513話:マーケット最終日3
錬金術科のテントの中で、グラスハープの演奏が始まる。
披露するのは有名曲一つと、錬金術科で作ったグラスハープ専用の曲一つ。
専用曲は音楽科が入ったことでさらに編曲されて、輪唱みたいな形で同じフレーズを追い駆けリフレインしていくものになってる。
練習してるのを見て、なんとなく覚えた程度の僕は、ひたすら主旋律を増強するための補助役だ。
他は音楽センスのある音楽科の増援任せ。
だから弟を前に恥ずかしいことにはならなかったはずだけど、演奏が終わって予想外のことが起きた。
「外が騒がしいな?」
「すぐに確認いたします」
テリーも気づいて言えば、側にいた人がすぐさま外へ確認に向かう。
今まで気づかなかったのは、ウェアレルとイルメが外の音が入らないようにしてたから。
風でグラスハープの音をテリーに届くようにすると同時に、入り口から外へ風を押し出し、それで外のうるささを相殺してたんだ。
だから演奏が終わって魔法を止めたら、外の音が復活した感じ。
「どうやら演奏が聞こえ、興味関心の声が上がっているとのこと」
戻ってきた人の報告に、風吹かせたせいで外までグラスハープの演奏が聞こえていたことがわかった。
皇子見に来てるだけで、錬金術興味ない人たちだからこそ、逆に何してるのか知らずに疑問の声が大きくなったようだ。
「…………あまり騒がれてもこの後に響くだろう。適度に鎮めて散らせるため疑問に答える人員を出してくれ」
「御意」
テリーが考えて指示するのは、表向きは後の発表を聞く邪魔にならないように。
もしくは移動の時にまだいたら、移動の阻害になるから今の内に対処しろって話。
けど裏を思うと、錬金術に興味を持ってくれてるならきちんと説明したほうがいいって判断だ。
多分これは、錬金術科での不遇を話したからだろう。
うーん、弟の気遣いがありがたい。
「さて、次が問題だな」
グラスハープの片づけは音楽科に任せて、僕が向かうと、エフィが困った顔をして言った。
クラスメイトたちは、投光器の準備を始めてるんだけど、光をつけてもスクリーンに届く前に拡散してしまってる。
イルメも閉じることを許されない入り口を睨んだ。
「この明るさだとどうしてもぼやけるわ」
「投光器の出力上げて、どれくらい行けるかな?」
ラトラスの言葉に、いや無理だろって、反語が聞こえるようだ。
音もそうだけど、投光器の光もテントの入り口閉められないことが問題だった。
時間がなくてなかなか相談もできなかったから、ぶっつけだけど僕は変更を提案する。
「ようは、外から皇子の姿が見えるようにしなくちゃいけないだけだ。だったら、僕たちや投光器が姿を隠しても問題はない。光を当てるのは、スクリーンの裏からやろう」
言って用意しておいた黒い幕を見せる。
映画じゃなく、パソコンなどのディスプレイ的な考えだ。
見る側の後ろから光を当てるんじゃなく、逆に見てる画面の中から光を発する。
黒い幕を広げてみて、ウー・ヤーとネヴロフは頷き合った。
「迷う時間はないか。やろう」
「距離を測るのと設置のし直しだな」
すぐに動いてくれたクラスメイトから離れ、僕はヴラディル先生のほうに配置変更と理由の説明をする。
投光器の上映は二回目だから、スクリーンに像を結ぶ距離を測るための専用の絵も用意してある。
前世の照準に似た丸とメモリのついた十字だ。
それがはっきり像を結ぶよう調整して、光が漏れないように入り口方面に黒い幕を張る。
「それでは」
語りで立つのは虎の獣人の後輩ウィーリャ。
ワンダ先輩は外で販売だし、グラスハープも弾けないし、手が空いてたからお願いした。
緊張ぎみだけど、そこは舞台を目指してた令嬢。
左右反転することになった映像にもきちんと合わせてくれた。
しっかりと声量のあるウィーリャの声は、冒険活劇に合ってる。
よくある話だけど、張りのある声と、物珍しい動く絵に、誰もが食い入るように見ていた。
「…………質問をいいだろうか」
終わって拍手と賛辞があがった後に、テリーが待ちきれないように聞く。
途端に、ウィーリャの尻尾が心持ち膨らむ。
質問に答えられるほど、投光器には関わってないせいだろう。
ウィーリャの尻尾を見たヴラディル先生は、落ち着いた声で応じた。
「承ります」
「あぁ、投光器というのが光を発する機構だということはわかった。それで絵と色が映るのはわかる。では、絵が動いて見える理由はなんだろう?」
うん、光をわかってるからこその質問だ。
見て、そこにあるものと色は光の反射によって目が読み取るという、基本的なことは教えた。
けど動きとなると見る物体そのものの運動だ。
けど絵が自発的に動くことはない。
その辺りにまた、光とは別の理屈があるとテリーは理解して聞いてる。
「あぁ、それは…………」
ただ、ヴラディル先生も説明に困る。
だって基本的にパラパラ漫画見せて錯覚を説明しただけ。
実際見せないと説明のしようがないんだろう。
けどここにパラパラ漫画はない。
ヴラディル先生がこっちを見るから、僕は仕方なくもう一度投光器を起動して見せた。
一定のリズムで回すところを、一コマ一コマわかりやすく動かして見せる。
それでヴラディル先生も説明できることに気づいた。
「動きに関しては、少しずつ動いたように見える絵をこのように連続して見せることで可能にしています」
「あぁ、こうなっていたのか」
僕が少し速度を速めると、コマ撮りみたいに動き出す。
テリーはそれを見て笑顔になった。
「つまり動いて見えるのは目の錯覚か」
「もしや何かそのような実験の経験が?」
理解したテリーにヴラディル先生が興味を示す。
「あぁ、兄上が水槽を使った実験をしてくださったことがある。見ることが光であるという実験をいくつか。水面に入った光は直進せずずれるが、水槽を抜けると入射した光と同じ軌道に戻る。他にも、黒く塗ったガラスの板を沈めると透明に見える。あれは反射した光が色と関わるという実験だった。人の目は存外騙されやすいと言って」
うん、完全に僕がやった実験だ。
けど良かった。
こっちではやってないものばかりだ。
「他には鏡も使った実験をした」
言って、テリーはウェアレルを見る。
「あれも錯覚だと言っていたはずだ」
「はい、ある物と見る者が鏡を介することで、ずれることを利用した実験でした」
「兄上ならこうして絵が動くこともわかっていたと思うが、そうした実験は見せてくれなかった」
テリーがちょっとすねたように言う。
投光器で絵を動かすのが僕の発案だと、わかってるからだろう。
否定はしないけど。
あくまでこれらはクラスメイトの力借りたからこそできたものでね?
「そうですね、ただの絵や文字なら…………ごほん。これは大変な量の絵が必要になりますし、学生たちが専用の機構を作っての実現なので」
下手に僕と被らないように、ウェアレル咳払いで誤魔化し、錬金術科の成果を奪わないように軌道修正してくれる。
テリーも察してそれ以上は言わなかった。
ただウェアレルを見るヴラディル先生の目が疑いの眼差しだ。
聞いてないぞと言いたげだなぁ。
そこら辺は、ルキウサリアに元からあったプロジェクターみたいなものを引き合いに出して誤魔化してもらおう。
あれ、必要なレンズの削り出しや、内部の鏡の精度も必要で相当な難易度だったらしく、中々復元できなかったんだよね。
「殿下、そろそろお時間が」
秘書官っぽい人が、テリーにそう声をかける。
当たり前だけど、ここにいるほとんどを僕は見たことない。
だからこそ、こうして僕が学生に扮しててもばれないんだけど。
こうして見ると、宮中警護って帝室のプライベート向けの警護なんだな。
皇子の外出に同行する人員って、僕とは縁がなさすぎるや。
「あぁ、時間が足りないな」
ひと通り見て説明を聞いて、予定は終了。
次の視察ってことで急かされるテリーは、立ち去る間際にそんな呟きを漏らした。
エメラルドの間でも、まだ遊びたいってこともあったし、弟の心情は想像できる。
けど皇子として自重もわかるから、僕はちょっと悔しいような寂しいような気分で見送るしかなかった。
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