閑話28:ワゲリス将軍
もうないだろうと思ってたのに、俺はまた軍を率いてホーバートに戻っている。
「おうおう、また随分賑やかなこった」
以前は周辺一番の大領主の街らしく、物流も多く暮らしの豊かさが目に見えた。
だが今は全く別方向に賑やかだ。
言ってしまえば前線基地のような雑多な有様になっている。
「人も物も多く賑やかには変わりありませんが、またずいぶんと殺気立った雰囲気ですね。ワゲリス将軍」
帝都から着いて来たエルフの軍人サルビルが、ホーバートの変化に苦笑いを浮かべる。
こいつも一年ほど前、一緒にこの街に殴り込んだ一員だ。
あの時は悪評しかない第一皇子の策略だったが、今はその親の皇帝からの命令だ。
「なんなんだ、あの親子…………」
思わず愚痴を漏らすと、サルビルは乾いた笑いを返す。
「あの別荘で、見慣れた方々に囲まれている姿を見て、親子だなぁと思いましたよ、私は」
左遷皇子が一年で帰途に着くとんでも計画を実行した。
そのあおりで別荘にいた皇帝一家が、元近衛のアホに襲撃されそうになったのは、まぁ、あの常識外れの皇子からしてもやりすぎだったんじゃないだろうか。
それを止めるために俺らはいたはずが、いざその時になったら皇帝自身が鎮圧の現場に出てた。
たぶんあの皇子が出るのはさすがに親に止められたってところだろう。
そして確かにこの街に殴り込みをかけた時も、命を狙われた当人であるあの皇子は自ら前に出ていたのだから、サルビルが言うとおり似たもの親子だ。
「ともかく、今回は明確にぶっ倒す敵がいるだけましだ。しかも散々甘い汁吸って来たサイポール組。ここに集まった奴らが殺気立つのも、サイポール組の日ごろの行いって奴だろう」
ホーバート領主は皇子の策略でサイポール組と手を切って、自らを守るためにサイポール組殲滅を志している。
そうして周辺から兵を集めると、募ってもいないのに義勇兵たちが各地から集まった。
サイポール組やその傘下の犯罪組織に復讐したい奴らだ。
俺は帝国軍を率いて現場の最高指揮官として着いたばかりだが、この空気感は早い内に統制を取らないと勝手に突っ走る奴が出てきそうだ。
そいつらが復讐に先走って、怪我するのも逃げるのも別にどうでもいい。
だが、それで負けと数えられて士気が落ちるのは困る。
あの皇子がきっかけを開いて、皇帝が切除を決定したんだ。
膿みを残すつもりはない。
「義勇兵とやらを纏める役がいればいいんだが…………あん? おい、そこのお前!」
「ひぃ、な、なんでしょう!?」
知った奴を見つけて声をかけると、若いのは声を裏返らせる。
サルビルに責めるように見られるので、俺は弁明ついでに指を差した。
「こいつ、カルウ村の小領主の息子だ。お前も落ち着け」
「ひ、あ、あの、その節は、どうも…………!」
そう言って、小領主の息子もとい、今や新たな小領主となった若いのが辺りを見る。
「…………第一皇子殿下なら、今回は同行されていないぞ」
「あ、そう、そうですか」
「なんだ、温泉で何かあったか? なんでここにいるんだ?」
サルビルの予想が当たったようで、小領主は途端に周囲を見るのをやめた。
こいつが皇子を気にする理由なんて、あの辺境の村以外に思いつかないが?
「い、いえ、私も領主となったので、少量ながらも支援物資の運搬と、大領主さまへの挨拶に、ここまで…………」
「あぁ、そうか。あそこじゃ兵出すにもな。まぁ、今回は俺らだけで皇子はいねぇ」
話している内になんとなく懐かしくなる。
こいつの領有する山の上の村は正直行くのが面倒だが、それをおしてもあの温泉はいい。
岩盤浴というあれも、思い出すと行きたくてたまらなくなる。
「あ、あの!」
思いをはせていると、小領主が勢い込んで声を上げた。
だがそんな自分の声に本人が驚いている、なんだこいつ?
「なんだよ?」
「す、すみません。…………その、錬金術を、学ぶには、どうすればいいか、ご存じでしょうか?」
思わぬ問いに、俺はサルビルを見る。
若く見えるが、エルフらしくこれで相当歳を重ねているんだ。
俺よりも物を知ってるし、錬金術なんて珍しいもんも知ってるかもしれない。
「さすがに私も、錬金術師を名乗るまともな者はあの殿下以外には知りませんよ」
「あぁ、まぁ、そうだな。ってことは、帝都でも珍しい部類だな」
「そうなのですか?」
小領主はまず錬金術自体、第一皇子の口からきいて初めて知ったという。
俺らからすると、錬金術師といや大言壮語の詐欺師まがいのとんでもないろくでなし。
本当に錬金術で驚くような結果を残した実例はあの第一皇子以外に知らない。
「ってなると、ルキウサリアの学園くらいか?」
「学ぶとなるとそうでしょうね」
俺は適当に言ったんだが、サルビルは思い当たることがある様子で頷いた。
「しかし、どうした? まさか殿下が残していかれた装置をもう壊したのか?」
「そんな! そんなまさか!」
サルビルの問いに小領主は大慌てで弁明を始める。
「その、あのカルウの村で皇子殿下が温泉の維持管理方法を教えられて、その時に、数字と計算も教えられたところ、どうも村の子供たちが熱心に習得しまして。さらには自分たちであり物を使い、熱水を引く新たな水路を作り、水の落ちる力で水車を回して動く器具を作っていてですね」
どうやら娯楽のなかった子供たちの発想と熱量が、驚くべき器用さを発揮したらしい。
さらには皇子が使っていた小屋に残された走り書きの図を使って制作。
新たな水路ができたところに、温泉水は欲しいとロムルーシの商人からの商談に繋がったという。
水路が増えたことで余裕が生まれ外貨が入った。
小領主はそれで錬金術を学ばせることでより発展を企図しようと考えたようだ。
「まぁ、新たに作らねぇことにはどう見ても金のねぇ領地だしな」
「確か、先代領主も温情で罰金刑のところを、払う金がないために禁固刑になったとか」
「はい…………」
地方領主で金策は必須。
それが辺境の小領主となれば、領主でいるための金さえ汲々とする。
しかも大本の大領主がサイポール組と一緒になって搾取側に回っていたのだ。
それが緩んだ今、なんとか体勢を立て直すチャンスってとこだろう。
その可能性として錬金術に目をつけた、と。
「しかしなぁ、学園の錬金術科は確か、ラクス城校だったはず。あ、いや、何年か前にアクラー校に格下げになったんだったか?」
「なんにしても金のかかる学校じゃねえか」
俺の言葉に小領主は目に見えて肩を落とす。
「言っておいてなんだが、ルキウサリアの学園は貴族でも数年がかりで入学できるかどうかだぞ。文字覚えてもいない村の子供じゃ高望みがすぎるってもんだ」
「いえ、自ら村を降りて読み書き計算はめきめきと。今私の屋敷で面倒を見ているのですが、物覚えが良い子が二人いて。どちらも競うように本を読み習熟しているのです」
あんな片田舎にそんな才能いたのか。
だからこそこれならと、この小領主も思ったんだろう。
「あの温泉を作りだせるような錬金術というものを修めれば、きっともっと」
「あぁ、わかる。あの温泉、あれに入って以来俺も調子良くてな」
「えぇ、本当に。岩盤浴もよく考えられていて、あれを知らなかった頃には戻れません」
俺たちはそれぞれ頷いて、かつて味わった解放感に溜め息をつく。
「うむ、ルキウサリアに住みついた同胞がいるから、錬金術科について手紙で聞いてみよう。…………もしかしたら、アクラー校からさらに落ちて、平民でも行けるようになっているかもしれない」
「ありがとうございます!」
サルビルの不穏な予想の意味がわからない小領主は、素直に礼を言う。
だが、その格落ちは錬金術科的にまずいんじゃないか?
いや、よく考えれば来年、あの皇子幾つだ?
「来年入学できるなら、ルキウサリアであの皇子に会うんじゃないか?」
「は、そうですね! 入学と言わず、殿下から直接教えを請えば!」
そっちのほうが確実かもしれない。
皇子って言っても気さくというか、その身分に価値を見出していないような態度だ。
だったらいっそ、当人が誇る錬金術を評価して近づく分には断られない気がする。
「そのためにまずルキウサリアに送って、生活できるだけの路銀を、工面しなければいけませんが…………」
「あぁ、だったらその内俺がまた行くから、その時に食事込みの宿代多めに払おう。用意しておいてくれ。どうせ、俺だけ行くと言っても他がついてくるだろうからな」
「またあの温泉に? いいですね、ぜひご一緒させてください」
早速サルビルが拳を握って同行を宣言する。
小領主も元気に返事するので、周りの戦闘に向けて張りつめてる奴らがうるさそうにこっちを見たが、気にすることもないだろう。
いっそ怪我した奴は療養名目で送るか、いや、そうしたら無駄に怪我する奴出るな。
そしてその話がどう周囲に伝わったのか、俺がホーバート滞在中に、カルウの村は立身出世の湯として、名が知られるようになっていた。
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