第56話 再び孤独の回廊へ~ 目覚めた力と上級魔力供給術
エスリアース、そして集落。それぞれの冒険者組合で用を済ませたキョウマ達は目的の洞窟前へと着いた。移動には転移門を用いたので一行に疲れの色はない。
「孤独の回廊……、戻ってきたんだな」
感慨深げに零れるキョウマの言葉にリナは上目遣いに見上げ、袖を摘む。
「いつまでこうしていても始まらない……、先へ進もう」
リナは「うん……」と一度だけ首肯し【指輪待機】を発動させる。リナの全身を光が覆いナビゲーション・リングに消えると、指輪はチェーンに通されキョウマの首へとかけられた。
『ハクちゃんはどうするの?』
孤独の回廊には単独でしか侵入することができない。リナの質問はもっともだ。キョウマは目だけで子竜に合図を送る。
「キュッ!」
「……『へいき』?」
「キュッ、キュキュキュッ!」
「『おそとでへいき、ぼくもいっしょにいく』?」
「キュゥッ!」
羽をパタパタとさせ、飛び跳ねる姿からは覚悟とやる気が十二分に伝わってくる。元々、孤独の回廊を目的地としたのはハクによるもの。ハクが探索の鍵になるのかもしれない。
「う~ん」
顎に手をあてキョウマは一考する。孤独の回廊は単独限定。自身と契約関係にあるハクはパーティーメンバーとして扱われるのか? それとも、キョウマの一部——極端に言えば、装備品や道具として判断されるのか?
もちろん、キョウマにとってハクはかけがえのない存在であってモノでは決してない。が、あくまでそれはキョウマの主観。“孤独の回廊”がハクをどう見なすかには関係がない。
「案ずるより産むがやすし……。まずはやってみてからだな!」
(その方が脳筋らしいしな) 『脳筋らしいね』
胸中で漏らした呟きとリナの言葉が同時に重なる。自覚しながらも改めて自分以外から指摘されると流石に思うところはある。「うぐっ……」と漏らしたキョウマにリナはクスリ、と微笑む。
「あ~……う、うん。進もう」
「キュッ!」
キョウマはハクを抱き寄せ右肩へと乗せる。入り口付近に魔物の気配はない。それでも警戒を怠らず、洞窟の中へと進む一歩を踏み出した。
「問題ない……みたいだな」
肩に乗ったハクが弾かれる様子は何もない。
「僕から離れるんじゃないぞ。危なくなったら僕の魂に待機、いいな?」
「キュイッ!」
頼もしい返事にキョウマは頷くと、かつて通った一本道を突き進む。前へ、前へと進むにつれて微かに届く魔物の咆哮……加えて肌に突き刺さる殺気。収納空間から取り出した木刀をキョウマは左手に握りしめる。
「キュッ!」
「ん? どうした、ハク?」
肩の上でペチペチと尻尾を振る子竜。何か言いたそうな雰囲気を察してキョウマは耳を傾ける。
「キュッ、キュキュキュ、キュィッ」
「……っ! それはしかし!!」
「キュッ!」
「……わかった、言う通りにすれば何かが起こる。僕にとってプラスとなることが……。そうなんだな?」
「キュィッ!」
「了解! なら、サッサと始めようか!」
『ちょっと、二人だけで納得してないで、ってば~』
リナの疑問を置き去りにして、キョウマは広間へと駆け抜ける。
——キシャァァァァァァァァッ!
侵入者の気配を察知した魔物達の雄叫びが上がる。レッド・ドラゴンにワイバーン、以前、返り討ちを受けた因縁の場所に相手……。正面に現れたレッド・ドラゴンの縦長の瞳孔がキョウマを捉え咆哮を上げる。空気は震え殺気と共にピリピリと肌に伝わってくる。
「借りは返させてもらう」
キョウマは口端を吊り上げ、加速―広間の中央へと踊り出た。細かい策も何も必要ない。ただ、全力でぶつかるのみ。
——星竜闘衣!
白銀の装甲を纏うと同時に解き放たれた閃光がダンジョン内に迸る。強烈な光による目くらましを受け魔物達は標的の姿を見失う。キョロキョロと辺りを見回すが見当たらない。
「ハク、お前を信じるぞ!」
「キュッ!」
声の主は既にワイバーン達の頭上——天井擦れ擦れの高さまで跳躍していたキョウマはクルリと回転し、側面の壁を蹴る。
「経験値増加!」
残るMPの一割程度を消費して発動させたスキルは取得経験値を増加させるもの。星竜闘衣を纏っている間は経験値を獲得することができないため、本来は無意味どころか無駄な行為に等しい。にも関わらずキョウマは使用に踏み切った。なぜなら、何を隠そうスキルの発動を促したのが相棒の契約竜——ハクだったからだ。
「上は取ったぞ、鳥ドラゴン!」
『ワイバーンです!』
戦闘状態に移行したキョウマはリナのツッコミを華麗にスルー。壁を蹴った反動を利用して加速し、手にした木刀を水平に振り払う。刀身から放たれし蒼の閃光が二体のワイバーンの首を瞬く間に跳ね飛ばし巨体は地上に落下していく。
「まだだ!」
地面に落下する前に体の向きを変え、先程とは正面反対側の壁に足をつけ勢いよく蹴る。再び空中に踊り出たキョウマは木刀を構え、同じようにワイバーン達を斬って捨てる。壁を蹴っては魔物を斬り、また壁を蹴っては斬り捨てる——この一連の動きをキョウマはワイバーンの数がゼロになるまで繰り返した。空を飛ぶ手段のないレッド・ドラゴン達は見上げて吠えることしかできない。
「これでラスト!」
最後に残った一匹の胴体を両断し、地上へとキョウマは着地する。
「待たせたな、次はお前らだ!」
キョウマが向ける木刀の切っ先と吠えるレッド・ドラゴンの鋭い眼光が交錯する。
先に動いたのはキョウマ。理由は不明だが何故だか体が軽い。戦えば戦う程、その感覚が強くなっていく。この世界に転生するにあたって若返り、新たな命を手にした引き換えに身体能力は低下することとなった。故に戦闘の都度、感覚に体が追い付かない。そういった感覚が常にあった。
それは星竜闘衣中においても同じことが言えたる。星竜闘衣の効果がかつての闘衣よりも強力なおかげで数値上は転生前と同等、またはそれ以上の能力がある。だが、地の能力は低いまま。以前と変わらぬ動きができたとしても、どこか拭えぬ違和感として残っていたのだろう。ここにきて、キョウマはその違いを肌で感じていた。足し算で数字が同じであれば良い、という問題ではなかったのだ。
(なんだか、どんどん体が軽くなってくる……)
右足の爪先を地面に軽く二、三度叩き、一気に地を蹴る。することはただ一つ。
——ただ速く、そして強く斬る
「それだけだ!」
銀の閃光が一筋の線を描いて魔物達の間を通り過ぎた。光の正体はもちろんキョウマだ。蒼の闘気に包まれた木刀を振り払い背後を振り返る。
——静寂
レッド・ドラゴンの群れに動きはない。ほんの数秒に過ぎないはずの静けさ。永遠に続くかのように錯覚させる時間は、いとも簡単に終わりを迎える。
「借りは返した」
淡々と口を開き、両の眼を閉じて息を一つ吐き出した。まるでそれが合図のように魔物達の躯は次々と地に伏していく。
「平気か、ハク?」
「キュィッ!」
後ろへ目をやり、背中にしがみ付く相棒へとキョウマは問いかける。戦いの邪魔にならないようハクは戦闘開始と同時にキョウマの肩から背中へと移動し、ぴったりとへばりついていた。激しく動いた割に振り落とされるどころか、疲れの色も感じさせない頼もしさにキョウマは感心の意味を込め「そうか」と温かな目を向ける。対するリナは『はわぁ~』と別の意味でとろけた声を漏らした。リナにはハクがぬいぐるみ型のリュックサックのように映ったためだ。『かわいい! 兄さん、あとでわたしも!!』と興奮してしまうほどのあまりの食いつき。キョウマは苦笑を浮かべ子竜は「きゅっ」と鳴いた。
「さて、そろそろ先へ進もうか。どうも先が気になる」
広間の奥——先へ繋がる通路を一瞥したキョウマが呟く。
「キュッ、キュキュ、キュィッ」
「お前もか、ハク?」
背中の子竜も羽をパタパタとさせ同意を示す。
『ちょっと、待って!』
「リナ?」 「キュ?」
リナの待ったにキョウマとハクは小首を傾げる。リナは呆れたように溜息をついて理由の言葉を紡ぎ出す。
『戦利品! 回収しないとだめでしょ?』
「あぁ~……、ごもっともです」 「きゅぅー」
『孤独の回廊に何かあるのは分かるけど、忘れちゃだ~め! 素材集めも目的の一つなんだから』
「おっしゃる通りです……」 「きゅぅ……」
『もう! 仕方ないんだから!』
お説教モードのリナを前にして、危うくキョウマは正座をしそうになる。慌てて「何でもない」と手を振り、魔物達の躯へと歩み寄る。
『回収は任せて!』
「“きもい”、はなしな。リナが外に出られない以上、“てっぽう”で魔石に変えるのは不可能なんだ。それに竜種の魔物の素材は結構、珍しいらしいし素材のままのほうがよさそうだ」
「あぅっ。わ、わかってるよ~」
ナビゲーション・リングの力を使いリナは次々と魔物の躯から素材をカードにして変えていく。九割程、終えたところで残った魔物の一体をじーっ、と見つめるハクにキョウマは気付いた。
「どうした、ハク?」
ハクの視線の高さまでキョウマはしゃがみ、小さな瞳を覗き込む。丸く澄んだ宝石のような輝きとキョウマの視線が重なり合う。
「キュッ、キュキュキュッ、キュィ?」
「……」
『どうしたの、兄さん?』
「あ~、えっとな……」
兜の上から頬を掻き言いあぐねているキョウマを見て、事情を察したリナは『もしかして……』と、ジト目の視線を指輪越しに送る。
「察して貰えたようで何より、かな?」
『そだね』
キョウマとリナの眼差しの先にいるのは一匹の子竜。レッド・ドラゴンの躯のすぐ前までトコトコ歩み寄るとペタリと座り込んだ。
——じゅるり!
涎をすする音が二人の耳に届く。キョウマが通訳しかねていた訳の正体は『おなかすいた、レッド・ドラゴン、たべていい?』だ。目を凝らしてみると、口から微かな炎が揺らめいている。焼肉にして食べる気満々のご様子。
「『共食い!?』」
「きゅぃ?」
重なる声に気付いたハクが二人のほうへと振り返り小首を傾げる。見た目は小動物、つぶらな瞳は純真無垢を物語っていた。このまま見つめ合っていても先には進まない。意を決したキョウマは尋ねてみることにした。ハクはドラゴンと言っても少し?変わっているから平気なはず、そう自分に言い聞かせて……。
「なあ、ハク?」
「きゅぃ?」
「うぐっ……」
上目遣いに見つめられ、物怖じしてしまうキョウマに『ふぁいと!』とリナはエールを送る。
「お前、平気なのか? 一応、レッド・ドラゴンは魔物とはいえ竜種だろ? 同じドラゴンを食べる、ってのは問題ないのか?」
「キューッ、キュキュキュキュッ、キュッキュキュ、キュィッ!」
「……」
「ねぇ、兄さん。ハクちゃん、何て言ってるの?」
「っ! あぁ、そうだな……うん。『仲間じゃないから問題ない』だそうだ。竜種、って一言で言っても僕達人間が勝手に分類しただけで、ハクから見れば全然違うらしい」
『うん。まあ、そうだよね。ハクちゃんみたいに可愛くないし、凶暴だし、同じなわけないよね!』
「……あぁ、そうだ。その通りだ」
『?』
どこか歯切れの悪いキョウマに疑問を浮かべるも状況が許してはくれない。レッド・ドラゴンに貪りつこうとする子竜を慌てて止めに入る。
「待つんだ!」 『待って!』
「キュゥッ!?」
驚き羽を震わせるハク。お預けを食う形となったことで、しゅんと項垂れ俯いてしまう。すっかりと元気をなくした様子にキョウマとリナはあたふたする。
『そっ、そうだよ、兄さん。ハクちゃんに猫缶作ってあげてよ!』
「キュッ!」
“猫缶”に反応し、ハクは羽と尻尾をピンと立てキョウマにすり寄る。脛の辺りに頬ずりしては、爪を引っ込めて小さな手で引っ掻き回す。
「うぐっ、すっかり貰える気になってる。けど、まだあったかな~……ん、あれ?」
『どうしたの、兄さん? ハクちゃん、まってるよ。早く作ってあげて』
一つ、気になることができたキョウマは浮かんだ疑問を口にすることにした。
「いや今、『作ってあげて』、って言ったよな? 出すなら兎も角、なんで“作る”なんだ? そんなの無理だって」
『え?』
「ん?」
『何言ってるの、兄さん。何回も作っていたじゃない。もしかして気付いてないの?』
ナビゲーション・リングを使いリナはキョウマのステータスの一部分を視覚化させた。
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・上級魔力供給術
魔力を契約竜の好物に変換するスキル。魔力供給効率増大の効果を得る。
《変換可能一覧》
THE・ねこ缶伝説 ~大いなる“まぐろ”編
THE・ねこ缶伝説 ~夢見る“カツオ”編
THE・ねこ缶伝説 ~情熱の“サンマ”編
THE・ねこ缶伝説 ~必見!“かに”の王国編
(中略)
……etc
※尚、使用後、空き缶は魔力となって霧散するため、ゴミの分別を心配する必要はない。
~~~~~~~~~~
「何、コレ?」
『やっぱり気付いてなかったんだ。兄さんが寝込んだ時にステータスをチェックしたら気付いたの。兄さん、自然に猫缶を取り出していたから知っていると思っていたけど無意識だったんだね?』
「うん、そうだな。なんか、自分で持っているような気がして懐や収納空間を探れば、いつの間にか握ってた」
『不思議に思わなかったの?』
「奇跡、って凄いよな!」
『あっ、そう……。きっと、世界広しと言っても“猫缶を魔力で作り出す”冒険者、って兄さんだけだよね、きっと』
「うぐっ、それは褒めているのか? それともけなしているのか?」
『一応、褒めているの。それより先へ急ぎましょう。まだ、星竜闘衣の時間は大丈夫なんだよね?』
「問題ない!」
力強く頷くキョウマにリナは重ねて述べる。
『そう。それから今の戦闘で兄さんのレベル、一気に上がったけどそれは気付いてる?』
「それは何となく。戦闘中、体が軽くなったから見当はついていたよ」
もっともリナのレベルは全く上がってはいない。羨まし気に語るリナに対してキョウマは「見ていただけなんだから、当たり前だ! これまでが異常だろ!?」と当然のツッコミを胸中で浮かべる。実際に口にしないのはリナの機嫌を損ねたくないためだ。
『急激に兄さんのレベルが上がったのはこのスキルのおかげだと思う』
と、考えを述べた後、リナはステータス画面を切り替える。
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・経験値増加
任意で発動可能
消費したMP量に応じて取得経験値量が増加
更に星竜闘衣時、使い手の元々のレベルより高い相手から得られる経験値量が倍増する。(スキル発動中、経験値取得不可の制限は解除される)
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「これは……」
『うん、多分だけどハクちゃんのおかげじゃないかな?』
二人の視線が子竜へと注がれる。現在、レッド・ドラゴンから注意をそらすために取り出した猫缶と絶賛格闘中。にわかには信じられない事実だが、他に原因は考えられない。
「今の戦闘で、このスキルを使うように言ったのはハクだし、間違いないだろうな」
『うん、そだね』
キョウマとの会話より猫缶を転がす子竜に、ついリナの目は行ってしまう。これ以上、会話を続けるのは難しい。キョウマはリナに尋ねるのを諦め、自身のステータス画面に目を落とす。
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キョウマ・アキヅキ
種族 転生人
職業 竜魂剣士
LV 27
HP 735
MP 314
STR 344
VIT 310
AGI 346
DEX 313
INT 112
MND 144
LUC 303
スキルポイント残 310
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(確かにレベルが上がっている。それにスキルも取得しているみたいだ)
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・ドラゴンキラー LV10
竜種に対する攻撃魔法・スキルの威力及びクリティカル率に補正
補正値はスキルLV×5%
※「〇§△β◇●……」
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(これは有り難い! けど……)
いずれ、魔神竜とやらとぶつかる可能性を考えると間違いなく、このスキルは助けになってくれる。一方で一抹の不安もある。
(一部、文字化けしているところが気になるんだよな……)
ふ、と脳裏に浮かぶは先程、相棒子竜の通訳をした時のこと。思わずリナにそのまま伝えるのを躊躇った言葉。
(『なかまなんかじゃないよ。こんな下等生物とぼくをいっしょにしないで』、か……)
猫缶のフタを開けると羽をパタパタ、尻尾をブンブン振って一気に中身を平らげる小動物なまん丸子竜。
(いや、ハクはハクだ。僕の大切な相棒だ!)
頭を振ってキョウマはハクを抱きかかえると、定位置に相棒を乗せ進むべき道を一瞥する。
「さあ、行こう!」
「キュッ!」
この先に何かがある。そんな予感を胸に広間の奥へと駆けだした。
お読みいただきありがとうございます。
猫缶ネタは賛否両論あると思いますが、寛大な目で見ていただけるとありがたいです。
この後もバトルの予定です。
次話もお楽しみいただければ幸いです。




