564話:ご対面4
次に僕はウォレンシウム王族を呼びに、僕は控えに使われてる教室に戻った。
「おや、彼女は?」
「面接が終わったらそのまま帰っていいんだ。ハルマに何か用事があったかな?」
「いえ、面接の内容を少しでも聞ければ、こちらも心の準備ができると思ってね」
悪戯っぽく答える王族は、軽そうに見えて王子さまキャラも崩さない。
「そこまで固いものじゃないよ。錬金術科がラクス城校でどんな扱いかは知っているかな? 人によっては所属しているというだけで眉を顰める。だから、最終的な意思確認のためにこうして足を運んでもらったんだ」
僕はあえて悪い情報を出した。
けど、室内の三人は無反応だ。
内心反応してても表情には出さない、笑顔も揺るがない。
うん、これはきちんと教育された上流階級だぁ。
ってことで、もうひと揺らししてみようかな。
「そうだ、僕は君たちをなんと呼んだらいいかな? 殿下と呼んだほうがいい?」
「もちろん、マクスと呼んでください。アズ先輩」
殿下に相当するマクスが、淀みなく口調を変えて答えた。
知らないふりで海人の双子を見ると、今度は面白そうに笑って応じる。
「こちらでは名を縮めての、愛称を呼び合うのだそうだが、さてさてどうしたものか」
「えぇ、チトス連邦では生死の時くらいにしか名は呼ばれないものでしてよ」
文化の違いを面白がって教えてくれる。
「イー・ソンとイー・スーじゃ駄目なのかな?」
「どうせならこちら風に呼ばれて見るのも面白いでしょう」
「受験で使った名も、大した意味のある呼び名でもない」
愛称で呼んでほしいと無茶振りする双子に、マクスも面白がって答えた。
「響きで似ている名前としては、イーサンとイースくらいかな? それくらいのほうが呼びやすくもある」
同意を求めて僕に目が向けられる。
あまりフルネームにはこだわらなかったり、逆に妙なこだわりがあったりするこの世界。
そのせいで通称を使い続ける人も珍しくないし、そもそも戸籍っていう制度が前世と違うから、名前の使い方に対するスタンスが違うんだよね。
必ずしも法的な名前と、日常使いの名前が合致する必要がない文化だ。
特に問題がないなら、他人がつけた愛称でもかまわないはずだけど…………。
「問題がないなら、イーサンとイースと呼ばせてもらうよ。呼びやすさでそう呼んでほしいと言えば、同じ名前の人がいない限りは受け入れられるだろう」
「国許の名前を捨てた気でこちらに来たけれど」
「得るものもあるものだな。名付け親もできた」
イー・スーが訳アリを匂わせると、イー・ソンが被せて、後見人の代名詞を口にしてみせる。
つまり、名前つけたなら面倒見る気があるんだよね? っていう脅しだ。
マクスは一瞬で外行きな笑みを浮かべると、聞こえないふりで僕に声をかけた。
「それではアズ先輩、あまり待たせてもいけないだろう」
「そうだね、行こうか。イー・ソンとイー・スーはもう少し待っていて」
僕も前の台詞をなかったことにして、マクスと一緒に廊下に出る。
愛称の話には触れず、まずルキウサリア側か探ろうかと思ったら、マクスが全く別の方向から話しを振って来た。
「錬金術科は教会とはどのような関係を保っているのだろう?」
「…………ルキウサリアでは、宗教活動に学生を巻き込むことは禁止されてる。また、ルキウサリア国内での宗教活動による強制は一切認められていない」
「おや、教会が禁じていることは知っていて、錬金術科に?」
「そうだね、僕は古い書籍を当たることをするから、弾圧された錬金術師の手によるものを見たことがある」
僕は目を向けて、時代錯誤なこと言い出したのはなんでっていう疑問を乗せた。
「残念ながら我が国では錬金術は禁忌だ。ムルズ・フロシーズもまた同じく」
「国ごとでの決まりは好きにしていい。思想信条は個人が己に課すべき戒律だ」
「おや、神の教えを蔑ろにするのかな?」
「蔑ろにしてるのは、どちらだろうね?」
笑顔を返し途端に、虚を突かれたような顔をするマクス。
うざったい宗教問答のようにも感じるけど、そこには実力行使された歴史がある。
だから錬金術は衰退に拍車がかかったし、錬金術師も研究を暗号に隠した。
さらにはユーラシオン公爵のように、過去の実績を継ぎながらも公にはできない状況だ。
「ま、宗教論争を吹っかけるなら気をつけたほうがいい」
僕は聞く側から転換して、マクスに忠告する。
「エルフの僧兵を養う宗教家のご令嬢が在籍してる。自国の信仰をとても大事にしてる相手だ。自分の信条だけを押し通そうとすれば、同じだけの熱量で正面から噛みつかれるよ」
「噛み…………それは、ご令嬢に対して正当な表現かな?」
「自らの足で聖地を巡礼して、襲い来る魔物にも自ら対処し、この学園に入学するためにその足で西の山脈を踏破してきたご令嬢さ」
実際にやったことを上げ連ねると、マクスは唖然とする。
言ってて思ったけど、なんだか修行僧のようなことをしてると思う。
その上でご令嬢って言える育ちの良さがあるし、信心がなければできないだろう労を負ってるのも知ってた。
たぶんそれだけのことをやってのけたイルメと、顔を合わせればさらに驚くだろうな。
何せ一見では細身で理知的なエルフだし、実際勉強に熱心で、所作も静かだ。
けど喧嘩も辞さない精霊狂いなんだよねぇ。
「さて、これ以上聞きたいことがあるなら、錬金術科の教師に聞くといい」
僕は面接のための部屋に、マクスを案内した。
触りはハルマと同じように基本情報の確認から。
けど本当にマクスは宗教について聞いてきた。
ただ返答はマクスの予想の斜め下だっただろう。
「え、何それ知らん。俺、エルフとのハーフなんだ。人間の宗教関係はわからん」
「錬金術はこっちの宗教では禁止なのか?」
「いや、知らない。実家では教会に通うこともあったが、聞いたことがない」
教会との関係なんて知らないヴラディル先生に、他種族のウー・ヤーももちろん知らない。
聞かれたエフィは、そもそも錬金術に興味なかったから、聞いたことがなかった。
僕はあまりにテンポのいい否定に口元を手で覆って笑いを耐える。
途端にエフィに肘で突かれて、知ってることがあるなら教えろとせっつかれた。
「五百年前くらいの話だよ。今じゃそんなの忘れ去られてる。理由だって人心を惑わすなんて適当さだ。逆に今教会で禁止なんて条項が残ってるのは、誰も検証すらせずに諾々と前例を引き継いでるからに過ぎない」
「なんでアズは知ってるんだ? 帝都では厳しいのか?」
ウー・ヤーに聞かれて、僕は素直に知った経緯を話せる部分だけ話す。
「ソーが知ってたんだよ。外交担う家だから。で、実際にその罪状で宗教的に罰された人はいたかどうかも調べたんだって。結果、いなかったらしいよ。判例なし。脅しとして発言した記録はあったけど、既得権益争う場合が多かったんだって」
実際ソティリオスの知識で、話されたこともある。
けどセフィラが勝手に思い出すソティリオスから読み取った内容も含んでた。
政治的に足元掬われないように、ユーラシオン公爵も気をつけてるからって、僕に警告のつもりで読み取った内容を教えてくれたんだ。
結果として判例なしで、口だけの脅しだってのはわかったけど、帝室図書館に残された中には、迫害されたような記述もあるから、口だけといってもそれなりに締め付けはあったんだろう。
「宗教権威に脅されれば、在野の錬金術師なんて逃げるか隠れるに決まってる。時代的に人間の魔法も発展した時だから、時代が悪かったんだろうね。僕自身、迫害されて研究を隠した錬金術師の書物を読んだことがあるよ」
「…………驚いた。錬金術は完全に途絶えたものと思っていたが、残っているのか」
マクスの言葉に、ヴラディル先生が赤い獣耳を向ける。
「そういうからには、何か錬金術を継いでいてここに?」
「継ぐ、前例があると思っていいのかな。ふむ、錬金術を修めた方がいたとだけ」
「今ルキウサリアでは、過去の錬金術師の功績が発見されてる。それを研究しようとしているな。帝都の宮殿でも皇帝が庭園に使われた錬金術を再生させているらしい」
ヴラディル先生に、マクスは初耳だったようだ。
父の庭園の改修は知ってても、それが錬金術とは伝わってないという。
そうなると、マクスとその家に皇帝派閥とは近い者がいないことが、理由かな。
宗教関係の国だと思えば、通じてる可能性が高いのはルカイオス公爵。
父の後見だから別に功績を過少に言う必要はない。
ただ、錬金術をわざわざ上げるかと言えば、そんなことはしないだろう。
「つまり、錬金術をやる気はあるわけか。気になる点としては国許の宗教への言い訳かな?」
宗教関係持ち出した理由を聞くと、マクスは苦笑した。
「えぇ、古書の解読を趣味としていたところ、錬金術を知らなければ読み解けないようなのでこちらに。できれば国許には知らせないようにしたいのだが、それは可能だろうか?」
「なんだかイルメと気が合いそうだな。錬金術師の書籍の謎解きは率先してやってる自分たちの同輩がいる」
ウー・ヤーに言われてマクスは興味を示すけど、僕は視線を泳がせる。
ちょっとフィジカル激強みたいに言っちゃった後なんだけどな。
内心でイルメに謝りながら、マクスとの面接も問題なく入学をするってことで進む。
その中でルキウサリア王家と親戚ってことを確かめたら、ルキウサリアから錬金術についての話は特に来てないとのことだった。
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