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第五章:まるで本当の姉妹かのように

「ということで、渡堺先輩と街に出かけようと思うの」


 無事に追試を合格して、そのご褒美として渡堺先輩にお願いしてみた。

 そのことを、弥姫ちゃんと沙衣ちゃんに報告している。


「はぁ!?」

「何かの冗談でしょ?」

「ミキちゃん、もう少し声のボリューム落として」


 夕食を済ませた後、就寝まである自由時間は自然と集まってしまう。談話室からお菓子や飲み物を拝借して、まったりとした女子会。

 隣の部屋から騒がしいと、苦情がこないか心配なほど叫んだ弥姫ちゃん。対照的に沙衣ちゃんは、落ち着きを払いながらも疑いの眼差しが鋭く刺さる。

 予想通りの反応ではあり、まさか了承してくれるとは思ってもみなかった。


「普通はそう思うよねぇ~」

「なに、冗談なの?」

「追試に根を詰め過ぎられたのかと心配したわ~」

「あ、いや……渡堺先輩からはオッケーもらえたよ」


 黙る二人を前に、最重要案件を訪ねる。


「そういうわけで外出許可書を書かないといけないだけど、どこに行けばもらえるの?」

「どういうわけだよ!?」

「あの魔女――渡堺先輩と一緒に外出!?」

「え、あ~うん」


 さすがに二度目はお咎めなしとはいかず、部屋の壁を叩かれてしまった。三度目となると上級生が乗り込んできそうなので、顔を近づけて声のボリュームを落とす。


「なあ、マジかよ」

「マジだよ、ミキちゃん」

「本当にあの渡堺先輩?」

「そう、あの渡堺先輩」


 困惑を隠せない二人だったが、互いに顔を見合わせて息を吐く。


「許可書は職員室に行けばもらえるよ」

「それで、魔女さんとはどこに行くつもりなの?」

「ん?」


 急な温かい空気感に包まれ、自然と身構えてしまう。


「ちなみに許可書っていっても、クラスと名前を書いて提出するだけどな」

「形式上のモノだって聞くし、教師側が寮生の行動を把握する意味もあるんでしょうね」

「だからって、わざわざ歩いて街まで行こうとは思わないけどな」

「とかいう弥姫こそ忘れたの? 『走れる距離でしょ!』とか言ってた中学を」

「あ~そんなこともあったねぇ~」


 ためになった情報と、過去にそんなことがあったなぁと懐かしい出来事に耳を傾ける。

 だから、口を挟むタイミングを探ってしまう。


「ね、ねえ、二人とも」

「どした?」

「……何よ?」


 おもむろに挙手して、弥姫ちゃんと沙衣ちゃんの視線を集める。


「……あれ、それだけ……?」

「何が?」

「悪いけど、職員室にまでついていかないわよ」


 だらしなく机に突っ伏す弥姫ちゃんは、口にチョコでコーティングされたスティック菓子を咥え。沙衣ちゃんは大きめのマグカップを両手で包み、息を吹きかけて紅茶を冷まし飲む。

 いつものよくみる光景に、首を傾げてしまう。


「私が渡堺先輩と出かけるの、ついて来ようとか思わないの?」


 だって相手は、あの百学の七不思議【時空の魔女】さんだ。しかも現高等部の3年生で在学し、独り歩きする噂ではない。名前の由来については真相がわからないどころか、揶揄うように流されたまま。

 ……ただ普通に考えれば、時間を巻き戻すことなんてできっこない。


「まあ、どんな先輩かは気になるけど――」

「邪魔するのも悪いかなって、ねぇ?」


 何やら含みしかない口調と視線、あとは空気感に二人の様子が明らかにおかしい。不自然というか、こうなることが予め知っていたか風。

 それはそれでここ数日間に起きたことを質問攻めされないだけありがたい。そんな覚悟を決めていた分、二人の反応に拍子抜けだった。


「とりあえず、明日の朝にでも職員室に行くべきだな」

「あ、そうだよ二人とも、追試の結果はどうだったのよ」


 まるで忘れていたというか、こうして切羽詰まっていないからどうでもよかったのか。沙衣ちゃんは、何かを思いだしたかのような視線を向けてくる。

 弥姫ちゃんと顔を見合わせ、頷き合って立ち上がった。弥姫ちゃんは一度自室に戻り、その間に返された答案を鞄から取りだしておく。

 実は、弥姫ちゃんが合格していることだけは知っている。

 だけど、点数までは教え合っていない。

 胸を張っていい点数だとは思えるけど、これは追試だ。普段からこれだったら、泣きをみることがない。

 それもこれも、すべては渡堺先輩のお陰だ。


「じゃあ、せぇので開くよ」

「なんだよ花火、ギリギリだったのか」

「いいから見せなさい」


 抑揚のない声音で沙衣ちゃんに促され、弥姫ちゃんと頷き合う。


「「せぇ~の」」

「……!?」

「はぁ?」


 驚く沙衣ちゃんの心情を、弥姫ちゃんが声にして代弁するかのように発した。


「こ、これ……花火の……なのか?」

「そうだけど?」

「どんな教え方なら、この点……」


 弥姫ちゃんは三教科の全部を70点超え。追試としては合格点だが、かなりギリギリところだ。


「結構手ごたえはあったと思ってたんだけど、先生にも驚かれたというか、もっと普段から頑張りなさいって怒られちゃったよ」

「そりゃ、90点越えって……一夜漬けて出題範囲丸暗記でもした?」


 中にはケアレスミスで98点もあり、過去を振り返っても最高点だ。


「裏切り者ぉ!!」

「ミ、ミキちゃん、声が大きいってば」

「いやいやいや、どんな教えられかたしたのか私も知りたいくらいよ!」

「サイちゃんまで!?」


 やいのやいのと騒いでいると、寮母さんが現れてこってり怒られた。

 せっかくの追試合格という晴れの日だというのに、なんとも賑やかで変わらない夜の時間を二人と過ごしたと思う。

 ここ数日と勉強漬けだったのもあって、いつもの日常が戻ってきた気がした。



 けどやっぱり、一部の日常は変わっていったと思う。


「こんなところにいた」

「……花火?」


 四時限目を終えたお昼休み。

 いつもだったら学食に行って、弥姫ちゃんや沙衣ちゃんの二人と昼食を摂っている。

 だけど今日は、寮の食堂に足を運んでいた。

 人がいないこともあってよく声が通って、それに反応してくれた一人の最上級生。百学の七不思議【時空の魔女】として学生として在籍する、渡堺聖果先輩。

 どこか驚いたような反応に眉を顰め、昼食の手を止めた。

 普段からここで食べてたんだ。

 まるで周囲との交流を避けるかのような行動をとり、当校はしながらも授業には一切出席しない。だけど常に学年トップの成績を収め、教師からのお咎めがないときた。

 それは非常に羨ましいとも思えるが、授業に参加していない間は何をしているのだろうか? 当人は校内を自由気ままにうろついているらしいが、それほど広くない敷地内を毎日のように散策する。

 ……退屈じゃないのだろうか?

 変わらない光景を毎日のように眺め、ただあてもなく一人で過ごす。

 その一端ともいえる、数日を共有して疑問を抱いた。


「どうしてここにいると分かったの?」

「下駄箱の靴です」

「……そう」


 短めに息を吐いた渡堺先輩。空いている正面の席へと座るように促され、黙って隣に腰を下ろした。

 それを拒まれるどころか、渡堺先輩は気にしない。


「お昼は食べたの?」

「……まだです」


 お腹の具合は限界を通り越し、今にも悲鳴をあげてもおかしくない。


「生憎と一人分しか作っていないの、ごめんなさいね」

「お、お構いなく」


 とは強がってみたが、自然と喉がなってしまう。

 トレーの乗った、白米にワカメとお豆腐のお味噌汁。そのメインである生姜焼きと、添えるように山を成すキャベツの千切り。後、白菜のお漬物が少し。

 気づけば胃袋を掴まれてしまった身としては、おこぼれでもいいから口にしたい。


「というのは冗談として、食べるかしら?」

「食べたいです!?」


 人間とは、欲望には争えないものだと痛感した。

 それから数分と経たずにもう一人分を手早く用意され、まるで来ることを予期していたかのような周到さ。

 どこか話を逸らすような渡堺先輩の振る舞いだったが、誤魔化されない。

 そう心に強く決めるも――、


「食べ終わったらゆっくりと。……と、いいたいところだけど授業があるものね。食べながら聞かせて、どうして花火が私の居場所を突き止められたのかを」

「は、はい」


 肩透かしを食らうかのような、渡堺先輩からの申し出。

 だから半分程度を食べ、ここまで辿り着けた経緯を口にする。


「やっぱり一番の気がかりだったのが、高等部という限られた敷地……建物内を移動することには限界があることです」


 一階から二階、それに三階という通常授業が行われる本館。それとは別に美術や音楽といった特別な授業が行われ、文化部が活動する場所である別館の二つ。どちらも一階の中庭、渡り廊下で行き来が可能である。

 後は体育館もあるが、本館とだけ繋がっているのだ。別館からはいちいち靴を履き替える必要がある。そのためだけに下駄箱から外履きを持ち運び、移動するのは明らかに不自然で手間だ。

 何よりも、あの日の放課後は下駄箱にお行儀よく並んだローファーがあった。

 それだけで外にはいっていない。

 ……と、そう思い込んでしまう。

 だけどあの日は、弥姫ちゃんのせいで食堂の掃除を手伝っていた。だからいつものように探す暇もなく放課後が終わってしまい、玄関前の物陰に隠れて待ち構えるしかなかったのだ。

 結局、渡堺先輩はいつになっても姿を現すことがなかった。


「そして見回りの先生にバレて、下らないことをしてないで帰りなさいって怒られたんですけどね」

「……あながち、間違いじゃないと思うけれどね」


 静かに耳を傾けてくれていた渡堺先輩は、味噌汁のお椀に口をつける。


「所詮はただの七不思議。だけど、ここ百学に在籍する生徒は中等部生であろうと一度は耳したことがあり、興味を抱くらしいです」


 その点に関しては、例外として含まれない生徒も一部いる。


「口ぶりから、花火は興味を抱かなかったようね」

「興味どころか、耳にしたことすらなかったんですよ」


 実際はどうか覚えていないけど、弥姫ちゃん辺りが中等部の頃に話をしていたかもしれない。


「そんな花火が、七不思議を追おうと思った理由は?」

「発端は巻き込まれた形ですけど、探していく内に思ったんです」


 一度言葉を区切り、どう伝えるべきかと噛み砕く。

 不意に訪れた沈黙を、渡堺先輩は急かすどころか待ってくれる。


「……誰かと関わり合いたくなければ、初めから登校しないで自室にいればいい。だけどそれは、先生の手を煩わせることになる。他にもクラスメイトに授業のプリントを届けてもらったりとか、間接的な人との関わりが生まれてしまう。

 だから少なくとも、周囲とは関わり合いたくんじゃない。あえて遠ざけるような行動をとりつつ、こうして接触する人とは交流を図る。大勢はいらないけど、一握りの付き合いといえる関係を求めてるのかなって」

「それが、花火が私を諦めずに探し続けた理由なの?」

「いえ、違います」


 間髪入れずに渡堺先輩の言葉を否定し、率直な本音を伝える。


「何となく、一緒にいたいと思ったんです」


 どうと問われると、頭を抱えるほど悩んでしまう。それは出題された追試の問題よりも難しく、明確な答えがあるのかと首を傾げるほどにだ。

 追試は無事に合格し、渡堺先輩から勉強をみてもらう必要はなくなった。

 だけどこれっきりで関係が終わるのが寂しくて、気づけば弥姫ちゃんや沙衣ちゃんと一緒にいるような間柄を求めてしまったのかもしれない。

 先輩と後輩もいいけれど、短くも濃い数日を過ごした。

 もっと、欲張りたい。


「あら、もうお昼が終わるみたいよ」

「えっ!?」


 すると、タイミング悪くお昼休みの終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。

 慌てて席を立つも、せっかく渡堺先輩が作ってくれたお昼ご飯がまだ残っている。だからかきこむように口へと入れ、ゆっくりと味わう余裕はなかった。

 そして寮の食堂を立ち去る間際、ポケットから一枚の用紙を取りだす。


「あとこれ、外出許可証です。学年と名前を書いておいてください。放課後にとりに来ますから!」

「……ええ」


 今日ここに来たのは、これが目的だった。

 こうして渡堺先輩を見つけだせたのだって、本当はただの直感でしかない。ほんの少しだけ考えはした、最悪空振りに終わる可能性だってあった。そしたら、お昼ご飯を抜きで午後を過ごす羽目になっただろう。

 そうならず、渡堺先輩の手料理にありつけたのは幸運だった。


「それじゃ、午後の授業に戻りますね」

「食器は洗っておくわ、急ぎなさい」

「ありがとうございます! ご飯、美味しかったです!!」


 食器を洗う暇もなく、渡堺先輩の好意に甘えることにした。

 ……いや、終始甘えっぱなしな気がしなくもないが。


「ひぃ~間に合うかなぁ~」


 食後直ぐに全力で走る状況に嘆きつつ、寮を後にした。

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