248話:獣人豪族の禍根3
競技大会は盛況のうちに終わった。
一日でやり切った獣人たちの体力もすごいけど、圧倒的な勝利を収めたヨトシペは、超人と呼ばれるにふさわしい成績を残してる。
もちろん勝ち越しじゃない。
レスリングは速攻が決まれば勝てたけど、一度いなされると体の軽さで負けてしまった。
そんな中で大々的にヨトシペを表彰し、優勝したことで罪を許すと言っても、文句は出ないで済んでる。
他の豪族たちが妄想した栄誉も、実利がないことを隠すおためごかしができた。
そしてイマム大公は祝いの席を用意し、争っていたはずの獣人豪族たちは互いに集まって健闘をたたえ合うようになっている。
「良かっただす。これで山に登る許可もらえたでごわす」
優勝者のヨトシペは上機嫌で僕の隣にいる。
ヘルコフも通訳という名目で側にいた。
そしてソティリオスはユーラシオン公爵家の従者を連れて、イマム大公と挨拶回り。
僕はお偉い貴族じゃないので、壁を背にしてぼんやりしてればいい。
別に顔繋ぐ必要ないし、自重ってヘルコフにも言われてるから大人しくしてる。
「これ美味しいどす。アズ郎も食べるでげす?」
「いやぁ、さすがにもういいかな」
もりもりと用意された食事を口に運ぶヨトシペは、すでに二十皿以上を空にしてる。
しかも一皿が山盛りで、僕も知らない料理は味見したけどそんなに食べられない。
なのにヨトシペは今も手と口を動かして皿を一つ空にする。
「あらあら、今日の英雄さんは健啖家なのね。素敵」
近づいてくるのは猫の獣人で、声からして女性のようだ。
まぁ、そうでなくてもヨトシペみたいに実用性重視のどっちかわからない恰好じゃなく、ドレス着てるからわかりやすい。
そして見慣れた家猫の獣人よりも全体的に大きくすらりと手足が長いからたぶん山猫だろう。
そして山猫の獣人さんはイマム大公の婚約者だと名乗った。
上機嫌にグラスを傾けてる姿は、すでに酔っているようにも見える。
どうやらロムルーシでは、完全に子供の飲酒制限がない。
そのせいで酒の場に子供がいても気にしないんだとか。
(寒さ対策と、身体強化って内臓も強めるのかな?)
(主人曰く、毒への耐性は内臓機能によるもの。そうであるならば獣人に毒が効きにくいという特性と合致します)
獣人は人間に比べて毒が効きにくいと言われる。
それは逆に薬も効きにくい体質で、薬学の権威であるルキウサリアのテスタに聞いたことがあった。
本当にこの世界の人間って種族的に弱いけど、それと同時に適応しやすいんだなと思う。
「英雄さん、あなたもお酒は如何? あら、行ってしまったわ。ごめんなさい」
「気にしないでいいどす。お酒苦くて好きじゃないだす」
間にヘルコフ挟んで話す間に、婚約者がお酒をお代わりした。
ヨトシペの分もって思ったら、馬獣人のボーイはすっと遠ざかってしまったんだ。
なんとなく目で追うと、別の山猫の獣人にお酒を渡しているのが見えた。
(もしかして、種族で飲んじゃいけないもの、あるのかな?)
(飲んではいけないとはどういうことでしょう?)
(えっと、犬猫には玉ねぎ駄目って前世で言われてたんだよね)
(家庭教師ヘルコフは食べていました)
熊は知らないなぁ。
でもワゲリス将軍ベジタリアンだし、やっぱり食べられるものの違いありそうだよ。
それで考えるとヘルコフって人間と同じ雑食?
僕がそんなことを考えてる側では、女の会話が花を咲かせていた。
「英雄じゃないだす。大したことしてないどす」
「いいえ、あなたは私にとって世界を変えてくれる英雄に等しいの。実は…………これでようやく大公閣下との結婚の話を前進させられるのよ」
口元に手を添えて話すけど、ヘルコフが訳してるから僕にも聞こえる。
その上で、婚約者は心底嬉しそうに笑っていた。
人間だったら頬染めてそうなくらい上機嫌だ。
なんだか盗み聞きっぽいけど、聞こえた話では、どうもイマム大公はやっぱり若くて周りから反発があるらしい。
本当は継いだ瞬間結婚の流れになっておかしくなかったけど、反発に尻込みした山猫の親族が、結婚するには獅子か鹿の諍いどちらか止めろと言っていたんだとか。
そうじゃないと山猫の獣人たちも巻き込まれるからだって。
「こんな誰も傷つかずに済む解決なんて、本当にありがとう。あなたは私の英雄よ」
「それあーしじゃないでげす。アズ郎どす」
おっとこっちにお鉢が回って来た。
どう巻き込まれないように済ますか考えつつ愛想笑いした瞬間、咆哮が響き渡る。
猛獣のような声と、ガラスの割れる音が散発的に広がり、僕は身構えるしかできない。
悲鳴を上げた婚約者の視線の先を見ると、イマム大公が苦しむ様子で座り込んでる。
側にいたはずのソティリオスは、ユーラシオン公爵の侍従たちに庇われてこちらに逃げて来ていた。
ヘルコフはすぐに僕を庇える位置に動いて、周囲の状況を確認する。
「こりゃ…………猫系の獣人たちが苦しんで暴れてる?」
「え? そんな、でも…………私の親族たちは皆無事です」
ロムルーシ語で言ったヘルコフに、婚約者は耳を限界まで下げていう。
確かに山猫の獣人らしい、虎や獅子に比べて小柄な人たちは困惑して竦んでいるのが見えた。
「ともかくどうにかしないと。っていうか、苦しんでるって何か悪いもの口に入れたりしたってこと?」
「いや、イマム大公は会場の酒を飲むしかしていなかった」
こっちに逃げてきたソティリオスが教えてくれるけど、僕たち人間じゃ暴れる大型の獣人たちの相手なんてできない。
だからヘルコフを盾に暴れて寄って来る獣人は乱暴にでも遠ざけてもらっていた。
「口に入れたものがまずいなら、吐かせるよ。けど、それをしても怒られない人って誰か僕にはわからないんだ」
「イマム大公相手はまずい。治療手段だと明示しなければ家同士の問題に発展する」
ソティリオスも状況を改善しようにも、どうすればいいのかわからないようだ。
助ける相手として一番なのは、命令が出せるイマム大公。
だけど無闇にすると、こっちが責められる。
それはアレルギー起こしたフェルに、同じようなことしたからわかってた。
「では、あちらのピューマの獣人を! あの者は今回の競技大会で使った施設の建設に協力した商人です! 大公閣下よりも問題は起きません!」
内情をわかってる婚約者が、貴族でない相手を教えてくれた。
僕たちはすぐに行動に移る。
と言ってもヨトシペに捕まえてもらって、僕とソティリオスで魔法で作った水を飲ませそのまま吐かせただけだけど。
お高い絨毯はすでに他が暴れてるせいでボロボロだから、治療行為ってことでそのまま胃の内容物を吐いてもらう。
「おぇ、げほ…………うぅ、気持ち悪い…………」
「正気に戻りましたか?」
「あ、あぁ…………」
「よし、効果は確認できた! 暴れる者は捕まえて吐かせろ! それで正気に戻るぞ!」
僕の確認にピューマだというメスライオンに似た姿の男性獣人がぶるぶるしてる。
セフィラに走査させると血圧が下がってるらしいから、温めることもお願いした。
僕の言葉に応じて、ソティリオスがすぐに周囲の獣人たちにも命じる。
「力ならば我が一族はあの超人にも勝るのだ! 臆するな!」
「力だけでかたづくものか! 超人には後れを取ったが、獅子にも劣らなかった我が族の速さで制圧してくれる!」
「力も早さも偏っているだけでは足りんのだ! 超人も総合力だったではないか!」
最初は役得づくだった牛はけっこう競技大会に拘りが生まれたらしく、力こぶを誇示して征圧に動く。
元からプライド高いらしい鹿のほうが目立とうと動くと、最初にヨトシペと諍いを起こした猪は、言いながらすでに走り出して、暴れる猫系獣人たちを次々に転ばせ始めた。
「ヨトシペ、お前も守りに徹しろ! 俺らが守るんで、お二人は吐かせるための水を!」
ヘルコフの指示で、水の魔法が使える僕とソティリオスは正気に戻すため走り回ることになった。
五人くらい吐かせたところで、イマム大公が半ば復活。
指示を出して使用人たちに大量に水を運ばせてくれる。
そしてなんとか全員が沈静化した。
「はぁ、はぁ…………。うぷ…………」
「閣下、ご無事ですか?」
「君は、無事か?」
「はい、私は何故か」
まだ不調なイマム大公に、山猫の婚約者が寄り添う。
「これは、猫科にだけ効く毒だ。…………狂化薬。あまりに危険で製法さえ断絶させるべく先祖が努めたはずだが」
どうやら盛られた毒に、イマム大公は心当たりがあったようだ。
酩酊に近い思考力の低下の上、狂ったように暴れて力を出し切り、処置が遅れれば死に至るとか。
「おかしいではないか、何故それが出て来る? イマム大公が飲むのもおかしいが…………そうであれば、その婚約者が画策したのではないのか!」
気持ち悪そうな獅子が吠えるように声を上げた。
山猫系だけ平気だったのは他にも見ているし、あまりのことに婚約者は声も出ない。
けどイマム大公は婚約者を抱きしめたまま離そうとはしなかった。
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