244話:円尾と厄介ごと4
魔物の毒を解決して、イマム大公の屋敷で数日対処に残ったあとは首都スリーヴァへ戻った。
そこで儀礼的に僕とソティリオスは学校へ向かう。
僕はおまけなので行き先は教養学科だ。
そこで挨拶だけはすることになったけど、しょっぱな日を跨いでの遅刻だから雰囲気はよろしくない。
あとやっぱり錬金術科と自己紹介すると笑われた。
けっこう獣人も歴史的には錬金術を活用してると思うんだけど、ここでも廃れているようだ。
「今声を上げた者。文句があるなら私に言え。その勇気と理論を述べるだけの頭があるならな」
ソティリオスが一緒に留学するからには頼るようにと言っていたのは、どうやら口だけではなかったらしい。
ただ庇うにしても喧嘩売る方向なのは、ユーラシオン公爵のプライドなの?
そして獣人の学生たちを威嚇したあと、まだある問題の解決のためにイマム大公の元へ向かうことになった。
「次は魔物の糞害、ですか?」
「そうだ。一部に魔物の群れが住みついてしまってな。群れが大きくなって駆除も難しい上に、その分排泄物も溜まっている。しかも風上にいるせいで風下の村や町が…………」
言葉だけだと大した話ではなそうに聞こえるため、またイマム大公と問題の場所へ移動することになった。
僕は貴族ってことでソティリオスとイマム大公と一緒の馬車に乗せられる。
ただ一番立場が低い設定だから会話には入らないでいい。
ヘルコフとヨトシペは別の馬車で、そっちにはイマム大公の部下が同席して説明しているそうだ。
「アズロス、お聞きしたいことはあるか?」
傍観でいいかと思ったらソティリオスが振って来た。
「風下の住民に病の可能性があると思う。ただ糞害だけを問題にするなら、なぜそこに居続けるかが問題かな。群れなら食事を食い尽くすだろうから時と共に移動するだろうし」
僕はソティリオスに応え、そしてソティリオスがイマム大公に伝える。
声聞こえる距離で面倒な手順だけど、イマム大公は学外の人だから学生の無礼講なんて通じない。
後で文句言われたり、揚げ足を取られるなら貴族らしいやり方を守っていたほうがいい。
勝手にヨトシペと喋ってて、後でソティリオスに注意されたしね。
この辺り、やっぱり僕は皇子としての教育不足なんだろうな。
「今はまだ悪臭によって体調不良がいるくらいだ。嗅覚の違いで反応もさまざまだが」
やっぱり風下は大変なことになっているらしいし、だから大公自身が解決に動いているようだ。
「実は、とある錬金術師を名乗る者が魔物を家畜化しようとした結果なのだ」
「え…………?」
イマム大公の説明に、ソティリオスも僕を見る。
家畜なら畜産で、科学ではないけど自然の中に動物を含むから、自然科学なら錬金術にもあたる、のかな?
「途中までは成功していた。魔物を畜舎で飼うことができていたそうだ。数を増やして食肉として売りにしようというところまでこぎつけた。ところが、結果が出る直前に件の錬金術師は亡くなり、子もいなければ弟子もいない。継承する者がなく、死後三十年放置されたことで家畜化した魔物が野生化した」
「うわぁ…………」
つい声を漏らしてしまったけど、イマム大公は深く頷く。
「畜舎はすでに荒れ果て、周辺で群れを作って魔物は繁殖。調べようにも完全に縄張りとして魔物が守るために立ち入ることもままならない」
「であれば、討伐は?」
ソティリオスが常識的な提案をする。
「何度か行った。だが成果はない。近くの高台から目視で計測したところ、三千頭に増えていた。元畜舎だった場所を中心に周辺全てを縄張りにしている。山を背に二つの川に挟まれた地形のため、そこ以上には溢れていないが」
その分糞尿もその場にとどまって堆積し、悪臭の元になっているということだそうだ。
それに数が尋常じゃない。
数匹討伐して間引いても焼け石に水だろう。
「アズロス、どう思う?」
「何か三千頭を賄える食糧があるんだろうね。ただそれを排除できても今度は三千頭がその場を離れて人を襲う可能性がある。一番は、定期的に狩る人を用意することかな。時間をかけて数を減らし縄張りを狭めて糞の除去を少しずつしていくのが確実かな」
というか、一気にどうにかする必要もないし。
けどイマム大公はすぐさまの解決を求めているから僕らを連れて来てる。
さっきの病のもまだって言ってたし、つまり前兆があるのかな。
だから今この時に対処を画策してる?
「秘宝なら一度の使用で解決すると思うのだが?」
イマム大公が突然差し挟んで来た要求に、ソティリオスは怯む。
つまり、これはトンネル作りと同じ用法かな?
強い力で山を壊す、それによって川で逃げ場のない魔物を埋める。
「使いません。使わずに解決を、してみせます」
「そうか」
ソティリオスは使えないからこそ拒否するし、イマム大公はできなければまた使用を迫るつもりらしくすぐに退く。
なんだか重い沈黙が満ちてしまった馬車で目的地に到着した。
「こっちでな、ヨトシペが単身乗り込んで様子見くらいできるって言ってますよ」
「でも呼吸できない悪臭だったら、限度がごわす」
合流したヘルコフとヨトシペも、同じ説明を受けた上で提案して来た。
それも考慮に入れた上で、イマム大公の案内で魔物を見下ろす高台へと登る。
すると読んで字の如く犇めく魔物が眼下に広がっていた。
相手は単眼、六足の牛の魔物だ。
風上から見てるのに、それでも立ち上る悪臭がひどい。
というか、あまりの悪臭で獣人たちが揃って毛を逆立てている。
(セフィラ、僕たちは離れるから、走査をお願い。たぶん柱の立ってるあれが畜舎だ。その近くに竈の跡がないか探して。そこが死んだ錬金術師の住まいのはず。三十年近寄れなかったなら、壊れてない家具の中に実験の記録が残ってるかもしれない)
(了解しました)
僕たちは眺めた後に逃げるように高台を下りた。
ヨトシペもさすがに息を止めていても無理だと毛を逆立てたまま首を横に振る。
「だろうな。狩人たちも臭いに耐えることができない。数匹群れから誘き出して狩るのがやっとだ。一度使った手は次には使えず、魔物が忘れた頃を狙うしかないそうだ」
つまり僕の間引き案はすでに検討して、想定以上に時間がかかることがわかってる。
イマム大公はソティリオスに目を向ける。
そのソティリオスは考えるけど妙案は浮かばないようだ。
「人手を多く用意できるなら、半数程度は減らせるんだけど」
「ほう?」
「本当か、アズロス。どうするんだ?」
イマム大公が半信半疑の声を上げると、ソティリオスが詳細を求めて来た。
「僕では技能が足りないんだ。だから知識を持っている人の助けが必要になる。けど、減らすだけなら地形的に乱暴な手が使えそうだなって」
正直、やることは洞穴ごと焼いたのと変わらない。
「出口が一つなら、そこにあの魔物が登れない深さと傾斜の溝を掘る。そしてこの山のほうから強く風が吹く日を選んで火をかければ…………」
「火に追われて逃げて、溝に落ちるのか? 確かに混乱したところを狙った上に、火と溝の二段構えなら、可能性があるかもしれない」
「さらに馬車の中で気にしていた食糧の話か。そこに三千頭を養う食があったとして、燃やし尽くしてしまえば、以後増えることもなくなる」
ソティリオスとイマム大公は、もう僕の直言を気にしないみたいだし、ここはもう少し説明を加えよう。
「大元の糞害も燃やしてしまえば、煙の悪臭はあっても以後延々と魔物から発される悪臭はなくなります」
「溝だけでは三千も落とすことはできないだろう。となると、先に出口のほうへも火をかけるか? いや、水に逃げた場合のために船を出しておくことも必要になるだろう」
僕の話を聞いているのかいないのか、イマム大公は本格的に思案し始める。
しかもどうやら案だけの僕と違って、実際に動かした際の人員配置も思い描いているようだ。
「よし、逆だ」
考えをまとめたらしいイマム大公の声に、ついて来ていた大公家の部下たちが反応した。
「魔法使いを揃えて風の向きを山側に吹くようにする。そして火で奥へ追いたて、山側から上方を押さえて攻撃をさせよう。突破のために火に向かってくるなら溝に落として対処させればいい。水を渡るなら船から襲って沈める。確かに群れて一斉に動くのが問題だったのだ。ならば、一斉に動くことで死地へ向かうよう誘導すればいい。良い考えだ」
そう言って、イマム大公は虎顔で唸る。
これは猫が上機嫌になって喉鳴らすようなものかな?
威嚇音にしか聞こえない低さなんだけど。
「というかもう、僕が考えるよりしっかりした案纏めてるし…………」
僕たちそっちのけで、イマム大公は部下の人たちに早速指示出してる。
そして結果、イマム大公指揮の下で魔物の掃討作戦は決行され、無事大半を駆除できたのだった。
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