閑話101:レーヴァン
本当に勘弁してほしい。
他の方々いなかったら、第一皇子には面と向かって言いたいくらいだ。
もちろん言い返されるし、なんだったら第二皇子のこと黙ってたのねちねち言われる。
けどそれでも、あれはないだろう?
なんで賊自分で捕まえてるの? なんで自分で追い駆けてるの? なんで警備呼ばないの? どれだけ隠してても自分が他国に世話になってる皇子って自覚ある?
俺は内心文句たらたらでも、ともかく押しつけられたルキウサリアの王城との連絡のために学園内を足早に進む。
専用の急報を送る鳥を飼ってる塔へと足を踏み入れると、そこに先客がいた。
「これは…………、ミルドアディス卿でございましょうか?」
魔法使いらしい優男は、帝国の宮中警護の制服を着た俺を見て、すぐに名前が出る。
ってことは、俺が第一皇子についてるって知る王城からの派遣か。
そんなのがここにいて、学園でってことは、理由は一つだろう。
「皇子殿下のこと伝える? こっちと一緒でもいい感じ?」
どっちの皇子とは言わずに伝える。
ただなんとなく、この秘密の護衛も第一皇子関係でここにいるんだとは思う。
だって、すごくなんでこうなってるんだ顔してる。
俺と同じだ。
「はい、実は、警護についていたのですが、遅きに失し、ともかくこの事態をお知らせせねばと…………」
「あぁ、うん。俺も知りたい。なんであの皇子さまあそこにいたの?」
聞けば相手は、春にレクサンデル大公国へ行く錬金術科の護衛に当てられた人員。
そこで第二皇子の事件にも遭遇していたという。
皇子のほうが先に把握して、走って、現場にいるって何、とか当時の愚痴が漏れてた。
もういっそ顔知ってるほうが、向こうから声かけて事前に根回ししてくれるかもと、学園のアクラー校周辺に配置されたそうだ。
完全に第一皇子がやらかしてるの知ってる手合いだった。
「今日さ、普通にマーケットにやる気出してたはずなんだよ。ハリオラータ関係で忙しかったとか言って別にサボる気もなくてさ」
俺も愚痴交じりに話ながら、鳥に必要事項を書いた紙を入れた筒を装着する。
そしてお互いが別々に鳥を放した。
だって、報告する内容が多いんだよ。
「なんで目の前で卒業生が攫われたからって、学生たちだけで追い駆けるの? そこは通報だろ? 連絡だろ?」
この前提を説明しなくてはいけなくて、別々になった。
駆けつけたこの護衛も、皇子が一番に走って行ったという状況に頭を抱えたかっただろう。
しかもそれが他の錬金術科の同学年巻き込んでの暴走だ。
「その、入学当初からアクラー校生に絡まれ、自衛のためにあの学年は常に他者を制圧できる錬金術の何がしかを携帯しているとか」
「怖!?」
え、何? 私兵でも育てようとしてるの、あの殿下?
「錬金術科に入るって変わり者だろうとは思ってたけど、そこまで?」
「いえ、どうもエルフと海人の学生の生家が武辺らしく」
「あー、あの魔法学科からの編入性も、レクサンデル大公国の軍関係目指してたはず」
ハマート子爵だっけ。
初めて第一皇子がルキウサリアに来た時に喧嘩を売った子供。
「あと二人が獣人ってことは、心得なくても人間よりも動けるのか」
「そのようで。この機にと、聞き取りに交えて普段の様子も探ってみたんですが」
けっこう抜け目ないな。
いや、あの第一皇子どうにかしようってんなら、できる奴じゃなきゃ回されないか。
下手に近づくようだと利用されるだろうし。
うん、自分で考えてて嫌になるな。
「普通のことのように言うんです。あの学年は、敵が目の前にいれば襲い掛かるというか、かかる火の粉は全力で火元を潰しに行くというか」
「怖」
第一皇子が全く自重してない疑惑が、もうヤバい。
さすがに同年代の子供の中だから自重してるかと思ってたよ。
これ調べ直したほうがいいか。
絶対誰か隠れ蓑に、好き勝手やってるだろ。
くっそ、冷遇して端に追いやるから、隔離されてる分中が見えないのをいいことにこういうやり方身につけちゃって。
第一皇子の家庭教師は絶対に情報止めてるし、錬金術科の教師は放任で王城からの依頼捌くほうに時間取られてて報告とかしないし。
講師は学生と同じく伝手なんてないから様子がわからないしなー。
「いやぁ、二年前の錬金術科の状況調べてみたら、けっこうひどくて。そこに入学したあの方とその周囲が好戦的に足場を築く動きは、予想してしかるべきだったかと」
「あのな、あの皇子さま、宮殿だとどんくさいと思われてるんだよ」
「は?」
「そう思われるように大人しくしてたの。七歳頃から」
「怖」
俺と同じ言葉を漏らす護衛。
うん、そんな子供やだよね。
けどそれがあの皇子の成長前なんだよ。
遠い目をする俺に、護衛は恐々聞いて来た。
「まさか、今も? あれだけの才能があっては、隠し通すとか無理ですよね?」
「もちろん。大抵の貴族騙されてるし、なんだったら宮殿が占拠されたあれで、ようやく一部に知れた感じ」
「今年のことですよ!?」
もしかしたら俺と出会うよりも前、十年前から騙してたかもとかあるんだけどな。
宮殿であんなことなければ、今も隠れ続けてたまである。
父親にばれたのは、明らかに皇帝と皇妃の動きが変わった五年くらい前か?
これもばれてなかったら隠し通す気だったんだろうな。
そのままだったら、こうしてルキウサリア来て問題起こさなかっただろうに。
今さらながら恨めしい。
「あ、そうだ。追い駆けたのは本人の判断だけど、お咎めとかってそっちどうなってる?」
自分の身に降りかかった不幸を思って確認すると、途端に護衛は顔色を悪くした。
「帝都よりの殿下のために、配置を密にし増員していました。その上での失態なので、また上の者が変わるかと」
「え、あ、そうか。ハリオラータ」
こっち来てから聞いた話だ。
魔法研究施設、収穫祭、ハリオラータ幹部の脱走未遂と、三度にわたって侵入された。
当のハリオラータからの情報提供でわかったのは、内部で手引きしてた人員や、ハリオラータ独自の技術による目くらまし、特殊技能を使った潜入術の数々。
知らずに対処しろというのはあまりに酷だが、責任を取る必要がある案件。
「侵入がわかるたびに責任を取るために首を切られて、夏の終わりからもう四人目も今回でまた変わるでしょうね」
「えー、未遂なのに?」
「全部未遂で済まされていますよ。皇子殿下のご助力で」
「あー、うん。けどそれって逆効果じゃないか? そんなに頻繁に変わってたら下が混乱するだろ」
「それもあるんですが、収穫祭の時には可能性を示唆されていたために軍の増援がありました。幹部の収容に当たっては刑務官ややはり軍が。さらに今回は王城から儀仗兵に紛れて親衛隊からの増援もあり…………」
「あ、待ってまってまって。…………え? 被害甚大すぎない? 全部首きりするの?」
「私の立場ではなんとも」
それしたら絶対各所に影響出るし、余計に動きが鈍るって。
というか、ハリオラータ関係で鈍ってるの、そのせいじゃないか?
貴族なんて一人切って終わりじゃない。
その家の問題になるし、王家との信頼関係の禍根になる。
けど関わってるのが皇子だ。
生半可なことをして、後から帝国に文句つけられるのもさらなる外交問題に発展してしまう。
「…………皇子殿下にその辺り伝えて、ちゃんと根回ししてくれるか、処分の軽減申し出るように言ってもらうわ」
それが一番穏便に済む。
というか、あの皇子さまは他人どうでもいいから、知らないところで責任取られても困るとか言いそうだし。
そういうひと言を上の者が言い添えるってことをしないし、する習慣がないんだ。
近い相手ならそういう気遣いできるのになぁ。
「慣れてないせいで…………」
なんて呟きが漏れると、護衛から視線を受ける。
すごい不思議なものを見るような感じ。
「何?」
「いえ、ミルドアディス卿は、皇子殿下に物申せる豪胆なお方なのだなと」
「いや、あの方言わないと察してくれないから。あと、別に言っても言い方気をつければ咎めないし」
「そう、なのですね」
知らなかったってことは、護衛としての距離守ってたわけか。
うん、手早く済まそうと思って近づきすぎたのは俺だよ。
けどこれで、ちょっとは言い訳にできそうなネタができた。
ユーラシオン公爵のご子息にも、ディオラ姫にも苦言受けてたし。
そもそも皇帝が動きを怪しんでのことって言うのが、今回の第二皇子のお忍びだ。
実際隠してることありありだし、屋敷のほうでそこらへん言い訳に使おう。
「私はここにいますので、鳥が戻った際にはお知らせしますよ」
護衛の善意だが、今は戻りたくない気分のせいで溜め息で答えることになった。
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