第五章:まるで本当の姉妹かのように2
そして迎えた週末の前夜。
「どれを着ていけばいんだろう!? これ? いや、こっち? それとも――」
「花火ぃ~騒がしいぞぉ~」
「まあ、いんじゃない」
どこか生暖かく見守る視線を向けられながら、タンスの中から数少ない服たちを引っ張りだしていた。
その理由はもちろん、明日は渡堺先輩と街へとお出かけに行くからだ。
弥姫ちゃんや沙衣ちゃんと行くことがよくあるが、その時は気の知れた仲だからと服装を気にかけたことはなかった。多少なりのお洒落とまではいかないが、最低限の身なりは整えている。基本的にはチェックのスカートに柄物のシャツ、後は季節に応じて上着というラフな感じを好む。
だけど、渡堺先輩との関係性は二人とは異なる。
上級生で、数日という短い期間を付きっきりで勉強をみてもらった相手。友達というには先輩相手だと烏滸がましく、同室のお世話係というわけじゃない。
何とも、表現し尽くしがたい間柄だと思う。
「ねぇ二人とも、こっちとこっちだとどっちがいいと思う!?」
どちらも生地は同じジーンズだが、右手はホットパンツ丈で左手には七分丈。どちらも弥姫ちゃんと沙衣ちゃんが着ている姿に感化され、興味本位で買ったものだ。実際に両方とも甲乙つけがたいほど着心地がよくて、春先という季節の気温には悩ましい。
「私は右」
「左」
「んっ~!? もぉ!! 真剣に悩んでるんだよ!!」
クッキーを口に銜えたままの弥姫ちゃんと、視線を手もとの本に落としたままの沙衣ちゃん。
なんとも適当の反応をされて、声を荒げてしまった。
「ちなみに花火。寮母の先輩から釘刺されてるんだけど、次に騒ぐようなら一週間お風呂掃除当番らしいよ」
「それを先にいってよね!?」
弥姫ちゃんの忠告は遅く、扉を数回ノックされた。
「今回は私達、関係ないからね」
「サエちゃん!?」
「私は湯船に浸かりながら応援してるよ」
「あの時、食堂の掃除手伝ったよね?」
さらに強めに扉をノックされ、さすがにこれ以上は無視できないと覚悟を決めた。
夜という遅い時間、部屋中に散らばる服の数々、隣からの騒がしいという苦情。言い逃れしようもないコンボに、寮母さんからの裁定が下った。
まあ、仕方ない。誰だって浮かれるに違いないのだ。だってあの、渡堺先輩と一緒に出かけられる。制服以外の姿がみれるんだったら、少し背伸びして隣を歩いても釣り合う格好くらいは悩ませてほしい。
寮母さんからの厳しくも、一周回って呆れた口調でお説教をされた。
「結局、決まらなかった」
その後は、粛々と散乱した服を片づけながらベッドに潜り込んだ。
だけど遠足前の子供かのように目が冴え、すぐには寝付けそうになかった。
だからといって夜更かしまでして服を選んだとして、寝坊したら目も当てられない。学園から街へとでるバスは朝と晩で一便のみ。いくら外出許可書を提出して先生側が把握いるからといって、個人的な理由で遅れることなく時間通りにバスは出発してしまう。
無理やりでもいいから寝ておかないと、身支度どころか朝ご飯にすらありつけず、余裕のない時間を過ごす羽目になる。
「……寝よう……寝よう……寝なきゃ……」
瞼を強く閉じて、念じるように眠りへと就いた。
カーテンの隙間から射しこむ陽の光に、タイミングよく鳴り響くスマホのアラーム音。
「……もう……朝だ……」
翌朝、まだ惰眠を貪りたい理性に争い起床した。それから顔を洗って、起きれたことを驚く弥姫ちゃんと沙衣ちゃんを連れだって、食堂で朝食を済ませる。そこからが問題で、何を着ていくかが決まっていない状況。
ここまでくると投げやりというか、大事なのは今日の気分と直感任せでしかなかった。
だというのに、渡堺先輩は――、
「なんで制服姿なんですか!?」
「おはよう、花火。……なんでと問われても――」
「あれ、街にお出かけ行くんですよね?」
「そのはずよ」
寮の前、他にも街へと向かう生徒たちが集まっていた。
そんな中で異彩を放っていた渡堺先輩だったが、当人は気にした素振りをみせない。ただでさえ百学の七不思議【時空の魔女】という存在で注目を集め、本当に実在するのかすら噂される程だ。
そして今、こうして人前に姿を現している。
「制服というのも、存外侮れないファッションよ」
「た、確かに……」
実際に可愛いし、入学式の時に寒さを我慢したことを思い返してしまう。
だけど、少しだけ違和感を覚えた。
「けど、渡堺先輩。そのスカート……中等部のですよね?」
濃紺色のスカートにはどこか懐かしく、見慣れた感覚があった。ただ、記憶を数か月と遡っても、渡堺先輩のとは異なる。
「ああ、コレね。確かに中等部のセーラー服をベースに、上に重ねる形で高等部の履いてるのよ」
中等部のセーラー服丈の長さに、高等部の膝上と重ねたんだ。
みせつけるように人前で層となる高等部の白い裾を捲る行為に、恥じらいがないのかと頬を熱くさせられた。周りが女の子しかいないからといって、あまりにも軽はずみ過ぎて目のやりどころに困る。
「さすがに高等部のブレザーだと目立つと思って、上はカーディガンにしたわ」
後ろ丈の長いカーキ色のカーディガンを羽織ってみせ、大人の落ち着いた雰囲気が一層増していった。
「花火こそ、可愛らしいわね」
「あ、ありがとうございます」
微笑むような表情を向けられて、昨晩のことを思い返してしまう。
あれだけ何を着ようかと鏡の前を往復し、寮母さんに騒がしいと怒られ。今朝になって直感任せに掴んだ服に袖を通した。
上は白の長袖ブラウスに、下はジーンズのホットパンツ。さすがに朝方はまだ寒いと思ってクリーム色のカーディガンを羽織ってみた。
ただ何となく、渡堺先輩と並んでみての構図が合わない気がする。
「ちょっと、着替え直してきます!」
「バスの時間を過ぎるわよ」
「四十秒もあれば間に合いますから!!」
既にバスへと乗り込み始めていた生徒たちもいたが、流れに逆らって自室に急ぐ。
それから何とかバスの出発までに着替えを済ませ、肩で息をしながら乗り込んだ。
大型のシャトルバス。乗車の定員はあるものの、二クラス分の生徒を乗せることができる大きさ。
今回も席の八割が埋まる中、一番後ろの六人掛け席がポツリと空いていた。いつもだったら広いからと人気で取り合いになるはずが、今日は誰も近づこうとしない。一つ前の四席も空いていて、意図した乗り合わせを感じられた。
だが、渡堺先輩は知る由もないのか、悠々と座っている。
「こっちよ」
「あの、前とかも空いてましたよね?」
渡堺先輩と同じ上級生もいる車内の真ん中の通路、もちろん二年生もいる。そこを堂々と歩くことを躊躇ってしまう。いつもだったら前の方、二人掛けの席を弥姫ちゃんと沙衣ちゃんとギュウギュウ詰めの三人で使っていた。
「私にもよくわからないわ。ただ、『是非に』と譲ってくれた好意を無下にするのもね」
「ゆ、譲ってくれた?」
困惑を隠せず周囲を見渡すと、普段は騒がしいくらいにはしゃぐ様子もみられない。
むしろ、奇妙なくらいに空気が沈黙している。
無言で渡堺先輩に視線で問うも、少しだけ眉根を寄せてムッとした表情。
「とにかく座りなさい。じゃないとバスがだせなさそうよ」
「あ、はい」
促されるままに渡堺先輩の隣に腰を下ろした。
な、何かをしたわけじゃなさそうだな……。
すぐに動きだしたバスに揺られ、しばらくの間車内を眺めていた。
「……ん?」
すると、隣からの視線に気づいた。
「さっきの服装でも似合っていたわよ?」
沈黙を破るかのような渡堺先輩からの好評に、誤魔化すことなく着替えに向かった意図を告げる。
「渡堺先輩の重ね着スカートも、可愛いなって思ったんです」
「……ありがとう」
照れたようなはにかむ微笑を浮かべ、渡堺先輩は視線を車窓へと向けてしまった。
……うん。やっぱり、今日の渡堺先輩、ご機嫌なのかな?
勉強をみてもらっていた時は、成績は優等生の皮をかぶりながらも素行が悪く。同じ血が通っているのかと、疑いたくなるほどに厳しい。何かと手を抜いたり、サボったりすることすらも許されなかった。
それでも休む時のメリハリはあり、飴と鞭の使い分けされていたと思う。
だからこうした、学外での関わり合うのは初めて。見慣れない渡堺先輩の表情に、ついつい魅入ってしまう。
「どうかしたの?」
「あ、いえ、……何でもないです」
「可笑しな子ね」
そう笑われるも、まったく嫌な気持ちにはならない。
むしろ心地いいという表現も変だが、くすぐったく思える。
「今日は楽しみましょうね!」
「ちなみにどこへ連れて行ってくれるのかしら?」
「え、それは……ちょっと、考えようとはしたんですけど……」
口が裂けても、今日着ていく服を決めるのに手いっぱいだったって言えない。
「街に着いてから考えるのもいいわね」
そんな考えを見透かしたように、渡堺先輩は目じりを下げて微笑んでくれた。
こんなことでいちいち喜んでいたら、今日を無事に過ごし、耐え抜く自信がない。
先輩の好みをリサーチする意味も含め、話しの流れで訊いてみる。
「渡堺先輩は、街に出かける時に必ず行く場所ってあるんですか」
「出かけたことがないわ」
「はい?」
だが、予想外のカミングアウトに耳を疑ってしまった。
「学園にあるもので大体は事足りているし、必要とあれば購買の人に頼んで取り寄せてもらっているわ」
「え、一度もですか? 百学に入学してから??」
「ええ、中等部の入学式以降から出たことがないわ」
こ、これは……かなり重大で、貴重な体験をさせてしまったのでは!?
真っ白になる頭の中、自然と黙り込んでしまう。
その沈黙をどう感じたのか、渡堺先輩は不思議そうに顔を覗き込んできた。
「そんなに驚かせるようなことだったかしら」
「あ、そ、そういうわけでは……ないですよ?」
誰に訊けば、正しい反応を教えてくれるのだろうか?
視線だけを車内を巡らせるも、誰一人としてこっちを向いていない。不自然なほどに全員が前を向き、バスのエンジン音だけがやけに大きく聞こえる。
「と、とりあえず、楽しみましょうね!!」
「ええ、楽しみだわ」
上手に渡堺先輩をリードして、初めての街を楽しめさせられるかという不安で胸がいっぱいだった。
それから数十分とバスに揺られ、緑が多かった森の中から街のビル群が増えていく。
「……変わらないのね」
「何かいいましたか?」
静かに首を振った渡堺先輩だったけど、視線が手もとに向けられる。
「朝ご飯でも食べ損ねたの?」
「あ、いつもの癖で……食べますか?」
スティックタイプのクッキーにチョコが周りにコーティングされたお菓子。ラウンジに置かれているモノで、出かけ矢先に拝借してきた。
何やら物いいたげの渡堺先輩に、一本を口もとへと差しだす。
「いただくわ。……ただ、せっかくの服を汚さないようにね」
耳心地のいい音を立てながら食べ始めた渡堺先輩。物足りなさそうだったのでシェアする形で袋を傾けると、自然と手が伸びてくる。
……先輩も、こういったの食べるんだ。
一緒に食事を摂るようにはなったけど、いつも渡堺先輩の手作り。食堂のおばちゃんが作った物どころか、紅茶を飲む姿くらいしかみたことがなかった。勉強の休憩中に抓んでいたお菓子のほとんどだって、手をつけた様子もない。
それどころか、気づけば無くなっていた。
犯人はいうまでもなく……。
「美味しいですか」
「悪くないわね」
そんな何気ない会話を終わらせるかのように、少しずつバスが目的の場所へと近づいていく。
ゆっくりと減速して、空気が抜けるような音に続いて扉が動いた。
にもかかわらず、誰一人として座席から動こうとしない。ただでさえ終始無言だった車内が異様だったのに、こうまで露骨だと渡堺先輩でも気づいたようだ。
「降りましょうか」
「そ、そうですね」
目配せされて席を立ち、大きく伸びをする。
「なんか、悪いことをした気分ね」
「本当に何もしてないですか?」
「私はただバスに乗っただけよ」
まるでしつこいといわんばかりにため息を吐かれたので、これ以上は訊かないでおく。
だって、せっかくのお出かけだ。渡堺先輩にとっては初めてで、嫌な気持ちで楽しんでもらえるわけがない。
だから気を取り直して、目の前に聳える建物へと視線を向けた。
「さ、楽しみますよ!」
「ええ、行きましょうか」
大型複合商業施設。地上は五階から地下一階と、所狭しに様々な職種のテナントが軒を連ねている。併設する形でアミューズメント場があり、映画館や水族館、運動場などと一日では周り遊ぶことができない。
それに大きな駅からも徒歩数分、他バスなど交通機関とのアクセスも便利。
休日ともなれば親子連れから友達同士、はたまた恋人などといった利用者で賑わう。
「……凄いわね」
「来るたび同じ感想を口にしちゃいますからね」
吹き抜けの天井をみあげる渡堺先輩を横目に、入り口付近の案内板を眺める。
いつもだったら弥姫ちゃんがスポーツ用品店とか、沙衣ちゃんのウィンドーショッピングに付き合っている。後は、季節ごとのイベントがちょうどよく開催されていたら参加。もしくは、あてもなくただブラブラと歩き回ってきた。
だけど今回は、渡堺先輩とだ。
何ら目的もなく、ただ付き合わせるのも申し訳ない。何か、何か楽しめそうな場所を探さないと……。
「どうしたの、花火」
「はひぃ!?」
気づけば隣に渡堺先輩がいて、同じような体勢で案内板を覗き込んでいた。
不意に声をかけられたものだからまともな返事もできず、心臓がバクバクと脈打つ。
「ど、どこから回ろうかな~って考えてたんですよ。ほら、ここって広すぎるじゃないですか? 帰りのバスまで時間も限られてますし、めいっぱい楽しみたくありません?」
考え込むような仕草で顎に手を当て、渡堺先輩は短く呻いた。
「ちなみにバスは何時なの?」
「夕方の六時です」
現時刻は九時を過ぎたところ。そんな早い時間にも関わらず、各フロア内の活気は空気感で伝わってくる。さらに時間が経てば、もっと人が増えるだろう。そうなると、ゆっくり見て回るのも難しくなる。
実際、初めから目的が決まっていれば楽だったんだろうけど……。
そう心の中で嘆きつつ、渡堺先輩をみた。
「タイムリミットは九時間もない。……あまり時間はなさそうね」
入り口広場の時計をみあげ、渡堺先輩は真剣な表情を浮かべ始めた。
「あ、ここのテナント……」
にもかかわらず、つい数か月前に来た際のテナントが無くなっていた。今では空きとなり、何が入るのか決まっていないようだ。
「そこは、何があったの?」
渡堺先輩の思考を遮る発言に肩をすぼめつつ、雑貨屋があったことを告げる。
「……雑貨。他にもあるようだけど、何か特別な思い入れでもあったの?」
真剣な口調で訊かれるから、両手を前で振ってしまう。
「そういうわけじゃないですけど、みていて楽しかったんです。手作り感のある小物がいっぱいあって、店員さんに訪ねれば作り方とかも教えてくれて……」
言葉では表現しづらい居心地の良さに、少しだけ胸が寂しい気持ちになった。
「だったら別の、もっといい居場所を探すのもありかもしれないわね」
「え?」
思いがけない先輩の提案に、意表を突かれてしまった。
「だから、今日は花火が次に来た時も楽しめる場所を探しましょう」
「けどそれだと、渡堺先輩は楽しいですか?」
「……どうなのかしらね」
自信なさげに肩を落とすも、渡堺先輩は視線をぐるりと辺りを見渡す。
「ここにいるだけでも楽しいは伝わってくる。だったら、一緒に来た花火が何をみて楽しいと感じるか、どんなことに興味を持つのかを知りたいの」
「そういわれると、なんだか恥ずかしくなります」
だってそれは、一日の行動を観察されることに変わりない。
せっかく渡堺先輩を楽しませようと思ったのに、何の意味をなさなくなってしまう。
「お互い知り合ったばかりなのだもの、少しずつ分かり合っていきましょ」
そういって、渡堺先輩は微笑みかけてくれる。
ああ、頼もしい先輩だな。
頭も良ければ料理も上手い。運動が得意なのかわからないけど、何でもそつなくこなせそうなイメージがある。そんなどこにでも居そうな女子高生が、どうして学園七不思議【時空の魔女】という存在だと噂されているのだろうか?
どこからどうみても、同じ女子高生でしかない気がする。
「わかりました! 一緒に探してください、渡堺先輩!」
「……あまり、周囲に迷惑をかけないボリュームで喋りなさい」
「ご、ごめんなさい」
つい、弥姫ちゃんたちといる感覚で声を張ってしまったせいか、行き交う人たちの視線を集めてしまった。どこか視線が生暖かく、ペコペコと周囲に頭を下げる。
「さて、目的も決まったことだし出発しましょう」
「じゃあ、どこから行きましょうかね」
いちいち案内板を探すのも面倒で、近くに置かれていた施設マップを広げる。
「……何いってるのよ。私はここのことをよく知らないから、花火が先導してくれないと困るでしょ」
「で、でしたね」
結局話は振りだしに戻り、再び手もとのマップと睨めっこする羽目になった。
「だからいいのよ、花火が思ったところに行けば」
けど隣から、手もとのマップを盗み取った渡堺先輩が、にこやかに背中を押してくる。
たったそれだけ、妙な勇気がじわじわと湧いてきた。
「とりあえず、二階に行きましょ!」
一階フロアの大半は生鮮食品やドラックストア、他にはフードコートいった場所しかない。だから自然と捜査対象外。
そうなると、向かうのは上階しかない。
意気揚々と歩きだすと、少し後ろを渡堺先輩がついて来てくれる。
「あまり一人で突っ走らないでね、迷子になると困るから」
「……ですね」
どちらに対しての忠告ではなく、お互いにという意味合いなのだろう。だから少しだけ歩調を緩めて、渡堺先輩の隣に並んだ。
「渡堺先輩も、気になった場所があったら遠慮なくいってくださいね」
「ええ」
なんだか可笑しなことに、渡堺先輩と一緒にいると、驚くほどに時間の流れを早く感じさせられる。




