545話:対決九尾の貴人5
相手は九尾の貴人二人。
竜人は使える魔法が火属性のみだけど、人間とは比べ物にならない適性がある。
それは相手も知ってるからこそ、こっちは状況を整えると真っ向から火炎放射での勝負に持ち込んだ。
もちろん、九尾の貴人は自信とプライドから応戦して火炎放射を魔法で放つ。
「ふむ、分断のつもりか? それで対応できると思うなら甘く見られたものだ」
「樽が何かの道具ね? それが錬金術なのかしら? 確かに人間にしては力があるわ」
紺尾のムッフィが余裕で笑うと、紫尾のトレビは上から評価した。
もちろん樽から放出する可燃ガス以外にも仕込みはある。
すでに九尾の貴人は砂を固めた高い位置に誘導できた。
そしてさらに高く、ウー・ヤーとイルメが魔法で氷結の薬を散布してる。
「なんだ、風か? 妙に火が届かない」
「上に向かってるわね? なぁにこれ?」
九尾の貴人は異変に気づくけど、慌てる様子もなく観察を始めた。
上から冷気が来ると熱の循環で熱気は上に向かう。
火は熱の塊だから自然下を狙う火炎放射は、上に引っ張られるんだ。
錬金術科は下から狙ってるから上に向くのに問題はなく、あえて空気の循環を作るようにもしてる。
けど思ったより動揺も何もない。
想定以下の結果かなと思ってたんだけど、ヴラディル先生は苦笑した。
「うわぁ、あいつらの火炎弱めるとか初めて見た」
「そうなんですね。焦ってほしいところですけど、やはり学生よりも冷静ですか」
僕が感想を口にする間に、九尾の貴人は驚きながらも魔法の制御を強めて、炎同士の押し合いを継続してる。
有利になったところと言えば、相手の魔力消費が高くなったくらい。
けどこっちも可燃ガスに限りがあるから、悠長にはしてられない。
見学してる僕と同じことを思ったらしく、対戦してる錬金術科が次の手を打つけど、それも予想以上に戦い慣れつつ冷静な九尾の貴人には通じなかった。
「あら、その柔らかな尻尾と同じだとは思わないことね、猫ちゃん」
「かったい!?」
背後から襲ったラトラスの爪は紫尾に弾かれ、一歩遅れたウルフ先輩の矢は、紺尾に弾かれる。
ラトラスとウルフ先輩は身軽さで奇襲を担った。
魔法の集中力を奪う予定だったけど、尻尾が思ったより自在で効果は薄い。
ただ本命は高い位置から動かないことと、足場の砂が崩れないよう固める薬の補充だ。
「あの二人、何をされてるか全くわかってませんね。持久戦ですよ」
ウェアレルが言う間に、ラトラスが弾ける火属性の玉を投げつける。
あれは踏むと破裂するけど、熱しても弾けるせいで、突然九尾の貴人の足元で爆竹が鳴るような状況に陥った。
地味な嫌がらせだけど火炎放射の制御が緩み、火勢が揺らぐ。
もちろん慣れると別のものを放り込んで、また集中力を削ぐ。
今度はジェルで、溶けて地味に肌を流れつつ乾くとカピカピになる代物。
肌になじまない素材で作ったから、表面に幕を張るようにして乾くんだ。
害がないように尻尾だけだけど、不快らしく無闇に振って集中力を散らす。
「害はないはずだが、だいぶ嫌がってるな」
「張り付くのが気になるんでしょうか?」
ヴラディル先生とウェアレルからすると、妨害の中で一番嫌がってるように見えるらしい。
「アシュルとクーラに試してもらったら、脱皮してる気分がするそうです」
竜人としてはすごく気になって、はがしたいって言ってた。
当の二人は火炎放射器を使って、必死に応戦してる。
火の魔法も織り込んで威力を上げてるし、魔法で操るから、実力が上の九尾の貴人の火炎放射に押し負けないでいた。
ウェアレルが言うとおり、こうなれば後は魔力と錬金術道具の消耗と耐久の戦いだ。
正面から火力戦を挑んだように見せかけての小狡いやり方を、アシュルは最初嫌がったけど、エフィの説得で今は真剣に挑んでる。
「…………先生たちから見て、どうでしょう?」
膠着状態になり僕が聞くと、声を揃えて応じた。
「「負ける」」
ヴラディル先生とウェアレルが容赦ないなぁ。
同時に、アシュルとクーラの魔力切れが起き、錬金術頼りの火炎放射だけが残る。
けどそれも、支える人の魔力がつきて維持が不確かになると、押されるのが目に見え始めた。
「いちおう、もうひと粘りはするんですけど」
僕が言う間に、体力の少ないアシュルに代わってクーラが動く。
青トカゲ産の素材で作った、火の勢いを強める薬を投入するためだ。
火を一時的に爆発させる薬などもあり、魔法ほどの威力はないけど、ないよりましってことで妨害込みのあがきとして用意していた。
エフィについてたロクン先輩も、後輩のほうに手を貸して動く。
魔法学科だったエフィは魔力量が多くmまだ持ちこたえられるという判断だろう。
けど、僕はずっと上に向かって魔法を放ってたイルメとウー・ヤーに目を向けて、最後の悪あがきの気配を察した。
「あ、エフィのほうも魔力がつき、いや、樽のほうか…………うぉ!?」
「これは、冷風?」
可燃ガスが尽きたところを狙って、イルメとウー・ヤーが上に溜めてた冷気を一気に下におろした。
突然の冷気の攻撃に、九尾の貴人は揃って対応し、放射してた火が波打つように動く。
まるでとぐろを巻いた炎の蛇が、九尾の貴人を守るように現れ冷気を相殺した。
「あー、駄目か。今のタイミングは良かったと思うんですけど」
「いえ、健闘をしたほうですよ。ムフトもトーレも、辛勝です」
悪あがきにも対処され、打つ手のなくなった錬金術科。
僕が溜め息を吐くと、ウェアレルがそう言って指を差す。
見れば、エフィが代表して負けを宣言した途端、九尾の貴人は揃って息を吐き出した。
明らかに緊張を強いられていた様子に、ヴラディル先生もからかうように声を上げた。
「おいおい、学生相手に随分と押し込まれたな」
「く、魔力の温存の隙もないとは。とんでもなくやりにくい。なんだこれは?」
「もう、入れ知恵されないようにしたのにぃ。火力勝負に見せかけるなんて」
どうやら急な設定は、旧友からの対策を懸念してのことだったらしい。
ただその言葉を聞いて、先生はもちろん学生も揃って僕を見る。
そんな中、ヴラディル先生が手出ししてないことを明言した。
「言っておくが、その相手の虚をついて弱いところ狙うのは、このアズのやり方だ」
「ヴラディル先生、人聞きが悪すぎます」
「その、力の弱いことを自覚して、負けない戦い方と言いますか」
ウェアレルがフォローするけど、うん。
宮殿でもだいたいそういうことしかできなかったからね。
だいたい準備もさせてくれずに不利な結果を押しつける大人相手にしてたから、こんな状況も今さら慌ててられないし。
九尾の貴人はなんだか不満そうな顔をした。
「ふーん、その割に参加せずに立ってるだけ? 勝てないから?」
「そのようなことをするくらいなら、まだ前に立つほうが潔いぞ」
うーん、ここは乗って煽ってみたほうがいいのかな?
けど、結果は何度も見てるはずなのになぁ。
「僕が出ると不戦勝になるので自重したんですよ」
言って、犬笛を見せた。
「まさか、道具を使うななどとは言いませんよね? こちらは味方を召喚するアイテムとでも思ってください」
「ほう? そういう手で来るならこっちも…………」
「おや、ですが今この国にいる、放課後の範囲で来れるのはそこの人たちだけですよね」
「あーら、嫌な子。人脈も力なのは認めるわ。けどそれが錬金術とは関係ないでしょ」
九尾の貴人は揃って犬笛はノーカンだという。
「では想像してください。今の戦い方を踏まえた上で、僕が呼び出したヨトシペを強化するとしたら?」
「…………ちなみに何する気だ?」
ヴラディル先生が好奇心で聞いて来る。
「散布型のポンプに薄めた氷結の薬を入れて、ひたすら周辺にかけてもらいます。さっきの冷気が水薬になってかけられると思ってください。ヨトシペから逃げ切れるとは思えませんし、走って逃げるだけ当たる風が冷たいでしょうね。想定しうる対処としては、散布される薬を周辺の空気ごと温めるくらいですが、やはり魔力の消耗戦になるでしょう」
多分ヨトシペなら樽ごと抱えて走れるし、ポンプも漕いだ空気を溜める機構をし込んでおけば一人でも行ける。
そして魔力でも体力でも筋力で勝負しても、たぶんヨトシペのほうが強い。
即座に守りに入った冷気と、ヨトシペの取り合わせを想像したらしい九尾の貴人は、揃って身震いをした。
「なるほど、変な石を着けてるにしても、直接肌にやられると効果もあるか。ヨトシペは耐えられても、毛皮のないあいつらには辛いだろ」
どんなに魔法で温めても、寒さに対しての持久力もヨトシペが勝つだろう。
ヴラディル先生が言ったように、魔力切れで凍えることになるのは目に見えている。
言い返す言葉もなくなった九尾の貴人は、揃って手を挙げた。
それは負けを認めたような恰好だ。
どうやら僕がでないことで、どちらが勝ってもおかしくない線を攻めた認めてくれたようだった。
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