527話:九尾の貴人2
どうやら僕につけられた護衛は、ここから学園までの道を整理をしていたらしい。
真っ直ぐウェアレルとヴラディル先生が駆けつけられるように。
「「こらー!」」
揃って声を上げた九尾の才人だけど、怒られてる貴人は目を輝かせた。
「おぉ、友よ!」
「久しぶりねー」
竜人の筋肉質な腕を広げて歓迎する。
もちろんウェアレルもヴラディル先生もそんなところに飛び込まない。
着地するとすぐに二人して僕を守るように立ってくれた。
ヴラディル先生が指を突きつけて赤い尻尾を毛羽立たせる。
「だっから! そのドラグーンに乗って来るのやめろ! っていうか、それだけおつきがいるならまずは報せを走らせろ!」
予想してたけど、やっぱりドラグーンで乗り付けるの初めてじゃないらしい。
ルキウサリア側も、九尾の貴人のおつき側も冷静すぎるよね、対処が。
今はドラグーンを端に止めて、音楽や踊りもやめて侍女や侍従みたいに静かに控えてるし。
とんでもない登場をした九尾の貴人のおつきだけど、それなりに常識は弁えてるらしい。
ただ派手を好んで自重しない主人二人を止めないだけで。
その上でウェアレルも、久しぶりの再会のはずが叱るように言った。
「いい大人なのですから、常識で考えてください。そもそもなぜこんな道の真ん中でドラグーンから降りているんですか。せめて真っ直ぐ学園にいらっしゃい!」
「「んふ」」
揃ってウェアレルの口調に笑う九尾の貴人。
元はヴラディル先生と同じような口調と聞いてたから、僕は知らないふりをする。
ウェアレルも今さら口調戻す気ないみたいだし。
すでにいる九尾に散々笑われただろうウェアレルは笑顔で、報復を口にした。
「気絶させて運ばれるのと自分の足で大人しく従うのどちらがいいですか? こちらも放課後の忙しい時間なんです。さっさと済ませますよ」
うん、脅しだ。
ヨトシペはそんなご機嫌斜めなウェアレルを見上げて聞いた。
「イールとニールは捕まえられたでげす?」
「逃げました」
どうやら九尾の賢人は逃亡済みらしい。
逃げられたウェアレルは面白くなさそうだ。
その間にもヴラディル先生は僕に聞く。
「それで、何してるんだアズ? 寮こっちじゃないだろ?」
「絡まれてただすー」
ヨトシペが言ってくれるから、僕も補足する。
「青いアイアンゴーレムのことで話がしたいと捕まりました」
そしてテルーセラーナ先輩もクーラも見捨てました。
ひどいよね。
青いアイアンゴーレムって話に何か察した様子で、ヴラディル先生は九尾の貴人を見る。
「まさか、青が欲しくてか? あれ絵の具にするのどれだけ高価だと思ってんだよ」
「値段に見合う良い絵具だ。我が宮殿を飾る絵にするにふさわしい」
ムッフィが紺色の尻尾を揺らして胸を張った。
お高いはずだけど、お金で殴るタイプらしいし、そういう発想になるんだろう。
すでにお金に興味ないステファノ先輩が絵の具にした後だから僕も驚かない。
なんて考えてたらウェアレルが教えてくれた。
「ヘリオガバールは青い陶器が特産でもあり、そのため青という色に拘りがあります」
「一番すごい宮殿は全部青いタイルでできてるらしいでごわす」
ヨトシペも、かつてのクラスメイトからの情報なのか教えてくれた。
つまり九尾の貴人は、青いってところに反応したわけだ。
「あれは研究資材なんだよ! まず画材にするには機能停止させるだろ、駄目だ!」
ヴラディル先生が抗議するけど、九尾の貴人は気にせず笑う。
「もっと有意義に使ってやろうというのだ」
「喧嘩売ってんのか、あ?」
「そんなにカリカリしないで、ただの事実よぉ」
錬金術に使うよりも絵の具にしたほうが有意義だなんて、ひどい。
けどその間に整理の末に、ドラグーンの移動が開始された。
いつの間にか兵も揃えられてる。
ドラグーンは金装飾の口枷や手綱があって、よく調教されてるらしく大人しかった。
その上で、九尾の貴人には触らず、兵は完全に対応をこっちに押しつけてる。
それだけ扱いにくいのは身をもってわかるって感じだった。
「あの、僕は帰っても?」
「あら、まだ話しできてないのに」
紫尾のトレビに小指を立てて肩を掴まれた。
それを払いながらウェアレルが咎める。
「なんの話があるというんですか。あなたたち学生にとって教育に悪いんですよ」
「何、この者が青いアイアンゴーレムを捕まえたと聞いてな」
紺尾のムッフィが言うと、ウェアレルが言っちゃったのかって顔する。
けど僕はヨトシペを見る。
すると口を滑らせた本人は、今気づいたとばかりに目を瞠った。
さらには錬金術を使ったんだとヴラディル先生が鼻高々で答え始める。
うん、やっぱり帰っていいかな?
「ともかく近寄らないようにしてください」
ウェアレルが声を潜めて早口に忠告してくれた。
ヴラディル先生の説明で九尾の貴人が気を取られてる間に、最低限注意してくれる。
「竜人はこだわりが強く同時に負けず嫌いの見栄っ張りです」
「そこまで言わなくても…………」
「また身分についても厳しい。錬金術科の竜人は比較的おとなしいのは、上がいるためと、ヘリオガバールの王侯の常識で育っていないせいです。片鱗はあります」
そう言われると、ネロクスト出身だけど後輩の竜人たちは、最初の内反感の色も強かった。
音楽祭での火の扱いには前向きだったのも、エフィに対抗した感もある。
後輩も当てはまるかもしれないなんて考えてると、ウェアレルがさらに続けた。
「その上で、自らが認め価値を置くことには執着もします。そのため、囲い込みに容赦がありません」
「わぁ」
ウェアレルの目が、気に入られたら囲い込まれるぞって警告してる。
そこにヨトシペが余計な報告をした。
「あーしが見つけた時には、連れ去られる寸前だったどす」
「何を言ったんですか…………」
「いやぁ」
もうロックオンされてるとわかってがっくりするウェアレルに、なんとも言えない。
というか、あの貴人たち情報量が多すぎるんだよ。
「えーと、僕が寮に帰るのは?」
「念のため学園に隔離、いえ、案内した後にしましょう」
ウェアレルがはっきり隔離って言った。
つまり、九尾の貴人たちって学園内で据え置きなの?
それとも対処が終わるまでって話?
なんにしても学園の負担が大きすぎる気もするなぁ。
「青いアイアンゴーレムは、つまり捕まえた側にも権利が認められてるのね?」
「なるほど、話が早いいくらでも出すぞ! さぁ、好きな額を言ってみせよ!」
「売るわけないだろ! 研究資材ってことですでに譲ってはいるんだって話してんだよ!」
ヴラディル先生は話が通じないことに怒って、赤い尻尾を振り回してる。
しかも紺尾のムッフィが手をちょいちょいすると、顔半分を布で隠したおつきがすっとやって来て、クッションに乗せたビロードの袋を差し出す。
九尾の貴人が持ち上げれば、じゃらじゃら音がした。
完全に中身がパンパンのお金だ。
「他の研究でもして錬金術を楽しめばいい」
「足りないならもう一袋、はーい」
「そういう話じゃねぇ!」
あ、良かった、ヴラディル先生がお金の入った袋で殴られるかと思った。
それはそれとして話が通じないなぁ。
別に聞いてないわけじゃないけど、意に沿わないことは力押ししようとする。
自分の身分もわかってて使ってるし、お金の力もいかんなく発揮した。
つき合いからこの対応がわかってたのか、ウェアレルは諦めぎみだ。
「あれで一応、貴賤を問わず結果は評価し、値段のつけかたも良心的。漫遊のついでに経済を動かす商人でもあるので、ただのごり押しでもないんです」
「使うだけ稼ぐだすー。掘り出し物すぐ嗅ぎつけるんでごわす」
ヨトシペも九尾の貴人がただの道楽者ではないことを教えてくれる。
ただそれって、いいんだか悪いんだか。
つまるところ扱いにくいっていう結果は変わらない気がする。
「僕、学園に登校したら攫われるなんてこと、ないよね?」
思わず聞いたら、ウェアレルがすっごく嫌な予感がするって顔した。
否定できないかぁ。
それを見たヨトシペは、耳をくりくり動かしたと思ったら、僕に何かを渡してくる。
「念のためにアズ郎に渡しておくだす」
そう言って渡されたのは小さな笛だった。
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