522話:新顔2
新顔のメンスはお留守番をしてもらい、僕はダム湖に来ていた。
馬車には僕とウォルド、テレサも乗っていて、移動の合間に雑談をする。
「テレサ、最近の錬金術は何をしているの?」
「はい、今まではアルコールや油を使って匂いの抽出をしていました。ですが、そもそも匂いの種類、えっと、形態? のようなものがあるように思えて、色んな植物の花や枝葉、樹液を分類しています」
詳しく聞くと、水溶性や脂溶性、他にも冷熱で壊れる匂いの種類なんかを分類してた。
つまりは、匂いにどんな変化があって、性質があるかに着目したらしい。
ただ香水を作るってところから、ずいぶん成長してる。
僕が成長に耳を傾けてると、ウォルドがさらにテレサの頑張りを教えてくれた。
「屋敷の者の紹介で調香師を招いてもらい、その技術の実践も見せてもらうことをしていました。テスタ老からも、古くは薬草を漬けた油を塗ることで行う治療方法の話なども良く聞いています」
どうやら薬術の一種としても、アロマオイルが使われてたようだ。
だからテスタも香水に反応してたのか。
「ウォルドは?」
「私はあまり」
「ウォルドさんは、お仕事が忙しくありますので」
僕がいる時が仕事のテレサに対して、僕がいない時こそ財務官として働くウォルド。
「いえ、第一皇子殿下がまとめられたロムルーシのレポートや、音楽祭で活用した舞台装置、魔法の増強に関する実験など、それらの成果を目にして後を追うばかりです」
魔法が使えないからこそ、魔法っぽい錬金術が好きなウォルド。
どうやら魔法のように、火を操り、水を操りっていうことに興味があることから、ロムルーシの水を扱うのは施設や、火の性質を試した舞台演出や薬に今は興味関心があるという。
そうなると、次は風か土でやること考えてみるかな?
けどさすがに難しいなぁ。
扇風機とか肥料程度で、何かもうちょっと化学らしいことか魔法っぽいことしたい。
「…………あ、今度磁石の実験でもして見せようか」
磁力の実験で、磁石をペットボトルの上部に接着し、机にはセロテープで固定した糸を設置する、ものを前世でみたことがあるんだ。
ペットボトルにはギリギリ届かない距離に張り付けることで、糸の先につけたクリップが磁石にひかれて宙に浮くというもの。
さらにこの磁石とクリップの間に何を挟むと、クリップが落ちるかという実験をする。
これは磁石とより強く引き合う金属製品を入れるのが正解。
磁力でできる磁界が、磁石と金属製品との間に生まれて、クリップとは切れるんだ。
「これからダム湖でなさるのですか?」
テレサが期待してくれるけど、残念ながら今日は磁石もない。
「いや、後日二人に見せるよ。そのためにウォルド、磁石を手に入れられる?」
「磁石ですか。周辺では産出されませんので、輸入の手続きが必要かもしれません」
「なるべく引き寄せる力の強いものがいいな」
磁石の産地とか知らないから、どれくらいかかるかはわからない。
もちろん錬金術の予算でお願いしておく。
そんな話しをしてたらダム湖についた。
小島にはいかず施設のほうへ向かう。
そこには出迎えのテスタ、助手のノイアン、城の学者のネーグが揃い、そして小さくなってる卒業生のジョーもいた。
「うん、テスタ。どんな説明したの?」
「お、おぁぁあああ…………」
テスタに聞いたらジョーが反射的に僕を止めようとしてやめて、また呻く。
ノイアンとネーグは同情的な目を向けるんだけど、テスタは気にせず答えた。
「ここについても口束の魔法で縛っておりますのでご安心を。実家からの独立の準備も今進めております。中々に理解力はある様子ですな」
「いや、ジョーはゴーレム関係で王城に詰めるから。なんでここまで巻き込んでるの?」
「それがゴーレムを歩かせることに関して問題がありまして。その際に、そもそもゴーレムを捕まえた時に殿下が人の足の動きを真似たため、人体と同じく弱点となったと説明されたとか。なので、ゴーレムをよりよく運用するためにもこの場での実験は有用であると、ルキウサリアの陛下にも承認いただきました」
テスタが用意してた回答をすらすらと答える。
僕はすでにルキウサリア国王にまで根回しされてる状況に呆れた。
「先輩、テスタに何言われても断らないと、面倒ですよ」
「いや、権威、権威…………!」
ジョーが両手を振りつつ、言い聞かせるように小さく繰り返す。
「僕からすれば、頑固で先走る面倒な相手なので」
「いやはや、お恥ずかしい」
テスタは悪びれないどころか、初めて会った時のことを懐かしむ。
うん、九十過ぎた余裕って言うか、死ぬまでにやり切るって覚悟決まってるせいで過去を振り返らないとか、本当面倒だ。
「まぁ、ゴーレムも医療には使えるだろうから…………」
「なんと! 詳しくお聞かせください!」
「却下。その前にゴーレムまともに作れるようになってから。それに今のテスタは手が足りないくらいでしょう。新しいことにばっかり目移りしないで」
「では弟子のひとりに研究を任せますのでご教授を」
簡単には逃がさない上に、実現できる権威と財力、人脈まで持ってる。
本当諦めさせるほうが面倒だ。
僕は手を振って検討することを雑に伝える。
そしてジョーに水を向けた。
「一応言いたいことがあるなら聞きますよ」
「…………本当に皇子?」
「そこからですか? 一応はそうです。生まれた時は違ったそうですけど、物心ついた時には宮殿に住んでましたね」
「お、おぅ。いや、それは皇子って理由にはならないのではないか?」
「だったら、父親が皇帝になったので皇子になりました」
「それも、どうなんだ?」
「そこは僕を皇子扱いせずにいた宮殿の人たちに言ってください」
「無理…………。いや、本当、色々無理だ」
「ルキウサリア国王陛下は僕のこういう対応慣れてるんで、あまり恐れる必要はないですよ。敬意さえ払っていれば、誰に襲われることもないので」
「おぁぁあああ。まさか、一国の陛下にもそうなのか、お前!?」
「さすがに少しは取り繕いますから。というか、色々面倒な背景の皇子である僕を相手にそれだけ喋れたら大丈夫ですよ」
「違う、そうじゃない。アズなら、アズだと思うからまだ…………!」
「テスタの言葉のとおりなら、完全にルキウサリアは錬金術師として囲い込む方向に動いてるみたいですし、将来安泰だと思って」
「お前、本当、なんでそう道筋作ったらそのまま押し通すのだ!」
「投光器に関しての作業量の多さは僕じゃなくてステファノ先輩に言ってください」
「そこはスティフを抜擢した責任が…………いや、すみません」
ようやく普通に喋れるくらいになったと思ったら、途端にテスタたちを思い出してまた頭を抱える。
後輩が皇子だったことに未だに折り合いがつかないらしい。
やっぱり何も考えずに作業するほうがあってると思うよ。
錬金術やる腕だけはあるんだ。
だからルキウサリア国王も囲い込みに動いた。
今まではゴーレムの核を作るために錬金炉を動かすだけの単純作業だったけど、僕がゴーレムの作り方教えて、それを理解できるだけの力があるとわかったからね。
その辺り錬金法が呑み込めないせいで、魔法使い相手には進んでないから余計にルキウサリア国王も有用な人材と認識したんだろう。
それこそ他国の実家との切り離しに動くほど。
「うーん、このままも困るし。ネーグ、ゴーレム関係で絡まれないよう見ておいて」
「は、仰せつかりました」
ネーグはすぐに応じてくれたんだけど、ジョーはブンブン首を横に振る。
「えーと、ネーグって、けっこう偉いほう?」
「そのようなことはございません」
うん、これは謙遜だ。
流れで巻き込みの上に、専門分野でもない学者。
けど思えばテスタとも、それにルキウサリア国王とも同席してる。
ネーグ自身は子爵ってことは、親方になる爵位が高いとか、派閥持ちとかかもしれない。
「まぁ、いいや。ついでだから先輩に帝国側の学者も紹介しておいて。なんかあっちのほうでも人増えるっぽいから、その辺りの話も聞かないと」
午前中にやることをあれこれとこなす。
帝国の学者のほうは、帝国にいた弟子を数人呼んだそうだ。
そっちは一年様子見て帝国に帰る予定だとか。
どうやら、こっちでの成果を帝国に持ち帰って、そっちでできることをやってもらうんだって。
あと、僕が留学を終えて帰った時に、ちゃんと話ができる人がいるようにってことらしい。
うん、父もその辺り考えてるようだ。
もしくは二年目も終わりなのに、結局まともな報告作らないことに業を煮やしたんだろう。
で、午後の登校のために帰ろうとしたらジョーに裾を掴まれた。
「た、頼むから行かないでくれ…………」
「僕まだ在学生なんで無理です」
「こっちこそ、こんな状況無理だ。というか行く必要ないだろ? これだけ謎の錬金術の実証実験やらせているんだから!」
「そこはそもそもの基礎がなくて説明さえ上手く伝わらないからやってもらってるだけで、成果でもなんでもないです」
事実を言ったらショック受けて裾を放す。
そのまま僕は、手を伸ばすジョーを顧みることなく馬車に乗って去ったのだった。
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