546話:後輩からの挑戦1
対戦の結果、九尾の貴人は錬金術に対して見方を改めた。
けっこう不服そうなのは、すっきり勝てなかったからだろう。
けど錬金術を認めてもらうには、ちゃんとこっちにも勝つ可能性があることを見せつけないといけなかったからね。
接待として九尾の貴人を勝たせる気はあったけど、快勝させる気はなかったんだ。
「ただの伝説、良くて失伝した術。実のないものと思っていたが、やり方次第か」
「理論は煩雑で理解もままならいけど。つまり使い方があるのね、錬金術にも」
「お前らのそういうところ本当、きらい」
今さらな評価に、ヴラディル先生がやさぐれる。
今までも実があることは言ってたんだろうけど、それを実感させられずいたのかな。
そもそも魔法で並ぶ腕という前提があるから、九尾の貴人からすればヴラディル先生自身を超える価値が、錬金術にあるとは思えなかったんだろう。
そんな話の間に、僕はネヴロフを肘で突く。
それで思い出したネヴロフが、脈絡もなく声を上げた。
「錬金術に興味持ってるなら、俺の故郷行ってみませんか!」
勢い任せのネヴロフに、ウェアレルがフォローを入れる。
「以前話した通り、第一皇子殿下も関わる場所なので気にされています。条件次第では、ワゲリス将軍との会食の段取りと、あなた方が興味を持っていると聞いた馬車についてもルキウサリア側と取り持つとも」
何故か九尾の貴人は目を見交わして疑わしげだ。
「なーんか、そう言えちゃう皇子のほうが気になるわぁ」
「どうやら流布する噂とは違うことは確定のようだな」
「興味なんか持たずにさっさとルキウサリアから離れてほしいと言ってるんですよ」
僕に興味を示した途端、ウェアレルが叩きつけるように言った。
隣でヴラディル先生も大いに頷いて続ける。
「冬休みって言ってもこっちは入試もあるんだ。他国からまた人が来る予定なのに、お前らいたら邪魔でしかない」
「ひっどーい」
「甲斐のない奴らめ」
友人同士だからだろう、文句もどこ吹く風。
ただ教師からしたら、学園預かりという名目で仕事を増やされてる状態だからしょうがない。
「ふむ、例年よりもずっと城のほうからの物言いもうるさい。長居するには少々時が悪いのは感じられていた」
「仲間外れみたいでいい気はしないけど、噂の英雄には会ってみたいし、ヨッティが弱音を吐く橋って言うのもねぇ」
言って九尾の貴人は、僕たち錬金術科を見る。
「学生で、不完全な錬金術師とも言えない者でこれというのだから、完成物を見ることに価値は認めよう」
「正直、何か様子のおかしいルキウサリアの王城を探りたい気もするけど、学園内が敵な状況はやりにくいのよね」
どうやら九尾の貴人としても、ルキウサリアが今緊張状態なのは無視できないようだ。
さらに学園内は僕がいるから動きにくくされてるだろうし、九尾の仲間も邪険にする。
しきり直しが必要なことは感じていたらしい。
「いいわ、行ってあげようじゃない」
「つまらなければそれまでだがな」
それでも行動を起こす価値を認めた。
その言葉に、ネヴロフは素直に喜び、他は安堵や達成感を露わにする。
僕としては急いで城に手紙だけ出してた転輪馬についてのことを詰めないといけない。
それと会食の設定をワゲリス将軍の部下のセリーヌにお願いも追加で手紙書かないと。
ご機嫌取りにディンク酒も送るためには、ラトラスの親のほうに注文もしよう。
「それではまず…………ドラグーンを埋めるか」
「冬眠明けのために世話係も置いて行くわねぇ」
ヴラディル先生とウェアレルは、それがあったと言わんばかりに肩を落とす。
ドラグーンを置いて行くってことは、冬眠明け、つまり春以降に回収しに戻るって意味だ。
「つまり、次のプレゼンは春以降か」
僕の呟きに、クラスメイトたちが目を向ける。
中からイルメとウー・ヤーがよぎった考えを口にした。
「それは橋のほうに興味がなくて戻る前提頭?」
「戻るなら他のことに目移りも想定して考えるか」
そんな話を聞いて、がっかりするネヴロフにエフィが突っ込む。
「えー、そりゃないぜ。どうせならちゃんと見てくれよ」
「いや、かかりきりでドラグーン放置は論外だろう」
春には戻るっていう予想を受けて、ラトラスが僕に確認した。
「そうなると僕らとしては、冬の間に錬金炉、作れてるかな?」
「いや、その場合はウー・ヤーの新素材が実用でもいいし、エフィが確実に錬金術で魔法を強化できるって言う証明が成されるでもいい」
つまりは実があるということを、今度は錬金術科の成果を形にして見せる必要がある。
錬金術だけで言えば、ルキウサリア側から出されるのでもいいんだけどね。
まぁ、ルキウサリアはまだハリオラータ関係の後始末にかかりきりだろうし、帝国のほうもテリーの派兵に関して余裕はないはずだ。
動き出したばかりの開発がひと冬で終わるはずないし、ドラグーンのことがなければ僕も北に長居してほしいところではある。
急なことで色々手回し足りてないから、一回離れさせるだけ上手くいったと思おう。
そもそも僕たちも春には最終学年になる。
行先がほぼ決まってるから、就活生にはならないし、その一年できちんとパトロンとして引き込める要素を用意したい。
とは思うけど、けっこう今回やる気だった後輩に任せてもいいと思ってる。
「お話し中失礼します」
僕たちの会話が途切れるのを待って、イデスが声をかけて来た。
その後ろには何やら後輩たちが並んで、何故か先輩たちは一歩引いてる。
ウェアレルたちも気づいてこっち見てる中、ウィーリャが口を開いた。
「せっかくの機会ですから、再戦を申し入れますわ!」
「私たちと、錬金術を競っていただきたい」
好戦的なウィーリャはともかく、理性的なトリキスまで挑戦を叩きつける。
見れば、大人しいショウシやタッドもやる気だ。
もちろん好奇心旺盛なポーはその気だし、疲れてるはずのアシュルやクーラも引く様子はない。
「そんな勢い任せで大丈夫?」
「ちゃんと、考えているのです。ご、ご心配なく」
「その、先輩たちも疲れてるから、いける、かなって」
ショウシとタッドが不安を漏らしつつ僕の心配に答えた。
僕たちのほうはエフィとラトラス、イルメとウー・ヤーが消耗してるから、確かに疲れてる今のほうが勝率は高そうだ。
ただ当のエフィが、指を開閉して力の入り具合を確かめつつ冷静に状況を顧みる。
「なるほど、こっちが消耗すること前提か。あとは道具の用意もないな」
「魔法を封じるのはいい手だわ。けれど、道具がないのは同じでしょう?」
魔力切れ寸前を狙ったことを褒めつつ指摘するイルメに、ポーは得意げに笑った。
「俺としては先輩たちが仕切り直したいって言ってくれてもいいよ!」
「相応に、こちらを警戒しての発言と捉えますが、準備は秘密裏に行いました」
しれっと言うクーラに、ラトラスは苦笑しながら確認する。
「本当に大丈夫? こっち、魔法も錬金術も関係ない武闘派なんだけど?」
指すのはイルメ、ウー・ヤー、エフィ。
僕が入らないのはしょうがない。
基本絡め手だし回避が染みついてるから、武闘派とは言わないんだ。
魔力切れで息が整わないアシュルは短く応じた。
「それで、受けるのか受けないのか?」
「胸を借りたいと言うのなら、先達として受けるつもりはあるな」
魔力に余裕がないはずのウー・ヤーだけど、年上のプライドかそう返す。
もちろん僕たちに否やはない。
それを聞いてた紫尾のトレビが片手を口に当てて茶々を入れた。
「あらなぁに? 青春?」
「物騒な青春像だな、おい」
ヴラディル先生の突っ込みに、紺尾のムッフィが首を傾げる。
「我々も力試しはいつもやっていただろう?」
「あれは私たち周辺だけの話です」
ウェアレルが何やら物騒な青春時代のことを肯定した。
けど止める様子はないから、このままこの闘技室を使って良さそうだ。
だったらここは後輩に乗ろう。
「それじゃあ、やろうか。前の教訓を生かすみたいだから、勝敗条件を決めてもらおう」
以前のだまし討ちのようなオリエンテーションを引き合いに出して僕は促すと、すでに決めてたらしくアシュルが答えた。
「錬金術を軸に同数での対戦。負けを宣言させたほうの勝ちである」
つまりこっちの消耗が激しい状況で、戦い慣れてるからこそ、無理をしないこともわかってて、判定勝ちを狙ったようだった。
定期更新
次回:後輩からの挑戦2




