192話:ラクス城校魔法学科2
午後から学園に登校し、アクラー校の錬金術科へ行くと、教室から言い争うような声が聞こえた。
「星の運行に従って、精霊が生じるかどうかを検証すべきだと…………!」
「だからそれだとフラスコが足りない。いいか、イルメ。実験は数をこなすだけじゃ永遠に実証には至らない。それこそ時間の無駄だ。より確実な理論の元に絞れ」
どうやらイルメがフラスコの靄の変化のなさに焦れたようだ。
ヴラディル先生は実験とは何かについて言い聞かせているらしい。
確かに数をこなしてどうにかなる実験じゃない。
何故生じるのか、生じないのか、その検証と理論立てがまずできてないんだ。
「お、アズ。せっかくだけど、授業開始遅れそうだよ」
猫獣人のラトラスが片耳をこちらに向けて声をかけて来た。
僕は席につきつつ、状況を確認する。
「星とかって、イルメはどうしたの?」
「エルフのほうだと占星術的に精霊と相性のいい日が近いと言い出したんだ」
「ヴラディル先生は、あの靄が何かを突きとめるほうが先だって言ってる」
ウー・ヤーは興味ありげにイルメたちを見ており、ネヴロフも反対ではない様子。
フラスコの中身に対する検証は行き詰まりぎみだ。
そう簡単に結果出されても、僕とセフィラが頭抱えるけどね。
だからってひと月進展がないなら他のアプローチを考えるのはわかる。
ただ今あるものを調べ尽したとも言えない。
ラトラス案のお酒に浸けるとか、ネヴロフ案の凍らせるとか、ウー・ヤー案の一つのフラスコに集めるとかやっていないこともある。
それらはセフィラが生まれた過程とは関係ないけれど、靄が何かを考えるにあたっては、どの刺激に反応するかは見ておくべきだとも思う。
「イルメまだ退く気ないみたいだし、ラクス城校のほうでの話しようか」
ラトラスが片耳だけではなく、体ごと僕のほうに向き直った。
学園のある街にディンク酒の店を開くのは、ラトラスの通学もあるけど、馴染みのある帝国貴族向けの販売が目的でもある。
その上で僕経由でルキウサリア国王にはすでにディンク酒を回してあった。
だからラトラスの親がやってる店には貴族の使いが出入りし、貴族の情報が集う。
しかも情報源はラクス城校に通う生徒のいる家がほとんど。
そこは、店に出入りして情報収集してるヘルコフからも聞いていた。
「どうも今年のラクス城校の魔法学科は荒れてるらしいんだ」
「荒れてる? 殴り合いでも起きてるのか?」
わからないネヴロフに、僕は訂正を入れる。
「基本王侯貴族の子女が集まるラクス城校だからそんなことはしないよ。ただ生徒同士平等は謳ってるけど、将来関わる家の事情を無視することなんてできないんだ」
だから勢力争いだとか、マウントの取り合いだとかが起きている。
それが高じてギスギスしてるくらいは知っていたけど、荒れていると言われるほどか。
「生まれがいいはずだろう? もう少し禍根を残さないようにできないのか?」
「特に魔法学科は家督に関係ない生徒が多いんだよ。自分で身を立てるからには、目立ったほうが勝ちって感じ。学生時代の悪評なんて、国を別にしてしまえば遠隔地でのことだ」
ウー・ヤーに答えると、ラトラスが肩を落とす。
「あれ、アズも知ってた? 次に喧嘩売ってくるのはラクス城校の魔法学科だって」
「え、そこまでは知らないよ。どういうこと?」
すごい不穏なこと言い出したんだけど?
「ほら、ネヴロフとウー・ヤーが入学式の日に絡まれたって子爵のとこの。あれが息まいてて、向こうの先生には申し入れしてるって」
「五対五であるなら問題ないだろう? 一人でいるところを数で囲まれるよりもましだ」
ウー・ヤーの想定はもはや闇討ちって言うんじゃないかな?
まぁ、そういう懸念もあったから、同数で教師の監督の下って形にしたけど。
「魔法学科が荒れてるとかってのと関係あるのか? 何が問題?」
やっぱりわからないらしいネヴロフに、ラトラスも聞きかじりを答えた。
「なんか、派閥で負けられない感じになってる? えっと、誰だっけ」
「ハマート子爵はレクサンデル侯爵の派閥だよ」
「知ってるのか、アズ」
話していると、ヴラディル先生のほうが反応した。
イルメは不服そうだけど、次の力試しと聞いてこちらにやって来る。
ばれる可能性を考えて、一応一歩引く姿勢で僕は言葉を濁した。
「ヴラディル先生なら、宮仕えしていたという双子の先生に聞いたほうが確実でしょう」
「いや、それがな。アクラー校生とのことでだいぶ噂が回っていて。まぁ、情けなく泣いたしな。だからそれは困ると向こうの教師から口止めされてるんだ」
つまり、生徒は乗り気だけどラクス城校の教師は力試しなんて不本意らしい。
その上で、負けたとなっても誇大に広まることがないようにしたいと言われたそうだ。
ヴラディル先生からすれば、ナチュラルに錬金術を魔法の下に見ている言葉選びから、勝負の場に引き摺り出すために条件を飲んだという。
その上で、事前に必要以上に教員にも話を広めないよう言われてるから、ウェアレルには聞けない。
学園勤務がそれなりに長いヴラディル先生も、派閥争いで政治を持ち込まれても困るから了承した部分もあるんだろう。
「とは言え、俺も帝国の政治に詳しいわけでもない。二大公爵が争ってるとは知ってるが、今年はユーラシオン公爵の子息だけだし。他の面倒な公爵家系は来年以降の入学だ」
「僕も聞きかじりですけど。確か、レクサンデル侯爵派閥はレクサンデル公国の軍を形成する貴族家が多かったかと。一度負けたハマート子爵令息を、派閥の子息が焚きつけてる可能性はあります」
レクサンデル侯爵は、かつてハドリアーヌ王国御一行が来た時に調べた。
第三王女の実家で、ハドリアーヌ王国の継承に噛もうとしていたんだ。
レクサンデル侯爵は公国の君主でもあり、領地の近い侯爵や伯爵と公国の政治を行う。
それ以下の貴族が公国の体面を保つための軍として武力を保っているとか。
だからハマート子爵家も公国の軍関係だと思われる。
僕の説明に、イルメはわからない様子で聞き返した。
「だったらなおさら自粛すべきじゃない。一度負けたのに恥の上塗りをする意義は?」
「いやぁ、そこはもう一度やり返して男見せないと。仲間内で舐められたままっていうほうが駄目だろ」
珍しいネヴロフの反論にウー・ヤーも意外そうに尋ねる。
「派閥争いなんて縁遠そうなのに、ずいぶんわかったように言うな?」
「俺のとこの村、隣村とずっと争ってたから。村長とか弱腰だと突き上げ食らってたぜ」
そうでした。
あのワゲリス将軍にも突っかかって行く元ワービリ村の住人だった。
大人たちの縄張り争いは生まれた時から見て来たんだろう。
ラトラスも頷いて実体験を語る。
「確かに、勢力争いって地方のほうがガチなんだよね。闇討ち、賄賂、票の水増しなんでもあり。勝って相手より上位に立てば、それでいいって」
そこからラトラスの体験談はけっこう乱暴な話だった。
仕入れに行った先で勢力争いが起こり、味方しないなら売らないと部外者に無茶ぶりしたり、立ち寄った町で勢力争い真っ最中で、敵の手に渡る前にいい物を独占しようと勝手に荷車を差し押さえようとしたり。
「田舎だからお役人面倒がるか抱き込まれてるかのどっちかで。村でそんな争いしてても大きな町じゃ全く影響ないし。巻き込まれた奴が不幸だったなって話で。商人ギルドなんかでも、あそこ面倒だから通らないほうがいいぞとかって情報回るんだよ」
「荷物の差し押さえはさすがに横暴すぎない?」
僕の問いにラトラスはにやりと笑う。
「向こうが無法するなら、こっちだって連れてる護衛の大柄な獣人使って抵抗するさ。だいたい、そういう小さいコミュニティは、外から来る娯楽がなくなると下からの突き上げが酷くなるんだ。ギルドに情報回されて困るのは奴らのほうなんだよ」
つまりやられたら相応に乱暴な手段でやり返すそうだ。
「よし、アズがそれなりに情報あるならいいだろ。フラスコ増やされるよりましだから、今日はこのまま、ラクス城校の魔法学科対策をしろ」
「先生は何をなさるの?」
不服そうなイルメがヴラディル先生の予定を確認する。
「小雷ランプの再現依頼してた工房から連絡来たから、そっちに出かけて外回り」
「小雷ランプ? 聞いたことがないな」
「何それ? ランプなのか?」
「確か、ヴラディル先生が再発見した技術だっけ?」
「あぁ、魔法を錬金術でどうにかするという?」
「へー、そーなんだー」
ラトラスとイルメは聞いたことがあったらしい。
僕は身に覚えがありすぎるから知らないふりをする。
そう言えば投げっぱなしだったけど、どうやら新たに作成する段階になっていたようだ。
そのまま外回りってことは、他にもやることあるんだろうな。
封印図書館関係じゃないと言い切れないのが申し訳ない。
「錬金術の道具だから、完成したら見せてやる。対策はお前たちの安全第一だが、できる限り錬金術の新しい使用を考えろ。計画段階でいいからレポートにまとめて明日提出な」
課題まで残してヴラディル先生は教室を出て行った。
「…………今日の占星術の授業で話を蒸し返されるのを嫌ったのね」
「あぁ、なるほど」
イルメの恨み言で、今日の授業内容を変えた理由が察せられる。
実際一人しかいない教員として忙しいこともあるんだろうけど、頑ななイルメと問答するだけの授業を回避したとなれば、納得しかなかった。
定期更新
次回:ラクス城校魔法学科3




