第32話 夢~おもいでのなかのであい 3
不定期更新ではありますが、完結できるように致します。
りなの悲しみに満ちた叫びが木霊する。ぐったりとした昔の僕に寄り添い涙を流している。駆け寄ろうとも何もできない自分が不甲斐ない。この幽霊のような体が恨めしくなる。
(これは僕の夢なんだろ!だったら!!)
何度やっても結果は同じ。僕の拳は空しくすり抜ける。
「クゥー、キュィッ!」
(僕のことが見えている?)
うな垂れ、地に膝をつく僕とハクの目が合った。もっとも、ほんの一瞬ですぐに顔を背けた。
(気のせい……なのか?)
「クゥー、キュィッ!」
「ハク……ちゃん?」
「クゥッー!」
「ダメ、ハクちゃん!」
りなの静止を振り切って、その腕の中からハクが飛び出した。まだ飛べなかったはずなのに小さな翼を広げて竜人間に向かって体当たりをしかけた。
「クゥ、キュゥッ!」
『グッ、ハナセ!』
その小さな体で自分の何倍以上もある竜人間の腕に牙を突き立てた。完全に油断していた竜人間は驚きの表情を浮かべる。取るに足らぬ相手と踏んでいたようで、牙をギリギリと鳴らし苛立ちの程が伺えた。縦長の瞳孔を見開き忌々し気に腕ごとハクを地面に叩き付ける。
『コノッ!』
「キュッ!?」
「ハクちゃん!」
一回、二回、とボールのように弾け飛ぶハク。
「キュー……」
羽をパタパタさせ、起き上がる姿は「大丈夫だよ」とりなに告げるかのようにも見える。
「クゥーッ!キュッ!」
『!』
(ハク!お前……、何をする気だ!?)
やめて欲しいと願う僕の気持ちは通らない。僕にはハクの想いがわかる。そしてその覚悟も……。
ハクの体が白銀の光に包まれる。莫大な魔力の放出に圧倒され、竜人間は後ろへ一歩下がる。
『マサカ!?……早スギル』
「クゥーッ!キュッ、キュッ、キュゥー!」
『グッ、ソンナコケオドシ!』
ハクの体当たりと竜人間の振りかざす爪が真っ向からぶつかり合う。
「キュッ、キュッ、キュゥー!」
水平に払い竜人間はハクを切りつけ、地に叩き伏せた。切り口から血が滲み、白い体を赤く染めるハク。傷つき倒れながらも突撃を止めようとしない。その闘志を体現するかの如く、ハクから溢れる光は輝きを増した。
「キュゥーーーーーーーッ!」
「アリエ……。グギィ、ギギャァァァァァ!」
決死の叫びを皮切りにハクの纏った魔力の光は膨張を始めた。白銀の聖なる力は文字通り、全てを飲み込み滅ぼしていく。竜人間の鱗は剥がれ、その頑強な体は易々と塵に変わる。
『魔神……竜……様!!』
主の名前を叫ぶ声だけ残し、光と共に消失していく邪悪な存在。閃光は大きく弾け、辺りに煌く光の雨を降らせた。
「ハク……ちゃん?」
「キュゥ……」
力ない声でハクは答えると、りなの元まで傷だらけの体を引きずっていく。りなはハクの元まで歩み寄り血だらけの体を抱き上げた。ドロリと伝わる熱にりなの涙腺は決壊を迎えた。
「おにい……ちゃんも……、ハクちゃん……も、いなくなっちゃうよぉ。いやだよぉ」
「クゥ……」
わんわんと泣くりなの手をハクは小さな舌でチロチロと舐める。まるで「泣かないで」と言っているよう。
「ハクちゃん……」
りなはハクの頭を優しく撫でる。一撫でするごとにポタポタと溢れる涙は血まみれの体を濡らした。
『キョ……、ダ……ブ』
(今の声は……?)
りなが周囲をキョロキョロと見回す。今の声は僕の空耳ではないらしい。
「ハクちゃんなの?」
「クゥ……」
りなは頬に伝う涙をごしごしと拭き、ハクの瞳を覗き込む。「キュゥ……」と声を絞り出すとハクの体は再び光を纏い始めた。もっとも、その輝きは随分と弱々しい。
『リナ……、キョウマ、ダイジョウブ』
「ハクちゃん!」
『ダカラ……、ナカナイデ』
ハクの銀色の光が少しずつ昔の僕へと流れていく。まるで、その命を分け与えるかのように……。
『キョウマ、リナ……、ダイスキ』
その言葉を残してハクは静かに目を閉じた。りなは腕の中で冷たくなる友を抱き、顔を埋める。
「わたしも、だいすき……だよぉ」
りなの止まらぬ涙と嗚咽を漏らす音だけが響き渡った。
(これが、真相……。過去の僕に起こったこと……)
このやり切れなさ……ここが夢の中で、涙を流せぬこの身が恨めしい。
(これで全部……。本当にそうなのか?)
悲しい記憶を見せられるも僕の思考は妙にクリアになっていた。かえって夢ということがそうさせているのかもしれない。
疑問はまだ一つ残っている。それがどうも引っかかる。
——リナはこのことを知っているはず。何故、これまでハクのことを話さなかった?——
リナの性格を考えるとこれまでの人生で一度も話さない、ということは有り得ない。
(忘れていたのは僕だけじゃない?)
それともただの夢なのか、そう思いかけたところで頭を振る。夢にしてはあまりにも現実味を帯びている。今更、ただの夢の訳がない。ならば考えられる答えは最初に戻る。
(まだ終わりじゃない。この夢には続きがある)
その考えを裏付けるように夢から覚める気配はなく事態は動き始めた。
それはあまりにも突然のことだった。突如、りなの背後に闇色の虚空空間が出現する。僕の転移門と雰囲気が似て感じとれたことから、何者かが現れることは予想がついた。敵か味方か……。その想像は僕の予想の斜め上を行く。
「どうしたんだい?こんなところで一人で泣いて」
「おにい……ちゃんが……、ハクちゃんも……、うっうう」
わんわんと泣きだしたところで声の主は膝をつく。りなの高さに目を合わせると、微笑みを浮かべて優しく問いかけた。
「俺が力になるよ。だから元気を出すんだ。きっと、お兄ちゃんと、その“ハクちゃん”も君には笑っていて欲しいはずだよ」
「うん……あれ?おっきい……おにいちゃん?」
“おにいちゃん”の台詞にその青年は「そっか、ここではお兄ちゃんなのか」、と意味深な発言をして立ち上がる。
(嘘……だろ?だって、その姿は……)
「何とかする!そのために俺はここに来た!」
——何故、僕がそこにいる!?——
見間違いがあるはずがない。りなと話している人物は間違いなく僕だ。似ているなんてレベルじゃない。年齢や服装、話し方に多少の違いはあっても、その顔、姿形は間違いなく僕そのものだ。
僕の驚きを余所に僕似の青年は辺りを見渡す。血まみれのハク、倒れたまま動く気配のない昔の僕。何かを悟ったかのように青年は一度、瞼を閉じて静かに開いた。
「まだ、何もしていないのに既に助かっている?しかもここでは“お兄ちゃん”なのか……」
青年はそう呟くと、りなの頭に手を乗せ優しく撫でる。僕とそっくりなだけに余計、イラッとしたのはここだけの話だ。
「大丈夫だよ。君のお兄ちゃんは少し眠っているだけさ。すぐまた元気になるよ」
「ほんと!」
「ああ、間違いない」
りなの顔は花が咲いたようにパーッと明るくなる。一方、青年はその姿に顔を顰めた
「だけど……ごめん、その竜の子供は助からない。君のお兄ちゃんに生きる力を全部あげちゃったから……」
「そんなぁ~」
りなの瞳にジワリとした熱が戻る。青年は慌てて手を振り言葉を紡ぐ。
「ちょっ、ちょっと待って、普通にしたらの話。とっておきのがあるから」
「ほんとぉ?」
「ああ、本当だとも!」
(なら、最初から言えよ!)
青年はハクの額に手をかざす。そっと目を瞑ると手の平から銀色の魔力がハクへと流れ込んだ。
「仮契約は済んでいるのか……。なら、話は早い」
横たわる昔の僕の右腕——ハクに噛まれてできた魔法陣のような痕に視線が注がれていたのを僕は見逃さなかった。
「竜の子が無事なら将来、“竜使い”あるいは“竜騎士”にでもなったのかもしれないな」
青年は肺から息を大きく吐き出し深呼吸をする。
「お前、まだみんなと一緒にいたいか?」
「……」
ハクは何も答えない。ただ、青年は「そうか」とだけ呟き微かに微笑む。
「わかった。なら力を貸そう」
「ハクちゃん!」
青年はハクの額にかざした手に膨大な量の魔力を込める。青年の手の平を通して、ハクと昔の僕に流れ込むエネルギーはとても暖かいものだった。
「おにいちゃん、ハクちゃん……笑っているの?」
「そう見えるのか?すごいな君は。今からこの竜の子は君のお兄ちゃんと一つになる。この子もそれを望んでいる」
「ひとつ、って……ずっといっしょなの?」
コクリと頷き「そうさ」とだけ呟き青年は笑みを浮かべる。
「勇敢なる竜の子。その魂、一つとなりて主を守護せし力となれ!」
「おにいちゃん!ハクちゃん!」
「大丈夫だ。二人を信じて」
青年の放つ魔力は最高潮を迎える。ハクと昔の僕を中心に神々しい光が辺りを包む。輝く粒子となって霧散していくハクの体、その一つ一つの小さな輝きが昔の僕を覆い溶け込んでいく。
「ハクちゃん!」
「今はサヨナラだけど、いつか会える日が来るよ」
「ほんとう!?」
「ああ、本当だとも」
青年はりなの頭に手を置き、優しく微笑む。僕と同じ顔なだけに再びイラッとしたのは言うまでもない。
「だけど、ゴメンね。この術には欠点があるんだ」
「?」
(欠点?)
「君たちの中からこの子に関する記憶がなくなる。だけど安心して欲しい時がくれば必ず思い出すから……」
——だから安心して……——
(くっ!夢が終わる!?)
僕にはその確信が何故だかあった。その証拠に視界が真っ白になった後、静寂の闇へと移り変わる。
(これが昔、僕に起こったこと……。わかったよ、ハク。……ありがとう)
そうして、僕の意識は徐々に薄れていった。
【……最適化終了……以下のスキルを習得】
~~~~~~~~~~~~
・超竜再生
・経験値増加
~~~~~~~~~~~~
お読みいただきありがとうございました。




