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第五章:まるで本当の姉妹かのように3

 一番に突撃したのは、もちろん雑貨屋さん。一階から二階へとエスカレーターで移動し、すぐ目に留まった。

 キラキラとした小物のアクセサリーが輝き、所狭しに陳列している。


「高そうですね」

「……そうでもなさそうよ」


 棚を覗く渡堺先輩が指差す、熊をモチーフにしたアクセサリービーズ。小さな茶色い粒が照明の角度によって輝きを変え、ポチっとした黒い目もとや鼻が可愛らしい。首もとの赤い蝶ネクタイと思しきアクセントも相まって、机の隅に飾ってもお洒落そうだ。


「サイズも異なるようだけど、お値段もお手頃ね」

「このキーホルダーとかも可愛くないですか」


 隣には同じ熊でも、鞄やペンケースにぶら下げられそうなサイズもあった。


「動物以外にもたくさんあっていいわね」


 コルクボードにかけられたネックレスや、ショーケースに納められたイヤリング。視線をふと上に向けると、店内を彩る装飾品ですらも商品に気づき、お店全体が宝石箱のように映った。


「この調子だと、本当に日が暮れてしまうわね」


 色々と目移りをさせられながらも店内を回るも、欲しいと思える品はなかった。

 店をでた渡堺先輩はどこか満足げだったが、まだまだ始まったばかりだ。


「さ、次に行きましょう」


 見て回るところが多すぎる。ゆっくりとしてもいいけど、今日を存分に楽しむには時間が足りな過ぎて、悠長に止まっていられない。

 どこか呆れに混じった驚きの態度で、渡堺先輩は肩を竦めた。


「あっちの方に行ってみましょうか」


 指差された方向に舵を切り、ずんずんと進んでいく。



 二件目も同じ雑貨屋のはずが、一風変わって大人びた高級感が漂っている。


「花火、変に触って壊さないようにね」

「もぉ、そこまで子供じゃないですってば」


 チラリとみえた値札に、高校生が気軽に手を伸ばすような額じゃないことに目を疑ってしまった。

 だけど――、


「けどこれとか、渡堺先輩に似合いそうですよ」


 目に留まったシルバーのネックレス。

 色鮮やかな宝石が散りばめたモノもあったが、シンプルなモノもある。安易に触っていいのかと店内を見回すと、レジに立つ店員さんと目が合う。

 そして、何かを察したかのように無言で頷いてくれた。

 さ、触って、い、良いってことだよね。

 恐る恐る手を伸ばし、渡堺先輩の首もとにあてがってみる。


「どうですか?」

「悪くはないとは思うのだけれど、学園生活の中で身につける必要性があるかしら」

「だ、だったらこうして外出した日とか!」


 決して無理に買わせたいわけではなく、ただ純粋に喜んでほしかった。


「花火がプレゼントしてくれるのかしら?」

「えっ……」


 まさかの申し出に、冷たい汗が背筋を流れる。


「冗談よ。花火が私のために選んでくれたんでしょ? 気持ちだけ受け取っておくわ」


 意地悪に口角をあげた渡堺先輩。

 呆気にとられて怒るどころか、そんな茶目っ気のある揶揄い方に困惑を隠せずに本心してしまう。


「……ごめんなさい、怒らせたかしら?」

「そ、そんなことはないですけど……ちょっと意外だったので」

「ふふ、もしかしたら今日のお出かけに浮かれているのかもしれないわね」


 その言葉に、身体の奥底から嬉しさが湧きあがってくる。

 な、何なんだろう。……今日の渡堺先輩、まるで別人みたいだ。

 言葉通りに浮かれているのだったら可愛らしく、勇気をだして誘った甲斐がある。最初は追試に合格したお祝いで我儘のつもりで、渋られるか有無もなく断られるのを覚悟していた。

 だけどなんだろう、こうして誘った意味を見いだせたかもしれない。

 こんな先輩の姿、他の誰も知らないだろうな……。


「先輩! 次、行きましょう!」

「ちょっと、そんなに強く引っ張らないで」


 騒がしくお店を後に、賑わいを一層増していく施設内を負けずと進んだ。



 フラリフラリとあてもなく、目について興味を持ったお店を回って二階は制した。次に三階へとエスカレーターに乗り、二階とは違った店構えに視線を巡らせる。


「この階には雑貨屋はなさそうだけれど……」


 手もとのマップをみる渡堺先輩だったが、この際どうでもいい。


「先輩、あの服屋さん入ってみましょうよ」

「……構わないけど」


 どこか釈然と歯切れの悪い渡堺先輩の手をひき、ズンズンとお店の中に足を踏み入れる。


「何か気に入ったのでもみつかったの?」


 黙って手を引かれてきた渡堺先輩に振り返り、頭のてっぺんからつま先まで視線を往復させる。


「渡堺先輩ってスタイルいいじゃないですか」

「そう」

「この服と似合うと思うんですよ!」

「……そうなの?」


 手にしたのはオフショルダーの黒い七分丈。合わせるようにピシッとしたデニムを引っ張りだし、試着室の方へと背中を押す。


「ささ、試しに来てみてください」

「な、何なのよ、もぉ……」


 ゆるっとワイドタイプのデニムでもいいかなと思ったが、スラっとした方が似合いそうだと判断した。

 仕切られたカーテンの向こうから、どこかため息交じりの渡堺先輩。だけど要望に応えてくれるようで、微かに衣擦れ音が聞こえてきた。

 それから数分が経ち、着替えが終わったようだ。


「……着替えたわよ」

「待ってください、心の準備を――」

「何を準備する必要があるのよ」


 開かれたカーテンの向こうから、何故か用意した服を着ていない渡堺先輩が姿をみせた。

 ……あれ?


「どうかしたの?」

「さっき渡した服、……どうしたんですか?」

「袖は通して、私似合ってるとは思ったわ」

「……はい」

「……それだけよ」

「何でみせてくれないですか!?」


 勝手にワクワクしていたためもあって、口調を強めに叫んでしまった。


「み、みたかったの?」


 目を白黒させる渡堺先輩に詰め寄り、既にハンガーに元通りにされた服を手にとる。


「制服姿の渡堺先輩も良かったですけど、やっぱりそれだけじゃもったいないと思ったんです!」

「それは……謝ればいいのかしら?」


 不思議そうに小首を傾げられ、次のモノを手渡す。


「だから、少しでも興味を持ってもらいたかったんです……」

「……本音は?」

「ただの私利私欲です」


 露骨にため息を吐かれ、ここで強く拒まれたらお開きだ。

 だけど渡堺先輩は、手もとの服に視線を落として背中を向けた。


「今度はこれを着ればいいのね」

「着替えたら、是非みせてくださいね!」


 どこか乱雑にカーテンが閉められるも、怒っている様子はなかった。……と、思う。


「店員さん、次は何が似合いそうですかね」

「聞こえてるわよ」


 何やら察しのいい店員さんしかいないようで、カゴに用意された服を次々と渡堺先輩に着せて楽しんだ。



「もぉ、何をさせたかったのよ」


 店先で腰に手を当て、如何にも怒った態度をとる渡堺先輩。


「けど、どれも可愛かったと思いません?」

「それは、そうだけれど……本来の趣旨を忘れていない?」


 協力してくれた店員さんには申し訳ないが、何も買わずにちょっとしたファッションショーを勝手にさせてもらっただけ。軽い忠告の一つや二つを貰うかと思いきや、お咎めのなくにこやかに見送ってくれた。

 不服を申し立てる渡堺先輩だったが、小首を傾げてみつめてしまう。


「忘れてませんよ」

「本当に?」

「だって、この時間を目いっぱい楽しんでますもん」

「花火がそれでいいのなら、いいのだけれど……巻き込まれる身にもなってちょうだい」


 心底疲れたと肩を落とす渡堺先輩だったが、既にエンジンがかかってしまっている。


「あ、次はあそこに行きましょう!」

「……聞いてないわね?」

 手をひき、周囲とは一風変わった色合いの店へと足を運んだ。



「ここだったら、購買の人に頼みづらいんじゃないですか?」

「こうも白昼堂々と、セクハラまがいのことをされるなんてね」


 向かったのはランジェリーショップ。

 額に手を当てて項垂れる渡堺先輩だったが、無理に連れ込んだわけじゃない。繋いだ手を振り払おうと思えば、いつだってできたのだ。

 けどこうして、文句をいいながらもついて来てくれる。


「ちなみに普段はどういったのを?」

「あそこにいるの、施設を警備する人よね。ちょっと呼んでこようかしら」

「な、何でですか!?」


 慌てて手を引っ張り、どうにか渡堺先輩をこの場に留める。


「花火には申し訳ないのだけれど、購買の人だってそれなりに配慮してくれるのよ。用意されたカタログからサイズを選んで、合わなければ交換の手続きだってしてくれる」


 一度言葉を区切り、渡堺先輩は顔を近づけてくる。


「な・に・よ・り、百学(ウチ)は教師も含めて女性しかいないわよ」

「そ、そうでした」


 今さらのことをハッとさせられ、勢いのままに行動し続けてきたことを再認識する。

 それでもやっぱり、せっかくのお出かけだ。

 店を後にしようとする渡堺先輩の背中に、ふと引っかかった疑問を投げかける。


「いいんですか。さっき、合わない時もあるっていってましたよね」

「……それがどうしたの」


 足を止め、顔だけでも振り返ってくれたことに笑顔を浮かべる。


「どんなカタログかはみたことないですけど、こうして手に取れる場所にいるんですよ。せっかくだったら、直接選びたくありません?」


 黙り込んだ渡堺先輩は、ゆっくりと店内を見回して瞼を伏せた。

 その態度があまりにも真剣で、ちょっとだけ生意気にも煽ってしまったことを内心で反省する。


「付き合えばいいんでしょ?」


 これで何度目か、呆れ交じりのため息を吐いた渡堺先輩。手近な棚に手を伸ばし、あまり気乗りしない雰囲気ながらも物色を始めた。

 それだけも嬉しさがこみあげてくる。


「せっかくだからお揃いにしませんか!」

「……サイズが違うでしょ?」

「うっ」


 まるで意趣返しかのような、悪意のない純粋な正論を叩きつけられた。

 そのことに気づいていないようで、渡堺先輩は店の奥へと歩きだしていく。その後ろを、トボトボとついて歩いた。



「花火、少し寄って行っていいかしら」


 それから四階、五階へと散策を続けて、初めて渡堺先輩の興味が向いた。


「本屋さん?」

「ええ、図書室にあるものはほとんど読みつくしてしまったの。司書さんに頼めば蔵書や、購買で取り寄せはしてもらえるのだけれど、中々に時間がかかるのよ」


 そんなことよりも、耳を疑ってしまった。


「……あの量を、読みつくした?」


 記憶に新しい図書室の光景。恐らく在学中にあれだけの長時間利用することもなければ、ぎっしりと棚に納められた本を手に取ることすら無縁だと思っていた場所。

 その場所にあった、あれだけの本をすべて読み切った。

 どれだけの時間が必要なのだろうか。


「渡堺先輩って、読書家なんですね」

「そうでもないわよ。ただの暇つぶしで読んでいただけだもの」


 さすが、授業をサボっているだけのことはある。持て余した時間の大半を、あそこで過ごしているのだろう。

 あの窓辺で静かに本を読む姿。


「なんか、本当に魔女さんみたいですね」


 そんな渡堺先輩の姿を想像し、自然と口から零れていた。


「生憎と、ただの女子高生よ」


 決して揶揄ったつもりもなければ、何ら違和感もなく似合っていると伝えたかった。実際に七不思議の真相としてはそうでもあっても、ほとんどの生徒が勘違いしたままでいる。

 どこか愁いを帯びた渡堺先輩の横顔だったが、そんなのは気のせいで、平積みの本に視線が注がれていた。


「って、週刊誌!?」

「少しはTPOを弁えなさい」


 視線を向けることなく軽く窘められ、肩をすぼめて隣に立ち尽くす。


「面白いですか?」

「世間の様々な情報を知っておくのは悪くないわよ」

「そ、そうなんですか」


 細々としたページの文字を追う視線、捲る手は早く全く読めない。

 女子高生がゴシップ誌の立ち読みって、どうなんだろう?

 まったく興味はなかったが、表紙にはデカデカと不倫や汚職といった文字。言葉の意味は理解できるものの、好んで読みたいとは思わない。


「あっちになら、花火が読めそうは本があると思うわよ」


 チラリと横目を向けられ、天井からぶら下がる看板を指差された。


「……やっぱり怒ってます?」


 そこには児童文芸の文字が記され、さすがに卒業した年齢にまで育っている。ただ生憎と、国語の教科書を好んで読むことすらしなかった。辛うじて絵本は好きだが、文字ばかりだと眠くなってしまう。

 急にすることが無くなり、仕方なく店内をうろついた。

 何となく手にとっては開き、読んだ気分になって棚に戻しての繰り返し。何度か渡堺先輩の様子をみに戻ったりもしたが、寸分たがわぬ格好でゴシップ誌を立ち読みしている。

 あまり傍を離れるのも、もしもの場合があると思って動けない。


「……そういえば、この近くだったような?」


 ふと入り口での案内板のことを思い出し、辺りを見渡す。

 そこは目と鼻の先にあり、周囲から浮く形で白い布が天井からぶら下がって覆われていた。


「少しくらいなら、大丈夫だよね?」


 渡堺先輩をその場に残し、お目当てだったテナント跡地に向かった。


 

「……花火、どこに行っていたの」

「あ、渡堺先輩。もういいんで……?」


 戻ってきた書店前。さっきの場所から動いた気配のない渡堺先輩だったが、何やら腕を組んで明らかに怒っているアピールをしていた。

 それは表情や雰囲気からも伝わってきて、果てには奥の方から書店さんも姿をみせる。


「すみません、連れがみつかりました」


 ホッと安堵する書店さんに、渡堺先輩は深々と頭を下げて近づいてくる。

 え、えっ、な、何かした?


「私の目が届く範囲からいなくなったと思ったら、どこに行っていたの」

「ご、ごめんなさい。……その、あそこに」


 迫力のある強い口調で詰め寄られ、身を強張らせながら白い布で覆われた場所を指差す。


「テナント募集中って書いてあるようだけれど、あそこが――」

「はい、行きたかった場所です」


 短く息を吐いた渡堺先輩は、肩の荷を下ろしたように項垂れる。


「びっくりするじゃない、何も声をかけないから」


 時間からしてほんの数分しか経っていない。

 だというのに、大袈裟なくらいの心配性。

 そんな姿に、申し訳なく頭を下げた。


「私の方こそごめんなさい。ただ、本当に驚いたのよ」

「こ、今度から……気をつけます……」


 そう告げると、渡堺先輩は目じりを下げて雰囲気が柔らかくなった。

 たったそれだけでも胸に押し寄せていた息苦しさがやわらぎ、無意識に握りしめていた手を開く。


「……何か落ちたわよ」

「あっ」


 そこで、ようやく我に返った。


「……テナント移動のご案内?」


 足もとに舞った一枚の紙を拾いあげ、渡堺先輩は不思議そうに眉を顰めた。


「そうなんです! なくなったと思ったんですけど、どうやら駅前の方に分け合って移動したって紙が貼られてて、ほら」


 そこには小さく地図もあり、建物からはでることにはなるが近い。


「是非、行きましょう!」

「……もぉお、アナタって子は」


 渡堺先輩から物言いたげな視線を向けられるも、飲み込むように手を取ってきた。


「建物の外となると、探すのも一苦労どころじゃなくなるわ。こうして行きましょう」

「こ、子ども扱いしないでくださいよぉ~」


 少しだけ引っ張られる形で建物を後に、目的の場所へと移動を始めた。

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