533話:新しい錬金炉3
その日はあれこれ意見を出すだけで終わった。
途中でワンダ先輩が相談にやって来たついでに、クーラも意見を求めて来たり。
結局化粧品関係を推すならってことで、女子のイルメと他の後輩女子も取り込んだり。
それとラトラスのディンク酒を使ってこっちでも明日予定を立てたことを伝える。
「あの方々、青が好きで絵画を描くことが目的なら、気を引くにはスティフを呼んでも良いのではなくて?」
「ワンダ先輩、それたぶん面倒な人がもう一人増えるだけですよ」
ステファノ先輩は絵を描くことが好きで、錬金術科には絵具を作る目的で入ってる。
九尾の貴人と噛み合ってるようでいて、実は平行線な立場だ。
何せ目的が被るからこそ、お互いに引かないし、これと思えば猛進もする性格。
こっちが牽かなきゃいけない手綱が増えるだけだ。
「テルーセラーナ先輩も同じ竜人として、女性として助言をしても良いとのことです」
「クーラ、それならワンダ先輩に協力してくれるよう言ってほしいな」
ワンダ先輩は卒業後もテルーセラーナ先輩に世話になるという。
その上で九尾の貴人と繋ぎを取る意欲はあるようだし、表立つよりも、錬金術科を経由してそれとなくって言うのが、今回助言するっていう真意だろう。
知らず表に立たされてるワンダ先輩には、申し訳ないからそっちのフォローをしてもらう。
「イア先輩とウルフ先輩に状況を伝えれば、たぶん協力してくれるから」
奇しくもどっちもエルフだな。
イア先輩はステファノ先輩を、ウルフ先輩はテルーセラーナ先輩からの要請でフォローするだろう。
今は場当たり的になってるけど、主導権を渡すと面倒ってことが伝わればこっちで結束できる。
僕がそう話てると、ラトラスが不安を口にした。
「あれだけ押しが強いと、ディンク酒気に入った後にすごく押してきそうだよね」
「じゃあ、九尾の賢人を巻き込めばいいよ。他に大きく売ることになるなら、ルキウサリアへの流通量を減らすしかないんだからね」
僕の助言に、ユキヒョウ先生に絡まれたことのあるラトラスは、苦笑しながら頷いた。
イルメとウー・ヤーは今日の話し合いの内容をメモした上で明日の準備を口にする。
「私は明日改めて、まとめた地脈の変化の資料を持ってくるわ」
「自分は工房で大親方に過去の記録について聞いてみよう」
「そっか、今はやってなくても昔は錬金炉新しく作ろうとしてたかもな」
ネヴロフ も頷いて、ウー・ヤーと一緒に技師を当たるという。
所在なげなのが、一番錬金術歴の浅いエフィだった。
僕はこっそり囁く。
「実験室の錬金炉が他と違うかどうか、調べてほしいんだけど?」
「あぁ、あいつか。わかった、聞いてみる」
エフィは青トカゲのことと察して、困ったように笑った。
いつも錬金炉から出てくる青トカゲの精霊は、そこが気に入ってるのか住んでるのか。
ともかく何かしら精霊らしい青トカゲが居場所に定める理由があるとは思う。
青トカゲがいる錬金炉が他と違う可能性がないか、新たな錬金炉のヒントになるかもしれないから、エフィにはその辺りを調べてもらうことにした。
僕は九尾の貴人の気を引く錬金術として、錬金炉を造る算段を立てる。
(錬金炉を選んだ基準を問う)
帰りにセフィラが聞いて来た。
(大手を振って話せる、今にも伝わる錬金術だ。封印図書館の内容よりも、誤魔化しはきく。だからこそ、九尾の貴人の警戒も薄くなる。そして、ヴラディル先生も錬金炉は使ってるから対応してもらえる。ルキウサリア国王側も認識してる道具だから、改めて説明に呼び出される可能性は低い)
(方向性がまとまらないままでは先行きの計画が曖昧であり、取り上げられません)
(まぁ、そこは学生だしね。良くて理論として形になればいいかなって)
(主人にはすでに想定があるものと推測)
(あるにはあるけど、特にそこに固執はしない。クラスメイトの意見を聞いてよりそう思った。たぶん前世がある僕では、錬金炉は造れない。世界への理解が違いすぎて、錬金炉を構成する基本とずれるんだと思う)
(想定を問う)
捨てる案なら聞かせろって?
何年経っても、セフィラの知的好奇心は変わらないなぁ。
僕は寮を目指して歩きつつ応じた。
(僕の知る天地の構造を再現することを最初は考えたよ。地中に当たる炉の内部に置いたものに圧をかける錬金炉だ)
(すでに圧を加える錬金炉は存在します)
(あれは万力で出せるくらいの圧だ。僕が想定したのはもっと強い圧だよ。確かね、ダイヤモンドを作るのに必要なのは圧力だって聞いたことがあるんだ)
ダイヤモンドを構成する原子は炭素だ。
そして木炭だって構成する原子は炭素だけど、見た目も構造も全く違う物体となってる。
ただ焼いて酸素を除去する木炭と違い、ダイヤモンドを生み出すには圧が必要だと聞いた覚えがある。
(宝石を作る錬金炉について再試行を提案)
説明したら食いつかれた。
けど僕は寮に入って屋敷に戻るために、セフィラの追及を放置する。
その上で、戻った錬金術部屋で待っていたウォルドに言った。
「帝都での星見の記録って手に入る? あと、帝都周辺の地脈の変化に対する記録とか」
「星見は天文官に問い合わせましょう。ですが地脈ですか。少々お待ちを。テレサ、手伝ってくれますか?」
「はい、すぐに」
ウォルドとテレサが錬金部屋を出ていく。
僕はノマリオラとメンスに着替えと髪を整えてもらった。
その間に控えてるヘルコフとイクトにも指示を出す。
「ヘルコフ、九尾の貴人の関係で大変かもしれないから、ラトラスの様子見に行ってくれる?」
「…………竜人なら酒にも反応するでしょうな。わかりました。もう学園からは戻ってそうですか?」
「いや、たぶん九尾の賢人のほうに一度声をかけに行くと思うから、学園にいるだろうね」
「了解しました。では、様子見に行ってきます」
ヘルコフは僕が学園まで迎えに行ってほしいっていうのを聞き入れて出て行った。
賢人のユキヒョウ先生たち、ディンク酒のためにラトラスの要請には応じてくれるだろうけど、しつこいようならヘルコフに仲裁に入ってもらわないと。
僕は黒髪になってイクトに声をかけた。
「寝室のほうに行くから、イクトだけでいいよ。ちょっとまとめたい錬金術の理論が思い浮かんだんだ」
仕事でもなくただの趣味で書き物をすると言って、僕は寝室へ向かった。
寝室の扉を閉めてからイクトは聞いて来る。
「その錬金術の理論も、九尾の貴人対策ですか?」
「うん、新しい錬金炉を造ろうと思ってね。まずは九尾の貴人をネヴロフの故郷に送り込む。そのためにウォルドにはセリーヌへの手紙を書いてもらわないと。ワゲリス将軍との相性はどうなんだろうなぁ?」
言いながら、セリーヌに貴人を送る旨とワゲリス将軍と上手く折衝してほしいこと、目的などを書いていく。
すると錬金炉について聞き足りないセフィラが姿を現した。
様子を見ていたイクトは外で、資料を持ってくるだろうウォルドとテレサの対応をしてくれるようだ。
手紙を書いた後はさっき半端になった宝石が造れる錬金炉の話を聞かせる。
そこもまだ机上の空論状態なんだけど、僕の圧力がかかって分子の構造が変わるとかいう話に、さらにセフィラが食いついてしまって困った。
そんな話してる内にイクトが資料を持って戻って来る。
「運よく過去二十年ほどの地脈の記録があったとのこと。ハリオラータが保有していた資料で、良からぬことを考えていたのではないかと、アーシャ殿下に意見を問う書簡と共に届けられていたそうです」
「あー、たぶんアルタの淀みの研究のために調べてたんだろうね。本人の執着のためだけど、悪用はできる資料ではあるかな」
僕の答えに、イクトは外にいるだろうウォルドに聞かせに行く。
消えるつもりがないセフィラと一緒に、僕は星見の記録と地脈の様子に目を通した。
「僕が生まれたのがここで、星は普通に春の星座だね。で、地脈の流れは…………」
指でなぞりながら記録表と、地図に絵で示された地脈を確認する。
するとセフィラが明滅して七年後を見るよう促した。
「うん、その頃って、あぁ、星の配置が同じだ。それに、地脈も…………あれ、七歳のこの頃ってこれ、セフィラ?」
同じことに思い至ってただろうセフィラが、空中をグルングルン回り始める。
(主人が七歳以降、誕生時と同じ星の位置、地脈の流れは計測できません。私と主人に共通項が存在しました)
(そう、そうだろうけど、そこを結び付けてどうなるものでもないし。えっと、生まれた年と七歳では日付は違っても、春の範囲か。確かに星の並びがずれ込んでこの年はこの日になるんだね。それで、地脈まで同じで…………)
天地の照応が起きて、変化が生じるのは地表での話。
そしてその地表で僕がたまたま自分の命が始まった日と同じ天地が照応した日に、セフィラを生み出した?
(まさか、フラスコの靄が変化するには、靄を作った錬金術師に応じた時期が必要?)
(検証を求む)
(待った。不測の事態を想定しないといけないし、何より資料が少ない。早計だよ)
僕は偶然を想定して見直したけど、七歳以降僕に天地の照応する日はなかったのだった。
定期更新
次回:新しい錬金炉4




