126話:入学体験1
予定どおり馬車へ乗り込み、僕たちはルキウサリア王国を目指した。
もちろん乗ってるのは僕とディオラ、そしてソティリオスと同乗する令嬢はウェルンタース子爵令嬢だ。
「ソーさま、ご一緒できてうれしゅうございます。園遊会を取り仕切られたとか」
「いや、ウェーレンディア。園遊会では大して、その…………」
「そんな、幼い頃のようにウェルンと呼んでくださいまし」
さっき聞いた声よりずっと高く喋るウェルンタース子爵令嬢は、ソティリオスの正面に座って熱い眼差しを注ぎ続けている。
本当は隣に座ろうとしたんだけど、さすがに僕とディオラが隣り合うのをソティリオスが嫌がって男女に別れた。
(事実の錯誤があります)
(園遊会? まぁ、たぶんハドリアーヌ王国御一行のあれだよね。取り仕切り側にいたんだし、おおげさだけど間違いではないでしょ)
(ユーラシオン公爵子息が園遊会においてなせた役割はありません)
セフィラが無慈悲だ。
確かに僕にくっついてくる以外してなかったけど。
たぶんあれは、僕がやらかすから目を光らせておかないといけないっていう思い込みで、他に手が出なかったせいだ。
行動するタイミング、逃しまくったんだよね。
(まぁ、ナーシャが仕掛けて来た時も役には立たなかったけど。年相応に対応力が足りなかったんだよ)
(ユーラシオン公爵子息とウェルンタース子爵令嬢より得られる知識はないと推察。ルキウサリア王女との対話を推奨)
酷い言い方だ。
けど僕も妙な三角関係に飛び込む気はない。
そう思ってディオラを見れば、向こうも僕を見ていた。
目が合って笑いかければ、ディオラは頬を染めて話しかけて来る。
「アーシャさまを我が国に招けて大変喜ばしく思っております」
「僕も楽しみに…………して、いたんだ…………」
つい普通に喋りそうになったけど、すぐ隣でソティリオスが大きく動いたから慌てて取り繕う。
見れば、ソティリオスが信じられないような目をして僕を見てた。
「どう…………したのかな、ソティリオス?」
「…………嘘だ」
「え、まさか…………?」
ウェルンタース子爵令嬢まで、ディオラを見つめている。
当のディオラはいっそ誇示するように胸を張った。
(…………しまった、四角関係だった、この空間)
(仔細を求む)
(セフィラはそろそろ察してください)
(…………主人に求婚したルキウサリア王女、ルキウサリア王女に懸想するユーラシオン公爵子息、ユーラシオン公爵子息と婚約しているウェルンタース子爵令嬢。一列では?)
なるほどなー…………じゃないよ。
わかってて聞いてこないでほしいなぁ。
そんな話をしつつ、すぐには着かないので、ルキウサリアまでは宿泊を繰り返し進む。
「ソーさま、わたくし今流行の無詠唱三列火球を習得いたしました!」
そんな宿泊の一夜、ソティリオスがディオラにアプローチしようとしているのを、ウェルンタース子爵令嬢が止めている現場に行き合った。
ウェルンタース子爵令嬢がやるのは、頭上に横一列、火球を並べるだけの地味な魔法。
ディオラは社交辞令的に褒めるんだけど、それを聞いたソティリオスもやる気になる。
「私はこのように五列を! 帝国第二皇子がやり始めたという難度の高い技ですが。ですがこれくらい私ならば!」
誇られたディオラは困惑ぎみに通りかかった僕を見る。
うん、ディオラにはそういうことを弟に教えたって手紙で伝えたもんね。
けどここで口挟むほど大人げないことはしない。
だからディオラには首を横に振って見せて、事実は言わないよう求めた。
(というか、いつの間にあの魔法のやり方流行ったの? 僕がいない一年の間なんだろうけど、テリー以外には酷評された覚えしかないのに)
そんな引っかかりはありつつも、一行は貴族の子供が中心で比較的おとなしいため、派兵の時とは違う平穏さでルキウサリア王国に向かった。
「ルキウサリア王都を過ぎ、これより学園都市へと向かいます。円滑に過ごせますよう、注意事項をどうぞお聞きください」
ディオラが馬車の中でそう切り出した。
ひと月ともに旅したけど、僕ら四人の関係性は変わらず。
僕はずっと戦場カメラマンのふりをしてる。
そしてそんな僕とディオラがいると必ずソティリオスがやって来て、その後を追ってウェルンタース子爵令嬢が現われた。
お蔭で一緒にいる時間は長かったものの、親交が深まることはなく…………。
ディオラもいっそ手紙を交わすほうが話せると零していたほどだ。
「学園都市と呼ばれる街は、その名のとおり学園の寄宿舎を中心に発展した街となります」
元は王都郊外に作られた学園。
その学園に寄宿する学生の世話をする人々が住み町になり、さらに学園の研究を手伝う学者や関連の道具を扱う職人や商人が集まって街になったそうだ。
そのため王都を守る外壁と隣接して学園都市の外壁があり、他にも研究機関だけを囲った外壁や、広大な実験場を囲った外壁などが存在するという。
ルキウサリア王都周辺は外壁に囲まれた円形の街の集合体と化していた。
「学生は学園規則に準ずることを求められ、また、学園側も生まれ育ちではなく一生徒としてその才能と行いを評価します。ですから、見学生として学生と同じ場に入る方々にも、学生としての振る舞いを求めております」
つまりは権威や家の力をかさに着て偉ぶるなよと。
というのは建前で、実際は個々の家の力関係は子にも継がれてるからやっぱり影響する。
この場でディオラが言ったのは、自分も含めて一番影響力ある家の出が揃ってるから、自戒も含めてかな。
入学体験は到着の翌日からという日程も説明される。
それでも僕たちは帝国から列をなしてやって来たせいか、学園都市に入って馬車から降りる時には周囲に人だかりができていた。
「まぁ、あの方がユーラシオン公爵のご子息? なんて凛々しい」
「続かれるのはきっと婚約者のウェルンタース子爵令嬢ね。気高いお顔だわ」
「ルキウサリアの王女さまは才媛と噂だけれど、気品のある方ね」
「それで…………誰? 最後のあの方、誰か知ってる?」
うん、僕です。
儀礼的にディオラが僕の下車に控えて礼を取ってくれたから、ソティリオスも真似して周囲も鎮まったせいでよく聞こえる。
さらには困惑の声が波のように広がってやまない。
一緒に来た帝国の子弟ならまだ僕を察するけど、他の国々の人たちも集まってるからね。
公式行事も、宮殿内で行われたものに参加したのが二度だけだから知名度ないよ。
「アーシャさま、どうぞこちらへ。本来なら国を挙げてお迎えをすべきところを、ご容赦ください」
「ディオラ、ありがとう…………。でも、一生徒と同じで…………かまわないよ」
馬車の中で聞かされた注意事項の中には政治的活動禁止もあるけど、もちろん建前だ。
けどこの建前がないと一々ルキウサリア王国がお出迎えに労を負わなきゃいけない。
ハドリアーヌ王国御一行を迎えた労力を思えばやってられないのはわかる。
ディオラの案内で僕が動けば、周囲も礼を解いてそれぞれ動き出す。
名目上僕が一番上だから他は後ろに倣う形で続いた。
「宿泊先までは、また我が家で馬車をご用意いたします。その前に、学園からの前説明の場を設けさせていただきました」
入学体験の説明会がこれから行われるそうだ。
どうやら馬車の周囲に集まっていた者も入学体験のための人たちらしい。
年齢層は十代だけどたまに大人がいる。
ここまで連れて来た使用人などの他にも、学園関係者もいるらしく整理する者もいた。
どうやらディオラが案内する先の建物には体験希望者だけが案内されるようだ。
入ると色んな言語が飛び交っていた。
「帝都からいらした方々はこちらへどうぞ」
帝国では大陸東に由来する言語が共通語だけど、地域差はあって方言も豊富だ。
それとは言語体系を別にする人間以外の五種族の言葉も現役で、そっちも地域でも方言があるとか。
そのため飛び交う呼びかけの言葉が重なるとすごく雑多だ。
僕も他種族の言語は押さえているから聞き取れる分、こうも多いと戸惑う。
というか、帝都からきた見学者を呼ぶ声はしても、姿が見えない。
「なんで止まるんです? あっちですよ。帝国の言葉くらい聞き分けられるはずでしょう」
またぞろ怒るソティリオスは、どうやら僕よりも視線が高いお蔭で呼んでる相手が見えているらしい。
こうして同じ年頃が集まると、やっぱり僕ってちょっと身長低いな?
早く成長期来ないかな。
そんなことを考えていて、呼んでる相手の姿を見たのは目の前に来てからだった。
「これはこれは、ユーラシオン公爵のご子息! ようこそルキウサリアへ! もうそのようなお年ですか、お噂はかねがね」
わかりやすく阿るのが、呼びかけていた相手のようだ。
「「あ…………」」
お互いに声が漏れたのは知った顔だから。
呼びかけをしていた学園関係者はかつて宮殿で見た相手。
テリーの元魔法の家庭教師で、ハドス先生と呼ばれていた人物だった。
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