525話:新顔5
この世界の大陸南部に広がるのは、竜人の発祥地。
その国々の中で歴史の教科書に名前が出てくる国、ヘリオガバール。
帝国とバッチバチに戦った歴史がある上に、皇帝が今でもいる国だ。
ただ大陸中央のイスカリオン帝国に負けて組み込まれてからは、けっこう法律から何から緩和されたとか聞いてる。
そうでなかったら戦闘民族とか言ってたのは、僕の家庭教師のどっちだったかな?
「ドラグーンって魔物なのに、いいんですか?」
「ヘリオガバールの皇帝のお血筋に当たる小王の中に、唯一調教に成功した個体を乗り回しているという方がいるとは聞いていたけれど」
テルーセラーナ先輩のあんまりな答えに、クーラも鰐に似た魔物の姿に困惑する。
「では、名高い貴人がいらっしゃっているのでしょうか?」
どうやらドラグーンも陽気な音楽も気のせいじゃない。
というか、チンドン屋よりも華やかに薄布振って踊ってる人まで見える。
そしてどうも僕たちの前の道を通るみたいで、これは対応決めないといけないだろう。
「テルーセラーナ先輩とどちらが高貴でしょうか?」
「国は違えど、成婚していない私よりも、王位を賜るあちらでしょうね」
そう言って、テルーセラーナ先輩は跪拝し、僕とクーラもそれに倣う。
そうして華やかな音楽とドラグーンの振動で近づくのがわかった。
「ほぉ、こんな雪山に同胞か! 麗しいお嬢さんに冷たい地面に伏させるのは忍びない!」
「あら、本当。しかもラクス城校のマント! いやだぁ、久しぶりに見たわぁ」
どっちも渋い声、しかもだいぶ高い位置から降って来るからドラグーンの上だろう。
飛び降りるような足音に思わず顔を上げたら、紺色と紫色の竜人が二人目の前に。
紺色のほうが手ずからテルーセラーナ先輩を立たせてる。
「ほら、二人も立っていい、ってあら! 見てぇ、ラージベルトクイルック。錬金術科よ!」
「は? まだあるのか! そろそろ潰れたならあいつを国に連れ帰ろうと思っていたのに」
黒マントの裏地が黄色で、僕が錬金術科だってことはひと目でわかる。
クーラもいるけど今は私服だから、僕が筋肉質な竜人二人に挟まれてじろじろされた。
居心地悪いな、これは。
「ご、ご挨拶をさせていただいても?」
「おぉ、許す」
「まぁ、そんなに怯えないで」
紺色は鷹揚に、そして紫色は弾んだ女言葉で応じた。
気のせいじゃなければたぶんどっちも男。
つまり紫色の竜人は、前世的に言うオネエだ。
この世界にもいるんだぁ。
あと、僕の気のせいじゃなく、この二人同じ顔してない?
「それでは…………まずは、どうぞ」
僕はテルーセラーナ先輩に譲る形でそっちに押しつける。
テルーセラーナ先輩が、竜人らしい顔でも軽く睨んできてるのがわかった。
けどちゃんと竜人の国、ネロクストの王族だってことを、すごく麗々しく飾り立てて伝えて、挨拶を始める。
うん、そういうお手本が欲しかった。
その上で、僕は後輩として先輩のおまけですって形で黙っておく。
「おぉ、ネロクストの姫君か。我のことはラージベルトクイルックと呼ぶがよい」
「私はモルクイルックと呼んでちょうだい。街に入るの止められてたの、何故か知ってる?」
名乗った名前が長いし、どう考えてドラグーンだ。
あとはその派手な移動方法もあるだろう。
そうじゃないと昨日までテリーがいたし警備上、この人たちは雑音にしかならない。
なんて思ってたら、クーラが怪訝な顔してた。
「どうしたの?」
「いえ、お名前が…………」
「え、竜人としても珍名?」
何言ってるんだと睨まれる。
その上で、なんか僕は腕を引かれた。
見れば、紫色の尻尾が絡みついてる。
「あらぁ、錬金術科に入るくらいだから変わり者? もの知らず? なんにしても面白そうな子!」
「ふふふ、人間には言いにくいそうだな。こちらの言葉では我は紺尾、我が片割れが紫尾である! 我が友の教え子故に呼ぶことを許そう」
紺尾に紫尾、そして僕が教え子。
さらにはこの二人は双子ってことは…………。
「九尾の貴人!?」
レクサンデル大公国の競技大会で審判員をお金で殴った人たち?
予想以上に圧が強いな。
「懐かしい呼び方ね。まだその呼び名を知ってる子がいるなんて。ヴィーも赤尾と呼ばれてるのかしら?」
「ふはは、才人が揃ったというから顔を見に来たが、このままドラグーンに乗って学園内まで足を延ばすか!」
絶対大混乱になるよ。
というか、このドラグーンはどういう許可で道を歩ているの?
確か前世で馬は道交法の上で車両扱いだったけど、ドラグーン、馬車扱いだったりする?
なんて現実逃避しつつ、引っ張る紫の尻尾に抵抗中。
尻尾って筋肉の塊なんだなー。
そこらの腕一本より、引きが強い気がするー。
「あの、僕はもう放課後でして。寮の門限もあるのでこの辺りで」
「あら、だったらこのところの青いアイアンゴーレムの噂を知らないかしら?」
ちょっと尻尾が緩んで、僕を捕まえてまで聞きたかったらしいことを口にする紫尾。
僕はテルーセラーナ先輩に目を向けて、回答していいかどうかを確かめる。
だってさっきだいぶ失礼な言動したし、その上で今、完全に抗ってるし。
この状況で普通に答えるのもどうかと思うんだ。
「青いアイアンゴーレムと言えば、今年に捕獲されて王城に運ばれたものでしょうか?」
「む、やはり城が接収しているのか。ふーむ、それでは買うにも伝手が必要か」
なんかとんでもないこと言ってる。
テルーセラーナ先輩もクーラも、驚いたらしくて首がにゅっと伸びたような動きをした。
うん、すっごい高額になるってことは僕も聞いたから、それを買うって驚くけどね。
「恐れながら、青いアイアンゴーレムはすでに研究資材として扱われることが決まっております。ご友人である錬金術科の教員も関わることになっているのです」
テルーセラーナ先輩が伝える内容は、調べればわかる範囲。
ゴーレム大きいから移動とかはどうしても人目につくしね。
錬金術でできてましたって言っても信じない人がほとんどだから、錬金術科が関わるって広まっても今のところ困らない。
変に絡まれない限りってつくけど。
「錬金術科ならちょうどいいわ!」
「うむ、ちょうど良いところにいた!」
「ふぁ!?」
尻尾が緩んでたから不意を突かれて、紫尾と紺尾の逞しい竜人の腕に捕まる。
なんか前世の宇宙人連行するみたいな状況で半ば吊り下げられた。
「え、あの、困ります!」
「だいじょうぶよぉ! お話ししましょ!」
「面白ければ供に加えてやっても良い!」
これは言っても聞かない感じか?
というかそのままドラグーンのほうに連れてかれる。
もしかしてこのまま乗せられるの?
ちょっと抵抗しようかどうしようか迷うじゃないか。
テルーセラーナ先輩とクーラに助けを求めようにも、向こうは女性二人だし。
止められる気がしないけど、人間の僕より筋肉質な竜人の成人男性二人に僕が叶うはずもない。
「「ん?」」
困ってると突然紫尾と紺尾の動きが止まった。
足を踏み出しても前に進めない。
そんな状況に僕も首を傾げると、背後から声がかけられた。
「駄目だす」
特徴のある言葉に、紫尾と紺尾はさっきのテルーセラーナ先輩のように首を伸ばす。
竜人の目が、これでもかってくらい見開かれて瞬きもしなくなった。
そしてそのまま、幽霊でも窺うように後ろを振り向く。
僕も首だけを動かしてみれば、紫と紺色の筋肉質な尻尾を両手に、秋田犬の獣人ヨトシペがもう一度言った。
「アズ郎は、駄目どす」
普段笑ってるような顔してるヨトシペが、けっこう真面目なトーンで告げる。
途端に紫尾と紺尾が僕を見るから、僕は頷き返した。
「あら、ヨッティ、ひ、久しぶりねぇ?」
「わ、我が友よ。その、尾が痛いのだが?」
ヨトシペは無言で九尾の貴人を見返すばかり。
すると根負けした様子で、双子が全く同じ動きで僕から手を放す。
触ってわかる筋肉質な竜人二人を相手に、ヨトシペは負けを確信させたようだった。
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