561話:ご対面1
冬休みにも登校を続けて実験してる僕とクラスメイトたち。
これは自由研究とかになるのかどうか。
それはともかく、やらかしたからには学生として先生に報告しなくちゃいけない。
今日はヴラディル先生を呼んで実験室にやって来た。
「僕たちがやってたことは、九尾の貴人にプレゼンしたような新しい錬金炉の考察です」
「あぁ、それで錬金炉を解体したものを持ち込んで、中の術式を調べるって聞いたな。そのために教室に持ち上げる滑車の修復がどうのと言われた」
頷くヴラディル先生は、冬休みだからって休みなわけじゃない。
他のところの入試手伝いもあれば、合格者への通知や受け入れ準備もある。
手短に終わるよう、僕は滑車の話からまた別のことに手を出したと伝えることにした。
「錬金炉の改良について話していた流れで、何故かネヴロフが、フラスコの靄を錬金炉に入れることを思いついて、いったん止めたんですけど」
僕が話す間に、エフィがそっと青トカゲのいる錬金炉を示す。
ヴラディル先生はそれで、止めた理由はわかったようだ。
ただ嬉々としてネヴロフが差し出した赤い靄入りのビーカーを見た途端、赤い尻尾が音を立てて膨らんだ。
「んん…………!?」
「入れてみたら、こうなりました。ちなみにこれは、ヴラディル先生が来る前に作った物です。靄自体も今日作った物で、他にも…………」
硬直したヴラディル先生に説明しつつ目配せすると、ウー・ヤーとラトラスが両手に昨日作った謎の火の玉の残骸を出す。
マッチで火を点けた火の玉と、魔法で火を点けた火の玉はすでに消えてる。
ただ火を焚いてできた火の玉は、木をくべることで火の玉が継続して存在してた。
燃えるような赤い靄になった温めたものは、今も炎のように揺れている。
説明を聞いたヴラディル先生の耳が、両方ともからのビーカーも含めた実験台の上のビーカーに向けられて動かない。
「さすがに訳の分からない例が多すぎて、これから手を広げるとさらに収拾がつかなくなると思いますので、知ってそうなひとたちに聞こうかと」
僕が言う間に、イルメは鼻歌でも歌いそうな上機嫌で窓にカーテンを引いて行く。
そうして暗くなった実験室でヴラディル先生の光る獣人の目が、わからない顔のエフィを見た。
「え、おい。まさか説明なしか?」
「どう言っても通じないと思うので、実際見てもらったほうが早いかと」
僕がヴラディル先生に答える間に、イルメはいそいそと床に膝を突く。
「光溢れる梢のお方。輝きに根差す英知満ちるお方。本日はいと高き御身にご報告できます成果を得ました。しかして蒙昧な我らにお言葉をお聞かせ願います」
大袈裟な口上なんだけど、演出としてはありか。
なので、僕は声に出さず合図してセフィラに出て行くよう指示した。
瞬間、辺りに光の粒子が溢れ、漂い集まるようにして大樹を形成する。
うん、僕が演出とか考えたせいかな?
随分それっぽいことをする。
「精霊さま!」
イルメが喜ぶけど、初見のエフィは体中を緊張させて脂汗さえにじませた。
まるでラトラスみたいだと思うほど、目が丸くなってる。
「エフィ、口止めで魔法契約することになるんだけど、大丈夫?」
「う…………ぉ…………」
駄目そう。
呻くような声しか出てない。
けどそんなことで容赦してくれるセフィラでもない。
エフィのうめき声を肯定と捉えて、さっさと口束の魔法かけちゃった。
「んぐ…………!? ま、待て。なんだこの術式、あ!」
「契約を完了。次なる者を呼ぶことを推奨します」
セフィラ素っ気ない。
どうやらエフィは口束の魔法知ってたらしく、普通とは違う僕らが改変した内容に気づいて慌ててる。
けどもっと慌てたのは次って言われたイルメだった。
「ど、どういうことでしょう、精霊さま? あなたさまのお導きで本日は報告もできることがあるのですが。また別の方の元へと行ってしまうのですか?」
「あー、イルメ。ちょっと落ち着け。別の精霊の話なんだよ」
ヴラディル先生が言うと、途端にイルメが瞬きもせずにそっちを向く。
鬼気迫る表情って言うのか、うん、怖い。
けど他の精霊も、空気なんか読まないんだよね。
「ね、ねぇ? エフィの肩に、なんか青いトカゲが乗ってるんだけど?」
「そういうラトラスの腕の側には、魚の鰭が見えたぞ」
瞬きを繰り返すラトラスに、ウー・ヤーは探すようにラトラスの背中を見ながら教える。
こらえ性のない精霊だし、僕はもうさっさと話を進めることにした。
「うん、錬金術科にいた精霊二体を見つけて、エフィとヴラディル先生と僕でコミュニケーションを取ってたんだ」
「ぴ…………!」
変な音がした。
見ると、イルメの目の前を、人魚の髪がふわりと揺れて消える。
今度はイルメが処理落ちしたみたいに動かなくなった。
セフィラ一体でもテンション高くなるのに、さらに二体増えたのは容量オーバーだったかな?
「普通のトカゲみたいだな、熱!?」
「うぉあ!?」
うわ、ネヴロフに掴まれそうになった青トカゲが火を吹いた。
しかもそのままエフィの反対の肩に移動する。
悲鳴を上げたエフィはびっくりしただけじゃなくて、ネヴロフが言うとおり熱さも感じたようだ。
さすがにヴラディル先生も、落ちつけるより状況の説明を優先する。
「その青トカゲはエフィに一番懐いてる。というか、たぶん火属性の魔法に適性がないと懐かない。下手に手を出すな」
「そうなんですか?」
「俺、あいつに触れないんだよ。エフィよりも相手してもらえる時間短いし」
ヴラディル先生が赤い三角耳を垂らしてぼやいた。
どうやらあまり相手しない僕よりも短いそうだ。
エフィも僕が青トカゲといる様子を見て、ヴラディル先生相手よりも対応がいいと感じたんだとか。
「え、じゃあ、こっちのうろついてる魚は?」
ラトラスが忙しなく猫の耳を動かしながら、チラチラ視界の端を泳ぐ人魚について聞く。
見る限り、イルメとの間を隠れながら遊泳してるらしい。
水属性に反応するかと思えば、どうもウー・ヤーにはあまり近づかない。
ネヴロフにも近づかないけど、僕のほうにはたまに来る。
「うーん、精霊ごとの好みとしか。たぶんその人魚は疑問か答えに反応してるんだよ」
「「「「人魚!?」」」」
あ、正体知らない四人が驚いちゃった。
まだ全体見えてないから、余計な混乱を招いたかもしれない。
エフィも、見慣れた精霊より気になるものがある。
「待て、そう言えばその木のほうは喋ってなかったか?」
「実はこの木の精霊だけは、錬金術師に作られたって明言しててな」
ヴラディル先生の説明にも目を剥いて、エフィはセフィラに釘付けになる。
なのに、セフィラが熱で催促してきた。
元からうるさいの嫌いな青トカゲも尻尾のほうが消え始めてる。
人魚はうろうろして混乱を助長するばかり。
「みんな一回座ろう。そして落ち着こう。精霊たちは騒がしいの好きじゃないみたいだから、このままだと帰っちゃうよ」
僕は青トカゲを指して教えた。
すでに後ろ足まで消えてる。
帰る先がすぐ側の錬金炉だと知らないクラスメイトたちは、慌てて口を閉じると実験台周辺の椅子に座って青トカゲの様子を窺った。
「木の精霊は喋れるけど、青トカゲとの意思疎通にはこの紙を使ってたんだ。で、その人魚のほうは、直接意思疎通はしない。けど行動で答えを示したり、青トカゲを介して言葉を伝えたりしてくる」
「え、精霊って面倒臭いんだな」
「生態が違いすぎるが、精霊らしくもあるか」
初見で知らないからこそ笑うだけで済ませるネヴロフに、地元が精霊信仰で事前知識のあるウー・ヤーは、独自ルールがある様子がらしいという。
座って動かなくなったラトラスは、猫背になって上目に僕を見て来た。
「あの、俺だけ人魚とか言うのにまとわりつかれるんだけど? 何これ?」
「羨ましい」
イルメにじと目で見られるラトラスは、さらに困って首を竦めた。
どうやら人魚がまとわりつくのには、疑問やその回答以外にも理由がありそうだ。
けどそんなことを共有しようにも、エフィはまだ無闇に神々しいセフィラに釘付け。
まぁ、そんな感じで、ようやく僕のクラスメイトは精霊たちとの対面が叶ったのだった。
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