555話:入試手伝い5
入試終わりに僕も動くことにした。
さすがにね、海人の悪役令嬢、もとい訳アリらしい公子やら公主は不安要素すぎる。
ルキウサリアの王城のほうに問い合わせると、間を取り持った屋敷の執事も、自分の伝手を頼るとか言って探ってくれることになった。
あと、従僕のメンスが外交に強い伝手を頼らないのかって聞いてきたんだよ。
だから思い出して、今朝は外交に強いユーラシオン公爵家の嫡子、ソティリオスにも聞いてみることになった。
そうか、社交とかして広げた伝手って、こういう時に使うのか。
「確かに、チトス連邦の大使館から何がしかあったという報告は受けている」
「あるんだ、そんなの? っていうか、学生なのに報告?」
「学生だから、主要国に限るがな」
本当に錬金術科入学となると無視もできないから、ソティリオス側も改めて調べると言ってもらえた。
その上で、問題を事前防止するためにも今知ってる話を教えてくれる。
「確かに一年ほど前に罪を得て庶人に落とされた公主がいる。ただ本当に公主と公子だと言うなら、どういう移動方法を取ったのかが謎だ。公的な助けを受けていないことになる」
「ウー・ヤーが山脈登ってルキウサリアにやって来たのも、一年くらいかかったって言うから、時期は合うんだよね」
「…………この歳で山脈越えできる実力があるなら、錬金術科に入る以外にも身を立てる方法ありそうなものだがな」
「イルメも山脈越え。ネヴロフは山脈住まいだったけど?」
「逆に、それくらいでなければ錬金術科などやってられないのか? そうなるとラトラスが一人浮いている気もしてきたな」
「編入のエフィを除外するのはわかるけど、僕だって越えてないから」
「北の山脈に追い出されて帰ってきておいて、何を言ってるんだ。…………いや、いっそアズロスがそれくらいを軽くこなすから、ついて行けるのが山脈越えできる者たちなのか」
なんか妙な納得してない?
今は突っ込まないけどさ。
「で、公子のほうは? 見るからに双子だったけど。母親の実家ごと籍没?」
前世では縁のなかった言葉だけど、貴族的な没落にも段階があると今は知ってる。
その中で籍没は、貴族籍というものさえ失くすだいぶ重い処罰。
放逐とか修道院入りとかはまだ籍が残ってるから、赦免があったら復活する。
けど籍没は籍自体が抹消、復活なしで貴族籍に結びつけられた財産もなくなるんだ。
籍没してると、遠くの親戚が死んで莫大な財産権が、なんてこともなくなる。
籍がないから、正統な後継者として認められないんだ。
実際の血縁じゃなく、扱いが籍没したその人が血筋の始まりで終わりになる。
貴族であった時のすべてに権利を失くし、平民が持ってる仕事やコミュニティ間での結婚の権利さえ持ってない状態だそうだ。
「遠く離れることと、公主であることを考えればそれほどのこともある、か」
ソティリオスも籍没があり得ないとは言えないようだ。
本当に公主であり、それに公子がついてきたら、他国に嫡流の血が流れることになる。
それを防ぐには、復活の予定などないよう処置を取られてる可能性があった。
「けどさ、足の腱切られて、ここまで来るなんて想定してたかな?」
僕が言えば、ソティリオスも唸る。
普通そこまでのガッツ、お姫さまに想定しないよね?
「あ、もしかしてこれって考えるべきは、入学しない場合だったりする?」
「そうだな。帰る国もない状況である場合、ルキウサリアがどう対処するべきか。もしくは頼る当てがあって国外に出るのか知っておく必要があるだろう」
今はまだ不確定。
だから僕はソティリオスに、入試結果を手に入れてくるよう言われた。
まだ他の学舎が入試中だから、本来は学生でも学園内に立ち入りはできない。
けど手伝いのボランティアで登録してるから、僕は学園に入ることができるんだ。
「入試結果? これだな」
しかも重要視されない錬金術科なせいか、ヴラディル先生があっさり教えてくれる。
ネクロン先生も止めないどころか、意見を求めて来た。
「知ってる名前あれば、家柄含めて知らせろ」
アズロスとして交流があるから、ここはソティリオスからの情報を伝えていいかな?
チトス連邦に庶人になった公主がいるって聞いたウィレンさんは、嫌そうにぼやく。
「あー、本当にお姫さまかもしれないのかぁ。ってことはもう片方は王子さまかぁ」
そんな声を聞きながら、僕は合格者名簿を見た。
春からの新入生となるのは、全部で七人。
その中には海人の双子の名前があった。
他にも、ラトラスの親戚ナムーとウィーリャの親戚ツィーチャもいる。
「あの…………国名名乗ってる人いるんですけど?」
「あぁ、言っただろう。ウォレンシウムの王族な」
ヴラディル先生が目を逸らすんだけど、国名名乗れるって直系じゃん。
そうか、王族、受かっちゃったのかぁ。
ウィレンさんが寄って来て、合格者名簿の名前を一つ指した。
「もう一人貴族いるんだよね。聞いたことない国なんだけど、知ってる?」
「あれ、クラウディオンって帝国の自治都市ですよ。だから王はイスカリオン帝国の皇帝です」
皇帝から自治権をもらってるって言う形で、周辺領主の統治を受けない形態の都市だ。
帝位に就く人が受け継いでいく形の極小領地扱いで、実質的な統治は地元民に認めてる。
「確か自治都市だから、都市議会が統治してて、貴族と言ったら派遣されてる代官のはず」
つまり都市を運営するのは平民で、特に自由民を名乗ることもある特殊な形態。
そんな自治都市に、貴族は本来いない。
いるのは帝国貴族で、皇帝の代官をする、確か伯爵位の家だったはず。
わざわざクラウディオンを出身地として書いてるとなると、そこに住んでる貴族で該当するのは、皇帝から命じられた代官の血筋の貴族家のみ。
「知ってる奴に聞いたほうが早かったな」
そう言って、ネクロン先生は開いていた辞書のような分厚い本を閉じる。
どうやら合格者の出身国を誰も知らないから調べようとしてたらしい。
僕は一応皇子だから、帝室に関連する地名は覚えたんだよ。
たぶん帝国在住者でも知らない人は知らない出身地じゃないかな?
(いや、問題は代官の子が入学してきたことか。ハルマンダ、名前からして女の子かな)
(主人の監視役であることを懸念)
言い方、けどすでに屋敷にはメンスがいるしなぁ。
明らかに父の裁量で動かせるかもしれない範囲だし、ルカイオス公爵の目を誤魔化せそうでもある。
うーん、否定できないなぁ。
テリーが何も言ってなかったから、たまたまかもしれないけど。
テリーにも知らされてない、父からの刺客の可能性もある。
あ、これだと僕も言い方悪いな。
僕を心配して派遣してくれた…………見張り? やっぱりだめだ。
「あとは地方騎士、この場合名士って言うのかな? そういう出の奴だな。アズはラウウィストンって言う国は知ってるか?」
ヴラディル先生が最後のわからない国も僕に聞く。
「いつだったか、地図で見た気が…………。あ、ファナーン山脈沿いの国ですね」
ちょっと濁すのは、セフィラに答え教えられたから。
(あー、見た気がしたの、ハリオラータ関係か)
(農耕に適さず産品にも困る地方国を抱き込んで、実験場になる人里離れた広大な土地を得ていたとの証言がありました)
うん、そういう魔法実験場をいくつか持ってるって話だったね。
土地が余ってる広いだけで、何にも使えない国とかってハリオラータたちが言ってた。
(この国の実験場、表向きは山岳信仰を謳った新興宗教の信者たちの集落って形だっけ)
(本当に宗教活動の一環で、慈善を行う目くらましの人員も抱えての実験場であるため、捕縛の効率化を図り、末端ではなく宗教幹部を捕らえるようにとの忠告がありました)
そうそう、そんな話をしたから国名が記憶に残ったんだ。
いや、この新しい後輩はなんて国から来てるんだ?
ハリオラータが勝手に住み着いちゃった国だから、住人が悪いわけじゃないんだけどさ。
僕が内心突っ込んでると、ネクロン先生が頬杖を突いて言う。
「訳アリか田舎からしか来ない中で、ウァレンシウムの王族は異様だな」
「再来年はルキウサリアの貴族家からも入学者がいそうらしいんですがね」
ヴラディル先生、それはもしかして、僕が卒業するの待ってる?
変に邪魔しないようにずらしてるとか?
それともテリーが錬金術科に興味持つのは確定だから、ルキウサリア国王が人を送り込む準備してるの?
うん、どう考えても僕がいる間に送り込んでこなかったのはわざとだよね。
なんて話を、今度は学園からソティリオスに伝えに戻る。
すると思わぬことを言われた。
「今のウォレンシウムの王妃はルキウサリア王室の出身だぞ。そちらこそ、お前の見張りじゃないのか?」
「え、そうなの?」
「こちらが聞いているんだが?」
僕は面倒で入り組んだ王侯貴族の血縁は知らないんだよ。
って言うか、婉曲に他国使ってまで見張り送られることしてるって思われない?
うーん、これは直接ルキウサリア国王に聞いて答えてくれるかな?
なんにしても、新しくできる後輩たちもなかなか癖がありそうだった。
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