88話: おい磯野、バンドしようぜ
じゃあ私ボーカルするわ(花沢さん)
土曜日の朝10時ごろ。
俺とチーナが昼飯のメニューを巡ってプチ討議をしているところに、
ピンポーン!
っと来客を告げるチャイムが響いた。
別段珍しいことでもない。
リアムかイーサンあたりが、『おい伊織! バスケしよーぜ!」とキャップを後ろ向きにかぶって誘いに来たのだろう。
今日は午後から、チーナと共にオリバーさん宅で過ごすことになっている。
だから断らないと。
俺はガタリと椅子を引いて、応対のために立ち上がる。
『ちょっと断ってくる』
『あ、私もあいさつしときたいから行く』
『じゃあ任せていいか?』
『ヨリのお客さんなんだから、ヨリも行くの』
『はいはい』
っと、二人連れ立って玄関へ。
ドアを開けると、案の定そこにはリアムがそびえていた。
『おう二人とも! おはよう!』
タンパク質の弾けるようないい笑顔に、俺たちも爽やかな挨拶を返す。
『おう』
『おはようございます』
ちなみに英語。
米軍基地に住んでいるチーナは、日本語ほどではないが英語も話せるようになってきている。
リリーにしろアンジーにしろ、俺の周りの人間は言語能力高すぎないか?
『それで、どうしたんだ? 遊びの誘いなら今日は無理だぞ』
『いやいや、今日はちょっと二人に話があってな』
『私にも、ですか?』
『ああ、チーナもだ。少し時間あるか? 上がっていいか?』
話? いったい何だろうか。
俺は疑問符を浮かべながらも、とりあえずリビングへ迎え入れた。
部屋の中心に置いたテーブルにリアムと対面で座ると、チーナがコーヒーと茶菓子を用意してくれる。
あ、なんかいい。チーナが俺の台所使いこなしてる感じ、凄くいい。
そしてチーナが俺の隣に座ったところで、リアムが早速話を切り出した。
『お前ら、この基地は毎年夏に、一般開放のイベントがあるのは知っているな?』
『はい。話だけは』
『俺は毎年手伝わされてる』
そう、ここの米軍基地は、毎年8月頭あたりに祭りのようなイベントがある。
一般客が基地内に入場できる数少ないイベントとあって、毎回結構な賑わいを見せるのだ。
『そのイベントの中で、野外ステージがいくつかあるのを知っているか?』
『あ~、たま~に盛り上がる奴な』
そういえばそんなんあったなっと、俺は頬杖つきながら思い出す。
イベントでは、ちょっとした有名人を呼んだりするメインステージが一つに、基地内メンツが出し物を担当するサブステージが一つ用意される。
サブステージでは毎年、アームレスリング大会や一発芸(力技メイン)など、学生の出し物をパワーでごり押ししたような催しがだらだら開催されるのだが、そもそも客のお目当ては軍艦や戦闘機の展示であって、どこでもやってるようなステージは食事の片手間に見るくらいがほとんどだ。
たま~に盛り上がるのは、メインステージでそこそこの有名人が登場する時くらいなもの。
だからあまり印象に残っていない。
『ふっふっふ。今年は違うぞ! なんと今年はメインステージに、日本のララバイを呼ぶことに成功した』
『な、なんだって!?』
ドドーン!っと効果音が聞こえそうな発表に、思わず大げさに反応してしまう俺。
いやでも、マジですごくないか?
詩織や平手が所属する人気アイドルグループララバイ。
各種メディアで引っ張りだこの彼女らを召還できるなんて、相当運がいいはずだ。
『まあ向こうにとっても、詩織の地元とかグローバルな活動とか、いろいろネタとしてよかったんだろう』
『そんなもんなのか』
『だがこれはついでの話だ。今日のメインは別だ』
しかし、この話すら前座ですらないとリアムは言い出した。
『いや、十分腹いっぱいなんだが』
『私にも関係ある話、でしたっけ』
まあ確かに、この内容ならわざわざ訪ねてくるほどではない、か。
俺やチーナに関係ある話……なんだ?
『伊織、チーナ、リリー、エマの四人に、サブステージでバンドやって欲しいんだよ』
…………何言ってんのこいつ。
…………え、こいつ何言ってんの!?
『あの、今なんて……』
『だから、お前らにバンドやって欲しいんだ』
あ、聞き間違えてなかった。
つまりあれか。言い換えると、俺たちにバンドやって欲しいってことか。
うん。なるほどね。
『あえて言おう。無理であると!』
『そこをなんとか頼む』
『この際俺たちの意思は置いといたとして、問題がありすぎるだろ!』
『いやいやこれが、山も谷もない平原のようなプランなんだ』
いや、問題ないわけないだろう。
少なくともカルスト台地くらいには、起伏があると思うのだが……。
まあリアムの考えを聞いてみるか。
『まずアンジーから聞いた話だが、チーナはキーボードが弾ける』
『へえ、そうだったのか?』←ロシア語
『ピアノなら習ってたよ』←ロシア語
ふむ、知らなかった。
まあチーナは器用だから、意外でもないか。
『そしてリリーはベースが弾けて、エマはドラムが叩ける』
『それはまあ、知ってる』
エマは大学で軽音サークルに入っており、その影響でリリーも楽器に興味を持ったらしい。
たまに二人でセッションするとかしないとか。
『だからあとは、伊織がギターを習得すれば万事解決だ』
『おい、平原にヒマラヤ山脈そびえたぞ』
こいつの脳は筋肉でできていると再認識した、17歳、春。
『大丈夫だ伊織。パワーコードメインの曲ばっかり選べば、即席でもそれっぽくなる』
『パワーコードがパワーでゴリ押せるコードだと思うなよ』
『頼む伊織! 客はもう電話帳破りとか飽きてるんだ! そもそも電話帳知らない世代になって来てるんだ! だから頼む! ここらで一発、若く爽やかな風を吹き込んでくれ!』
『こいつバカだな』
やっぱり筋肉相手にはこのツッコミですね。
『大丈夫、お前ならできる』
『ふざけんな、大人しく今年もボディビル大会開催してくれ』
『その場合、伊織には後ろで延々と“イッツマイライ”を歌ってもらう。いろいろな問題からカラオケ音源は使えんから、演奏は誰かにやってもらってくれ』
『結局バンドやってんじゃねえか』
それに電話帳を知らない世代というのなら、イッツマイライはポケベル世代まで遡るぞ。
『頼むぜ! もう完璧なバンド名も考えてあるんだ!』
『……一応聞こうか』
『ほら、エマ、リリー、チーナ、伊織。めちゃくちゃ多国籍なメンバーだろ?』
『そうだな』
『そしてこのバンドは、お前たちの音楽活動の始まりの一歩となる』
『俺がミュージシャン志望ってのは初耳だがな』
『名付けて……』
リアムはドヤ顔をかましながら、バンド名を宣言した。
「セカイノハジマリ」
『おいお前、俺に被り物させてガールズバンド名乗らせる気だろ』
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今年のクリスマスは、皆様どのように過ごすのでしょうか。
ちなみに私は病院です。




