第四章:まるで師弟のような姉妹#2
「魔女さんからは、どんな風にみえてるのかな」
放課後の誰もいない廊下を、あてもなく歩くのは案外新鮮で、普段との日常とかけ離れて映った。
正確には放課後、クラスメイト達と取り留めのない雑談をしながら残ることはある。寮でも話せる内容なのに、何故か教室に居座ってしまう謎の現象。後は真っすぐ寮に帰って、自室でただぼぉ~と過ごす。
閉鎖的な環境だけあって退屈を感じることはあるけど、案外嫌いじゃない。
多少なりの交友関係、後輩とのつながり。教師からは優秀な一生徒として捉えられているだろう。
……ホント、それが私にとっての日常。
だからこうして、目的をもって放課後の廊下を歩くという行為が珍しい。
けど、魔女さんが絡むと他のことがどうでもよくなる。
今日だって、部活に勤しむ音が溢れる校内を巡っていた。直感を信じる形で足取りに迷いはなく、目的の場所に到着する。
扉をスライドさせると、独特な匂いが鼻腔をいっぱいに広がってきた。
嫌いじゃないけど、私の生活にとって切り離された空間。
だけどこの場を好み、決まった時間になれば会える人物がいる。
「お、やっぱりここにいた」
図書室の一番奥、四人掛けの席を一人で占領していた魔女さん。別に誰かに文句を言われることもなければ、元より利用者が少ない。
私が訪れたことに驚くどころか、まるで予想していたかのような驚きの薄い反応。
これもいつものことだが、どことなく様子が寂しそうに映った。
どこか責めるような視線を向けられつつも、私なりに最近の話題を提供する。
「そう言えば魔女さん、こんな噂を知っているかい」
生憎とその原因である一端どころか、元凶としてまき散らしている。
その目論見は好転して、七不思議とされていた存在に現実味を帯びさせた。
「燈榊花火」
とある一生徒の名前を口にすると、雰囲気が刺々しくなっていく。
それだけで彼女が触れられて欲しくない地雷原であり、多少なりと気にしていることが窺える。
それなりに、燈榊花火という存在を大事にしているのだろう。
何が彼女をそうさせたのだろうか。
色々と疑念が抱きながら、何気ない会話を装い続ける。
「それで麻岐紫真さん。……貴女の目的は何なのかしら?」
……。
…………?
何一つ、私の言動について理由を思いつかなかった。
だから珍しく頭を使い、深く考え込んでしまう。
そして、一つの結論に辿り着く。
「これをキッカケに周りへの興味を持ってほしいからかな」
実際には、こうして話す同級生へ、にだ。
これはあまりにもみっともない、嫉妬心かもしれない。
……こんなこと、あまりにも恥ずかしくて魔女さんどころか、後輩にすら打ち明けられない、自分の問題だ。
冷静になり、私は席を立った。
どうして魔女さんを訪ねて、放課後という時間を費やしてしまったのだろうか?
ホント、私自身の言動に困らされるものだ。
そのまま図書室を後に、教室に置きっぱなしの鞄を取りへと向かう。
「あ、麻岐先輩!」
「ん?」
溌溂とした声がした方に視線を向けると、教師にバレたら呼びだされる勢いで走る後輩の生徒が目に留まった。
それもついさっき、話題にあげていた生徒だ。
「おう、どうしたよ花火ちゃん」
「特に用ってわけじゃないですけど、みかけたので挨拶を」
なんだ、てっきり魔女さんの居場所を訊かれるのかと思った。
あの日初めて会った時とは印象が変わって、まるで小動物化のように元気よく、明るくて人懐っこい。こうして顔見知りの私に対して礼儀も正しければ、憎めない愛嬌がある。
廊下を走っていたことを軽く窘めつつ、どこか落ち着かない花火ちゃんの様子を窺う。
「どう、最近は順調かい?」
話題は自然と、百学の七不思議についてだ。
だけど花火ちゃんは、どこか困ったように表情を歪めた。右前の髪に編み込むひまわり色のリボンを手慰み触れる。
「いや~ちょっとだけ事情がありまして~」
様子から察しがつくどころか、百学内で一番ホットな話題である当事者。それを自覚していないようで、しどろもどろになりながら視線を彷徨わせる。
「休み明けのテストって、結構酷なことをするよね」
「そうなんですよ! こっちは終わらせるのでて手いっぱいなのに、提出するだけじゃダメなんですかね? せっかくの休みくらいダラダラと自由に過ごしたいじゃないですか! 朝起きて二度寝して、気づいたらお昼過ぎにご飯を食べるのがいいんですよ!! そう思いません? なのに課題がでてるから起きて絶望して、泣く泣く午後を費やすのって悲しくなるんですよ……。
第一に、なんでテストする必要あると思いますか!?」
「そんなこと訊かれても、う~ん。……学生の本分は勉強だから、かな?」
「うっ」
まるでこれまでの鬱憤を晴らすかのような怒涛の不満に、至極正論で真っ当な返答できなかった。
だって、そんなことでいちいちストレスを感じたことがない。こちとら一時期、躍起になって勉強に打ち込んだことがあるのだ。生憎とそれが功を奏して、学年の平均点は優に超えることができるようになった。
様々ではあるものの、なんとも皮肉染みている。
もしかしたら私も、花火ちゃんと同じ立場にいた可能性だってあったのだ。
「ま、日々の積み重ねがモノをいうからね。これに懲りたら頑張るしかないんじゃない」
励ますように肩を叩き、私の方からその場を後にする。
「じゃないと、魔女さんに呆れられるかもよ」
「が、頑張ります」
背筋をシャキッと伸ばし、しばらく見送ってくれた花火ちゃん。
せっかくの貴重な時間、これ以上は裂けない。
ふと振り返ると、花火ちゃんは私が来た廊下の方へと歩いていく。向かう場所はあそこで、数分と経っていないどころか、待っている節があった。
あくまで待ち合わせをしている体ではなく、花火ちゃんが来ることを信じて。
何がキッカケに変わったのか、もしくは変えられたのか。
……興味は尽きない。
だけど、私なんかが踏み入るのは違う気がする。
「やっぱり、嫉妬しちゃうな」
小さくため息交じりに肩を落とし、放課後の予鈴が鳴りだした廊下を歩く。そのまま教室に鞄を取りに戻り、寮への帰路に就いた。




