日付みてから避難余裕でした
9月1日を防災の日に設定するのは逆行転生者のたしなみ
1923年9月1日、山階宮武彦は御国航空練習所の防災訓練を視察していた。日本軍自身が欧州の戦場で航空攻撃の重要性を証明してしまったことや、三年前に臣籍降下した弟と結婚し、晴れて義妹となった山階耀子──あの当時は"鷹司"耀子であったが──に航空機の将来性やパイロット育成の重要性を説かれたことで、史実より数年早く開設したのである。
「……皆さん黙々と避難していきますね」
武彦の妻である佐紀子が、誰一人声を出さない異様な雰囲気で静かに生徒達が避難していく様子を武彦に聞いた。
「災害避難四戒なるものがあってな、それによると、"他人を押しのける""走る""喋る""後戻りする"のいずれか1つでも実行すると周囲全員の円滑な避難を阻害するとされているんだ。それぞれの頭を取って"おはしも"と覚えることも多い」
「だから一言もしゃべらずに歩いているわけですね」
なぜ彼女がここに居るかというと、耀子に「旦那さんのかっこいいところ、見てみませんか」とそそのかされたからだ。
「しかし、私が訓示しているところなど、見ても面白くないんじゃないか?」
「そんなことはないと思いますよ。大勢の前で堂々と厳かにお言葉を述べる武彦様……想像するだけで素敵です」
佐紀子はすっかりのせられているが、読者の皆様にはもうお分かりだろう。仕込みである。
耀子率いるテイジンでは、伝統的に3月と9月の1日に防災訓練を実施し、その締めに各部署の長が訓練を講評していた。それが基地や工廠などの火災から避難する時に有用であるとして軍に広まり、今では一部の第二次産業系企業や教育機関でも実施するようになっている。
「やれやれ……あまり期待しないでほしいなあ」
もうすでに一児の母である──芳麿が1920年に結婚したため、その影響で佐紀子の結婚と出産も史実より早まったのだ──というのに、佐紀子は少女のような瞳で武彦を見つめている。明らかに過剰な期待をされていると武彦は思ったが、悪い気はしなかった。
「……飛行場には、大量の可燃物が保管されている。万が一の災害、あるいは敵襲によって……」
避難や消火、救護と言った訓練も順調に終わり、武彦が今回の防災訓練を講評している。
(武彦様、今回の講評はやけに気合入ってないか?)
(佐紀子様にいいとこ見せたいんだろうなあ。殿下も所詮は人の子か)
いつになく演説が熱を帯びている武彦を見ながら、生徒たちは少々失礼なことを考えていた。時刻はそろそろ12時を回る。防災訓練が終わったら、思いっきり飯を掻き込んで、午後の訓練に精を出そう。ほとんどのものがそんなことを考えていた時。
「うわっ!」
「地震だ!」
初期微動というにはあまりにも大きな縦揺れの後、まるで船の上に居るかのような主要動が来る。
「なんてことだ!まさか防災訓練の最中に本物の災害が起こるだなんて!」
武彦は身の危険を感じて立っていた演台から飛び降りると、酷く動揺した様子で地面に伏せている佐紀子の元へ文字通り転がり込んだ。
「……!武彦様!」
「大丈夫だ佐紀子。このあたりに倒れてくるものはない。落ち着いて、揺れが収まるのを待つんだ」
「はい……孝彦……お願い、無事でいて……!」
孝彦はもうすぐ1歳になる彼らの息子である。東京の山階宮本邸に置いてきてしまったため、万が一家が倒壊していたら無事では済まないだろう。しかし、彼らにできることはもはや何もない。大自然の脅威の前に、人間はあまりにも無力であった。
本震が終わって少し経った頃のテイジン本社。こちらも防災訓練中に被災したため、人的被害は今のところ発生していない。しかし、別の問題に対応するため、社員たちがあわただしく駆けずり回っていた。
「こっちに消防車を回してくれ!想定よりも火勢が強い!」
「もう全部出払ってるよ!」
「じゃあ在庫の消火弾もってこい!」
「んな無茶な!あんな燃え広がってたらもう効かないでしょ!」
「ないよりはマシだろうが!」
震災によって発生した火災である。テイジン本社で発生したボヤは直ちに消し止められたが、ゆっくりと近隣住民の家を飲み込んでいっている炎がこちらまで延焼してこない保証はどこにもなかった。ゆえに、テイジンはなけなしの自衛消防隊をフル稼働させて、4台しかないジムニー改造消防車をやりくりしながら、何とか火を押しとどめようと奮闘しているのである。
「……」
「不満そうですね、耀子さん」
2歳の息子を膝の上に乗せながら難しい顔をしている開発本部長に、秘書は気を紛らわせてやろうと声をかけた。
「完璧な人間になることの難しさを実感しているところなの」
「あら、耀子さんともあろうものが、いまさらそれにお気づきになられたのですか?」
佐藤文子はおどけたように耀子を煽る。長年おかしな言動を繰り返す華族令嬢とともに過ごし、色恋や結婚も経験したことで、こういった戯れもできるようになった。
「別に、今回が初めてではないんだけど……やっぱりこう、目の前が鉄火場になっているのに、何もできない自分がいると、改めてわからされる感じがあってさ……」
「あー、分かりますその気持ち」
耀子の体力はこの時代の一般女性並みか、下手するとそれを下回っている。しかも、今は会社の託児所から救出してきた幼い息子と、自身の胎に眠る第二子が一緒なのだ。足手まとい以外の何者でもない。
「とはいえ、焦っても仕方がないですから、今は偉い人らしくどっしり構えていましょう」
「まあそうなんだよね……はあ……」
部下から定時連絡を受けたり、息子をなだめたりするうちに余震も収まり、周囲の火災も消し止められ、とりあえずの安全は確保された。この日出社していたテイジン首脳陣で各部署の状況を確認し、何とか乗り切ったことに安堵していると、鷹司煕通がテイジンを訪ねてきた。
「お父様!よくご無事で!陛下は!?皇族の皆様は大丈夫ですか!?」
「耀子も無事なようで何よりだ。薨去された皇族は確認されていない。山階宮家も、先ほど全員の御無事が確認された」
「よかった……回線が物理的に切断されたり、交換所がパンクしたりして電話がつながらなくなったものですから、心配したんですよ」
彼女も前世の東日本大震災で経験したことであるが、大災害が起きた時、基本的に電話は役に立たなくなる。全国で一斉に電話をかけようとするためだ。この世界の日本でも、この時代の電話は交換手が手動で回線をつなげていた上に、史実より国が豊かで電話線加入者が増えていたから、あっという間に回線がパンクしてしまった。
「それはお互い様さ……軍も消防も精力的に動いてくれているが、地震の規模が大きすぎてまだ全体像がつかめていない。私はまた陛下のお傍に戻って自分にできることをする。耀子も、身の丈を超えない程度にできることをしてほしい」
「わかりました。三共と鈴木商店にも何とか連絡して、今後の計画を話し合おうと思います」
自分の愛馬に跨って去っていく煕通を見送ると、耀子は三共と鈴木商店の首脳陣にも召集をかけようとする。
「そういうだろうと思って、もう塩原さんと金子さんには使いを出しています」
「菊池さん流石ぁ……」
つくづく、自分は周りの人に恵まれていると思った耀子であった。
Q:なんでこいつ地震来るってわかってたのに妊娠してるの
A:やばいと思ったが性欲を抑えきれなかった
前世から既に「性自認」という概念に価値を見出していなかったのもあり、実は思春期手前ぐらいの時点で「女体の神秘」にやられてメス堕ちしています。当小説は火葬戦記であって官能小説ではございませんので描写しませんが。
※出来の悪い仮想戦記のことを火葬戦記と呼称することがあります




