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91話: あぶくたった

続く謎タイトル

 


「あーもーここまでぐだぐだになるなんて! ちょっと兄さんに用事があっただけなのに!」


 下校のバスの車内で、リリーは盛大に文句を漏らしていた。

 その理由はもちろん、高原の珍行動だ。


 用事というのが、チーナや俺と放課後の約束をしようとしただけの事だったらしい。

 それだけのことにあんなに騒がれて、それは腹も立つってものだ。


「けど放課後の予定くらいなら、わざわざ来なくたって、別にチャットでもよかっただろ」

「学校で兄の教室に行くって、ちょっと憧れるじゃん?」

「あ、それ……少しわかるかも」

「まあ、確かに」


 リリーの願望に、チーナも俺も共感を示す。

 男子だって、妹が教室に弁当を届けてくれるって状況に憧れたりするだろう。

 女子だって、そういうことに憧れたりするものかもしれない。

 まああんなことになって、結局チャットで済ませたのだが……。


 そして肝心の約束とは、放課後楽器屋に寄って帰ろう、というものだった。


「それで、なんで楽器屋に行くんだ? ギターや小物はリアムが貸してくれるって話だし、別に何もいらないんじゃないか?」

「そんなことないよ。特にピックなんかは人によってすごく好みが分かれるし、そもそも消耗品だからね。いくらあっても困るものじゃないよ」


 ちなみにピックとは、ギターを弾くときに指でつまんでるあれである。


「消耗品って、そんなに壊れるもんなのか」

「普通に弾いてる分にはしばらく持つけど、スクラッチなんかする曲なら、練習一回で交換かな」


 まじか。そりゃあんなに薄いんだもんな。そりゃ壊れるか。

 そういえば……、


「なるほど。だからギターボーカルとかは、マイクスタンドにあんなにピックくっつけてるのか」


 音楽番組なんかでよく見る、マイクスタンドに5枚くらいピックを装着してる謎のあれ。

 今まではただのおしゃれだと思ってたけど……なるほど。あれは予備だったのか。


「あれはただのおしゃれだよ」

「…………そうだよなぁ!? ギターのヘッドに1枚挟んでるのとかも、あれもおしゃれだよなあ!?」

「それは予備だよ」

「……」

「あ、ヨリがショートした」


 なんだよなんだよ!

 じゃあギターの側面にいっぱい貼り付けたりしてるのなんかはなんだ? 予備? おしゃれ?

 あ、わかった。ギター本体に取り付けるのは予備で、スタンドはおしゃれってことか!

 なるほど、謎は解けた。




 後で調べたら、側面のピックはただのおしゃれだった。




「ところでチーナ先輩、たきつけた私が言うのもなんですが、八月までバンド練してて大丈夫ですか? 日本で就職か進学するなら、そろそろ忙しくなると思うんですけど」


 ピック談議がひと段落付いたところで、リリーが話題を変えてきた。


 その話は、チーナの進路について。


 うちの高校はいわゆる自称進学校で、進学する生徒が多いものの、就職の道が選ばれることも少なくはない。

 俺は卒業後渡米して志願するつもりだし、あまり切羽詰まっているわけではないが、チーナはどうするのか。

 リリーの心配はもっともだろう。

 それについては、アンジーとともに相談したことがある。


「それなんだけど、たぶん……基地内の大学に、入ると思う」


 いくらチーナの日本語がめきめき上達しているとはいえ、さすがに大学で高度な用語を聞き取るのは難しい。

 そもそもチーナは在日アメリカ人。扱いが留学生なのか一般学生なのかもいまいちよく分からない。

 留学生枠として配慮してもらうにしても、英語が完璧かと言われればそうでもないわけで……。

 とにかく、日本で進学となるといろいろややこしいのだ。


 だったら、基地内の大学に入るのがいろいろ丸く済むのではないか、というのがアンジーの提案だった。

 受験や授業の言語についても、いろいろと配慮してもらえるらしい。

 それに基地内の大学なら年度初めは9月。

 普段からきちんと勉強しているチーナなら、無理をせずとも合格できるだろう。


「私としては、就職でも、よかったんだけど」

「“でもいい”で就職すんのは許さないって、アンジーが言ってただろ。遠慮なんかすると悲しむと思うぞ」

「それは、わかってるんだけど」

「いいじゃないですか先輩、アンジーがそう言ってるんだし。それとも、兄さんと一緒にアメリカ行っちゃいます?」

「それは……」

「……」


 正直その話は、お互いなんとなく避けてきた話題だった。


 もちろん、チーナにアメリカについてきて欲しいと思う気持ちはある。

 けど同時に、チーナはまだ日本にいた方がいいと、思ったりもする。

 少なくとも、向こうでの俺の生活が落ち着くまでは。


 そもそもここ数年バタバタしているせいで、チーナ自身どんな道に進みたいか、あまり考えられていないらしい。


 アンジーが基地内の大学を勧めたのは、たとえ途中で渡米することになっても融通が利くから、という意図もある気がする。


 その様子を察して、


「あ~、そっか、そういう感じか……」


 と眉間を押さえて唸るリリー。

 だがすぐに、「うん」っと自分で納得した様子で顔を上げると、


「べつに、そんなに深く考えなくてもいいんじゃないの?」


 っと言い出した。


「チーナ先輩はもっと気軽に、アメリカの大学って選択肢を考えるべきじゃないですか? 先輩はあくまでアメリカ人なんだから、帰国子女と同じ扱いで、受け入れてくれる学校いっぱいあると思いますよ。アメリカはそういうところ寛容……優しいし」

「それはそうかも、しれないけど」

「どうせ兄さんは、“ついてきてくれ=プロポーズ”くらいおも~く考えてますよ?」

「あ、それは確かに」

「え、ちがうのか?」

「……ほらね。だからチーナ先輩が気軽に考えるくらいでとんとんなんです」

「とん……とん? 何の音?」


 なんか幼稚園でそんなんあったな。


「帳尻が合うってことだよ、先輩」

「ちょうじ……?」


 いかん。チーナの語彙力がパンクして、どっかの火星の昆虫みたいなこと言ってる。


 チーナがGとして進化してしまう前に「バランスが取れるってことだぞ」っと補足しておく。


「兄さんだって、進学についてもっと考えなくていいの? 士官学校の教育受けながら通える大学もあるみたいだよ? 兄さん士官には興味なかったかもだけど、(オリバー)さんのこと考えたら、その方が安心するんじゃない?」

「確かに……、前と比べて事情は変わってきてる……よな」

「まあ、進学にしても志願にしてもアメリカ側に絞るって言うなら、年度初めは9月なわけだし、もう少し考えてみたらいいと思うよ。2人とも勉強はできるんだし、バンド終わってからでも頑張れば間に合うでしょ」

「「あ、はい」」


 ……リリーのしっかり度合が半端ない。


 だけど確かに、リリーの言う通りかもしれない。

 オリバーさんの事を考えたら、きちんと士官教育を受けておくのが孝行なのだろう。

 チーナの事を考えても、きっとそうだ。


 チーナと出会う前まで自分の事しか考えてこなかったせいで、どうしても視野が狭くなりがちな気がする。

 今月中旬にはアンジーが帰ってくるみたいだし、もう一度よく考えてみないといけないな。

 オリバーさんにも相談しよう。まあ、好きにしていいって言ってくれそうだけど。


「あ、楽器屋のバス停次だよ。兄さんボタン押して」

「あ、はい」


 ぽち。


 ぴんぽーん。次、停まります。

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マイクスタンドにピックを装着するのは、予備の場合もあるらしいですね。


あと、「とんとんとん」の歌。あれ「あぶくたった」って言う名前らしいですね。初めて知りました笑



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 続き書かないんですか?
[一言] 「とんとんとん」の歌。 てっきり「与作」の事かと。
[一言] ロシアン系在日アメリカ人のウニタコカニ感
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