511話:マーケット最終日1
初日から混乱して変更を余儀なくされたテリーの予定。
すでに大使館の一部や、ルキウサリアで秘密裏に調整してた会食や面談に影響が出てる。
そうなると参加者も混乱して、埋め合わせを求められるのも必然だった。
「さすがに今回は悪かったと思う…………」
テリーの忙しさを目にして、僕も他人の予定も考えずにハリオラータを捕まえて回ったことは反省する。
何せ、皇子が名目上必要な場への出席を求められてるんだ。
スケジュールが押してて手が足りないところで、役割分担できる名目を持ってるのは僕。
けど、僕はその名目を潰す形で好きに動いてるから、代わりに出ますなんてこともできなかった。
特にルキウサリアとも連携を取ろうとしてなかったせいで、テリーの目の前に賊を追いこんでしまったし。
少しぐらい伝手作ってたら、動きのおかしさに気づけたはずだった。
その上で、テリーが使う門のほうに向かうのは全力で阻止できただろうに。
「あまり暗い顔をなさっても、弟君に気を遣わせることになりますよ」
ウェアレルが慰めるように言うと、ヘルコフとイクトも頷く。
「そうですよ。今日をあけるために殿下も王城と折衝されたじゃないですか」
「首謀者を即時突き出したことが一助となったのは間違いないかと」
マーケット最終日の今日、アズロスの恰好で錬金術部屋にいた。
ジョー誘拐に関してはすぐに解決したから、必要なのは初日からずれた調整と、翌日以降の学園の警備の見直しや王城周辺の見直し。
貴族相手にどうこうは僕にはできなくて、テリーのマーケット視察がなくならないよう、ルキウサリア国王周辺に交渉したくらいだ。
「ハリオラータのこと言ってないせいで、ハリオラータに報復されるんじゃないかって心配されたのはちょっと困ったな」
実は頭目押さえてますとか、テリー、ソティリオス、ディオラに言ってない。
ルキウサリア国王は疑ってるけど、表向きはクトルとバッソは人質を取られて攻撃はできないけど逃げたことになってる。
そのせいでマーケット参加は僕さえ渋られた。
だからテスタに言って、学園内部から第二皇子の視察がほしいって声出してもらってる。
その中に、錬金術科も入ってて、なんとか最終日に調整できたんだ。
「ともかく行ってくるよ」
ウェアレルも出て、僕も学園へ向かう。
行く先は錬金術科のテントが設営された場所。
さすがにジョー誘拐未遂の日は早めに終わり、翌日は昼過ぎからマーケット開始。
学生側もだいぶ予定が狂って、学内は何処もてんやわんやの様子だった。
「やった、今年はアズがいる」
僕を見て、ラトラスが尻尾を立てると、イルメも大いに頷いた。
「えぇ、また皇子が来るというのに発案者がいないのは困るわ」
「そんな、僕がいなくても説明できるはずでしょ」
テントの中で、後輩たちが揃って首を横に振ってる。
さすがに親が宮殿関係の仕事してる医師家系のトリキスは、ちょっと緊張ぎみなくらいだけど。
予想外なのは、逆に遠すぎて緊張感がないネヴロフが一番落ち込んでたこと。
「今回あんまり時間なかったのに、皇子さま来ると他の客も入れられないってひでぇ」
「仕方ないだろう。卒業生が狙われた現場はここだぞ。来てくださるだけでも気遣われてるんだ」
エフィが不敬になるから言うなよって釘を刺すと、ウー・ヤーも考える。
「逆にそれでも来るあたり、第一皇子の影響ということか?」
去年の双子がそうだったからってことだろう。
その時は僕が身を隠して、正体がばれないようにしてたから知らないけど、その時に素直な弟たちは、兄上に教わったと色々喋ったようだ。
一応今日来るテリーには、ばれないようにあまり言わないでほしいとは言っておいた。
錬金術やり始めた時期とか特に隠してなかったしね。
「おーい、いらっしゃったから並べ」
外からヴラディル先生に呼ばれ、僕たち錬金術科はテントの外で待機。
それと、手伝いの音楽科も外へ出て並ぶ。
この人たち、ほぼ趣味でこっちに来てた。
ただあくまで趣味なせいで、今日の皇子のための貸しきりの時間でグラス増やして多重奏しようとか言って自分から手間を増やしてる。
それでリハーサルでほぼ音揃えられたのは、普段から音楽漬けなせいだろう。
「わぁ…………」
声を漏らしたのは平民のトリエラ先輩だけど、僕も内心同じ声を漏らしてた。
だって向こうからやって来るなんか、行列がいるんだ。
しかも制服身に着けてる近衛は、帝国はもちろんルキウサリアの者もいる。
その他にも騎士や衛士が列作って警護してるから、最早一種のパレード状態。
(あ、よく見たら後ろのほう学生がついて来てる?)
(軍事に就職することを望む学生たちです)
華やかな衣装の奥に学生のマント見つけると、セフィラが教えてくれた。
つまり、目の前に将来の目標が歩いてたからついて来てしまったと。
この世界にスマホがあったら今頃パシャパシャしてるんだろうな。
「さ、さすが帝国の皇子殿下」
ワンダ先輩が震える声で強がると、すぐに一歩引かせる羽毛竜人のロクン先輩。
さらにその前に立って壁になろうとするキリル先輩。
いや、体格的に細身だからワンダ先輩を止める役はやめたほうがいいと思うな。
まぁ、一番端にいるからいつものドジを発揮しても大丈夫だろう。
「こちらが錬金術科のブースとなります、テリー殿下」
「去年は弟たちに随分と自慢されて楽しみにしていたんだ」
案内してるのはウェアレル。
テリーも慣れた相手だけど、ヴラディル先生見て目を瞠る。
ウェアレル見慣れてるユグザールも、目で二度見してる。
うん、色違いだし、そう言えば双子とか言った覚えなかったよ。
そして冬なのでさっさとテントの中へご案内。
用意されたお高い椅子にテリーだけ座る。
そしてテントの内外は制服姿の人たちが陣形組むように守りに就いた。
(すごく仰々しい)
(学生を委縮させないよう配慮した数のようです)
誰の思考を読んだのか、セフィラがそんなことを知らせる。
というかこれ、皇子やってる僕にもしたいんだろうな。
ソティリオスもルキウサリア国王も。
第一皇子としても、僕は必要最低限よりさらに少ない人しかつけない。
けどこれだけがっつり守ってれば、変なの寄ってこないし、それこそ入学初期の美人局紛いの押しかけとかも近寄れなかっただろう。
その上で目立つし、これだけの人数動かすなら予定の調整は必須。
何よりことを起こした後でも聞き取りや事情聴取できる人員がいる。
(僕の場合、まずことの結果持ってくるだけなのが怒られるしね)
(最短、最高効率です)
うん、提案してくる側のセフィラはそうだよね。
口頭説明も満足にしないから、後から調べる側は手間増えるだけなんだけど。
だって報告義務ある人、僕が連れてないから。
皇子呼び出すって形になると、王城でも色々形式面倒らしいし。
なんて思ってる間に、テントの中からテリーが外の竈の客寄せを見る。
炎色反応での遊びは五年前にはやったかな?
まだ幼い双子も一緒だったから、僕が見せただけだけど。
あれなら今のテリーもエメラルドの間でできる。
「竜人の魔法は初めてみた。まるで火を手足のように操るのだな」
炎色反応見たことあるせいか、テリーの関心は魔法によるパフォーマンスに向く。
これならエメラルドの間にない金属での炎色反応を用意しておけばよかった。
それもテリーが来てると知ってればなんて、悔いばかりが浮かぶ。
ただ思わぬ成果があった。
それはパレードについて来た、錬金術なんて興味ない人たちが驚いたこと。
テリーを守る制服組について来た軍系志望の学生たちだ。
炎色反応にいい感じに盛り上がりを添えてくれた。
「これは…………兄上もこういうものを作っていたような?」
ちょっと盛り上がったせいで、ワンダ先輩の保湿剤は反応が微妙になってしまったのは、どうしようもない。
だってそもそも製法がウー・ヤーのついでに習ったイルメのを改良してる。
さらにもとをただせばイクトに僕が渡した保湿剤だ。
ウェアレルも困った様子で相槌を打つ。
「元の材料の作り方は同じ錬金術の技法なので、ご覧になったことがあるかと」
うん、植物からのグリセリン抽出って手間だけど、使い勝手いいし作ってた。
だからエメラルドの間で作業途中のものをテリーは見たことあるはずだ。
錬金術科にある同じ道具を使って同じ作り方をしてるんだから、同じものができる。
商品として考えて、細かく改良もしてるワンダ先輩の発想と工夫は評価されるべきだ。
ただ、それはあくまで経過であって、テリーが今見てるのは結果。
似たようなものをすでに知っていると、どうしても反応は鈍くなる。
本当、テリーが来ると知っていたらもっと別物になるように助言したんだけどね。
定期更新
次回:マーケット最終日2




