第12話 荒ぶるキョウマ
少々、グロイです。
「お前たち……、五体満足で逝けると思うなよ……」
口端を吊り上げゴブリン達を睨みつけるキョウマの声は低く冷たい。木刀を地に突き刺し魔物の集団へと向き直る。その数は十体程。
キョウマの機嫌はすこぶる悪い。一方、ゴブリン達のそれは更に上向いていく。武器を手放した——即ち降伏と受け取ったのだろう。剣や斧を掲げ「キケケッ」と勝利の高笑いを上げた。
集団の中のリーダーらしき存在がキョウマを変貌させた台詞を吐く。
「ケケケッ!オンナ……、オンナ!ハヤク、ダセ!」
◇
ほんの少し前のこと……。
キョウマとリナが町へ向かって進んでいくとゴブリンの集団が現れた。
「こんなところにどうして?」
街道沿い、時間は昼の少し前。たまたま、辺りに人気はないとはいえ人通りのあるところで魔物の集団が現れた。リナは小首をかしげ神妙な表情を浮かべる。
「どちらにせよ。斬り捨てるだけだ」
「兄さんのその脳筋思考、ちょっと羨ましいかも……」
「……」
降りかかる火の粉は払うのみ。武器を取り出すキョウマにリナは苦笑を浮かべた。一瞬、キョウマは顔を顰める。それでも注意は決して怠らない。魔物達の一挙一動に神経を張り巡らせる。木刀を腰に当て、柄へと左手を忍ばせた。
「GUKIGEGAGO」
集団の中心に構える一体——他のゴブリンよりも一回り大きい個体が意味不明な声を上げた。リナの左手のナビゲーション・リングが輝く。言語通訳機能が起動した。リナとキョウマはゴブリンの言葉が理解できるようになる。
「オトコ、コロス。オンナ、ツレテク。トテモタノシミ」
「リーダー!オレニモ」
「「「「オレモ!!!」」」
ゴブリン達は次々と声を高々に掲げる。一体、また一体と続く毎にキョウマの背後から漂う黒いオーラは濃度を増した。
「リナ、指輪待機」
「兄さん、まっ……」
リナはナビゲーション・リングの虚空空間に吸い込まれていく。指輪は有無を問わさず、チェーンを通しキョウマの首にかけられた。
『わたし、平気だよ。ここまでしなくていいのに』
「僕が嫌なんだ」
キョウマにはリナへ向かう攻撃と敵視を自らに集める称号スキルがある。キョウマの戦闘力を考えればゴブリン十体程度に遅れをとる可能性は限りなく低い。キョウマ自身が口にした通り、この判断は個人的な感情に基づいている。
(ゴブリン達の視線にリナが晒されるのは嫌なんだ)
ゴブリン達の視線は常にリナに注がれていた。好色の目を浮かべ、舌なめずりをする。
外套を羽織っていたとはいえフードを外していれば誰もがわかる美少女。女性と気付かない方に無理がある。
リナの姿は格好の獲物に映ったのだろう。ゴブリン達が声を上げる度、キョウマは顔を顰め眉が吊り上がった。リナが連れて行かれればどのような目に合されるか……。考えたくもない結末にキョウマの怒りは最高点へと至る。
「オンナ、ドコカクシタ!」
「ダセ!オンナ、ダセ!」
——ブチン!——
「……」
溢れる殺気が止まらない。怒りの闘気が渦を巻く。
キョウマのスキル【逆鱗】が効果を発揮する。
(兄さん……)
変貌したキョウマをリナは指輪越しに見つめる。
ステータスでも敗北を喫するとは考えにくい。
解析結果を知っても尚、穏やかにはいられなかった。
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キョウマ・アキヅキ
LV 1
HP 286/286
MP 43/122
STR 256(156+100)
VIT 237(137+100)
AGI 256(156+100)
DEX 137
INT 39
MND 56
LUC 1
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ゴブリン
LV 2
HP 31/31
MP 7/ 7
STR 3
VIT 3
AGI 4
DEX 3
INT 1
MND 0
LUC 1
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ゴブリンリーダー
LV 7
HP 79/79
MP 23/23
STR 14
VIT 13
AGI 13
DEX 15
INT 4
MND 1
LUC 1
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…………
「全員、駆除確定……」
刑は確定した。
ボソリと呟くキョウマの姿は立ち消える。
「「「キケケッ?」」」
目の前の現象を理解できず、揃って首を傾げる魔物たち……。
——ゴキッ!ゴキ、ゴキ、ゴキッ——
「キギァァッ!」
鈍い音ともに奇声が上がった。ゴブリン達は一斉にある一点を注視する。そこには手足をありえない方向へと折り曲げた同胞がいた。黒ずくめの人間——キョウマに首を掴まれ宙にぶら下がる。抵抗しようにも手足は動かない。
「安心しろ。簡単には殺さない。両手と両足、折っただけだ」
汚物を見る目で言葉と一緒に魔物までをも吐き捨てる。集団のトップ——ゴブリンリーダーに宣戦布告とばかりに投げつけた。
ドゴッ!
衝撃にゴブリンリーダーは尻餅をつく。投げ捨てられた下っ端ゴブリンは泡を吹き白目をむいた。混乱によりゴブリン達の間で悲鳴が上がる。
魔物の叫びを心底うざそうに、キョウマはゴミを見る目で視線を向ける。ゴブリンリーダーと目が合った。未だ立ち上がらぬ魔物を見下ろし、キョウマは「フン!」と鼻で笑う。魔物とはいえ隊のまとめ役。自尊心は著しく傷ついた。腹の上で気絶している手下をぞんざいに押しよけヨロヨロと立ち上がる。
「オトコ、コロセ!オンナ、ウバエ!!」
ゴブリンリーダーの怒声が轟いた。手にした剣を振り下ろし指令を下す。リーダーの声に手下の混乱は収まった。武器を手にキョウマへ向かって跳躍——襲い掛かってきた。
「うるさい!」
蹴り上げるキョウマの足が一体のゴブリンの顎を打ち砕く。振り上げた足をそのままに回し蹴りで横のもう一体へと叩き付けた。
「ギギャッ!」
緑の体が吹き飛ぶさまをキョウマは一瞥する。虚空へと左手を伸ばし、収納空間から新たな木刀を取り出した。瞬く間に刀身は蒼く煌く。すかさずキョウマはバックステップ。元いた場所には別のゴブリン二体が武器を振り下ろしていた。
「はっ!」
蒼の一閃が水平に弧を描く。腕を振り上げぬまま二体の魔物は地にひれ伏しピクリとも動かない。怒声とともに倒れた同胞に目もくれず攻撃は尚も続く。新たに三体、正面及び左右から突撃が繰り出された。ただの特攻程度で打ち取れる程キョウマは甘くはない。既に高く跳躍し回避している。獲物を見失ったゴブリン達の攻撃は不発に終わった。標的が見つからず、キョロキョロと辺りを見回す姿はキョウマにとって、あまりにも滑稽だった。
(隙だらけだ!!)
キョウマはそのまま空中で体を捻り遠心力を加えた一撃を背中にめがけて打ち払う。蒼の斬撃は見事に捉え三体まとめて葬り去った。
「次はどいつだ?」
着地したキョウマは冷たく言い放つ。その背後には怒りのオーラが揺らめいでいる。圧倒的な戦力差を垣間見、ゴブリンリーダー達は一歩、また一歩と後退した。
「キシェー!!」
リーダーは奇声を発した。残った者も加えてクルリと一斉に背を向ける。蜘蛛の子散らすように駆け出し撤退を始めた。
「“駆除確定”……、そう言った」
キョウマは腰を落とし木刀を構える。
——蒼葉光刃心月流、葉走——
衝撃波が地を伝い逃げる魔物の背を追い立てる。キョウマの放った一撃は先の戦闘で見せた同じ技よりも強く大きい。前は手加減をしていた。リナの経験のために一撃で仕留めないよう務めた。今はその必要がない。遠慮のかけらもない情け無用の攻撃は哀れな魔物達を蹂躙し尽した。周囲に木霊する程の炸裂音の後、天高く吹き飛ぶ緑の体が幾つも視界に入る。
「生きているのがまだいるな……、仲間を盾にしたのか。まあいい……」
最初に手足を折り気絶した一体も盾にされたクチだった。既に事切れていた。ゴブリンに対するキョウマの評価は更に下降する。
「面倒だ」
地を蹴りキョウマは疾走——生き残りの集団へとすぐに接敵する。
——蒼葉光刃心月流、蒼刃乱舞——
蒼の閃光が駆け抜ける。断末魔の叫びをあげることも許さず一体、また一体と一撃の元に葬り去る。リーダーを除いて……。
「五体満足で逝けると思うな……、そうも言った」
腕、足、体……、装備が次々と斬り飛ばされていく。守りを失った身は斬撃の雨にさらされ血飛沫を上げる。
「ギィ……、ギェ、ゲフッ!」
前屈みに倒れそうになったところでキョウマはゴブリンリーダーを蹴り上げる。
「僕の大切な人を汚そうとした報いだ」
キョウマの姿はまたも消える。入れ替わり蒼の閃光が垂直に上昇——左に右、と駆け抜けた。
——ザッザザザザッ!——
宙をさまよう緑の体は斬撃によって蹂躙され蒼一色に染まる。
「散れ!」
乱舞の締めにキョウマは横薙ぎに振り抜いた。
蒼の木の葉が舞い散っていく。ゴブリンリーダーだったものは肉片一つ残さず霧散した。
キョウマは着地し軽く二、三度、木刀を振り払う。刀身に蒼の闘気は既にない。無言で収納空間へ格納し地に横たわる魔物の躯を一瞥する。その目は冷たく鋭い。
「兄さん、もういいよ……」
キョウマの首から下げた指輪が明滅する。【指輪待機】が解除されリナの姿が現れた。はっ、とキョウマは現実に引き戻される。
(見られた……、リナに見られた。)
目の前に広がる自らが作り出した惨劇の光景。血だまりの中に転がる屍は凄惨さを物語る。手足が砕けている者、臓物をまき散らしている者……。全てに共通していることはどれも顔が恐怖で染まっていたことだ。
タスンと戦った時とは違う。あの時は怒りに身を任せるも生きるため——守るために必死だった。同じく悪意をぶつけられたとはいえ、凶刃を振るった今とは全く異なる。
(僕は何も変わっていない。復讐のままに戦っていたあの頃と……。敵を叩き潰すことだけ考えていたあの時と何も変わらない)
強く握られるキョウマの拳は震えが止まらない。俯いているせいでリナの表情はわからなかった。視線は感じている。目を合わせることが単純にできないでいた。
(やっぱり、僕は“勇者”じゃない……。ならなくて良かった。こんな僕に勇者は似合わない)
胸中で自らを嘲笑する。気は晴れるどころか曇っていく。キョウマの瞳に怒りの色は既にない。その目は不安と怯えを秘めていた。
——リナはまた同じように笑ってくれるだろうか?
——僕の前からいなくならないだろうか?
恐る恐るキョウマは顔を上げる。何か話さなければと、気持ちばかりが先走り言葉が見つからない。
「僕……は……、っ!」
キョウマの目の前でリナの長い黒髪がフワリとなびいた。キョウマの胸にリナは正面から飛びつき無理に絞り出す声を遮った。「もう無理しなくてもいいよ」と背に回す手は優しい。すぐ近くにあるリナの吐息、心臓の鼓動、そして温もり……、キョウマを支配する負の感情が急速に静まる。
「わたしは大丈夫。わたしは傍にいる。兄さんは独りじゃない、独りになんてしない。前にも言ったよ!」
「リ……ナ?」
「“大丈夫”って言ったの!こんなことくらいで兄さんのこと、嫌いになるなんて絶対ない」
驚く目を浮かべるキョウマにリナは小さく微笑んだ。「わたしをあんまり見くびらないで」と言葉を重ねる。
「だから、ね?」
背に回した手をそっと解くと小さく一歩、トン、と下がる。身を屈めて上目遣いに覗き込む。戸惑うキョウマをクスリと笑うと姿勢を正してリナは優しく微笑んだ。
「そんなに気にしなくていいの。いつもの調子でいいんだよ」
「いつも……の?」
「そっ、いつもの」
手を後ろに組んでリナはキョウマの周りをゆっくりと歩き出した。
「クールぶってはいるけど、ホントはどこか抜けていてお調子者、ちょっとエッチなむっつりさん……」
「うぐっ」
片方の目を瞑り語るリナ、その声は弾み楽しげだ。一方のキョウマは出だしからコケそうになる。
「頑張り屋さんなのはわかるけど、感情的で頑張りすぎるところがあるのもタマにキズ……だけど……」
キョウマの周囲を一周し、リナは正面へと立つ。
「でも優しい……。人の心の痛みがわかる人。家族や絆を大事にする人……」
小さく一歩前に踏み出しリナは再びキョウマの顔を覗き込む。上目遣いと微笑みにキョウマは頬を赤らめた。
「もう大丈夫みたい……、顔が赤いよ。照れてるの?兄さん、可愛い♪」
「リナ~……」
小さく舌を出して笑うリナにキョウマはジト目で視線を送る。
「ほら、やっぱりもう大丈夫」
「っ~~~~!」
完全に手玉にとられキョウマは言葉を詰まらせた。「それより戦利品、回収頼む」と話題を逸らすも「兄さん、誤魔化した~」と見破られる。それでも最後は……。
「リナ、ありがとう」
「うっ、そうやって突然真剣になるの、ちょっとズルイ」
そうして二人は互いに笑いあっていた。
お読みいただきありがとうございます。
あと、数話は毎日更新できると思いますので、次回もまたよろしくお願いいたします。




