから感じる、人の優しさが行き渡った温かさに口もとが自然と綻ぶ。
「……そうしようかしらね」
未だに窓際、テーブルに並べられた小物をみながら頭を抱える花火。そこに女性が次々と勧めるものだから、余計にパニック状態へと陥っていた。
右往左往する花火の姿を一瞥してから、底の浅い箱から数本の紐を身繕う。




