私が私でいるために~そして凶刃は~side to he
話し合いも終盤にさしかかろうとした時だった。
勇者の目が濁ったのに気がついた私は、声をかけた。
「どうかしましたか?」
と、だが彼は、
「世界は我ら教国の手で正す」
と言い放ち、私の左肩を左手で掴んで強引に背を向けさせた。
彼は剣を抜き放ち、剣は私の背を切った。
その痛みはたやすく私の意識を刈り取った。
次に目を開けたとき、目の前に広がっていたのは暗闇だった。
だというのになぜか不安は感じない。
むしろ安らぎすら感じる。
…時間さえも忘れられたかのようにすべてが曖昧な世界に私はいる。
「…あぁ、こんなところにいらしたのですか」
「誰?」
つぶやいた言葉は儚く今にも消えそうなものだったが、相手にはきちんと届いたようだ。
「私ですか?私は、進む女神の代理です」
進む女神…あの人影のことかな。
「その判断で間違いありません」
「声、でてた?」
言葉がうまく出ない、単語で途切れ途切れになる。
「いいえ。強いてあげるならあなたがこの空間に溶け込んでいるから、この空間にいる私にも聞こえるだけです」
「溶け込んでいる?」
じゃあ、このまま消えるのか?
「いいえ、それはありませんが、今のあなたに実体がないがゆえ、未来永劫ここから出ることができなくなります」
ずっとか。
「そうです。ですから提案を持ってきました」
「どんな?」
「あなたを元の世界に返すという選択肢です」
「……それをしてメリットはあるの?」
「メリットとしては、あなたとリルファを助けられます」
「デメリットは?」
「…内緒です」
内緒ですか。
「はい」
相手がどこにいるのか、それがわからないことに気がつき辺りを見回す。
しかし見えない、私と同じで溶け込んでいるのだろうか?
「いいえ違いますよ。私の姿を見ればあなたは、私が誰なのかわかってしまう。それだけは避けないといけませんから」
「それだけ?」
「はいそれだけです」
「それほど重要なことなのか?」
「ええ、私の姿を見てしまうと色々な事が破綻してしまうので」
…破綻?それほど姿に意味があるのだろうか?
考えても仕方なかったので提案を受け入れる。
すると自分の足が見えた、手もだ。
つまり自分はあやふやな存在から、確かな人間へと変化したようだ。
そして気がついた。
光だ、自分の真正面から光が当たっているのだ。
自分の直感を信じて駆け出す。
自分の体が徐々に、定まっていく。
そうして光を抜けた先は、
病室の戸を開けるとそこに、
「あなた」
俺の妻がいた、俺の子供を抱いて。
今までのことが蘇る。
どれも記憶にないが、確かに俺の記憶なのだろう。
ありがとうと言えばいいのかもしれない。
伝わることはないのだろうが、とりあえず感謝だけはしておこう。
俺の中にいた誰かに。
「さてとこれで彼の物語は終わり、でも
私の物語は、これからなんだよ」




