第３８話　スキル　ＶＳ　スピード～魔法　ＶＳ　剣技

　——完全自動防御壁《パーフェクト・オート・プロテクション》——

「アキヅキぃぃっ。お前は俺にキズ一つつけることはできねぇよ！！」

　その言葉を合図にして既に何度目かの攻防が繰り広げられいていた。

　キョウマの繰り出す目にも留まらぬ電光石火の剣を容易く障壁で防ぐテツヒコがリナの瞳に映る。

（う～ん。兄さんの悪いクセ、出ちゃったかな？）

　キョウマには戦闘勘がある。相手の雰囲気や漂う魔力、気迫、そういったものを感じ取り、強さを推し量る術を度重なる戦闘で身に付けていた。

（やっぱり、スキル(・・・)の部分は読み違えていたみたい……）

　今、こうしている間もキョウマの剣は見えない壁に阻まれ、防戦一方となった。

（流石の兄さんでも、破壊兵器のスイッチを握った子供の戦闘力なんて……、わかるわけないか）

　と、現状分析するリナ。“破壊兵器のスイッチを握った子供”はあくまで極端すぎる例。少なくともリナの目にはテツヒコの与えられた力(・・・・・・)と実際の実力が不釣り合いに映る。

　とはいっても、テツヒコが弱いわけではない。スキルが強いだけならキョウマが遅れをとるはずはない。

（あの壁は確かに強力だけど、兄さんも気付いているよね……）

　スキルに頼り切った戦い方故、使い手のテツヒコ自身が気付かぬ完全自動防御壁《パーフェクト・オート・プロテクション》の弱点、そして攻略法。糸口を掴んだリナは同様の解をキョウマが得ていることを確信する。

——ガキィンッ！——

　キョウマの剣が防がれる都度、会場からは呆れの嘲笑すら聞こえる。キョウマの実験(・・)に気付いている者はこの会場内でリナを除けば赤髪の女——イフリルくらいである。

（一体何を狙っているの、兄さん？）

　悟られぬように一瞬だけ魔法の翼(アクセル・ウイング)の力を使えば、決着はすぐにつく。あれだけ面倒くさがっていたのに、その選択をしないキョウマを不思議に思う。

（魔法は使わないつもり……？）

　リナの瞳に攻めあぐねるキョウマの背が留まった。

…………

「ふははははっ！お前は逃げ回るだけしかできねぇよなぁ？アキヅキ！！」

　何もない空間から、鋭い土の槍がいくつも現れ、キョウマ目掛けて飛び交う。剣で払い、時には不格好にも地を転がり、キョウマは回避を重ねていく。一撃たりとも命中してはいないがテツヒコに焦りの色はない。寧ろその逆、キョウマが避ければ避ける程、嘲笑は止まらなかった。

「その速さには正直、驚かされたがなぁ。相変わらずのバカな奴め」

「何を！」

　正面に出現した土の魔法弾三発、手にした木刀でキョウマは切り払う。

「オキエス(ここ)ではスピード特化なんて何の役にも立たねぇ！無駄なステ振り、ご苦労なこった！」

「……」

「その様子だと知らないようだな。今の世の中、魔法障壁を加えた重装甲、高火力が戦いの最先端……。見よ、この防御力。そしてこの圧倒的攻撃力！手も足も出まい」

　四方八方から出現した槍がキョウマをグルリと取り囲む。逃げ場を封じ、テツヒコは勝利を確信した。

「大体なぁっ！剣なんて時代遅れなんだよ！！この俺様の登場でなぁ！今や俺様の戦い方を手本としてオキエスは変わりつつある。旧時代の武器に死にステータスのスピード……、お前に勝てる可能性はないんだよ！」

　ガハハ、と笑うテツヒコにキョウマの眉がピクリと微かな反応を示す。絶体絶命の状況下にも動揺の色はなく、冷たい眼差しをただ向ける。

　これまでのテツヒコの言い回しに感じていた何か(・・)。その正体への扉がもう手の届くところにまで来ている予感を覚える。喉につかえた魚の骨の如きもどかしさに、ここまで戦いを引き延ばしたのだ。ならば、後はドアノブに手をかけ回すのみ。

「オキエス(ここ)で剣を作る鍛冶師が減っているというのは、そのためか？」

「ふん、そうさ。俺様のおかげで鍛冶師(奴ら)は剣を作ることの愚かさを知ったのさ。感謝して欲しいくらいだ」

　テツヒコの言うことは正しい。オキエスの魔物達は全体的に頑強な体を誇る反面、魔法防御力が低く、有効打を与えるには物理よりも魔法の方が効果は高い。

　事実、あらゆる攻撃を受け止め、集まった魔物達を魔法で一掃するテツヒコの戦い方は効率的で皆の憧れ、果ては模範となっていった。

　魔法効果を高めるものを除き武器には攻撃よりも防ぐため、あるいは魔法を撃つまでの“繋ぎ”としての役割を求められるようになる。オキエスでは特に片手剣がその煽りを受けていた。

　キョウマの木刀を握りしめる力が強くなる。ギシギシと柄から伝わる感触を確かめて、一つの決意を固めた。

（剣が魔法に敵わない？そんなことはないはずだ）

　全ての剣士と剣を打つ者に対する侮辱。受け入れられるはずなどない。

（魔法は……使わない。剣だけでねじ伏せる！！）

　大きく息を吐き出し、腕をダラリと下げる。剣を握る力も弱く手元で振り子のように揺れている。

俯き、脱力したキョウマの姿を“諦め”と受け取ったテツヒコの気分は頂点へと達する。

「諦めたか！終(しま)いだぁぁっ！アキヅキィッ！」

「兄さん！」

　周囲を取り囲む魔法の槍が一斉にキョウマ目掛けて飛び交った。

敗北を予感させる逃げ場一つない全方位攻撃。

　地に顔を向け前髪の奥に隠れたキョウマの瞳。諦めなど微塵も感じさせぬ鋭き眼光に気付く者はいない。

——ズドォォォォンッ！——

　容赦ないテツヒコの魔法攻撃による爆発音が場内に響き渡る。舞い上げられた土煙はキョウマを覆い隠す。誰もが煙の向こうで、地に伏す姿を思い描いていた。圧倒的な勇者テツヒコの力にある者は息を飲み、ある者は歓喜と尊敬の眼差しを向ける。

　勇者の勝利を疑う者など、ごく一部(・・・・)を除いてほとんどいない。キョウマの無事を信じてやまぬリナは胸元で祈るように両手を結ぶ。

「大丈夫……、兄さんは無事……」

　左手に淡く輝くナビゲーション・リング。キョウマが健在であることを物語る。

　指輪(リング)に目を合わせ再び舞台の上、煙の向こう側へとリナは視線を送る。晴れ行く土煙の中、揺らめく一つの影に気付く。

「兄さん……」

　安堵の溜息をリナはそっとついた。

　一歩、また一歩、リングの石板を静かに踏みしめ奥から現れる影が次第に人の形を成した。

「あれだけ、魔法を放って息一つ乱していないとはな。流石は勇者……、それともその大層、派手な装備のおかげか？」

　その声色に悲観じみたものはなく余裕すら感じられた。

「馬鹿な！俺の一斉攻撃を受けてキズ一つないだと！？」

　テツヒコのみならず、会場全体に動揺が走る。

攻撃前と同様、ゆるりと脱力して立ち尽くすキョウマにダメージを負っている様子は欠片も感じられない。

「その程度か？」

「……あん？」

　テツヒコにとって決して有り得ないキョウマの問いに反応が遅れるも、その意味を知り答える声には不愉快さが込められる。

「防御性能、火力……。大したものだとは思うが“脅威”には感じない」

「何だと！？」

　テツヒコの眉は吊り上がる。怒りに強く握った拳がわなわなと震えた。

「お前、魔族と戦ったことはないだろう？」

「それがどうした！？」

「断言する。お前は魔族達(あいつら)には勝てない。常に安全な位置からでしか戦えないお前の攻撃には“怖さ”がない。軽いんだよ、お前の攻撃は。それでは戦うことは出来ても倒すことは出来ない」

「ばっ、馬鹿にするなぁぁぁっ！」

　射貫くキョウマの瞳に押され一歩、テツヒコは後ろへ下がる。頭を振ってその手の槍を掲げ、魔力を集中する。

「無駄だ」

　一つ、二つ……。次々に空中に出現する魔法の槍。ゆらりふらりと、体を逸らすだけでキョウマは難なく攻撃を回避していく。

「馬鹿な！馬鹿な！」

「無駄だ、と言っている」

　マシンガンの如く高速連射で放たれる攻撃はキョウマに直撃することはない。戦い序盤のように目にも留まらぬ猛スピードで避けるわけでもない。右に左に、力に逆らわず受け流すように猛攻を躱し続けた。

——蒼葉光刃心月流《そうはこうじんしんげつりゅう》、“葉撫(はなで)”——

　体から一切の無駄な力を省き、攻撃を受け流していく回避に長けた技。

　空中を舞う木の葉の如くのらりくらりと躱し、その度にキョウマとテツヒコ、二人の距離は縮まっていく。

「何なんだ！？何なんだ、お前は！？」

「さあな、だが！」

　テツヒコの視界からキョウマの姿が消えた。どこに消えたのか辺りを見回すも見つからない。不意に首筋に何か(・・)が触れる感触を覚え警戒をそのままに横目で伺った。

「自慢の鉄壁、抜かせてもらった！」

「なっ、何ぃっ！」

　“何か”の正体——キョウマの手にした木刀の切っ先が喉元に添えられていた。完全自動防御壁《パーフェクト・オート・プロテクション》が誇る絶対防御を抜けられ、テツヒコの脳裏を動揺が支配する。

（何が起きた？どうやって破られた？俺の完全自動防御壁《パーフェクト・オート・プロテクション》は完璧のはず……、何故だ！？）

「スキルに頼り過ぎたのがお前の敗因だ」

「くっ……。なんだ、風？」

　頬を撫でるそよ風にテツヒコは思わず漏らす。風上に目を向けるとキョウマの木刀があった。刀身を中心に闘気の気流が螺旋を描き立ち昇る。切っ先から溢れる風の流れは次第に強まりテツヒコの全身を覆う様に流れた。

——蒼葉光刃心月流《そうはこうじんしんげつりゅう》——

「風刃！！」

「ぐっ、ぬぅぅっ！」

　勢いを増した風がテツヒコの体を持ち上げる。小さな風の刃が頬を掠め、赤い熱が滴り落ちた。傷つけられたことが信じられず目を見開く。

　テツヒコの腹に右の手の平を、キョウマは添えるようにあてた。

「竜牙掌(りゅうがしょう)！！噛み砕け！！」

「うっ、ぐわぁぁぁぁぁっ！」

　右手を中心に闘気が溢れ竜の咢が顕現する。大きく開かれた口が閉じられテツヒコの全身を痛みが襲った。

「まだだ！！」

宙にテツヒコを持ち上げた後、飛翔し地へと叩き付ける。ガリガリとリングの石板は抉れその身を縫い付けた。

「嘘だろ……？我らの、エスリアースの勇者が……、鋼鉄の勇者(アイアン・ブレイバー)が、あんな奴に……」

「そんな！何かの間違いだ！！」

　会場は勇者テツヒコを支持する者達の悲痛な叫びに包まれた。