247話:獣人豪族の禍根2
「ヨトシペと諍いが起こったのは、ルールが周知徹底されてなかったからだ。だったら共通のルール設定の上で、いっそ競えばいいんだよ」
僕の眼前には木で急造した柵と、通路、そして観覧席が円を描いていた。
一緒に並んで高い位置から見下ろすソティリオスは、中央に並ぶ顔ぶれを眺めて呆れる。
「だからと言ってこれは、なんとも…………」
「出来レースだよね」
「ははは、愉快なことだな」
言葉を濁すソティリオスに、僕はもう気にせず言う。
一緒に競技を観てるイマム大公も上機嫌にグルグル喉を鳴らしていた。
そして僕たちが見る陸上トラックでは、獅子、鹿、猪、牛の獣人たちに並んで、ヨトシペがスタートラインに立っている。
文字どおり号砲として鳴らされる大砲に、まず弾かれたように鹿の獣人が飛び出した。
「おぉっと! ヨトシペ選手早い! 鹿の脚力でも引き離せない! これは、これはー! またもやまさかの番狂わせ! ヨトシペ選手ゴールです!」
解説と審判をする席から、獣人が叫ぶ。
身体強化が魔法で行えるからこその力技での解説だ。
そしてそんな実況席の側が一番人気らしく、獣人たちが詰めかけている。
目の前で繰り広げられるのは陸上競技は、何度走ってもヨトシペの速度が衰えない。
八つの競技の内、今の徒競走は五番目なんだけどまだまだ一人だけ元気だ。
「よく考えたもんですね。公平を期すために、獅子の爪、鹿の角、猪の牙、牛の数を制限するなんて。そりゃ、単体で馬鹿みたいに強いヨトシペが勝ちますわ」
一人立って観戦してるヘルコフが、足に自信のあった鹿の獣人が地面を叩いて悔しがる様子を眺めて同情的に言う。
全員の強みを潰して公平を謳ってるんだから間違ってはいない。
その上で、罪人として身柄預かりをしているイマム大公の名前でヨトシペを投入した。
この突発的な競技大会に、まず恥をかかされた猪の豪族が応じ、次にイマム大公を越えようとする獅子の豪族が勇んで参加。
そして力勝負だけじゃないと知って鹿の豪族が頷くと、揉ませてやろうと最後に牛の豪族が鼻息荒く参入した。
「優勝すれば、大公の名の下に栄誉と褒賞を与えると喧伝した途端に欲を出した。あれはいい謳い文句だったな」
「あの、僕じゃ何を差し出すとも言えないから例示しただけですから」
「いや、どう考えても相手を錯誤させるための言葉選びにしか聞こえないぞ」
悪くとるイマム大公に言い訳をすると、ソティリオスまで裏を疑って来た。
確かに勘違いしてくれるかなくらいではあったけど、そんな意地悪な思惑じゃないよ。
争う理由がバラバラだから、同じ場に揃えるにはそれぞれの動機に沿った勝ちたいと思う謳い文句じゃなきゃいけなかった。
栄誉ということで、猪は雪辱を、獅子はイマム大公を負かすことを、鹿は古い一族である誇りを、牛はより良い権利を。
それぞれ勝手に想像してくれる文句じゃないと。
「本当に思いつきだし、もっと面白い種目考える時間あれば…………」
「十分面白い。見世物としても良い。水への飛び込みが始まるのが待ち遠しいほどだ」
イマム大公が悪い顔をする。
八つも陸上競技は思いつかなかったし、開催一日限定だから、僕は最後の競技として飛び込みを提案した。
近くに湖があってそこに櫓を組んである。
身体強化がある獣人だからこそ可能な競技とは言え、下手すれば怪我をするだろう。
僕は三メートルくらい登っただけで、もう無理な高さだ。
一番高い所で十メートルだけど、そこは風もあって登りもしなかった。
競技としては下から飛び込んで行って、飛び込めた者が上へ登る生き残り戦。
恐ろしくて飛び込めないならそこで失格だ。
だからイマム大公も十メートルの最高位置から飛び込むことは想定してない。
ただ恐れおののくことを予想してワクワクしてるという、いい性格なだけ。
いや、それだけ豪族たちに悩まされたってことかも知れないけどね。
「アズロス、何かあるような顔をしてるぞ。問題があると思うなら申し上げろ」
「うーん、思ったより種族の特徴が大きいから、ヨトシペみたいな人がいないと次はここまで盛り上がらないと思います。それに、何度かやれば飽きがくるだろうし。勝てもしない競技にいつまでも参加するとは思えません」
「なるほど、だからバランスを考えて闘技も入れたわけか。その上、こうして使えば組織に組み込みにくいヨトシペも効果的に使える、か」
イマム大公がいう闘技というのはプロレスのことだ。
爪なし、角なし、牙なしで、その部位をあえて触ったり、出すのも駄目。
体の重い牛が優勢だけど、そこはヨトシペに低い所から速攻で襲う戦法を教えた。
かつてオリンピック女子レスリングで、人類最強の女がやってた戦法だ。
実際それでヘルコフも倒されてたからたぶん牛相手にも通じる。
「よくそれだけのことを思いつくものだ」
「アズロスは物事の捉え方が独特なのです」
イマム大公とソティリオスがそんな会話してるけど、否定はできない。
だって前世を参考にしてるんだ。
この競技大会も、前世で東京オリンピックがあったから思いついたもの。
なんか特番でオリンピックの起源とかやってたんだよね。
それでノーベル賞樹立に至る戦争の激化とか、ノーベル賞樹立の翌年に第一回近代オリンピックが世界平和を祈念して開催されたとかやってた。
古代オリンピックとの違いもやってて、古代は神事から発生したから、歌の競技とかあったらしい。
歌を競技化するっていうのを言ってみたら、採用したのはイマム大公だから、イマム大公もけっこう物好きなんじゃないかな?
「できればこれは定期的に開催して、興行化したいが」
「いえ、選手を鍛える期間と休ませる期間を作らないと。こんなの耐えられるのヨトシペくらいですよ」
乗っていたイマム大公は、僕の言葉でちょっと冷静になる。
というか、ヨトシペという外部の例外を理解して、今後の展開を考え出したようだ。
「ふぅむ、主催者として見るだけも…………。だが、参加者となっては…………」
「虎の方々もやりたいって声は聞きましたな」
悩むイマム大公に、ヘルコフが大公家からの声があることを教えてくれる。
今回あくまでイマム大公は主催者にして表彰者、そして仲裁者でもあった。
ヨトシペについては、後見というか身元引受という役割だけで、参加はしてない。
だからこそ一選手扱いの他の豪族たちに上から物が言える立場を確保してあった。
これは誰が勝ってもイマム大公の名の下にことが取り諮られる。
つまり勝敗は二の次でいい。
上手く参加させて同じルールの下に従わせたらイマム大公の勝ちなんだ。
本当に出来レースなんだよね。
「アズロスが言うとおり、選手を鍛えることを名目に、次の開催は先に延ばすのも有用でしょう。そうすることで、諍いの記憶を忘れさせる時間を作れます」
ソティリオスがまた僕の裏を邪推する。
単にオリンピックが四年ごとに開催してたから言っただけで、いや、確かにそういうことにも使えるからいいんだけどね。
ただあくまでそれはソティリオスの意見だ。
「競う意義を変えるならば、確かに我が一族からも選手を出せるな」
たぶんイマム大公にも参加を望む声は族内から届いてる。
けどこの優位も惜しいんだろう。
主催に徹するからこそ上から物が言えるけど、同じ選手側に回ればそうもいかない。
「では、大会運営のために各族から代表者を呼び集め、その代表になられればいいのでは? そうすれば、創始の一族にして、主催の代表という名目が立ちます」
「…………本当によく思いつく。それなら体裁も悪くない」
「楽しみたいなら楽しむ方法を考えるだけです。残念ながら、僕では獣人の選ばれた選手たちに敵うとは思いませんが」
いや、本当無理。
徒競走だけでも、ウサイン・ボルトも真っ青な速度なんだよ。
っていうか、犬が自動車追い駆ける動画を見たことあるけど、ヨトシペって自動車並みの速度なの?
今は短距離走を終えて、次の長距離が始まろうとしている。
これは中継とかできないから、目の前の陸上トラックで一時間かけての総距離を競う形だ。
つまり体力勝負なところあるんだけど、ヨトシペはまだまだ元気。
さすがに疲れも見せないヨトシペの異常さに、他の獣人たちも気づいてる。
だって他は一競技ごとに選手交代なのに、ヨトシペだけは罰も含めて一人で参加だ。
最初は笑っていた獣人たちも、今では猪さえ恐ろしいものを見るような 目をしてる。
「うーむ、体力勝負も入れなければ牛や猪に不利すぎて誘い込めなかったとはいえ、これは少々退屈だ。次は早い内にやるか」
イマム大公はグルグルトラックを回る選手を見て、尻尾を不満げに揺らす。
「では次からはこの時間に歌をやりますか? 走るのに邪魔にならない競技を中央でやらせるんです。それか、思ったよりも解説が人気なようなので、選手の紹介や応援の言葉を事前に集めて読み上げてもいいかもしれません」
言ったらイマム大公がじっとこちらを見据えて来る。
何かと思ったらヘルコフに頭を撫でられた。
「本当この頭の中どうなってんだろうな。いやぁ、学園戻ってから何するか話聞くのが楽しみだ」
「そう言えばこの留学でも錬金術を深めるために来ているのだったな。留学を終えた後は何をすると決まっているのか?」
ソティリオスまであまり重要ではない話を振って来た。
意図を考えていると、セフィラが告げる。
(警告を受けました。目立ちすぎであると。レーヴァンの戯言を本当にする気がないのであれば自重すべきだそうです)
それって、目をつけられて留学から帰れないとか言ってた、あれ?
そんな大公なんて呼ばれてるいい大人が学生の子供を頼るなんて、そんなまさか…………まさか、ね?
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